タクティカル祓魔師短編集   作:イワシコ農相

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赤マント(あかマント)は、昭和初期に語られた「都市伝説」・「噂」・「恐怖デマ」の一種。赤いマントを身に着けた姿からこの名で呼ばれる怪人譚。
───Wikipediaの赤マントより抜粋


時金満ちて、花丸欠く

 太陽が顔を隠して髪を下ろしているのか、空を赤い赤い夕焼けが覆っていく。徐々に西へと潜んでいく中、西からは月が頭を出そうとしている。午後17時の時間帯。

 

 

 防災……防災……下校す……時には……に注意し……

 

 

 ジリジリと雑音混じりの古びた町内放送は、僅かな不気味さを覚えさせる。いつもより、やけに多い鴉の鳴き声と共に木霊する別の音に背筋が凍る。じわじわと広がるように身体を硬直させていくのに対して、本能は今すぐに走れと叫んでいる。

 

 こつ。乾いた足音が一つ。こつ。こちらへ近づく音が一つ。バタッ。一斉に鴉が羽ばたく音が無数に響いた時、足音は止んだ。

 

 荒い息遣いが何度も胸を上下させ、走り出すために張り詰めていた太ももの力を抜いていく。

 

 気のせいだろう。一歩を踏み出して、家へと帰ろうとした刹那。こつ。足音が真後ろから聞こえ、視界が赤い赤い何かに埋め尽くされた。

 

 

 防災……より……不審者の……お知らせ……情報を……見かけた方が居ま……

 

 

 防災……より……不審者の……お知らせ……情報を……見かけた方が居ま……特徴は……赤……マント

 

 

 

 教卓の前に立つ先生は目の下に隈を作りながら、帰りの会を始める。あなたは、見慣れない先生の疲れた顔に頭を傾ける。真面目な先生だから、徹夜とかするわけないのにって。

 

 

「三組の鈴木さんが昨日から家に帰っておりません。その為、学校は保護者会を行い、集団下校の強化月間となります。下校中は寄り道せずに集団で家に帰りましょう。鈴木さんについて何か知っている人が居たら職員室まで……」

 

 

 先生が深刻そうな表情を浮かべながら、空いた一番前の席に目を向けて語る中。あなた、コハルの周りではヒソヒソと囁く声が何度も聞こえる。

 

 

 ねぇ、ねぇ聞いた? 赤マントが出たらしいって。

 

 

 うん、きっと鈴木ちゃんは見つかっちゃんだ。誕生日だから急いで帰るとか言って、一人突っ走るから。

 

 

 自業自得かもね~~赤マントは悪い子をお仕置きするのかな。今度は誰なのかな〜中臣ちゃんとか? 

 

 

 ちょっと、こわいからやめてよ。

 

 

 あなたは肩までしかない黒髪を触りながら、名指しされたことでそっと抗議の声を上げる。こわい話をすると、こわいことが起きるって都市伝説の本にも書いてあったことをあなたは覚えている。特に名前は不吉を呼んでくることが多い。

 

 

「こら! 話をちゃんと聞きなさい! 中臣さん、東野さん、三木さん!」

 

 

 先生に怒られてすぐに前を向くが、あなた、中臣コハルは後ろの席にそっとメモを渡した。放課後作戦会議と雑な字で書きなぐっただけだが、あなたは悪友であるアキとユリならわかってくれると確信していた。

 

 だから、今は我慢。あなた含め三人で口を強く噤んで、教師の注意喚起より、何を話すかに思考が向いている。確かにこわいけど、こんなに興味をそそる話は早々ない。きっと鈴木ちゃんも警察とかが見つけてくれるだろうという期待と共にこれから探検に出かけるワクワク感に脳が喜んだのか。貧乏ゆすりをしている。

 

 

「ただいまー!」

 

 

「お邪魔しまーす!」

 

 

「まーす!」

 

 

「はーい、後でおやつ持っていくからね」

 

 

 バタバタと階段を駆け上がって行く足音を聞きながらあなたのママは微笑ましそうに手を顎に添えて、あなたたちを眺めている。

 

 

