黒翼と白羽   作:ほしな まつり

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ご本家(原作)さま『SAO28・ユナイタル・リングⅦ』の発刊記念投稿です。
発売日から随分と遅刻しましたが……。

そして「後書き」で「多分続かない……」と書いた続きです(苦笑)
(だから「多分」だから……ね?)


黒翼と白羽 その後

天界にて……

 

「アースナっ……?、なにそれ?」

 

天界の最上位天使がひとり、アスナに気安い声で近づいてきた天使は親友であるリズベットだ。パリス・ピンク色のショートヘアが快活さを、頬にうっすらと散りばめられたそばかすが愛嬌の良さを醸し出している。

たまたま遭遇した親友の視線が己の手元に固定されているのに気を良くしたアスナは「うふふっ」とちょっと自慢げにソレがよく見える角度に調整した。

 

「見て見てリズ、すっごく綺麗でしょ。真っ黒なのよ」

「たしかに……ここまで黒い羽根も珍しいわね」

 

アスナが大事そうに握っている一枚の羽根……その黒さは当然天界の住人の背にある色ではなく、リズは珍しいモノを見る目で顔を近づける。

羽根の大きさから推測するとかなり大型の鳥類?、と顔を捻り、そう言えばこの前無理矢理休みを取らせて地上に送り出したワーカーホリック気味のこの親友が、それ以来何度か地上を訪れている事を思いだし、もしかして……と羽根からその向こうにあるはしばみ色の瞳へ焦点を移動させた。

 

「地上の黒鳥でも眷属にしたの?」

「えぇ?!」

「だって初めて人間界に行ってから時々嬉しそうに地上に降りてるじゃない。気に入った鳥でも捕まえたのかな、と思って」

「ち、ち、ち、ち、違うわよっ。捕まえてなんていないしっ。眷属だなんてっ、全然違うからっ」

「そうなの?。でも地上の事を知りたい時とか何かと便利じゃない?」

 

そうなのだ、天界の天使は地上に詳しくないのでお忍びで降臨する際は羽翼を持つ生き物を眷属にして情報を得る場合が多い。地上好きの天使になるとその土地ごとに複数の眷属を持っていたりするのだが……最近やっと天界での仕事以外に興味を抱く対象が出来たらしいアスナがいそいそと人間界へ出掛けていく姿を微笑ましく思っていたリズは「んん?」と小首をかしげる。

 

「だったらどうやって地上で過ごしてるのよ?」

 

教会の天使を訪ねてもいいが基本その土地しか知らないのであまりお勧めではないし、一人で不自由なく動けるほどアスナは人間界慣れしていないはず。てっきり地上の有翼生物の中でお気に入りを見つけて一緒に過ごしているのかと思っていたのだがどうも違うらしい。

リズの目にどんどん疑いが濃くなっていくのを感じてアスナは「ふえぇっ!」と心の中で叫んだ。

確かにこの黒い羽根の持ち主に地上に降りる度にあっちこっちを案内してもらっているし、色々と情報も教えてもらっているが……さすがに一緒にいるのが悪魔だとは打ち明けられない。そもそもその悪魔のキリトからも地上で自分と会っている事は絶対誰にも言わないと約束させられているのだ。

それでも羽根一枚ならいいかな?、と思って親友に見せてしまったのだが……笑顔のまま固まってしまったアスナは「どうしよう、どうしょう」と頭をフル回転させていた。

この羽根は偶然入手した物で……前回、初めてキリトと出会った人間界の公園で待ち合わせをしたら、先に到着していたキリトがやっぱり昼寝をしていて、その寝顔があまりに気持ち良さそうだったので今回は起こさずに隣に座って見守っていた時、ふと彼の黒いコートの端から飛び出していたほつれ糸に気づき、それを指で摘まんでみたらするりと糸は抜けて一瞬で真っ黒な羽根に変化したのである。

あら?、これって……キリトくんの羽根?

