半人半竜のヒーローアカデミア 作:十希
はじめに
皆様、いつも本作品をお読み頂き、誠にありがとうございます!
前回の更新から早いもので半年以上が経ってました。待ったよという方は少ないかもしれませんが、これからも頑張ります
それでは本編をお楽しみ下さい!
『地獄への招待状』
TDLを包む、重苦しい静寂。
巻き上がる土煙の向こうで、俺は、激しく上下する肩をどうにか宥めようとしていた。
『ッ…!』
痛む。治崎との死闘でズタズタになり、ようやく塞がりかけていた右腕が、今の「本気の殴り合い」で再び裂けたのだ。皮膚の隙間から、じわりと熱い血液が滲み出て衣服を汚していく。
だが、そんな痛みなどどうでもよかった。
俺の視線の先には、片足を痛めて崩れ落ち、汗に塗れながら呆然と天を仰いでいる緑谷の姿があった。
「ワン・フォー・オール」という、世界を救うべき重すぎる力。
インターンでの過酷な現実を経て、その責任から目を背け、あろうことか力を手放そうとした緑谷。
その覚悟の甘さが、俺にはどうしても許せなかった。
だから拳を叩き込んだ。全力で、本気で。互いの信念を削り合うような喧嘩は、ただの口論などという生易しいものでは終わらなかった。
『その心の奥底に眠る…原点を思い出せ!!』
胸の奥底から、魂を削り出すようにして吐き出した俺の言葉。
緑谷の心に、それがどう響いたのかは、彼の瞳を見れば分かった。
濁っていた彼の緑色の瞳に、かつてのような、いや、それ以上の強い光が宿り始めていた。
神野の日、平和の象徴から何を託されたのか。
先代たちの願い、オールマイトの覚悟、指示、そして未来への希望。その全てを受け継ぎ、背負って立つ責任を、緑谷はようやく真正面から受け止めたのだ。
『もう……逃げない』
泥を払い、立ち上がった緑谷の顔には、もう迷いはなかった。
『ありがとう、破竜くん』と、痛む足を引きずりながら向けられた笑顔。それだけで、この右腕の激痛も、引き裂かれた筋肉の対価も、決して無駄ではなかったと思えた。
そう、決意を新たにした、まさにその矢先のことだった。
夕方――。
雄英高校の保健室には、張り詰めた、別の意味で恐ろしい「最後の壁」が立ちはだかっていた。
『おい、破竜。俺が言ったこと……覚えてるか?』
静かな空気を切り裂くように、低く鋭い声が響いた。
その一言だけで、室温が数度下がったような錯覚を覚える。声の主は本来、気だるげな…しかし今は怒気を孕んだ担任・相澤消太だった。
そして、その視線の先にいる俺といえば――。
『すすす、すみません……! ちゃんと謝ります! だからまず、この捕縛布だけでも解いてください……っ!!』
捕縛布で全身をがちがちに縛り上げられ、ミノムシ…いや、ミイラのように吊るされていた。必死にもがくものの、動けば動くほど強固に締め付けられ、悲鳴が保健室に虚しく響くだけだ。
『……まったく。何をやってるんだか』
呆れたようにため息をつくリカバリーガール。その隣で、すでに治療を終えた緑谷が、いたたまれなさそうな、それでいて同情に満ちた苦笑いを浮かべていた。
『(一応……破竜くんも怪我人なんだけどなぁ……)』
緑谷のそんな心の声が聞こえてきそうだったが、相澤の怒りはそんな生易しいものでは収まらない。
『俺は、お前を信用してTDLの使用を許可した。だが、お前たちのその怪我は何だ。そして――あの惨状は何だ』
怒鳴っているわけではない。低く押し殺した、感情を排した声。だからこそ、余計に怖い。
『…………すみません』
俺は観念して項垂れた。
怒られて当然だった。ウォリア状態の俺と、ワン・フォー・オール十五%を解放した緑谷が本気で激突したのだ。それだけで周囲には爆風のような衝撃波が発生する。そこへさらに、拳圧だけでコンクリートを粉砕する竜変身「ウォリアセカンド」の使用だ。
嵐のように放たれた空拳は、セメントスが築き上げた頑強なコンクリート壁を片っ端から粉砕し、吹き飛ばした。
気が付けば、TDLには文字通り瓦礫しか残っていなかった。更地。災害現場と見間違えるほど無残な姿へ変わり果てていたのだ。
シュン、と肩を落とし、ただひたすら謝罪の言葉を繰り返す。今回ばかりは俺に非があることを痛感していたから、どんな反論もできなかった。