『随分と騒がしいな。友人は二人とも女の子なのだろう? 小葉瑠もお転婆だが類は友を呼ぶと言う事か……』

 

 しゃがり声の混じった男性の声が、やれやれとでも言うように息を吐いた。肩に何かを背負ってるような深い深い息継ぎにママはまたかと唇を三日月の形にする。

 

 

「あらあら、あの年頃の子供は元気なのが一番よ」

 

 

 電話口に向かってママはパパに朗らかに答える。過去を思い返すように、楽しそうな声色を咲かせながら。ほら、みんな子供の頃があったでしょうとでも言うように。

 

 

『小葉瑠を見ていると段々とお袋に似て来て……ッッ』

 

 

 電話越しに聞こえてくる何かを擦る音は間違いない。腹だとママは察する。より電話口に口を近づけて、心配そうに聞く。

 

 

「あら! 胃薬はちゃんと持ってる? 切らしてない?」

 

 

『だ、大丈夫だ……今日は会議で遅くなる。くれぐれも小葉瑠を気にかけておいてくれ。今は特に厄介な……おっと、そろそろ行かなければ』

 

 

「は~い、お仕事頑張ってね!」

 

 

 ママはスマホを置くと早速買って来たケーキを出そうと思い冷蔵庫に向う。その足並みはあなたに迫る危機を知らないが故に、落ち着いたものだった。冷たい冷蔵庫の冷気を浴びて、ケーキに手を伸ばせるほどの安心感。

 

 この日常が崩れることがないと、本心から信じているママの顔は極めて穏やかだった。

 

 

 こつ。こつ。こつ。

 

 

 ───あなた、中臣(なかとみの)小葉瑠(こはる)は環境庁大臣官房総務部長である中臣叡地(えいじ)の娘である。

 

 家族は父親と母親と兄が二人と飼い犬の五人と一匹。父親は境界対策課、と言うより環境庁の偉い人であり一番上の長兄、戴樹(たいき)は境対課に今年、新人祓魔師として着任した。パパとお兄ちゃんが大好きなあなたが自分も境対に入って祓魔師になりたいと思うのは不思議な事では無い。それ故に、赤マントを捕まえようという計画を練っていたとしても、将来のすごくなるためと言い張ってしまえば事足りるとあなたは思ってしまった。

 

 

 

 △

 

 

 中臣千萱環境庁環境参事官(境界防災担当)参事官補佐。彼女を語る名は多くあれど、もっとも使われることが多いのは参事官補佐としての名であろう。中臣の子たる権威と参事官へ直接進言できる立場は極めて政治的には堅牢な砦に他ならない。大阪の冬の陣で、徳川に敗北を味わせた堀の如く、如何に攻め立てようと今後10年は陥落の兆しの見えぬ不落城。揺れ動く政治の世界において、それはまさに聖域。手にできるなら掴みたい蜘蛛の糸であり、同時に火取蛾を呼び込む火そのものだ。

 

 そんな彼女が今いるのは内閣本府庁舎6階、天使の輪彩る黒長髪に境対の狩衣を着た彼女は周りからすれば、異質だが不思議ではない。だって、ここは内閣情報調査室の牙城。日本のテロや治安に関する公開情報(オシント)、諜報や防諜に関する人的情報(ヒューミント)を司る日本版CIA、いわば日本の暗部の集う場所なのだから。

 

 真っ直ぐな廊下の最後の一室、一見すれば窓際の閉所に過ぎない。しかし、千萱の中の何かが、無数に切れていく縁を感じ取り、思わずドアノブを握ったまま立ち止まる。無粋な銀色のドアノブ、冷たいことを見るに直近で入った人は居ない。脳内の警報がより強く鳴る。

 

 出来ることなら、ここで踵を返すのが尤も政治的に正しい。しかし、中臣千萱にとっては政治より正しいと思うことがある。

 

 

 カチャリ。

 

 

 部屋へ入ると典型的な官僚の一室、書類は積み重なり。照明が電気を浪費させていきながら、照らしている。向かい合うように用意された椅子と机。これも妥当だろう。しかし、一つだけ違和感があった窓がない。ニヤリと微笑んだ向かい側のスーツを着た男はようこそと言わんばかりに当たり障りのない官僚的な笑みを浮かべ、形容するならさながら罠に掛かった獲物を喜ぶ猟師だろう。