そう気付いたら思いがけず宝物を手にしたみたいに嬉しくなってこっそり天界に持ち帰ってきてしまったのだ。

 

 

 

 

 

一方その頃悪魔界でも……

 

「キリト、背中になにか付いてるわよ」

 

背後から近づいてきたのは悪魔の中でも珍しくキリトに物怖じせず話しかけてくる数少ない顔見知りのシノンだ。クールな印象を与えるターコイズ・ブルー色の髪は両サイドだけが長く、基本寡黙で気まぐれに口を開いてもアイスブルーの瞳が表すように他者に対する言葉は辛辣な場合が多い。ほぼいつも一人で行動している悪魔という点ではキリトと似ているが似たもの同士でも仲間意識が芽生えることはないらしく、たまに顔を合わせれば二言三言交わす程度だ。一匹狼が二匹いても二匹狼にはならないのである。

そんなシノンの指摘に心当たりのないキリトは振り返りながら「んん?」と自分の肩よりやや背中よりにくっ付いていた真っ白なソレを指で摘まみあげた。

「げっ!」と内心で焦りまくる。

キリトの背中にあったソレとは……見間違えるはずもない上位天使、アスナの白銀羽根だ。

だがしかし、キリトは悪魔でシノンも悪魔である。上位天使など普通は関わることもない存在だ。当然その天使サマの羽根がお気楽に背中にくっつくなんてケースはないに等しい。だったらいけるはずっ、とキリトはぎこちない笑顔をシノンに向けた。

 

「うーん、なんだろうなぁ、これは」

 

三文芝居でしらばっくれる一択だ。

すると、ひらがなだらけの台詞回しを怪しむ様子もなくシノンがキリトの手元を覗き込んでくる。

よしっ、このままっ、と押し切ろうとしたキリトだったが、クルッと目線を合わせたシノンが平然と「これ、アスナの羽根ね」と息の根を止めにきて頭が真っ白になった。

自分の心臓が止まったのか、それとも時間が止まったのか、あるいは両方なのか?、と疑うほどに思考も口も手足も動かない。

シノンの方は彫像と化したキリトを置いてきぼりにして彼女を知る他の悪魔が見れば確実に己の目を疑うであろう程に珍しく小さく微笑んでいる。きっとキリトも平時なら何度も瞬きをしただろう、あのシノンの口角が素直に上がっているのだから。

 

「相変わらず綺麗な羽根ね」

 

加えて懐かしさを愛おしむような声にキリトもまたアスナの声や笑顔を思い出して硬直を溶かした。

 

『キリトくんっ、パイ、どれ食べる?』

 

どれも自信作なんだよ、とちょっと照れ笑いを添えられて差し出されたパイは確かにどれも美味かったが、今ならわかる、あれはアスナが隣にいてくれて一緒に食べたからあんなにも美味かったのだと。それが証拠に自分に付いていた羽根一枚にさえ自然と眼差しが柔らかくなってしまうのだ。

 

「今頃…どうしてるかな?」

 

思い浮かべていたまんまの言葉をシノンの口から告げられてキリトは「うえぇっ!?」と狼狽えた。

しかし声の主はそれを疑問と驚きの声と捉えたようで表情をいつもの冷ややかなものに戻して「なによ?」と少々ケンカ腰の視線を送ってきている。

 

「えっと…だな。この羽根の持ち主、知ってるのか?」

 

これではもうしらばっくれ作戦の続行は不可能だし、シノンがアスナを知っている理由も気になってキリトはおずおずと羽根を持ち上げた。

 

「ええ、私がまだ天界に居た頃、周りとあまり馴染めなくてね。でも気軽に声を掛けてくれる天使は何人かいて、その中でもアスナは一番格上の天使だったわ……『シノのん、シノのん』って屈託なく笑って。普通はあんな上位天使、挨拶以外の会話なんて出来ないのに」

「へ、へえぇぇ」

 

天界でも簡単に交流できない天使とオレは人間界の公園で並んで手作りパイを頬張っていたのか……今更ながらにとんでもない事をしていると自覚した後シノンに関する噂で聞いたひとつの単語を思い出す。

《堕天使》……だから他の悪魔達から一線を引いているのかと思ったが、馴染み下手なのは元来の性格らしい。けれど堕天使になった理由ってやつが……天界の矢を無断で持ち出して打ちまくったとか、うっかり矢を地上に落とした罰で追い出されたとか言われてたよなぁ、と朧気な記憶をえっほえっほと掘り起こす。

 

「シノンってホントに元・天使だったんだな」

 