だが、相澤の周囲に漂う黒いオーラは消えない。
保健室に重苦しい沈黙が流れる。その耐え難い空気に耐えかねたのは、ベッドに腰掛けていた緑谷だった。
『(このままじゃ……本当に破竜くんが……)』
緑谷の脳裏に「除籍」という最悪の二文字がよぎる。
彼は震える手を握り締め、意を決して、小さく口を開いた。
『あ、あの……相澤先生……!』
『なんだ、緑谷』
間髪入れずに向けられた鋭い眼光。ビクッ、と緑谷の肩が跳ねる。
喉まで上がった悲鳴を必死に飲み込みながら、それでも緑谷は視線を逸らさなかった。ここで引けば、俺が処分されると本気で思っているのだろう。その必死な横顔が、どこか誇らしかった。
『は、破竜くんは……僕のためにあんな無茶をしてくれたんです……! 僕が、インターンの後からずっと下ばかり向いていたから……破竜くんは、それを許せなくて……だから……っ! 破竜くんを除籍にはしないでください! お願いします!』
ベッドから勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げる緑谷。まだ完治していない足に激痛が走ったはずだが、彼は顔をしかめることすらしなかった。
その姿を見て、俺も捕縛布に包まれたまま、ゆっくりと頭を垂れた。
『……相澤先生。改めて謝ります。TDLをぶっ壊したこと。怪我をしないって約束を破ったこと。全部、俺の強引さが原因です。本当に申し訳ありませんでした。』
二人同時の、混じり気のない謝罪。
しばらくの沈黙の後、相澤は深くため息をついた。
『……謝罪は受け取ってやる。だが、それとこれとは話が別だ』
なおも処分を下そうと一歩踏み出した相澤の前に、小さな人影が立ちふさがった。
『はいはい、そこまでにしときな。この子たちもちゃんと反省してるじゃないさ。特に破竜くんなんて、ここまで素真面目に謝るのも珍しいんだろう? 今回は許してあげな』
割って入ったのはリカバリーガールだった。
『リカバリーガール……。ここで甘やかすのは合理的じゃありません』
『よく言うさねぇ』
リカバリーガールはくすりと笑い、相澤を小突いた。
『アンタたちだって、若い頃は似たような喧嘩をしてただろう? 忘れたとは言わせないよ』
『…………』
その一言で、相澤は完全に押し黙った。
雄英高校の教師陣の中でも、彼女は別格だ。校長にも物怖じせず、教師たちの学生時代まで知り尽くしている。人生経験の差では、あの相澤消太でも敵うはずがなかった。
しばらく睨み合った末、相澤は折れるように肩の力を抜いた。
『……今回は見なかったことにする。ただし』
まだ、タダでは済まなかった。
『喧嘩を仕掛けた破竜。お前は二日間、寮のゴミ回収係だ!反省文は……今回の経緯を考慮して免除する。だが次はない。今後同じことを繰り返したら、本気で処分を考える。わかったな?』
『『は、はい!!』』
二人の返事がきれいに重なる。
ようやく嵐が去ったことに、俺たちは心の底から安堵していた。
『……まったく。俺はこれから校長室とセメントスのところへ行く。TDLの補修依頼と、お前たちの監督責任について謝罪してくる。リカバリーガール、あとは任せます』
『はいはい。任せときな』
相澤は背中に戦闘以上の疲労を滲ませながら、保健室を後にした。
『(相澤先生……本当にごめんなさい……)』
緑谷は小さく手を合わせてその背中を見送っていた。
◇ ◇ ◇
その頃、事件現場となったTDLでは。
瓦礫の山を前に、あるいは呆然と立ち尽くす一人の教師の姿があった。
『…………』
その人物はセメントス。
目の前にあるのは、自分が生徒達のために何時間も考え、それこそ精魂込めて造り上げた戦闘訓練施設…
――だったもの。
壁は消失し、建物は崩壊し、コンクリートは砂利のよう。原形すら留めていない。
『……壊すなとは言わない。言わないが……』
ぽつりと呟いた彼の頬を、一筋の涙が伝う。
『さすがにこれは……やり過ぎじゃないか……。』
がっくりと肩を落とし、哀愁を漂わせるその背中に、居合わせたハウンドドッグや他の教師陣はかける言葉を持たなかった。結果として、その日の夜の補修作業には、申し訳なさそうに現れた相澤も駆り出されることになる。