 

「嗚呼、今回はお呼びしてすまないネ。これでもちょっと確認事項があるんでサァ」

 

 男の声は愉快そうに、喉仏を何度か上下させながら独特のイントネーションで歓待の意を示す。近くに置いてある名札にはこう書かれている。

 

「……時田(たいら)内閣情報分析官(境界戦争担当)」

 

 僅かに初老を迎えつつある42歳、特徴的な涙袋にあるホクロとそのドロリと黒ずんだ死んだ魚のような目を省けば、一般的な官僚と言える外見。黒髪に細身、やや整った顔に目を瞑れば、日本人のステレオタイプそのもの。

 

「まァ、かけ給えヨ。今回はそちらの意見を聞くために呼んだのだからサァ」

 

「……それはわざわざ、吾を呼ぶ必要はあったのかい?」

 

 もちろんと言いたげにより深く腰掛けた彼は机の上にあるコップを手に取り、少し水を飲んで、立ち尽くしたままの千萱を見て、今度は右手の掌で椅子を椅子を指すジェスチャーで再度着席を促した。

 

 この行為にはなんらかの意味がある。切れていく縁の数々がそれを物語っている。なんらかの祓魔術の行使だ。すかさず、その術の縁を切った。悟られることないように加護を加護で覆い包む古代から伝わる隠蔽術、包み手を使って。

 

 

 カチャリ。

 

 

「ありゃりゃ、千萱サン。ここ一応、ワタシの執務室なんデ。あんまり物騒なのは辞めて欲しいんですがねェ」

 

 開きっぱなしだったドアが大きな音と共に強く閉まる。オートロックでないにも関わらず。壁から床まで、部屋全体を覆う緑色の無数の文字が一瞬だけ浮かび上がり、千萱はなんとも無いように取り繕う。

 

「まさか、狩衣の不調でしょう」

 

 刹那に浮かび上がった文字の言語が日本語でなく、同時にアラビア文字やキリル文字でないことを見抜いた。何らかのラテン語圏の言語だ。

 

「いやいや、契約違反です。千萱サン」

 

 ケタケタと嗤いながら左手で顎を支えつつ、三度目の着席を促した。それによってか千萱の身体は本人の意志関係なく、足を動かして向かうように座る。そこに来てようやく、目の前に広がる無数の資料の中から丁寧に一つの書類が差し出されていることに気づく。加護のある児童に関する保護法案、千萱が自身で提案し、働きかけを行っていた法案だ。

 

「人質のつもりで?」

 

「ハッ、ワタシがそんなことに気を使う必要なんて無いんですがネ。今回はちと、おいたが過ぎましたナ。議員に働きかけたのは良い手段だがネ、使った手段がアレでした」

 

 過去の不記載なパワハラなどの問題を使って働きかけたでしょうと端的に告げた。

 

「議員はごく一部を除いて、加護のある子供なんていう少数派に興味すら無いシ、そもそも認知してるか怪しい代物。そこを動かすのには的確な一手ダネ。けど、ある議員が泣きついてきてサァ、これは行政権の立法権への介入ですと」

 

 嘘か誠か、それとも入り混じっているかがわからないのがこの男の厄介なところだと千萱は相手のイニシアチブを崩すべく、反論する。すでに祓魔術の行使がこの部屋になんらかの作用をもたらすことが明瞭な以上、変に手を打てば逆に追い込まれかねない。

 

「これは合法な活動です。吾はあくまでも、草案を考え、それをタコ部屋で考えて頂くべく働きかけたに過ぎません。議員を恫喝したことも、何かを対価に考えて頂いたわけではありません。全ては真摯に受け止めてくださった議員の方々のおかげです」

 

「うーん、実に官僚的な答弁でヨロシイ、ヨロシイ。では、非合法な手段はないと……」

 