とりあえずこれは間違っていないのだろう事を口にしたら、なぜかギロリと睨まれた。

その、ちょっと侮蔑的な目は地上の教会天使に通じるものがある。

え?!、オレ、なにかマズイ事言ったか?、とオロオロするもののどこをどう訂正すればいいのわからない。「嗚呼、こういう時アスナが居てくれたら」と己のコミュ力の低さを実感しながらも手にある白銀羽根を見ながら『しょうがないなぁ』と笑うアスナを思い浮かべていると、その視界にスッと手の平が現れた。

 

「!!…シノン?」

「ちょうだい」

「はぁ?!」

「だから、その羽根」

 

偶然悪魔の肩にくっ付いていた天使の羽根……普通の悪魔なら汚物でも見るように顔を歪めて払い落とすシロモノだ。

だから欲しいなんてヤツがいるなら「酔狂だな」と物珍しい目で見つつさっさと捨てるように渡すのに……そう、普通の悪魔なら。

果たしてキリトは……もちろんシノンに「ほら」と渡す……わけもなく羽根を握ったまま全身硬直をしていた。

アスナの羽根だ、渡したくない、なぜかはわからないけど、絶対……ただ何と説明すれば納得してもらえるのか、固まったまま頭の中だけは高速稼働中である。

そしてシノンは一見無反応なキリトに何を思ったのか「でも…」と小首をかしげた。

 

「どうしてキリトにアスナの羽根がくっついてたのかしらね?」

 

ひぃっ!、と更に難問をぶつけられてキリトは半歩よろめく。

これはアスナの羽根死守と同等な位重要な守秘案件だ。

だいたいアスナに人間界で会っている事は絶対内緒にしておいて欲しいと頼んだのは自分の方なのに、こっちがバレてしまっては合わす顔が無い。しかも相手がアスナと面識のあるシノンとなればその後の展開は全く予想できないし、これは何かそれらしい理由を考えなくては、とキリトはさっき以上に頭の回転率を上げて、上げて……

 

「羽根はたまたま地面に落ちてたんじゃないか?、オレってよく地上で昼寝してるからさ、気付かずくっついたんだろ……きっと、多分、おそらく……」

 

どうやら空回ったらしい。

それが証拠にシノンの目が完全に可哀想な子を見るそれになっている。

 

「バカ言わないで。アスナほどの上位天使の羽が一枚でも地上に降ってくるなんて百年に一度あるかないかの奇跡なのよ。それこそ虹彩雲が広範囲に現れてたくさんの花びらが舞ったり教会のマリア像が涙を流したり、予測も出来ない人知を超えた天変地異が起こるんだから、そんな簡単に落ちてるはず……あっ、もしかしてっ」

 

アスナの羽根がいかに貴重で奇跡の根源となるかを語っているうちに何か思い当たったらしいシノンが急に黙り込んだ。

なんだ?、どうしたんだ?、と問いかける前に小さく「換羽?」と呟く声にキリトもまたシノンに気付かれないよう、そうか、と頷いて前回会った時の会話を思い出す。

 

『しばらく、会えない?』

『そうなの。そろそろ羽根かわりの時期だから』

『羽根…?、なんだって?』

『「羽根かわり」、「換羽」とも言うわね。キリトくん達悪魔はそういうのないの?』

 

聞いたことも口にしたこともない単語にキリトはブンブンと頭を横に振った。

 

『天界の天使はね、定期的に羽根が生え替わるのよ。新羽に押し出されるように旧羽が抜け落ちるから羽根が減る事はないんだけど、抜けた羽根が天界から零れて人間界まで届くと大騒ぎになるからしばらく気をつけないと』

 

あからさまにしょんぼりとした顔でちょっと拗ねたようにぷるぷるの唇を尖らせている様を見せつけられてキリトは思わず、ふっ、と優しい息を漏らす。

反対にそれに気付いていないアスナは憂鬱そうなまま『この前、一本抜け落ちたから、これからどんどん生え替わるのよね』と言って、ふぅぅっ、と大きく嘆息した。

聞く限りでは抜けた羽根を地上に落とさなければいいように思えるが……

 

『もしかして、抜ける時痛いのか?』

 

一転、心配そうに覗き込まれてアスナは急いで顔を上げ高速で頭を振る。

 

『痛みはないのっ。誤解させちゃってごめんね。ただ…ちょっと色がね……』

 

換羽中、地上に降りられない理由がわからず首をめいっぱい傾げると途端にアスナの頬が色づいた。

 

『だって羽根の色、まだらになっちゃうんだもん』

 