◇ ◇ ◇
保健室に静けさが戻る。
捕縛布からようやく解放された俺は、じんわりと赤くなっている手首をさすりながら、隣のベッドの緑谷を見た。
『……悪かったな、緑谷。俺のせいで、お前まで巻き込んで謝らせちまった』
『それを言うなら、謝るのは僕の方だよ。僕が最初からちゃんと前を向いていれば、破竜くんがあんな無茶な喧嘩を仕掛ける必要なんてなかったんだから』
緑谷は本当に申し訳なさそうに、眉を八の字に曲げていた。その生真面目さに、俺は少し呆れつつも、こうなった原因を思い返す。
『……確かにな』
『え?』
『今思えば、最初からお前が吹っ切れてりゃ、俺があそこまで出しゃばる必要もなかった。つまり、本来俺は相澤先生に怒られずに済んだわけだ。……ってことは』
俺はビシッと緑谷を指差した。
『元を辿れば、全部お前のせいじゃねぇか!!』
『えぇぇぇぇぇぇっ!? ご、ごめん!! ほんとごめん!!』
『今さら謝っても遅ぇ! 』
『あぁもう、ごめんってばぁ!!』
さっきまでのシリアスで感動的な空気はどこへやら、騒がしいやり取りが始まる。
それを見ていたリカバリーガールは、額を押さえて深いため息をついた。
『アンタらねぇ……。保健室は喧嘩の第二ラウンドを始める場所じゃないんだよ。黙ってベッドで寝てな!』
『『はい……』』
怒られて縮こまる俺たちの返事は、妙に息が合っていた。
疲労と、治療の反動による眠気が一気に押し寄せてくる。
夕焼けが窓から差し込み、オレンジ色の光が部屋を満たしていく中、俺たちは自然と目を閉じ、深い眠りに落ちていった。
およそ一時間後。
静かな保健室の扉が、勢いよく蹴破るような音を立てて開かれた。
『君達!! 喧嘩したと聞いたが、大丈夫か!?』
聞き慣れすぎた大声が響き渡る。
驚いて飛び起きようとした俺たちの視界の端で、鋭い風が奔った。
パシィン!!
『いったぁ!?』
頭を押さえてうずくまったのは、元No.1ヒーロー、オールマイト。
その横には、一体どこから取り出したのか、巨大なハリセンを構えたリカバリーガールが仁王立ちしていた。
『病人の前でいきなり大声出すんじゃないよ! 治るものも治らなくなるだろうが!』
『あ、いや,その……心配でつい……』
『つい、じゃない! 少しは考えて行動しな!』
『す、すみません……』
すっかりしょげ返るかつての平和の象徴。俺は思わず吹き出し、緑谷は苦笑いを浮かべる。
『(てか、あのハリセンどっから出したんだよ……触れたら消されるな、黙っておこう)』
『二人とも、あたしの個性でほとんど治ってるよ。あとは安静にしときな。あたしゃ、瓦礫と格闘してるイレイザーの様子でも見てくるかね。くれぐれも、もう無茶はさせるんじゃないよ』
リカバリーガールは白衣を翻し、嵐のように去っていった。
残されたのは、オールマイト、緑谷、そして俺の三人だけだ。
『……破竜少年からワン・フォー・オールについて質問された時から、何となく予感はしていたんだ。やっぱり、喧嘩を……したんだね』
オールマイトは、どこか安心したように微笑んでいた。
『……はい』
二人の苦笑混じりの返事。それだけで、彼には全てが伝わったようだった。
『まさか、インターンを終えた翌日にここまで派手な喧嘩をするとは思わなかったが……』
オールマイトは俺を真っ直ぐに見つめた。
『破竜少年。君にとって、緑谷少年のあの時の言葉は……それほど許せなかったんだね』
責めるような響きはない。ただ、一人の大人として、俺の真意を確かめたいという温かい眼差しだった。
俺は少しだけ視線を落とし、頭を掻いた。
『……はい。正直、頭に血が上ってました。アイツが何を背負って、どれだけの思いでその力を託されたか、知ってたからこそ……余計に腹が立ったんです。そんな凄い力を、勝手に一人で抱え込んで、勝手に諦めようとするなんて。だから、殴ってでも分からせるしかなかったんです』
後悔はなかった。俺のやり方が荒っぽかったのは事実だが、あの時の緑谷には、言葉だけじゃ届かなかった。
オールマイトは、深く、優しく頷いた。