 食い違いがありますねぇ。そう、呟く男に対して千萱は珍しく焦っていた。それは手段を問われたからではなく、契約違反という言葉。時田家は手段を選ばないことで有名、式法を得るための略奪婚から養子縁組を使ったクラシカル神祇官家の乗っ取り。時田平郎の治世で弱ったクラシカル神祇官家に金を貸して傀儡としていったことも、非人道的な研究を行ったことも。タクティカル化という新秩序のためなら、暗部にすら容易に手を染めるのが彼らだ。平郎は千萱が殺したが、現当主の彼は何を考えて、この芝居を続けているのか。その上で契約違反と、勝手に動く身体に奇妙な部屋。何か、狙いがある。

 

「まァ、どうせこの法案は廃案にするんデ。いいでしょう。運よく、改正案で警察による保護になるくらいですねェ。アレらがこんな法案放置すると思えないシ」

 

「女護ヶ島監察官……」

 

「だけだったら、コッチも仕事が楽なんですガネ。境界戦争の情報分析と想定、予防策の考案って実は楽じゃないんですヨ」

 

 境界戦争、国家間の祓魔術や祭具を制限なく用いたもう一つの核戦争とも言える概念。死者の尊厳を踏みにじり、界異を兵とし、大地を穢れで修復不可能な禁域へと変える非人道極まりない戦争の新たなベクトル。打ち込まれたミサイルに五号級界異が積まれていて、着弾と同時に民間人を巻き込みながらの大暴れはまだかわいい想定。意図的な限定的な大神災ですら、日本を消し去るには十分。大陸の反対側で繰り広げられるロシアの侵攻より始まった全面境界戦争(ウクライナ戦争)を見れば、境界兵器規制条約(1978年)や特定有穢性兵器禁止条約(2002年)が意味を為していないことなど自明だろう。時田平は笑みを崩すこと無く、口パクで千萱に当然内なる戦争もネと伝えた。

 

「……お疲れ様です、時田内閣情報分析官。しかし、それは吾には関係ないことかと存じます。それに内閣情報室には“みちびき”があると思いますが……」

「おお、流石お詳しい。ワタクシ、こんなんでも自称キリシタンでしてね。天使のみちびきは信じてるんでサァ。だから、そこまでお詳しい千萱参事官補佐だからこそ分かって頂けると思うんですヨ。日本にはあまりに力場が多すぎる」

 

 未だに席を立つことは出来ない。饒舌に語っているこの男の狙いも見えてこない。この男を覆う膨大な数の縁の数々、それにこの男がまだ使っていない手札。日本内閣情報管理局(JCIA)──越典第451班、『ミームという概念を式法として運用する』ための特殊部隊。内閣府肝いりのCIAやSISへのカウンターパートとなり得る為に設立された組織と言えるだろう。だが、あくまでもそれは表向き、裏側を知る千萱からすれば内閣府国立界異研究・知識活用センター、英語名の頭の字からナラク機関と呼ばれる場所で児童を使って開発された人造兵器を国防のために使っている外道の所業に他ならない。

 

「んで、境界対策課は大きな力場なわけナノ。これがただの天文学なら、人材がそこへ重力に従って流れるだけでいいんだけどネ。同じように大小の力場が何個もあるわけヨ。自衛隊、警察庁、警視庁、宮内庁、出入国在留管理庁、厚生労働省労働基準監督署西院事務所、とうち内調だけじゃなくてまだいろいろあるんだけど全部言うのはめんどくさいワ。加えて、西のクラシカル神祇官家組織と境界対策の東西を挟んだ力場。さらにミワシ部隊などの大きな呪詛犯罪者組織の力場まで含めても日本由来だけでこんなにも多いし、外国のも当然考慮しないといけないんダナ」

 

 ため息をつきながら、やれやれと右手を左右に振る。席で硬直している千萱へ向かって、さながら講義をする先生のように諭す口調で千萱に語り続ける。ホワイトボードどこかなと席を立ち上がって、隅にあったのを取り出してそれぞれの組織名や団体名を黒いマーカーで書いて、無数の矢印を引いていく。赤マーカーは敵対、青マーカーは中立、黒マーカーは友好関係と決めて、次々と引く。最後に中臣家に赤マーカーのペン先が止まったところで色とりどりになったホワイトボードを千萱に見せつけた。