その応えにキリトは「はっ?!」と口をあんぐりと開ける。

別にあの巨大な羽根を顕現させっぱなしにしておくわけでもないのに、それに最初に見た時の圧倒的な清浄感と貴輝感を放っていたアレが古かったとはとても思えなくて、それなら新しい羽根が一体どれ程の神々しさを纏っているのか想像もできない。

 

『別に地上に来られないわけじゃないんだろ?』

 

問えば、こくん、と頷き栗色の髪がさらり、と流れる。

 

『だったら来れば…』

『ダメ!』

 

食い気味に拒否られた……。

 

『みんなは新旧の羽根の違いなんてわからないわよ、って言うけど……』

 

同じ天使でもわからない程度の差なのか……とキリトの真っ黒な目がどこか遠くを見つめる。

 

『ちゃんとっ、しっかりっ、よおぉっく見たらわかるのっ、まだらなのっ、そんなみっともない姿、キリトくんに見られたくないもんっ』

 

言ってからハッと気付いたように口を手で押さえているが、キリトの耳にはすっかり届いてしまって、遠くを見ていたはずの目が大きく見開かれた。

アスナが地上に降りてこない理由が自分だとわかった途端全身がむずむず感覚に襲われる。

え?!、オレ?、なんでオレ??、なんて疑問を遙かに上回る落ち着かなさに今口を開いたら意味もない叫び声しか出ない気がしてキリトはむぐっと唇を強く引き結んだ。それでも唇は勝手にむにむにしてるし、それどころか口を隠したままなぜか顔を真っ赤にしているアスナに無性に触れたい衝動がこみ上げてきて両手はグー、パーが止まらない。

そんな時、自分は悪魔なんだ、と突きつけられるように頭の中で己の声が囁いてくる。

触れたければ思いっきり触れればいい、壊れてしまってもかまうもんか……と。

頭をぶんっ、ぶんっ、と振ってその声を追い払う。

 

アスナを壊したいなんて思ってない…オレの、大事な…こんなに……美味しそうだな……え?

 

再び膨れあがってきた黒い感情に慌てて蓋をして、伸びてしまいそうになる手にグッと力を込める。

今、何を思った?……美味しそうって?…………オレ、天使を食う気か!!!???

ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て、落ち着けオレ、とキリトは大混乱に陥った。

確かに悪魔は悪食と言われているが人喰い悪魔なんて聞いたことがない。

聞いたことがないだけで本当は喰ってるヤツいるのか?、と仲間の趣向を疑いつつそれでもさすがに天使喰いなんてすれば自分の耳にも入るはずと混乱の中でも判断する。

そもそもどうやって喰うんだ?、どこから喰うんだ?、と思考がおかしな方向へ逸れていこうとしていたが、それを引き留めたのは鈴を転がすような声だ。

 

『キリトくん、血が…』

 

へ?、と意味を問い返す間もまく、ぱくっ、とキリトの手の指先をアスナが咥える。

 

天使に喰われた……

 

実際は軽く唇で挟まれた程度なのだが……「うわぁぁぁっっっ」と超絶猛混乱である。

 

『あ、いきなりごめんね。でも血がでてたから』

 

どうやらあまりに強く握りしめていたせいで爪が食い込み血が出ていたらしいのだが、アスナの唇の感触がまざまざと残っている指先を見れば、今まさに、すぅっ、と傷口が消えていくところだ。

 

『ちゃんと治った?、よかった』

『……なんで?』

『私の天使としての力のひとつなの』

『傷が治せるのか?』

『うーん、多分外傷だけじゃなくて病気も治せると思うよ』

『ほえぇ、なんでもござれの治癒能力だな。ちなみにその力を使う時は……さっきみたいに…その…口で触れるんデス?』

『うん。でも治してあげたい人の身体のどこかに触れていれば大丈夫なはず……そもそも天使はケガや病気ってしないし、私、これまで人間界に降りたことなかったでしょ?、だからこの力を使う機会がなくて』

『アスナ、これからもその力は極力使わない方向で』

『どうして?』

『どうしても…あ、でもさっき治してくれたのは礼を言う』

 

