鉄と穂の国   作:小森朔

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ハルビア王国に住む女錬金術士のローレルと、その門戸を叩いた少年の話。


汝、止まる事勿れ-1

「で、君はどうしてウチに来たいのさ」

 

 キィ、と木製椅子が小さく鳴く。私のものではなく、目の前の子供の足元で。今は縮こまって、しかし先程まで目は爛々と輝かせていた子供──柔らかそうな髪をきれいに櫛った少年が、顔を上げた。

 

「せ、先生なら教えてくださると思いました!」

 

 しばらくはこっちを見る目を見つめ返して、改めて持ち込まれた自己推薦書類を見る。セドラ・ノンツァ。12歳。ノーグ地方の出で、つい最近までは郷里の錬金術師である親元で過ごす。切創治癒剤の2級までは製作可能、年齢にしてはいい腕をしている。でもこの経歴なら普通の錬金術師は弟子にしない。するなら、どこかで丁稚をしてもう少し揉まれた後の15からだ。

 こっちの世界の初物食いは実質いかもの食いでもある。……この辺は人も素材も多い。別に彼である必要はない。探せばもっと良い人材なんていくらでもいる。

 

「ローレル先生は錬金術の功績があるだけではなく、魔術師としても魔獣討伐にも積極的に関与されていると伺っています。あなたから、錬金術だけではなく、魔法体系そのものを学びたいのです」

「うん、28点」

「う、」

 

 ただ、別に私は人手に困っちゃいないのだ。

 

「30点中のね。いいよ、今日から私の弟子だ」

 

 オーブ茶にレモンを一滴垂らしたように、喜色が満ちるのを見る。まろい頬の鮮やかなことよ。

 錬金術士の雛になるということを、本当に理解しているのかは知らないが、しかしそれによって私が不利益を被るわけではない。だが目の前の淡いふたつの空色が、陽光だけではない輝きをしているのを見ると、それを言うのは憚られた。魔法は子を折り、孫を食む。わざわざ言う必要もあるまい。

 

「ッ、いいんですね、本当に!」

「二言はないとも。それとも、こんな軽率な奴の弟子なんてやめておくかい?」

「いいえ、その言葉、本契約として受け取りました!」

 

 なんともまあ、威勢のいいことで。

 

 口元を手で覆って考えつつ、釣り上がろうとする口の端を何とか元に戻す努力をする。30点で考えたのは、あとの70点など、この道で少なからずやってきた人間なら続けているうちに結果となってついてくるからだ。この年なら、素行が多少悪かったとて目も瞑れようし、教え込むのも師の役目である。もっとも、続けられるのならば、の話ではあるが。

 別に、この子供ひとりいてもいなくても私にとっては損にも得にもならない。だって、本当に今は困っちゃいないんだから。一人で十分なくらい稼げているのだから。経歴についても同じ。大きな街の親方でも連盟員でもないのだし、そこも含めて気ままでいい。

 

 ドアを開ける。前の主から引き継いで何年も経ったが、見繕ってきた家具とは違い、金具の軋み音一つ無い。この家であれば、まあ、弟子を置いておいても問題はないだろう。おおかたの奉公人というものは、いきなり崩れない寝床と程度な修行を求めてくるものだ。この子がどれだけ知っているか、徒弟制に求めているものがあるかはまだわからないが。

 

「来なさい、セドラ。鞄も持って」

「はい!」

 

 ともかくも、応接室にずっといさせるのも時間の浪費になるだけだ。やや赤らんだ顔の初弟子を呼び寄せて、戸を閉める。まあ、生活スペースなら自由にさせても良いだろう。工房に入れるのは私がいるときだけでなくてはならないが。あの部屋は齢12の人間には危ない。

 

 

 

 ──ハルビア王国南西部。女錬金術士のローレルが居を構えるニーユ地方は、中央よりも温暖で天候の変動が少なく、そうした気候に支えられている農作地域である。王都パシオのあるミゼリ地方からは遠いが、王都への作物出荷量は他のどの地方よりも多く、さらには有事の食料輸出を行う「ハルビアのパン籠」である。

 王立魔術院を始めとした学問施設群からは遠くとも、セドラのように王都新しく師匠を探す錬金術士の卵たちがやってくることもある。魔法という学問体系の傘下にある魔術・錬金術などを学ぶ際には、自ら師を見つけて在野で学ぶか、王都にある専門機関で学ぶか、あるいは国内外各地に存在するギルド、すなわち職人・職業集団の親方に弟子入りして学ぶかのどれかの手段を選ぶことになる。セドラがローレルの元へ訪ねたように。