 

「あっ、これ大学院相当の講義ネ」

 

 千萱を席に縛り付ける力が増す。ここに来てようやく意図が見えてきた。契約違反、それはここへ呼び出される際に受付に言われた「ここは祓魔術厳禁ですよ」という事前通知をトリガーに時田平が招待状に穏便に話し合うためにも来てくださいと記したこと。この両者を組み合わせて、千萱が祓魔術などを行使すると契約違反となる術が仕組まれた。結果、契約違反者は祓魔術の行使を制限され、おそらく彼の薬指にある指輪は契約違反者へ命令権を与えるサウロンの指輪の模造品なのだろう。一見すれば、ただの結婚指輪だが、明確に祭具だ。加えて、支配下の者へ先生と学生という役付けを行って、千萱がその授業を聞き続けないといけない状況を作り出した。完全に拘束されていると言っても過言どころか、事実だ。

 

「……そうですか、先生」

 

 口が勝手に動く。時田平を先生と呼ぶことに虫酸が走るが、今のこの状況の打開策をなんとか探し当てなければならない。

 

「三体問題は知ってるかナ。要は、三つ以上の恒星が相互作用し合うワケさ。それぞれの恒星に力場があり、それが重力によって互いに引き合う状態ダネ。この場合は、恒星が二つの場合と違って計算で求めることが出来ない。つまり、予測不可能なカオスと言えるんダナ」

 

 極めて興味深い問題だと思わんかね。そう言って、ホワイトボードの正面を何度か左右に行き来しながら、黒く濁った瞳が千萱を射抜く。発言の許可も与えず、講義は続く。

 

「……それがネェ、日本だと三体問題どころか、八千問題なんだヨ。力場が不均等に作用し合って、必要ない労力と金、人員を割かないといけなくなる。林野庁と境界対策課の予算論争からボーイング輸入事件まで。チョットどころか、調子に乗りすぎなのサ。国内の官僚機構で対立し合って、公にされてないだけで死人もデてる。もうね、国内でいつ境界戦争が起きても不思議じゃないんダナ。そんな力場サ」

 

 千萱は手を上げた。講義形式であることを逆手にとって、発言権を得るため単純だが確実な反撃。

 

「いいヨ」

 

 微笑みながら、時田平は発言を許可した。先生は学生の質問に答えるものであるという固定観念が時田に許可を強制する。

 

「大神災において、内閣府で祓魔組織を統合運用することが霞が関会議で定められています。互いに諍いはあれど、先生の危惧するような事は起き得ないかと。仮に生じた場合も自衛隊による治安出動が行われるか、内閣府の総理大臣判断において大神災と認定し、該当する組織への一斉攻撃が可能です。これは明確な抑止力であり、国内の官僚祓魔組織ならば承知していることと存じます」

 

 大神災、複数の国に影響を与えうる界異が該当する概念。それは例え、複数の国でも無くとも内閣府の長たる内閣総理大臣によっても指定出来るなら、それを使えば良いだろう。というのが、千萱の意見だ。幸い、内閣府は理屈を詰めるのは得意だ。

 

 だが、言い終えた瞬間、ケタケタと部屋に高い音が木霊する。さながら、予想通りの回答だったかと言うように歯茎を見せるほどの笑顔が千萱へ向けられる。そして、肺に足りなくなった空気を補うように大きく吸って。先生は返答する。

 

「抑止力! 実に、言葉だけ聞くと安心感がアルのはワカルけどネェ。間違いだよ、千萱君。境界戦争において抑止力なんて概念はナインだな、確かに持っていル祭具の量、強さ、人員の数、人員の強さ……その総量が多い国が抑止力を持つとも言える。しかしだ! 核と違って、境界戦力はその攻撃規模を抑えることが出来てしまう。そんナ、生ぬるい抑止力では容易に無価値化されるんダ。ロシアはやろうと思えば、ウクライナを境界戦力で禁域化出来ルけど、微調整出来てるのサ。この時点で、その抑止力はイカロスの蝋の翼より儚いネ」

 

