失踪令嬢奇譚   作:既知の海月

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悪役令嬢、山岳炎上編
プロローグ:こうして失踪を決意した。


◆???

 

 結論から述べるとするならば、私は戦略的撤退を選んだ。この選択に後悔は無い、無いのだ。無いったら無い。

 決してやっつけではない、断じて違う、臨機応変な対応と言うのだ。強がりでもないぞ。

 何というか、その、状況を把握し、適切な判断を下したというべきである。私のプライドと世間体の為にも。

 不特定多数から逃げるのであれば、騒ぎに乗じてこっそりと、その上大胆に行動すべきである。……と、私は考えている。

 そうでないとあっさり捕まる。鬼ごっこではないんだ、捕まったら速攻で全てが終わる。ルールも矜持も蹴り飛ばすように立ち回らなければ、あるのは不幸な末路だけだ!

 故にこの好機、逃す訳にはいかん。

 何だ何だとわらわら集まる群衆に逆らい、全速力で走り、物陰でひいひい言いながら息を整え、国の端へ、端へと走る。それはもう走った。

 白けた金髪が揺れるのを感じながら、脚が痛くなるくらい力を込めて走る、走れ、息が尽きる迄!

 とはいえ、ここに至るまでの経緯も破滅といえば十分なものだろう。

 諸君、先ずは数日前に遡らせておくれ。

 

◇◆◇◆◇

 

 時は来た。

 やりがいある職場の正規雇用という、美味しい未来がもうじき来る。

 宴だ、宴を始めるぞ。

 酒を飲め、適当なつまみを作れ、この際炒り卵でいい!

 じゅうじゅうと音を立てて広がる卵をかき混ぜて、ほくそ笑む。

 お天道様だって、今日くらい酒乱になっても罰は当てないだろう。

 

「ふふん、うふふふん。ふっふ、ふんふ、うふふふふっ」

 

 適当な鼻歌にも笑いが混ざるというものだ。

 何せ私という人間は、二十歳になってもバイトバイトとその日暮らし。はっきり言ってしまうと、将来性が味噌の汁で茹でられた豆腐並に脆い残念無念な生活を送っていた。

 評価出来る点があるとしたなら、お世話になり過ぎた両親に感謝の意を込め毎月そこそこの金を振り込んでいる事くらいかもしれん。普通の事かもしれないけど、ぶっちゃけこのくらいしか思い付かないあたり、本当にその日暮らしだったのかもしれない。

 このままでは不味い。しかし、就職活動が面倒くさい。そんな非効率かつ嬉しくもない抽選の為にわざわざ全力で挑む旨みを感じない。

 嗚呼、残念無念、怠惰かつ愚かよな私よ。人生という航海は後悔ばかりへと舵を切ったぞ。どうせ誰でも通る道だ。自堕落でも、死へ進め。

 そんな風に投げやりになって不貞腐れていると、高校以来の懐かしい人物から連絡が来た。

 私の唯一の親友、小日向ちゃんからである。

 何でも、幼い頃からの夢だったカフェの経営を初めたとのこと。

 羨ましいだのおめでとうだの、ふわふわした感想を述べていると「一緒に働こう」と誘ってくれたのだ。

 接客担当やらが足りないらしく、頭を抱えていたのだとか。正規雇用で雇ってくれるようだ。

 此れは良い!

 有難い……有難い限りでそわそわしてきた。

 親友の助けになる上に、私の将来の為になるとは……これは飲まずにはいられない。

 やってもない就活に終止符が打たれた、飲め私。

 

 というわけで、飲んでいる。

 安い缶ビールを飲み、適当に投げ、炒り卵を食し、缶チューハイを飲み、つまみを作る。

 そうしている内に頭の中が幸福で重たくなってきた。処理落ちしないうちに、多めに作らなければ。

 消費期限の近い物を適当に炒って皿に盛って、鼻歌の続きをしようとして、ふと、思い出した。

 

「そういえば……貰ったゲーム、まだやってないな」

 

 青い春と書いて青春真っ只中の高校生最後の夏に。

 冒険物が好きな私に、恋愛物をこよなく愛する小日向ちゃんから布教という形で有り難く頂戴した、RPG要素のある乙女ゲーム。

 散々、小日向ちゃんから「やって、面白いから!というか、やれ!」としきりに勧められていたというのに、私というやつは抜けている。

 

『愛誓う君へ、永遠の魔法を』

 

 そんな名前の乙女ゲームで、人気らしい。

 しかし、私は乙女ゲームを知らない。そもそもそういった類いの物はやってみたことがない。

 いや、私も乙女の端くれ。人の恋やら愛やらに興味がない訳では……多分ないんだが。

 

 泣ける恋愛小説より、心踊る冒険物を。

 ときめく恋愛ゲームより、古き良きRPGを。

 

 というように、まあ、言ってしまえば趣味のファンタジー物にのめり込んでしまっていて眼中になかったんだよ。

 すっかり忘れてしまっていた……小日向ちゃん、ごめんね。

 

「……今すぐ、今すぐ。せめて一章位は進めてないと!」

 

 流石にちょっともやってないのは不味い。早急に進めなければ。

 馴染みのないジャンルの代物だが、RPGであるならコツさえ掴めば今日明日で何とかなるだろう。

 うん、きっと何とかなってくれる、絶対に何とかする。

 ゴソゴソと、引っ越し直後から変わらない押し入れの中からゲーム機と件のカセットを取り出し、テレビの前に座った。

 そうだ、卒業後はバイト漬けで休みはずっと寝ていたな。ゲームなんて何時振りだろうか……少しそわそわしてきた。

 早速テレビへ接続し、カセットを入れ、起動して、ぼぅっと眺める。

 きっと綺麗なタイトル画面が映り、素敵な冒険が始まるのかもしれない。

 ……もう少し飲んでおくか。

 何せ、久し振りのゲーム、久し振りのRPG、冒険、恋愛、親友が愛する物。

 これだけ揃っていて、私が楽しめない訳がないじゃないか!

