タクティカル祓魔師短編集   作:イワシコ農相

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ミワシ部隊の界異列車に来客来る。


散花残香

 山を下ったらそこは駅だった。広告溢れる都会でもなく、ぽつんと電子式改札が二個だけ残された田舎の駅でもない。クロスエはそこに置かれていた無数の木造ベンチに座っていた。端が既にやや白がかりカビが生え、ところどころに打ち込まれた杭は既に赤い。年季の入った、廃駅。

 

 しかし、それにしてはおかしい。未だに残っている電電公社の広告ならまだしも、旧字体で「見たか戦果、知ったか底力」大政翼賛会と張られている様は異質だ。朽ちているにしてはやけに大きな駅舎の傍には無数の線路。擦った跡があるのか、銀色の傷跡をところどころ垣間見えることができる。

 

「まだ、使われてる?」

 

 唇が勝手に呟く。これは明らかにまだ使われている列車の線路だ。ならば、尚更何故このような戦前のような駅が残されているのかが、理解できずに頭を傾げる。サバイバルをすることが多いクロスエでも、経験はしたことがなかった。どこかに車掌が居ないかと探しに行こうとした刹那。この駅の周辺が全て存在していないかのように、星のない夜空が広がり、駅を照らすオレンジ色のガス灯のみが光源だと気がついた。山すら、星明かりを辿れば下山出来るのだが真っ暗だと厳しい。

 

「きさらぎ駅」

 

 クロスエは偶然にもこの現象を知っていた。第十班の旗手である時田理想から、聞いたことがある。疲れ果て駅で眠ってしまうと迷い込んでしまう異界があると、そこがきさらぎ駅であり、帰ってこれる人は少ない。だが、それは別に心配ではない。どうせ、歩いていけばどこかには突き当たるだろうと歩めを進めようとする。

 

 キーン。甲高い汽笛が鳴り響く。黒い煙を吐きながら、迫りくるは一つの列車。今では見ることがない装甲板を備え、一部の窓などが目や口を生やしているところを見ると本当にここはきさらぎ駅らしいと手に持っている棒切れを握りしめた。列車はブレーキをかけると火花を線香花火の如くに散らしていきながら、四両目のドアが眼前に止まった。

 

「如月駅、如月駅。到着しました。臣民の皆様は扉が開くまで今しばらくお待ち下さい」

 

 列車の口から漏れた声はハキハキとした声で、こんな界異列車から出てくるとは到底想像できなかった。

 

「えっ、喋るのこれ」

 

「ああ、喋るとも」

 

 自分より僅かに身長の低い、誰か。目を凝らせば根本が微かに傷んだ青みがかった濡烏色の長髪を靡かせ、退屈そうな目をしながら、開いた扉から覗き込んでいる。特徴的な緑色の軍服と赤い札で埋め尽くされた外套。一見すれば、女としか思えない化粧と肌の艶。それでも、クロスエは騙されることはない。長年男女を見分けてきた観察眼が、即座に男だと信号を照らす。胸と尻が女性のそれではないのだ。

 

「……男」

 

十河(そごう)より聞いていたが、変に扮しても意味がないな。小官は大和だ。ミワシ部隊の副官をしている。言いたいことは多くあるだろうが、ご同行願おう。黑季楠無(くろすえくすな)第十班長」

 

 はぁというため息を溢しながら、さぁ入れとこの一風変わった客車の中へと案内する手はやけに熟れていて、差し出された右手には籠手が一つ。淡く、碧く光を放つ掌は彼の腰に差した刀と同じように祭具であるのだろうとクロスエは勘ぐる。

 

「クロスエでいい」

 

 手を取ることなく、乗車。中はまるで時代を遡ったかのように昭和初期モダンな客車、かつての文豪が乗っていたであろう。豪華でありつつ、実用的なデザイン。悪く言えば、西洋かぶれの産物なのだろう。しかし、ところどころ改修されているようで現代に即した箇所があちらこちらと垣間見える。例えば、今の電車と相違ない照明とかであろうか。

 

「では、そのように」

 

 端的にそう答えた男は特に自分から会話を交わそうとすることなく、客車と客車の合間を通り過ぎて、目的地があるのかどこかへと向かっていく。

 

「ここって、何処?」

 

「見れば分かるのだろう」

 

 煙に撒こうとした刹那、している最中に大和と名乗る男の耳元からごく微かなモールス音が聞こえる。

 

「嗚呼、宜しいので。……作戦参謀殿より許可が出たため説明を行う。この車両はミワシ部隊の保有する列車、いづこ。界異列車いづこ……大日本帝国陸軍所属の装甲列車。かつて満州を走り、やがて北京と南京、デリーすらも行くはずであった。そのなれはてだが」

 

 クロスエでも聞き取りきれなかった何かを聞いてから。ここがミワシ部隊だと明かした。

 