『(やはり、この少年は……不器用だが、誰よりも真っ直ぐなのだな)』
そんな湿っぽい空気を切り替えるように、緑谷が気恥ずかしそうに笑った。
『それにしてもさ、破竜くんの『ウォリアセカンド』、本当に凄かったよ。僕、十五パーセントどころか二十パーセントまで出しても、全然押し切れなくて……最後まで攻め切ることもできなかった』
『何落ち込んでんだよ。最後の一撃、中々だったぜ。』
俺は鼻で笑いながらも、事実を認めた。
『正直、オーラバリアまで使わさせられるとは思ってなかった。あれ、まともに食らってたら、今頃俺の骨が何本かイってたぞ。それに……あれでもまだ、お前の『全力』じゃねぇんだろ?』
『……うん。まだ、引き出せる力の一部だよ』
『なら十分だ。さすがは、オールマイトの力だな。恐れ入ったよ』
『ありがとう。破竜くんも、本当に強かった。また負けないように頑張るよ』
『おう。俺も負ける気はさらさらねぇけどな』
二人の間に、不思議なほど晴れやかな空気が流れる。
それを見ていたオールマイトは、目を丸くしていた。
『(あれ……? 本当にさっきまで本気で殴り合っていたんだよね?)』
爆豪と緑谷が衝突した時のような、長年のわだかまりによる重苦しさがない。拳を交え、魂をぶつけ合ったからこそ、互いを認め合い、引きずらない。
そんな二人の、遠慮のない、しかし強固な信頼関係が、オールマイトにはとても眩しく、そして嬉しく思えた。
『……君たちは、本当に不思議な関係だね』
『そうですか?』
俺たちは顔を見合わせ、同時に笑った。
緑谷が一歩前へ出て、オールマイトを真っ直ぐに見つめる。その瞳には、さっきまでの和やかさとは違う、確かな「継承者」としての覚悟が宿っていた。
『オールマイト。僕は、逃げちゃいけなかった。ワン・フォー・オールからも、自分自身からも。破竜くんが本気で怒ってくれたから、思い出せました。僕が何のためにヒーローを目指したのか。……もう、逃げません。平和の象徴の後継者として、僕にできることを、一歩ずつ、泥臭くても積み重ねていきます』
『……そうか。うん、それでいい』
オールマイトの胸の奥に、熱いものが込み上げる。
『(ナイトアイ……見ていてくれ。この少年は、また前を向いて歩き始めましたよ)』
『破竜少年。君は、何か言うことはあるかい?』
話を振られた俺は、腕を組んで少し考え、肩をすくめた。
『本人がやる気になってるなら、俺から言うことは何もないです。……ただ』
俺は、どこまでも真面目な顔で緑谷を見据えた。
『全盛期のオールマイトに一年間もマンツーマンで鍛えてもらった俺相手とはいえ、負けるとか普通に情けねぇぞ、このバカ野郎』
『…………え?』
『……は?』
緑谷とオールマイトの間抜けな声が重なる。
『俺のウォリアセカンド、まだ七割くらいしか出力出してねぇからな? そんな俺相手に負けて満足してる場合じゃねぇだろ。明日から訓練室借りて、修行し直し…』
『そ、そういえば緑谷少年!!』
オールマイトが慌てて大声を張り上げた。
『爆豪少年にも、破竜少年の協力を説明しておいた方がいいんじゃないかな!? ほら、協力者が増えた方が色々と都合が良いと思うんだ!!』
まずい…緑谷少年が破竜少年の修行と言う名の地獄に巻き込まれる…!という、元No.1の直感的な危機回避行動だった。
『そ、そうですね! すぐかっちゃん呼んできます!!』
緑谷は本能的に察知し、脱兎の如く保健室を飛び出していった。
『あ、おい! まだ話は終わって――』
バタン、と扉が閉まる。
『……なんで逃げたんだ、アイツ』
不思議そうに首を傾げる俺の横で、オールマイトは『助かった……』とばかりに額の汗を拭っていた。
◇ ◇ ◇
『何で俺を引っ張ってんだデクてめぇ!!』
緑谷に無理やり連れてこられたのは、仮免補講を終えたばかりの爆豪勝己だった。制服は土で少し汚れており、いかにも不機嫌そうなオーラを全身から放っている。
『お、爆豪。補講お疲れ』
俺はベッドの上から手を振った。
『また子供相手に『死ねぇ!』とか言わなかったか? 救助相手への暴言は減点対象だぞ。……まぁ、一回落ちてるお前なら、その辺はもう身に染みてるか』
『ナチュラルに煽ってんじゃねぇぞドラゴン野郎!!』