 だがそれ以上に、ニーユ地方は、親方になるにふさわしいと認められたばかりの遍歴魔術師や遍歴錬金術士が来ることが多い地域である。なぜなら、魔獣討伐件数の多い重要地域だからだ。

 

 魔獣は魔法生物とも呼称される生き物で、通常の動物たちと同様に心臓を持ち活動する。生態は外見の近しい他生物に似ることもあるが、概してエーテル──魔法と区分される魔術・錬金術等の技術に使用される、多くの生き物が持つ熱のようなもの──を溜め込む器官があり、攻撃手段として魔術のごとき反撃を行うため魔術師や錬金術士を中心とした魔法技能保持者による討伐が推奨されている。

 魔獣の肉体は魔術師や錬金術士にとっては良い素材となるため高値で取引される。ニーユ産の魔獣素材は食料と並ぶ重要な資金源だ。脅かされ、悩まされるが、同時に富をも生む。魔獣の発生については多くの謎があるが、しかしこの土地の管理者を預る者たちは富を選んだ。ゆえに、遍歴の際にニーユへやってくる魔法技能保持者は、その門戸を叩く初学者たちよりも数が多い。

 広く穏やかな気候と地域の大半である褐色の豊かな土によって多くの作物を育み。同時に、東側に深い森の広がる未開地域と接し、木々を大きく削ることをせずに遍歴魔法技能保持者を招き入れては魔獣討伐を続ける。それがニーユという土地である。

 

 ローレルがこの地域に住む理由は、そのような生業の都合もさることながら、ひとえに他の地域と比べて只人の移動があまり多くはないからだ。屋敷のある都市の外れは静かであったし、農耕地の人間はおおむね一生、その土地に生まれ、あるいは居着いて過ごす。農繁期や魔獣討伐のため、また遍歴の者については別として、それ以外の人間の流動性が高くないことが彼女にとっては魅力的だった。見知った顔、慣れたやり取り。いわゆる刺激というものが少ないことを好んでおり、別に変化に飢えているわけでもなければ、金銭的にも人材的な余裕としても飢えてはいなかった。

 

 魔法技能保持者は都市から離れて一人親方をするものも多い。都市内部と比較してギルドへの上納金が少ないこと、市内へ商品を持ち込む際には自費で検品等を受ける義務があるものの、それ以外では直接取り引きが可能であり金銭的な負担が少ないからだ。

 また、都市外に住むことを選択すれば早く独り立ちを認められやすい。ローレルは17歳から親方となったし、それを聞きつけて来る親方の雛もいた。だが、多くはない。だからこそ、彼女は口先だけでもセドラが己を選んで来たと行ったことに興味を持った。

 

 

 

 追い出してもいいが、気になる事がありすぎる。仮によそへの口利きをするにしても、そちらをまとめて聞き出してしまってからにしよう。そう考えて、どの程度、どこにこの弟子を置くかを考える。

 まずは、一月様子を見る。それで問題がなければ更に二月。そこでまだ見込みがあるならすべて教えるためにあるだけの時間を。手に負えなければミゼリへ紹介する。もっと別なことに才があるならば、ギルドを通して親方を探そう。

 

 歩きながらそのように軽い計画をし、同時に、どこまでを求めるかを悩む。弟子であるからには技能だけを見るつもりでいるが、しかし負担は大きい。家事をやらせるならばその分教材や指導について考える時間ができよう。他にも浮いた時間で仕事も受けることができるだけに、諸般の融通をしてやることもできよう。

 

「部屋は狭いが一つ貸そう。弟子になるだけなら月に大銅貨6枚。家周りの奉公で家賃はなしにするけど、どうする」

「え、っと……奉公するといいことは」

「師匠の機嫌を取れる」

「やります」

「良い根性だ。それなら少し良い部屋にしてあげよう」

 

 この家の空き部屋には、ちょうど掃除したばかりの日当たりのいい部屋と悪い部屋がある。私の部屋の真下の位置で、冬でもなかなか快適だ。

 戸を開けると、うっすら舞った埃が照らされて光りながら散る。あんまり良くはないけど、まあ、ものがないだけマシだ。一昨日掃除したばかりの空っぽの部屋。家財はあるならば使うようにすればいいし、なければこれから詰めれば良いだろう。実家からの荷物に入っている可能性がないわけではないのだ。