「十河より、五十秒後に総隊長から告知して良いと下命されるそうだ。ならわざわざ隠す必要がない。今から一時間、ちょうどこの列車が司令部に着く直前までに限って滞在が許される。その合間のみ客人として持て成そう」

 

 返答を待つことなく、男は歩き出した。客車と客車を跨いでいき、ガタンゴトンと揺れる度に鳴動する様はさながら生き物の心臓の如く、規則正しく、力強かった。クロスエからすれば起こっている出来事の一切は理解できない。境対の定期研修をサボっているとは言え、ミワシ部隊の名を聞いたことがある。日本国内に巣食うテロリストの中では最も厄介な部類に入ると、神祇官連中がいつも騒いでいた。だが、いざ会ってみたら強調された悪の組織というよりは市役所のような、常に縛られた人達……少なくとも、この大和という男はそうなのだろう。

 

「……自由がないね」

 

 どんよりとした空気。大きな出来事が起きる前触れに感じるあの沈黙が木霊する。ナイフで切り裂いたような鋭さではない別の何かだ。

 

「それは日本国憲法で保証された自由権の話か? あいにく、米帝傀儡の戯言は聞かない主義だ。すべて、明治憲法の範囲に於いてあるべき故に」

 

「違う。何かに縛られてる」

 

 それは直感に近しい。だが、大事な的を射ることの出来た流鏑馬かのように正確であった。

 

「それは小官から話すものでもない」

 

 話を遮るように言葉を放った男は、そろそろだと言って早足で眼の前から消えた。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 といよいよ食堂車についたのか、内装が様変わりする。人を動かすという機械的な側面が人を癒やすという娯楽的な側面とジャンル変更されたのか、まさに豪華天覧。先程の重々しい空気もなく、立ち並ぶ料理の様々な香りが鼻腔をくすぐり、ヨダレを思わず滴らせる。その中の一つの机に静かに一人の女性が腰掛けている。男と同じ顔つき、髪の長さ。ただ、胸があるからあれは女だ。クロスエは確信した。

 

 その右に侍るように、その女と瓜二つ。違うとすれば、鼻を沿うように垂れた長髪と残りの二人より身長が低いことだろう。

 

 その左に侍るように、先程消えた音が侍っていた。先程から顔を変えることなく、こちらを感情の読み取れないあの瞳で見つめてくる。

 

「これって、どういう?」

 

 クロスエからすれば単純な疑問だ。急に駅に連れてこられて、列車に乗せられ、今こうして食堂車でまるで自分が席に着くことがさも当然であるかのように振る舞っている。まぁ、食えるものは食うのがオテント様も喜ぶだろう、知らないけど。それに闇討ちしたければ駅で十分出来たと考えるとこの飯は食って良い飯だ。

 

 金蓮副官が丹精込めて作った和食を嗜んでいる間に、真正面。二人を侍らせている女性が口を開いた。

 

「第十班クロスエ班長、現着した。さて、今日の夕飯はこれかな」

 

「では、こちらも自己紹介しよう。小官は烏有先生、右に居るのが娘の二弥(つぐや)、賀茂二弥大尉。左に居る影武者みたいな男は大和武最先任上級曹長」

 

 界異ドッペルゲンガーが居るのかな。そう思いたいほど三人は似ていた。烏有と名乗った彼女は、その長髪を人差し指でくるくると弄びながら頬杖を付いている。

 

「唐突だが、君は『防人の歌』という唄を聴いたことがあるだろうか」

 

 これがまた良い曲でな。そう語る彼女の口からほんのりとした米の香りがする。手元のおちょこを見れば、日本酒を飲んでいたのだろうと。大山巌の名を冠した銘柄なのは後ろに転がっているいくつかの空き瓶を見れば明らか。

 

「あいにくと知らないね。ただ、酔っぱらいに付き合わせるために呼んだわけではないんでしょ?」

 

 ピンク色の髪の毛をポリポリと掻きながら、話の展開が見えてこないがために悪態をつく。横へ視線をずらすと娘と呼ばれた少女が不機嫌そうに、唇を尖らせてクロスエを睨む。

 

「貴様、母上へは礼儀を持て。さもなく、殺すぞ」

 

 腰に携えた刀、華夏二十四条の内の一つ。古代中華の遺産にして、今の某総理大臣が焦りながら探し求めているもの。その名は『夏至』、如何なる勝負事を命をかけた命を賭けた真剣勝負にすることが出来る。これを強く握りしめ、威嚇する。背には薙刀『白頂』を携え、戦闘になれば一目散に振るわれるだろう。

 

「良い。二弥、今は無礼講だ。それに呼んだ趣旨も言ってないのはこちらだ」

 

 その一声で高まった緊張は一瞬にして、立ち消えた。盃を呷る烏有は熱の籠った視線で、問いかける。

 

「なぁ、日本と大日本帝国。この二つがわかり合う日は来るのだろうか。日本人同士で、命を奪い合うことのない……いや、戦いのない世界はあるのだろうか」

 