爆豪の怒号が保健室の天井を揺らす。
『完璧にこなし殺してきたわ!!』
『こなし殺すってなんだよ、日本語おかしいぞ』
『うるせぇ!!』
いつもの騒がしいやり取り。だが、爆豪の鋭い視線は、俺の表情をじっと品定めするように動いていた。緑谷から俺が「ワン・フォー・オールの真実」を知ったことを聞かされたのだろう。
『……デクから聞いた。お前、知ったんだってな?』
『あァ』
俺はあっさりと頷いた。
『これからは俺も、緑谷――いや、お前たちの力にもなれる。隠し事はなしだ』
『あァ? 何でデクはともかく、俺まで入ってんだ。俺ァ別に、お前の助けなんざ必要ねぇぞ』
相変わらずのツンツンぶりに、俺は少し呆れつつも、以前から思っていた素朴な疑問を口にした。
『いやさ……お前、今までよく我慢してたな』
『……は?』
『オールマイトと緑谷、あの二人しょっちゅうコソコソ二人きりで話してただろ? 側から見たら『怪しいです』って自己主張してるようなもんだったぞ。誰も突っ込まないのが不思議なレベルだった』
その瞬間。
ギギギ……と、首の骨がきしむような音を立てて、緑谷とオールマイトが同時に視線を逸らした。
その、あまりにも分かりやすすぎる「有罪判決」のような態度を見て、爆豪の額にピキピキと青筋が浮かび上がる。
『……テメェら』
ゆっくりと、本当にゆっくりと、爆豪が二人を睨みつけた。
『ドラゴン野郎……よく言った。俺ァ、ずっと思ってたわ』
爆豪の瞳に、ようやく自分の苦労を理解してもらえた同志を得たかのような、奇妙な光が宿る。
『秘密にするって決めたならよォ! もっと上手く隠せや!! 当たり前みたいに二人で放課後コソコソしやがって! その度に俺が周りの目をどうやって誤魔化してフォローしてきたと思ってんだァ! あァ!?』
『『す、すみません……』』
怒れる爆豪の前に、No.1ヒーローとその継承者が、見事なシンクロ率で正座した。
『謝って済むか! 俺がどれだけ『また特訓だろ』とか言って、クソ髪やアホ面たちを煙に巻いてきたか! 隠すならもっとプロらしくやれ!!』
『返す言葉もございません……』
『面目ない……』
高校生に説教される大人と少年。なんとも言えない滑稽な光景がそこにはあった。
俺は腕を組み、深く頷く。
『(うん、これは全面的に爆豪が正しい。あの二人の隠密行動は、ザルどころか目の粗い網レベルだったからな)』
緑谷が、すがるような目で俺を見てくる。
『(お願い、破竜くん……助けて……!)』
だが、俺は静かに、そっと視線を逸らした。
『(悪い。これは俺でも擁護できん。自業自得だ、耐えろ)』
『じゃ、俺は先に寮へ戻るわ。相澤先生に言われたゴミ回収もあるしな』
『えっ!? 待って,逃げないで破竜くん!!』
『どぉこ見てやがんだァァァ!!! まだ話は終わってねぇぞデク!!!』
背後から響く爆豪の咆哮をBGMに、俺はひらひらと手を振って保健室を後にした。
まあ、あの様子なら、そのうちリカバリーガールが戻ってきて爆豪をハリセンで黙らせてくれるだろう。俺に秘密にしてたお仕置きとしては、ちょうどいい。
◇ ◇ ◇
その日の夜、A組の宿舎「ハイツアライアンス」。
俺は大きめのゴミ袋を片手に、各部屋を回っていた。相澤先生から下された「二日間のゴミ回収係」を消化するためだ。
コンコン、とノックし、ドアを開ける。
『爆豪ー。ゴミ回収に来たぞ』
『……開いてる。そこ置いとけ』
爆豪の部屋は、驚くほど整然としていた。机の上も、ベッドのシーツも、きっちりと整えられている。
『(相変わらず几帳面な奴だな)』
爆豪は分別済みのゴミ袋を差し出してきた。
『可燃と不燃、しっかり分けといたからな』
『お、サンキュ。……やっぱりお前、綺麗に分別するな。上鳴とか峰田なんか、毎回ぐちゃぐちゃだから本当に助かるよ』
『当たり前だろ。ルールはルールだ』
鼻で笑う爆豪。ほんの数秒の、極めて事務的なやり取り。
それなのに――廊下で聞き耳を立てていたクラスメイトたちの声が、綺麗に重なった。
『『『なんか二人が普通に会話してる!?』』』
『失礼すぎねぇか、お前ら』
俺は苦笑しながら、ゴミ袋を肩に担いだ。