教会での祈りで傷や病の回復が進んだり延命効果があったりは聞いた事があるが多分アスナの力だと強すぎて一瞬で快癒してしまいそうだ、とキリトは頬を引き攣らせた。まさに奇跡そのものである。それに彼女が誰かに唇を寄せる姿なんて想像すらしたくなくて、つい眉間に皺が寄ってしまうが「へんなキリトくん」と可笑しそうな声を聞けばその眉尻は途端に下がった。

だからこんな真っ直ぐで無垢な天使にとって地上は危険が多すぎるから、絶対、絶対っにオレ以外の悪魔には近づかないようにと念を押して、ついでに人間にも一人で接触するのはやめた方がいいと付け加えると、アスナはうんうん素直に頷いたが、告げたキリト本人はそれが彼女の為を思う気持ちと同じくらい自分の独占欲からくる発言だとわかっているのかどうか。

 

『換羽が終わるまで……しばらくは地上には来ないからこの力を使うこともないと思うわ』

『終わるまでって?』

『だいたい三十年くらいかな?』

『さっ!、さんじゅうねん?!』

 

事も無げに言う数字にキリトは聞き間違いかと耳を疑った。

それでも、頭を上下させて肯定するアスナは平然としていて……いや、違った、再び花が萎れたように気落ちの表情に転じている。それでも自分で決めた事だから、と顔を上げ『だから今度会う時はキリトくんに新しい羽根見せるねっ』と強がりのようにも見える笑顔を向けてくるのでキリトは『お、おう』と応えるしかなかったのだった。

だから、アスナが言うところの「しばらく」は人間界に行っても彼女に会えないわけで、そう思うと今、偶然手にした彼女の羽根を他者に渡すなんて絶対に出来そうにない。

 

「……きっと羽根かわりの時期に入ったんだわ。アスナが地上に来るわけないし…でも天界から羽根をこぼすなんてするかしら?…それとも誰か他の天使が譲り受けてうっかり、とか…やりそうなのは、シリカあたりね……」

 

ぶつぶつと天界の上位天使の羽根が地上にあった理由を推察しているシノンの言葉にキリトは聞き耳を立てた。

どうやらアスナと自分の関係が疑われるような流れにはなっていないが気になるのは羽根を譲り受ける云々だ。

 

「天使が天使の羽根を欲しがるのか?」

 

今さっき堕天使であるシノンから「ちょうだい」とは言われたが同じ天界にいる天使同士でも?、と疑問を口にすると、またもや言外に「そんな事も知らないの?」と小馬鹿にしたような視線が返ってくる。

 

「だって仕方ないだろ?、悪魔は他のヤツの羽根が欲しいなんて思わないしっ」

「別に何も言ってないでしょ」

 

視線は弱まるどころか更に鋭さを増した。それでも聞かれた事には答えてくれるらしくシノンが前振りとして、ふぅっ、と息を吐く。

 

「まぁ、悪魔が知らないのも無理ないわね。そもそも天界の上位天使なんて目にする事すらないでしょうし」

 

そう言い切られてキリトの額に見えない汗がタラタラと流れた。

 

「誰のでもいいわけじゃないわ。さっきも言ったように上位天使の羽根はそれだけで強い奇跡を起こせるから。それこそ自分の身を守るような奇跡もよ。だから御守りとして望む場合が多いの。しかもアスナの人気は天界でもダントツだから持ってるだけで自慢できるし」

「へえぇっ、すごいんだな」

「そうよ、だからちょうだい」

 

再び目の前にシノンの手の平が現れる。

すごいのは理解できた。そもそも悪魔界にあって、悪魔が握っているのに消滅もせず艶のある白銀色を放っている羽根だ。奇跡のひとつやふたつは簡単に起こせるだろう。けれどそれ以上にキリトがすごいと思ったのはアスナが天界で大勢の天使達に慕われている事である。

しかしよく考えれば、それもそうか、と納得した。初めての人間界でも見ず知らずの者に体調を気遣う声をかけてくる程思いやりがあって、しかもその相手が悪魔とわかっても偏見無く会話を続けてくる。高位天使らしく聡明英知で、でも分からない事には素直に好奇心いっぱいにはしばみ色の瞳を輝かせて、料理上手でおまけに綺麗だもんなぁ、とアスナの笑顔を思い浮かべていたキリトは更にずずいっ、と迫ってきたシノンの手の平で我に返った。

 