 だかネ。腹の奥底から漏れる声が二度目の千萱の挙手を遮る。強くホワイトボードを叩いた時田の拳が微かに揺れて、ゆっくりと叩いた部分を露にする。数多の赤い線が繋がった中臣家と記された箇所。

 

“あの日”(タクティカル226)で、神祇庁が廃止された原因。千萱君の父が大暴れして、その抑止力の弱さが立証されタのだよ。政治力と縁でなんとか家を残し、今では独自の戦力である間人(はしひと)を中臣紫苑中心に再建し、中臣家の者が要職に就いている。これハ、これハ。潜在的な、二度目のクーデターの可能性がアルね。未だに燻り続けている警察側と中臣側の憎悪、あの時死んだ警官に時田家の親戚も居たんでサ。内調としも、時田家の当主としても、看過できない」

 

 理路整然と並べ立てた。言葉の数々は一見すれば、正しいように見えるが、忘れてはならない。中臣千萱は中臣家の代表ではない。中臣家を糾弾したいなら現当主にして境界防災担当大臣にすべきだろうにも関わらず、千萱を拘束してまで話続けている。

 

「……時間稼ぎか」

 

 千萱はホワイトボードから目を反らして、授業中でも存在する『私語』を発した。話を聞いているようにすれば、するほど、講義の効果は強まる。ならば、あえて不真面目な学生を演じればその拘束力は減るはずという予測は見事的中。

 

「おやおやおや、バレちゃいましたカ」

 

商人(あきんど)が無料で講義などするわけがない。吾とて、それはわかる。何らかの利益が発生しているからこそ、こうして吾を拘束し続けている。相違ないか?」

 

 時田家、もともとは商人出身の神祇官家。旧軍との祭具取引で財を築き、日本で一番祭具を持っていると言っても良い家。その当主が無料で授業などあり得ない。問いに返事をすることは無いものの、消え去った官僚的な笑みを見れば十分だろう。

 

「上面だけの話か」

 

「イヤ、嘘と(まこと)をじっくりブレンドしてるヨ。例えば、三体問題にあやかって、自衛隊と警察、内調にのみ祓魔戦力の保有を認める法案とか考えてんダナ。民間も廃止、あくまでも第三の公安という紛いものより、この三組織に祓魔戦力を限った方が良いんでサァ」

 

「それで時田家の利権は安泰だろうな。時田家はその三組織と明確なパイプがあり、仮に法案が通れば時田平郎を遥かに越える天下人になることが出来る」

 

 そうなのだろう? と千萱は時田平を睨み付けながら、国より自分の家の権益を尊重する姿勢なのは明らかだろう。甘い言葉と過去の糾弾で巧妙に隠された野望と言っても良い。

 

「しかし、そのような法案が通るとは思えないな。いくら味方の議員が多くとも、界異の被害を考えれば……知っている人間は反発するだろう」

 

「ウン、だからもう一回! “あの日”を起こすんでサァ。中臣家は情に厚く、それ故に大事な人を理不尽な理由で失うと今までの政治的な理性が消え去り、復讐の集団となる。既に火種があるのだから、後ハ薪を添えるだけ。丁度良いのが居るヨネ? 狙い易く、かつ、本家と関係がある子が」

 

 小葉瑠、千萱にその名が浮かんだ瞬間。線と線が繋がった。あまり浮かべることの無い怒りの形相で、次の言葉をなんとか怒鳴らないように平静を保ちつつ、言葉を絞り出す。

 

「……小葉瑠を誘拐か、殺害すれば本家の一部。特に主戦派は警察の仕業だと早合点し、討ち入りを行うだろうな……これによって中臣家はお家取り潰しとなり、その政治的混乱の中で、コントロール出来ない境界対策課と主語を大きく喧伝すれば……議員の反発が弱り、法案を通せると」

 

「そりゃ、クーデターって実ハ重罪だからネ。一度はなんとか許されても、二度目はないワケさ。まぁ、父を殺した夜にミワシ部隊総隊長と親密な関係を結んだことを暴露することも追加の一手でしょうナ」

 