『俺と爆豪だって、普通に会話くらいするぞ。……な?』
『ケッ。不本意だけどな』
爆豪はそっぽを向いたが、いつものように爆破を伴う威嚇はない。
以前の刺々しさが嘘のように、二人の間にある空気は、どこか柔らかいものに変化していた。
その変化を、鋭く察知したのは蛙吹梅雨だった。
『正直に言うわね。今までの破竜ちゃんと爆豪ちゃんって、お互いあまり好きじゃないっていうか、ギスギスした印象があったの。それが急にここまで普通になるなんて、少し気になるわ。何かあったの?』
その問いに、周囲の面々も『確かに』と頷く。
『うーん、別に何か劇的なことがあったわけじゃないけどな。強いて言うなら……爆豪が、少し丸くなったっていうか。仮免試験で一人だけ落ちて、鼻っ柱が折れたからじゃないか?』
『喧嘩売ってんのかドラゴン野郎……!!』
爆豪の背後から、一瞬で黒い殺気が立ち昇るが、破竜は悪びれもなく事実を告げた。
『いや、事実かなって…。』
『っざけんな!ぶっ殺す!!』
鬼のような目をした爆豪から破竜はゴミ袋を抱えながら逃走した。なぜかわからないが、捕まったらとんでもない目に遭う予感がして…。
それを見送りながら、麗日や八百万、切島たちは顔を見合わせ、
『……仲良くなった、のよね?』
『ええ、多分……前みたいな険悪な感じではないですわね』
『気にしたら負けってことだな!』
という結論に達し、見事なまでに意見が一致したのだった。
◇ ◇ ◇
それから数日後の昼休み。
授業を終えた俺は食堂へと向かっていた。
『よーし、今日もランチラッシュ特製、生姜焼き定食だ!』
『アンタ、本当に毎日そればっかりよね。たまには違うもの食べたら?』
隣を歩く耳郎響香が、呆れたようにため息をつく。
『そうそう! ハンバーグとか唐揚げとか、肉なら他にも色々あるじゃん!』
上鳴電気もニヤニヤしながら割り込んでくる。
『私は洋食をお勧めしますわ。デミグラスハンバーグは絶品ですもの』
八百万百も上品に微笑む。
『うーん、でもやっぱり生姜焼きのタレがご飯に染み込んだやつが一番――』
そんな平和な雑談を遮るように、スピーカーから電子音が鳴り響いた。
『ヒーロー科一年A組、破竜真人くん。至急、校長室まで来てください。繰り返します――』
『え……マジか』
俺は天井を見上げた。せっかくの昼飯時なのに、一体何の用だ。
『破竜、また何かやらかした?』
『ちょっと、赤点常習犯のアンタと一緒にしないで。破竜が可哀想でしょ』
『なんで俺だけいつもそんな扱いなんだよ!』
上鳴の悲痛な叫びを背に、俺は三人に手を振って校長室へと向かった。
この時の俺は、まだ知る由もなかった。
この呼び出しが、この先待ち受ける、あまりにも重い「因縁」へのプロローグになるということを。
◇ ◇ ◇
校長室の重厚な扉を開ける。
『失礼します……』
中に入った瞬間、俺の身体は自然と硬直した。
視線の先にいたのは、担任の相澤だけではなかったからだ。
オールマイト。
そして、雄英高校のトップである、根津校長。
『えっ……なんで。』
担任、副担任だけならまだしも、校長先生を含めたこのメンバーに嫌でも心臓の鼓動が速くなる。
『とりあえず落ち着け。用があるのは俺じゃない』
相澤が腕を組み、促す。
『私さ!』
ひょこっ、と相澤の捕縛布の隙間から、根津校長が顔を出した。
『うわっ!? びっくりした……』
『あはは、驚かせちゃったかな? でも、話はとても真面目なものなんだ』
校長は笑っているが、オールマイトと相澤の表情は極めてシリアスだ。その空気の重さに、俺の顔からも自然と余裕が消えていく。
『……何か、重大なことでも起きたんですか』
誰もすぐには答えない。数秒の重苦しい沈黙。それだけで、これから話される内容が、一介の高校生に向けて良いものではないことくらい察しがついた。
やがて、オールマイトが静かに一歩前へ出た。
『破竜少年。落ち着いて聞いてほしい。……君宛に、面会依頼が届いている』
『面会依頼……? 誰からですか?』
俺を呼び出す相手など、そう多くはない。
I・アイランドで服役中のデヴィットさんか、あるいはインターンで捕らえた極道・死穢八斎會の残党、バリオとサントのクズ野郎どもか?