 

「……さて、確かぁ。チューハイ、残ってた、よねぇ」

 

 あらら、不味い、酔いが今頃、回ってきた。呂律が回らない。

 いや、そんなこと些事だ。

 歩ける、物が分かる、見える。

 不可能は真っ直ぐ歩く事と深く考える事、滑舌良く話す事くらいだ。

 

「ふんふんふーん、ふんふ、んふふふーん……♪」

 

 ああ、楽しい。いや、これからもっと楽しくなる。

 さ、あと数歩で冷蔵庫だ。

 

「ふーんふん、ふふん、ふふ……っ」

 

 あ、何か踏んだ。

 丸い何かがギシャッと音を立ててへこみ、踏んだ勢いのまま前へと滑っていく。

 私の足も当然、滑る。

 自分の足と共に、踏み潰した何かが目に映った。

 ああ、ビールの、空き缶。適当に放っていたんだ。私の馬鹿め。

 そのままの流れで、私の身体は一瞬だけ宙に浮いた。

 

 バク転の練習には、なるかしら?

 

 スローモーションになる世界で、そんな阿呆な事を考えていると、この部屋にとあるものが置かれている事を思い出してしまった。

 

「……あ」

 

 このすぐ後ろはピカピカの中学生以来から勉学八つ当たり等々何かと愛用している、絶妙に小さい一人用の机が鎮座している。

 腰を掛けるに丁度良い高さの、数年間の汚れがこびりつくそれの形状は丸形ではなく、四角だ。勿論、固い。

 

 その後、確かな感触、大きな物音と共に。

 私の視界は真っ暗な闇に落ちた。

 

◇◆◇

 

「ぃ、んっ……!」

 

 飛び起きた私は後頭部の安否を両手でしっかり撫で回して確かめた。

 うん、凹んでない、潰れてない、割れてない。大丈夫大丈夫、痛みだって無い。

 ほっと一息吐くと同時に、視界に映る違和感に気付いた。

 

「ふむ……なんだこれ」

 

 いやはや不思議な事もあったものだ。

 知らない天井、見覚え無い部屋、買った覚えの無い上等な寝具と、身に付けた筈もない質の良いシンプルな服が目を覚ませば飛び込んでくる。

 これは間違いなく寝惚けた私の幻覚だろうし、二日酔いで気分が悪い筈なので二度寝としよう。

 カフェで働くのは三日も後の事だ。遅くに目を覚ましたとしても、焦るような予定も無いので心配なし。

 しかし、先程は随分とまぁおっかない夢を見たものだな。痛みまで再現しなくともいいというのに。

 ……いや、ちょっと待て。

 

「……酔って、いない?」

 

 酔っていたらこうも楽に目を覚まさないし、考えが纏まる筈がない。

 ……現実逃避してはならない、だろうか。

 ならば、私は確かに自宅で酒を飲んで転倒した筈だ。こんな見知らぬ場所で目を覚ましたこと自体おかしいのだ。

 

 ドクドクと、心音と雨音が、耳元で鳴っている。

 

「……」

 

 目を向ければ、ガラス越しに真っ黒な雨が見えた。びゅうびゅうと凄まじい音がする。嵐だろうか?窓越しの景色は、滝の中に家を建てればこのようになると評していいほど酷い有り様だ。

 

「……」

 

 嫌な予感がする、鏡は何処か。

 見慣れない作りの照明器具を弄り、明かりをつけて、窓を見る。

 暗すぎて見えなかった外の景色と顔が、これで何とか見えるだろうと考えたからだ。

 無性に自分の顔が気になる。

 まさか本来の私は既に死んでおり、見知らぬ誰かに転生したなんて、物語めいた目覚めになる……事は、ない……だろうな?

 この世に多少未練はある、杞憂であってくれ。

 

「…………………………は?」

 

 最悪の想定が当たった。 

 そこにうっすらと映ったのは、目付きの悪い黒髪の女ではなかった。

 白けた金髪が美しく、どこか物憂げで儚い印象を与える乙女であった。

 誰だよお前。

 しかし、美少女である。それも、見覚えがある美少女だ。

 しかし、何処で見かけた?察するに、上級階級の生まれであり、蝶よ華よと育て上げられている只者ではないご令嬢ではないか?

 ……待て、令嬢だとすると心当たりがある。この姿は、この少女は、つまり。

 

「……おい、敵じゃないか」

 

 この少女……アンジェ・エルフィールは、生前プレイする筈だった、あの乙女ゲームの悪役である。

 何を成したか、どんな結末を迎えるか、どんな性格でどのような立ち振舞いをするか、全く知らない悪の美少女。

 マジで誰なんだよお前は。

 歯噛みしても姿は変わらない。当然ながら、状況も変わらない。どうしましょうと熟考するにも、必要な情報すら無いという事実も変わらない。こんな雀の涙程もない知識で、本当にどうしろというのか。

 こうなれば、自棄になるしかないではないか。

 

「失踪しよう」

 

 私は固く誓い、未だに降り続ける雨を数秒眺めたのち、頭を抱えて崩れ落ちた。

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