 つまり、今回の内調による公的な呼び出しの時点で罠が仕掛けられていて、時間が経てば経つほど小葉瑠の身に危険が迫り、時田の陰謀が成就する可能性が高まる。総隊長に関しては身内の危機の為、一旦今は頭から消して、後に頭を抱えればいい。まさに時は金なり、時間の経過が全てを左右する一つの分岐点。

 

「あっ、あとネ。この部屋と外の時間の流れが違うから、ヨロシクね。火消しの匣(ブラックボックス)というCIAから内調に技術提供されたものを使っていてネ。如何なる情報の流出を防ぐのが本来の効果なんダけど、そのまま使うのも味気ないということデ、元班長の高柳エイラに後献身頂いて、時間操作祓魔術を付与したんでサァ」

 

 かつて時間を操作することで部下の過労死事件を引き起こした班長の名。希少な式法保持者を時田が放置するわけもなく、今こうして一つの祭具の部品へと成り果てている。何でもないこと無いように語る彼は、どれだけ違うのかネェと頭をわざとらしく傾げた。

 

「……高柳事件か。本当に手段を選ばないんだな」

 

「人聞きが悪いナァ、民事裁判で負けた分を代わりに払ってあげただけですヨ。ちゃんとしたオトナの契約なんだから、契約書を読み込まない方が悪いデショ」

 

「どうせ、見えない文字を入れることで、強血判を押した後に気がついても契約の強制力でもう遅いという状況にしたのは予測出来る」

 

 まぁ、たかが部品はさておいてと言いながら、時田は意気揚々と語る。

 

「この火消しの匣(ブラックボックス)はこの部屋を同意なく離れた人物の部屋内の出来事の記憶を消すという便利なモノでして、ぜひある同意を結んで頂きたくてネ……そちらの身分は保証出来るかもしれませんヨ。もちろん、連鎖するので分身とかも対策済みなんデ……ここで断れない契約を血判で捺しテ」

 

 条件はこちらと、契約書を差し出そうとした刹那。中臣千萱は消失した。その条文を見る間もなく、最初から居なかったように空席が静かに佇んでいる。

 

「ありゃりゃ、こりゃプランAは失敗ですナ」

 

「支払いに変わりは無いんですね?」

 

 もう一つの声が部屋に入ってくる。プランAの失敗、この人物に入室を許す文言だ。

 

「もちろんでサァ、もともと議員の不記載金。政治パーティーの未申告金から出してますから、払っても困りませんトモ。ミワシ部隊第三隊長殿、きっちりと丁度そっちの部下に手渡したとこだと思いますヨ」

 

 その人物は見れば、どこを見ても平均的な女性にしか見えない。さながら、日本花子と言いたくなるほど。だが、儀礼演舞『人形浄瑠璃【千本桜】』の三段『お福』、誰が見ても一般的とされる女性に変身する術式を使った憑坐ミケがその正体だ。

 

「それにしても、女児一人の誘拐と赤マントの情報流布でこれ程の大金を頂けるとは」

 

「まァ、商人(あきんど)ですから。しっかりと金は払うべき時とそうじゃない時はわかるんですヨネ」

 

「まさか、かの内調がテロ組織に献金と日本が再度軍を保有した場合にミワシ部隊の編入を認めるとは」

 

「いやいや、議員の政治資金の管理の甘さが原因なのデ、内調は何も知りませんナァ。ただ、ミワシ部隊は議会次第デス、憲法九条が無くなれば、そちらの計画を現行憲法版に修正しやすくナルでしょうから。それにかの、総隊長が復帰してくれたら境界戦争もラクになりますからナ」

 

 そうですか。端的に返事して、そのまま立ち去っていく。既に同意が取れているため、彼女は何の問題もなく立ち去れる。ニヤリと笑いながら、時田平は再びコップから水を飲んだ。今度は一気に全てを流し込むように。

 

「プランBだと女護ヶ島監察官がうるさいんですガ、副賞で我慢してもらいマショウ」

 

 算盤を弾く、脳内は既に想定していたプランCより派生したプランDからプランEまで、多数の案を演算する。

 