 魔法使いのカバンは、基本的に何でも入っている。本当に何でも、ということはないが、金を積めば持ち運びの効く家具類を詰めることはできる。

 

「荷物は」

「これだけです」

 

 開く様子もなく、この調子であるなら恐らく家具類を入れてはいまい。

 

「じゃあ家財も必要か。財布と時計だけ持って来なさい、すぐ買いに出よう」

「えっ」

 

 私の言葉に、セドラがあからさまに顔を歪めた。仰天というよりも悲痛な色が強い。はて。

 

「あ、先生、その」

「うん?」

「僕、そこまでの蓄えがなくて」

「……ああ、そういうこと。安心したまえ、雇用関係である以上、備品は雇い主持ちだよ」

「そんな」

 

 今度は目が飛び出そうに見開かれて、口も半開きになっている。よくそこまで開くもんだなと思うし、本当に表情が豊かだ。

 うん、徒弟制度のよくある習慣をあまり理解していないようで助かる。少しずつ教えればいいだろう。

 

「それとも、すぐに払えないからと体を痛めかねない部屋で寝起きして、ろくな休息もしないまま日々の鍛錬をする気かな」

「……ありがとうございます。お世話に、なります」

「さっきも言ったが、これは雇い主に求められることだ。覚えておきなさい。私は廊下で待っているよ」

「はい、ローレル先生」

 

 ローレルは家事についても、いくらか気を付けるべきことがあるぶん教えることはたくさんありそうだと考えた。それを込みで考えても気は長い方であると自負しているので、どうするかなどと深くは考えず、ただまた一つうなずくに留めたが。

 

「おまたせしました」

「よし。……ああ、そうだ」

 

 素直な弟子はこくりと一つ頷いて、いくらもしないうちに出てきた。貴重品自体が少ないのだろう。ポケットもろくに嵩が変わらない。ここを出ていくとなったら見た目にも変わるようにしてやるのが甲斐性というものであろう。一つ、目標が立った。

 

 

 ローレルは自分を見上げるセドラを見て思い出したように声を上げ、彼へ手を差し出した。胸の前のあたりで静止し、開いた手にあったのは、きれいな石の付いた鍵だ。

 淡い橙色のつやつやした楕円の石が、鍵の頭についている。鍵自体も不思議な形状だった。長細い金属がまるで交差するような形になっていて、鍵の足として正しく機能するか不安な形状になっている。また、金属部全体に穴や小さな丸い突起があり、飾りかおもちゃのようだった。しかし、触れればわかる。これ自体が杖のかわり、つまり魔術の基盤になるように設計されている。

 

「うわっ、なにこれっ!」

「ははっ、いい反応だ! 杖みたいなものだ、慣れておきなさい」

「絶対嘘だ!」

 

 やたらと良い悲鳴で鍵を跳ねさせている弟子に笑いが溢れる。この鍵は持ったものの魔力の循環の一部に組み込まれるような感覚があるから、驚くのも無理はない。悪い意味じゃないんだが、あとでフォローは入れておこう。初めてそうしたものに触れたのだろうし、そうした反応は微笑ましいものなのだ。

 

「それはこの家の鍵のスペアだ。君に貸しておこう。それ一つで家が立つから、気をつけて持ち歩くように」

「え!」

「私がいなくてもここに戻れないと困るだろう。それじゃ、行こうか」

「あっ、……待ってください、先生!」

 

 悲鳴を上げながら反応が変わった弟子を見て、確信する。これならまあやっていけるだろう。肩肘張ったり、余計な強張りが取れないようであれば弟子としておいておくのはやめようかと思ったのだ。怪我をされても困る。だが、そうではなくなった。

 だから、気分が良かった。他人と生活するのは数年ぶりになる。この弟子がどの程度、壊してくれるかが楽しみでならないのだ。

 

 ここから村の指物師の家を目指してもいいが、家財をより早く手に入れるなら都市へ行くほうが早い。家から近いのは北西にしばらく進んた場所にあるウィティの街だ。あの都市は商人や流れ者が多く、程よく汚い。綺麗すぎる川に魚は住まないし、そんなところで育った魚がいたら、海に流されたらすぐ死んでしまおうものだ。

 家の戸に鍵をかけ、すぐ傍の馬小屋へ向かう。セドラ一人であれば相乗りも問題はない。鞍の狭さはまあ、我慢してもらうしか無いが。

 

「さぁ、日暮れまでに全部済ませてしまおうか」

 

 

 ああ、嬉しい。これでようやく、私の人生の帳尻合わせを始められるのだ。

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