「わかったでしょ。それがどんなに貴重か」

「そ、そんなに珍しい羽根なら……取っておきたいと言うか、持っていたいと言うか……」

「持っててどうするのよ?」

「ならシノンはこの羽根をどうするんだ?」

「決まってるわ。それでアスナと連絡をとるの」

「へ?!」

 

何度目かわからない素っ頓狂な声が飛び出す。

 

「私はもう天使じゃないから天界には行かれないけど、その羽根を使えば今の私でもアスナにメッセージを送れるし」

「……その、どうやって送るんです?」

「どう、って……こう、何て言うか…口じゃ説明できないわ」

「えー…」

「でもキリトは正真正銘の悪魔だから天界とは繋がらないわよ」

 

どうやら元天使のシノンだから起こる奇跡らしい。

どことなく残念そうなキリトの表情が気になったシノンだが、元々この悪魔は普通の悪魔達と感覚がちょっと違うし、と存外失礼な事を思ってやりすごすと当然のように白銀の羽根に触れて貰い受けようとする……がキリトの手は離れない。

 

「キリト?」

 

いくら高位天使の羽根でも持ち主が純粋な悪魔では奇跡は起きないと納得したのでは?、と意味もわからぬ強情さにシノンが不快そうに眉を寄せるが、相手のキリトもまた「うー、うー」と何かに葛藤してる顔で羽根を握りしめている。

 

「ちょっと、いい加減に…」

「やっぱりダメだっ、悪いっ、シノン!」

 

叫ぶような謝罪とともに羽根をもぎり取ったキリトがそのままの勢いで逃げていくその後ろ姿をポカンと見送ってしまったシノンは次にアスナと交流できるチャンスを逃した事に気づき、憤怒の形相に変わるが追いかけるべき黒いコートは既に巨大な闇翼となって飛び去ってしまった後だった。

そしてどうにか羽根を死守したキリトはシノンが追ってこない事を確認して漆黒の翼を閉じ、誰もいない場所で「ふぅっ」と大きく息を吐く。

なんだかとっても疲れた。

緊張しまくって慎重に会話を交わし、羽根を奪われないよう理由を考え、それでも結局最後はシノンを……怒らせただろうな、多分、とガックリ肩を落とす。

同族に嫌われるのは今更だが、それでも今まで特に衝突もせず気も遣わずに言葉が交わせる数少ない悪魔だったから、らしくない罪悪感がうっすらと立ちこめた。それでも今からこの羽根を渡してこようか?、とは到底思えない。

 

「なにやってるんだろうな、オレ」

 

シノンが言った通り、悪魔のキリトがアスナの羽根を持っていてもただ眺めることくらいしかできないのに。それでも彼女の笑顔を彷彿させる白銀に輝く羽根をみれば心に漂う罪悪感も影を薄くして陽だまりのような暖かさに包まれていくようで、つい口から「アスナ…」と声が漏れた。

 

「え!?、キリトくん??」

「!!!…アスナ?!」

「やっぱりキリトくんの声っ。どこにいるの?、悪魔界?」

「え…と……そう…だけど、どうして??」

「もしかして、そこに私の抜け落ちた羽根、ある?」

「ああ、いつの間にかオレの背中にくっついてて」

 

捨てられず、譲ることも拒んでしっかり持ってマス、までは言わなくていいだろう。

なんだか白銀の羽根が上機嫌で微笑んでいるようにも見えてきて、キリトはちょっぴり頬を赤くして苦笑いを返した。

それにしても羽根を通して天界にいるアスナと声が繋がるなんて本当に奇跡だな、と思ったところで「???」とハテナマークが増産される。確かシノンの説明では悪魔の自分が持っていても奇跡は望めないはずなんじゃ?、という疑問が届いたようにアスナのもじもじとした声が届いた。

 

「あの…えっと…その…実はね、キリトくん」

「ん?」

「ごめんなさいっ、私もキリトくんの羽根、勝手に持ってきちゃったの!」

「えぇっ?!」

「前回会った時にね、お昼寝してたキリトくんのコートの裾がほつれてて、それで気になって……」

「ああ、ナルホド。別に謝る必要はないけど…」

 

「抜け羽根」……人間で言うところの「抜け毛」である。と言う事は、今アスナの手にオレの羽根があるってことか……。

理解すると急にもの凄く恥ずかしいくなってキリトはその場にしゃがみ込んだ。

だって悪魔の羽根なのだ。真っ黒で不気味で不吉で誰も触りたいなんて思わない不幸の象徴……それを天界まで持ち帰ったって、なんだかとても大事にしてもらっているみたいで……もちろんキリトは自分の羽根に愛着を持っているが、もし同族の羽根を一本見つけたとしてもきっと何も感じはしない。