『(いや、それとも…)』
脳裏に銀髪の少年の顔が思い浮かぶが、オールマイトの口から出た名前は、そのどれでもなかった。
『……敵連合、黒霧からだ』
『…………っ!!』
一瞬、頭の中が真っ白になった。
黒霧。
USJ、合宿襲撃、神野。
幾度となく俺たちの前に立ちふさがり、あの不気味なワープゲートでヒーローたちを翻弄した、敵連合の参謀。
なぜ、あの男が俺を?
『本来なら、生徒に話す内容じゃない』
相澤が、鋭い眼光で破竜を射抜く。
『だが、これからの話をする上で、お前が知らないままというわけにもいかない。だからあえて話す。ただし、これから話す内容は極秘だ。絶対に他言するな』
『……はい』
俺は喉を鳴らし、深く頷いた。
『君たちが死穢八斎會との死闘を繰り広げていた同時期、グラントリノたちの手によって、黒霧の身柄確保に成功したんだ』
オールマイトの説明に、俺は息を呑んだ。
あの最重要人物を捕らえた。それはヒーロー側にとって、これ以上ない大金星だ。
『警察は敵連合の情報を引き出そうと尋問を重ねたが、あの男は実によく口が回る。核心に触れる情報はのらりくらりとはぐらかされ、何一つ収穫はなかった。……そんな中、黒霧の方から、一つだけ条件を提示してきた』
オールマイトは、黒霧のあの慇懃無礼な口調を真似るように、静かに言葉を紡いだ。
『死柄木弔や敵連合の内情を話す気はありません。ですが……破竜真人くんと少しだけ話をさせていただけるのであれば、私たちの目的くらいならお話ししても構いません』
『……俺と、話す……?』
なぜ俺なのか。
確かに、USJやショッピングモールで直接言葉を交わしたことはある。だが、敵連合にとって、俺はただの「邪魔な雄英生」の一人に過ぎないはずだ。
『もちろん、警察も公安も、最初は要求を突っぱねるつもりだった。敵の要求を飲むなど、あってはならないことだからね。だが……』
根津校長が、悲しげに目を伏せた。
『もし本当に、敵連合の『目的』が事前に分かれば、今後起こり得る大惨事を防ぎ、多くの命を救うことができる。その天秤の重さに耐えかね、最終的にヒーロー公安委員会が判断を下した。……今回に限り、この条件を受け入れる、と』
校長室が静まり返る。
俺の拳は、自然と強く握り締められていた。
『もちろん、君に無理強いはしない。決めるのは君だ。断っても、誰も君を責めないよ』
根津校長の言葉は、本心だろう。だが、俺は自嘲気味に笑うしかなかった。
『……公安委員会も、相変わらず嫌な意味で合理的ですね』
『破竜少年……』
『俺が、断れないって分かってるんですよ。昔、俺がどんな経験をしてきたかも、公安は全部把握してる。……全部計算ずくだ』
誰も、否定しなかった。
それが事実だからだ。公安委員会は、俺の「過去」を人質に取ったのだ。
『本当に……力不足で申し訳ない、破竜くん』
頭を下げる根津校長。その姿を見て、俺は慌てて首を振った。
『ち、違いますって! 校長先生たちが謝ることじゃないです。悪いのは敵であって、先生たちじゃない。それに……ここで俺が駄々をこねたら、一番困るのも先生たちでしょ。だったら、答えは最初から決まってます』
俺は顔を上げ、はっきりと告げた。
『行きます。黒霧に会ってきます』
『ありがとう、破竜少年……本当に、すまない』
オールマイトの顔には、罪悪感が滲んでいた。
生徒を敵の前に立たせる。そのヒーローとしての敗北感が、彼を苦しめているのが分かった。だから俺は、わざと明るい声を出す。
『それで、いつ行けばいいんですか? 来週の週末あたりですかね?』
だが、三人は一斉に視線を泳がせた。
嫌な予感が頭をよぎる。
『……今日だ』
『は?』
『今から、向かう』
『…………いやいやいやいや!! おかしいでしょ! 心の準備とか! 覚悟とか!』