 最も自由な貴女だからこそ、聞いてみたかった。そう言うと飲み終えた酒瓶を大和が丁寧に新しいものへと取り替えた。

 

「どうかな。でも……少なくともボクらと仲良く握手するには、キミたちの両手を塞ぐ武器を捨てて貰わなくちゃ」

 

 無理だな。烏有は端的に断った。防人の歌はな、日露戦争を扱った映画で流れたのだと再び日本酒を喉に流し込みながら語り出す。二◯三高地で幾度と散っていった命、倒れ血に染まる連隊旗手から凡庸な兵まで等しく、数字になっていく様は見物だった。悲しそうに視線を下げた先に浮かぶのは、日本酒に浮かぶ己の顔。あの頃に比べて、笑顔の消えた顔が。

 

「防人の歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜミワシ部隊が現代日本で戦い続けなければならないかを分かるだろう」

 

「だから、知らないってば。戦いたくないなら、戦わなければ良い。自由とはそういうものだ」

 

 くつくつと喉を鳴らして、烏有はクロスエ(自由な人)を見つめる。その視線には呆れも、失望もない。ただ、納得があった。

 

 「海も、山も、春も、秋も、愛も、心も死んだからこそ、誰かがそれをかえりみてやらねば酷だろう?」

 

「皆、無事に帰ってきてくれと懇願された者ばかりだった。皇国の為、散った彼らが……その香りすら忘れ去られていくのはあまりに悲しい。旧軍を罵って打ち立てられた世界で生きる君たちと小官らはやはり相容れぬらしい」

 

 そこでだ。烏有は世間話をするかのように切り出した。

 

「ここで小官を殺すか。第十班長、平和な日本の為なら最適解だろう。今なら抵抗も何もしないさ」

 

 傍らに控える二人に緊張が走る。酒の勢いで言い出しているのか、はたまた何かの意味があってそうしているのか。事前相談なくミワシ部隊が両天秤の片方の皿に乗せられたようなものだった。

 

「ボクは枷断ち障り祓う者……自ら縛られ囚われている人を斬ることはないよ」

 

 烏有の首もとを指差すクロスエ。その指先は軍服の下に隠れた十六の花弁で彩られ、時代を問わずに尊ばれる陛下の家紋を指している。

 

「重そうだね……その縛り」

 

 今まで見た縛りの中で、最も重く感じたそれをクロスエは憐れむしかない。だが、烏有にその憐れみは届かない。もう、時間が流れすぎて、多くの声が忘れられてしまった。烏有は言う。

 

「そうか」

 

 なら、聞きたいことは聞けた。去るが良い。さもなくば─────

 

 

 

「あっ! 烏有様に取り憑く悪い虫ですね!」

 

 扉を蹴り破るように現れた黒髪セミロング、切り目から覗くのは怒り。

 

「……こうなるからな」

 

 新たな彼女、荒木副官は憲兵隊を率いて高らかに宣言した。

 

「烏有様と食事なんてうらやま……じゃなくて、ミワシ部隊の管轄する車両への不法侵入です!」

 

「これより、取り押さえます。如何なる抵抗に致死攻撃を許可します。やっておしまい、桂隊長!」

 

 そう呼ばれた憲兵隊のガチムチ中年の一人ははぁとため息を溢して、改めて副官を見やった。

 

「無理でっせ。これだから、最近の若者は視野狭窄だとタクチューブでも指摘されんだ。あの機械音声の動画、本人が声出さねぇのはいけすかねぇが、的を得てるな。やっぱり、環境庁が大気になんかばら蒔いてみんなバカにしてんだな」

 

 呆れた声を出して、桂隊長。正確には第一隊隊長である彼はゆっくりと空いた窓を指して、手を顔に当てた。

 

「もう既に一時間経過した。よって、既に去っているな」

 

 大和副官はそれを見て、愉快そうにさらに煽った。

 

「にっ、逃げられてるぅ!! 烏有様をお守りするのが、憲兵隊と副官じゃないんですか!!!」

 

「司令部副官と言えば、貴様もだろう」

 

 賀茂二弥ことウユツーはすぐに指摘した。

 

 

 

 

 

 一方、その頃。長野大本営地下、無数の真空管が張り巡らされた十河の本体は歓喜にうち振るえていた。

 

「十河です。烏有先生、新たなその決意にお慶び申し上げます。お慶び申し上げます。お慶び申し上げます」

 

 

 

『散る花の  二度と咲くとは 思はねど せめて残さん 花の香りを』

 

 という歌に。

 

「かえりみて 思い馳せる 散り際の 消えたあだ花 飾り付け」

 

 と烏有先生が返歌を送ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 




彼岸花の咲く丘には近づいてはならない。
───日露戦争中の将校の発言

こちら、キタミ先生に描いて頂いた挿絵になります!
https://www.pixiv.net/artworks/142916246
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