いちをアスナと会う時は埃をはたいて行くようにしてたからそれ程汚れていないと思うが……

 

「キリトくんの羽根、すっごく綺麗ねっ」

「うぇっ!?」

「艶があって深い漆黒でしっとりと滑らかで少しひんやりしてて……」

 

聞いた事のない賛辞に耳まで熱を持つ。

 

「天界まで持って来ても全然くすみもしないしっ」

 

なるほど悪魔界では異界の物の殆どが形を崩壊させるように、天界ではその清浄さが眩しくて変色してしまうらしい。

まぁ、オレも悪魔の中では天使のアスナと同格の上位存在だからな、とその理由を察してみるが当のアスナはそんな事も気付かない様子で黒羽根の話に夢中だ。

 

「…それでね、つい友達に見せちゃったの。そうしたら『珍しいわね』ってすごい不思議そうな顔で……」

「おいおい大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫っ。何とか誤魔化せたからっ」

 

いや、それ、絶対ウソだろ、と銀白の羽根の向こうで必死になっている天使の顔が想像できて不安と可笑しさが同時にこみ上げてくる。奇跡すら容易に起こすくせに時折ひどく不器用な様を見せつけられるとたまらなくなって……腕の中に閉じ込めておきたくなる……と仄暗い感情が湧き上がってくる自分の内に驚いて、キリトは「うぁっ」と声を漏らした。

 

「どうしたの?」

「あ、あの……そうだ、実はオレもアスナの羽根、他のヤツに見つかって……シノンっていう」

「シノのんっ?!、キリトくんシノンを知ってるの?!」

「知ってるって程の仲じゃないけど……いちを」

「やっぱり悪魔界まで堕ちゃってたのね。元気にしてる?、最近天界で会わないな、って思ってたんだけど」

 

この天界天使サマの時間感覚はどこかズレているんだよなぁ、としみじみする。

己の身勝手な感情を誤魔化す為に出したシノンの名だったが予想以上の食いつきっぷりとのんびりさにキリトは少々引いた。あまり心配してる口調でもないし『元気なシノン』はよくわからないが天界で仲良くしていたのは本当らしい。だったらやっぱりこの羽根はシノンに譲るべきか、と思いかけていた時にアスナの明るい声が同じ提案をしてきた。

 

「シノのんが悪魔界にいるなら私の羽根、渡してもらえるかな?」

 

そうすれば連絡が取れるから、と言われて「やっぱりそうか」と自嘲気味に笑う。

少し前に偶然人間界で出会った悪魔と、そのずっと前から知り合っていた天界の天使、どっちを優先するかなんて火を見るより明らかだ。三十年は会えないと覚悟していた相手の声が思わぬ方法で聞けたんだから十分だろう、と心を誤魔化そうとしている間もアスナの言葉は続いている。

 

「今度また情報屋さんとお茶会をする予定なの。その時に羽根を預けるからキリトくん、仲介お願いしていい?」

「へ?!」

「シノのんと情報屋さん、両方を知ってるのキリトくんしかいないから私は助かるけど……」

「この、羽根を…渡すんじゃなくて?」

「その羽根がなくなったらこんな風にキリトくんとお喋りできなくなっちゃうよ。きっと私とキリトくん、お互いがお互いの羽根を持ってるから声が繋がるんだと思うの」

 

片方の羽根だけじゃダメって事はシノンから聞いたばかりだ。

 

「でも、新たに羽根を渡すなんて……」

 

天界の天使さえも欲しがる貴重な羽根を簡単に譲っていいのか?、と聞いたつもりだったのだが、アスナは「だってもともと何本か情報屋さんにあげる予定だったから」とあっけらかんとした声で言い放つ。

 

「ちょ、ちょっと待った、アスナ。アスナの羽根って奇跡を呼べるんだよな?」

 

そんな簡単にほいほいあげていいもんじゃないだろ、しかもアノ情報屋に……と戸惑いをみせれば、クスクスと軽い笑い声。

 