俺の悲痛な叫びは、校長室の壁に虚しく吸い込まれていった。公安委員会は、俺が断らない前提で、すでにすべてのスケジュールを組んでいたのだ。
◇ ◇ ◇
およそ一時間後。
一台の黒い公用車が、物々しい警戒態勢のなか、ある巨大な建造物の前に停車した。
『着いたよ、破竜くん』
捜査一課の塚内警部に促され、俺は車外へと足を踏み出した。
灰色のコンクリート。何重にも張り巡らされた高圧電流のフェンス。そして、周囲を囲む冷たい海。
世界最高峰の特殊犯罪者収容施設――「タルタロス」。
『何で今日なんだよぉぉぉぉっ!!』
堪えきれず海の向こうへ叫ぶ。
『本当にすまない。公安は、君が了承した瞬間に連れて行くよう、僕たちに命令していたんだ』
塚内は申し訳なさそうに苦笑いしていた。
一歩、敷地内に足を踏み入れた瞬間、肌がピリピリと粟立った。
空気そのものが、どす黒く濁っている。
この施設の地下深くには、日本中の、いや世界中から集められた最凶の犯罪者たちがひしめいている。彼らが放つ、目に見えない「悪意」と「殺気」が、建物全体に染み付いているのだ。
『……すごい場所ですね。敵意が、濃い』
『当然さ。ここは一度入れば、二度と娑婆の土は踏めないと言われる奈落。黒霧も、その中では間違いなく最重要人物の一人として、完全隔離されている』
塚内の案内で、俺達は窓のない長い廊下を進む。
蛍光灯の白い光だけが、無機質に足元を照らしていた。自分自身の足音だけが、耳障りなほど響く。
やがて、極厚の鋼鉄製の扉の前で、塚内が立ち止まった。
『……ここだ。この向こうに、黒霧がいる』
『はい。行きましょう』
俺が扉を開けようとすると、塚内は静かに首を横に振った。
『いや、僕はここまでだ。警察が同席すれば、彼は再び口を閉ざすだろう。中には監視カメラと、万が一のための拘束・防衛システムが完備されている。彼の身体は完全に固定され、動かせるのは口だけだ。……一人で、行ってくれ』
『……分かりました』
深呼吸を一つ。
冷たい鉄のノブを掴み、ゆっくりと押し開ける。
ギギギ……と、重苦しい音を立てて扉が開いた。
部屋の薄暗い中心。
無数の太いボルトと拘束具によって、壁に完全に縫い付けられるように固定された、黒いモヤのような影。
身動き一つできないはずなのに、その存在感は、USJで見た時以上のプレッシャーを放っていた。
モヤの中心にある、怪しく光る瞳が、ゆっくりとこちらを向く。
『……やぁ。久しぶりだね、破竜くん』
それは、あまりにも穏やかで、慇懃な声だった。
まるで、放課後の教室で友人を待っていたかのような、日常のトーン。
俺は扉を背に立ち、その目を真っ直ぐに見据えた。
『……久しぶりだな、黒霧。随分と窮屈そうな格好だな』
『ふふ、これでも最高峰のもてなしを受けている身ですのでね。……さて』
モヤが小さく揺れる。
『ようこそ、タルタロスへ。せっかく来ていただいたのだ。……少し、お話をしようか』
重く閉ざされた鋼鉄の扉の向こう、誰の声も届かない密室で。
一人の少年と、深淵に囚われた敵との、奇妙な対話が幕を開けた。
あとがきです。
実は半年近くかかったのはこの後の展開を考えすぎて、『あれ、これって矛盾点ないよな』とか『今後の設定壊れないよね?』とか自問自答を繰り返した結果こんなことに…
さて、破竜くんと話をしたいとヒーロー協会にまで条件を突きつけてまでタルタロスに呼びつけた黒霧。彼は一体何を考えてるんだろうね。
ではでは…次回もお楽しみに!!!
次回予告
『敵連合の目的はなんだ?』
『君は敵連合という組織を、どう認識している?』
『……何が言いてぇ。』
『君は戦えるのかい?』
次回!
半人半竜のヒーローアカデミア
『消えない残響』
『破竜くん、君は…君の信じるヒーローでいてくれ。』
更に向こうへ!Plus ultra!!!