「そんな大げさな物じゃないのよ。抜け落ちた羽根だと簡単な願い事が叶う程度だもん。例えば……大事な日に天気が晴れますように、とか、なくし物が早く見つかりますように、とかね。それに情報屋さんから羽根のお礼を考えといてくれ、って言われてたから、一本だけ悪魔界のキリトくんの所まで持って行って欲しいにするわ」

 

古い羽根だからお礼なんていい、って言おうと思ってたけど、丁度良かったかも、と弾む声を聞きながらキリトは「あれ?」と何かを思いつく。

 

「アスナと会う約束をした日がいつも最高の気象条件なのって……」

 

ぼんっ、と発火の音が聞こえた気がした。

 

「べっ、別に天使の力は使ってないからっ、ただ、楽しみだなっ、晴れるといいなっ、て思ってるだけでっ」

 

それって絶対無自覚で発動させてますよね、アスナさん……と無言の声が聞こえたらしく「ううぅぅっ」と可愛らしい唸り声が耳をくすぐる。

 

「キ、キリトくんも…」

「え?」

「キリトくんも願い事があれば、その羽根、使ってもいいよ……今、何か、お願い事、ある? 」

「そうだな……今思いつくのは……」

 

アスナの羽根かわりが早く終わりますように、が一番に浮かんで慌てて頭の中で蹴散らした。

 

「特にないな。こうやってアスナと話すために使いたい」

 

それも立派な願い事だし、その返答で「うんっ」と嬉しそうな声が返ってきたのでキリトの唇も弧を描く。ただ、その笑みの純度はどんどん下がっていって次に口から出た声は随分と低くなっていた。

 

「で、アスナ?、また情報屋と会うんだな」

 

オレは三十年も我慢するのにっ、という本音を存分に含んでいるが残念ながら天界には届いていない。

 

「うん、そうだけど?」

 

どうしてそんな確認をするの?、とこちらは純度しかなくてキリトは羽根を掴んだまま項垂れた。

どうもアスナの方はキリトと会えない時間もそれほど気になっていないようで、この温度差を伝えたいような伝わって欲しくないような複雑な心境に陥る。そんなキリトのへこみ具合を汲み取ることなくアスナはそのお茶会についてを語り始めた。

 

「今度はね、ちょっと大きめのマフィンをたくさん焼こうと思うの。オーソドックスなバターたっぷりのはもちろん、バナナやベリーを入れたり甘く煮た林檎を上に乗せたり、生地にチョコやクルミなんかを練り込んだのもキリトくん好きそうよね?、あとはクリムーチーズとか、ホウレン草にソーセージ、マッシュルームに玉ねぎとベーコンみたいなお食事系もきっと気に入ると思うんだ」

 

それって……とヘナヘナになっていた心臓が一気にドクンッと復活の音を立てる。

 

「次に会う時、作って行くから楽しみに待っててね」

 

美味しそうなマフィンを持った美味しそうな高位天使の姿を想像して、やっぱり待てそうにないからこっそり天界まで行ったらダメかな?、と半ば真剣に思った悪魔の王だった。

 

 

 

 

 

後日……アスナの羽根を届けに情報屋が悪魔界へやって来ていた。

 

「キー坊、これが預かった羽根ダ」

「お、サンキュ」

「別に礼を言われる筋合いはないゾ?」

 

連絡を取り合いたいシノンとアスナ、両者のいる異界を訪れることのできる情報屋が貴重な羽根を譲ってもらった礼としてお使いをしたのに対しキリトはただの仲介役でほぼ部外者だ……と言えなくもないが、実はあれから何度もシノンに羽根を要求されて辟易していたのである。

 

「これで追いかけ回されずにすむ……にしてもお前はその羽根、何に使うんだ? 」

 

この見るからにアヤシイ情報屋が明日を晴天にする為に羽根を使うとは思えなくて問いかければ「それは企業秘密だナー」とはぐらかされた。

 

「一体何本貰ったんだよ?」

「気になるのカ?、正直に言えヨ、本当に気になるのはアーちゃんの換羽があと何本くらいか、って事だロ?」

 

面白いくらい狼狽える最高位悪魔に対して情報屋はニャハハと笑って「その情報は高いナー」と片目を瞑ったのだった。




お読みいただき有り難うございました。
天界と悪魔界のキャラの振り分け、楽しいです(ふふっ)
そして……「多分続かない……」ってやつですっ!
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