 時田家の当主は三大式法である電視(テレスクリーン)二重思考(ダブルシンク)新語法(ニュースピーク)を全て有した者のみが就任できる。だが、術は父祖から継承しても良く、他の候補者などから奪い取っても、それらを騙しとおしても良い。商人出身故の非情さと合理性、そんな家で一つも三大式法を持たずに騙し通した希代の詐欺師は次の布石を打つべく、席を立ち上がり、時間外労働へと乗り出した。

 

 午後17時、子どもたちが帰る時間帯。そこで時田平は笑みを崩すこと無く、歩みを進める。

 

 既に灯した火種が燃え広がるかは運次第、あえて中臣家に流した情報も、警察に伝えた情報も……ミワシ部隊に与えた情報も、全て時田家の未来と雪辱を果たす為。故に、落ち着いた足取りで、そのまま議員会館へと向かっていった。花丸のつくプランAは成功しなかったが、それでも時と金なら満ちるほどあるのだから。

 

 

 △

 

 

 友達と別れて、赤マントの捜索に出た私。三人で別々の場所を探し回って、最終的に同じ地点に合流するぱーぺきな私の計画は赤マントを捕まえること間違いなし。テレビで追い込み漁とやることは一緒、当然引っかかってくれる。だって、私中臣コハルが考えたんだから。

 

「うーん、どこかな」

 

 何度目か分からない路地裏を彷徨う。今日は午前授業のみになったから、探す時間は沢山あったのに手がかりは一つも見つからない。ゴミ箱の中にも居ないし、明らに怪しそうな隙間にも居ない。これは八方塞がりだよと嘆く。

 

「あっ、すみません」

 

「……」

 

 路地裏から路上を出た時にぶつかった女の人は特に私を気にするどころか、無視するかの如く、そそくさと去っていく。ぶつかった時に何か、紙のようなものを落としていったから、拾う。

 

「あのーこれ、落としましたよ……もう居ないし」

 

 存在しなかったかのように女の人は消えている。この通りはある程度は距離があるのだから、仮にどれだけ早く走っても、こんなすぐに居なくなるのは無理。この通り、何度か走ったことあるけど絶対途中で疲れちゃうし。

 

「怪しい!」

 

 すかさず女が落としたメモを見る。真っ白な四角い紙、折り紙を作る時の紙に黒い字で鮫島と書かれている。これもまた、怪しいなと。赤マントの名前はこの鮫島の可能性を私は閃いた。合流地点で向かっていた道を引き返して、鮫島と名前のつきそうなものをしらみ潰しに探し始めた。

 

「……呼んだから来るわけでもないし……」

 

 既に何度か鮫島と口に出しながら、棒を片手に探し回っているが……私には前に通った道くらいにしか見えない。どこにも鮫島なんか無いし、夕方も近くなってきている。ぶんぶんと棒を振りながら、この時間帯にしては人が少ないなとちょっと思ったけど、ここ田舎だし。あんまり、不思議じゃない。赤マントの噂もあるし、皆怖がって家から出てきていないに違いない。将来のえりーと祓魔師として、事件を解決せなばと私が決意を固めている頃に。突如、頭の後ろに冷たい感覚。丸い何かが押し込まれるように強く、当たっている。

 

「はぁ……子供ですか。本官、暇じゃないんですが……」

 

 疲れ切った声だけど、それこそ私とか、上級生のような大人のような声じゃない。聞いたことはないけど、他の赤マント探しをしている子がイタズラか、単に驚かそうとしているんだと思って振り返って、誰かかなと見ようとした刹那、私は動けなくなった。絶対零度ってあったら、これのことなのかなと理科の教科書の知識で現実逃避しながら……耳元で囁かれる声に、ただ固まることしか出来ない。

 

「動かないでください……今日は厄日なんです。さもないと……ザクロを咲かせることになるので……嗚呼、そう言えば子供でしたね。銃弾で頭を撃ち抜かれたくないなら、じっとしてということです」

 

 振り返ろうとした時に微かに見えた眼鏡越しの淀んだ黄色い目とそれを覆い尽くすような大火傷の跡。青い髪と猫耳だけ見れば私も可愛いと思えたけど、今は震えることしか出来ない。死、明確に銃を突きつけているこの少女から感じる。赤マントどころじゃない。都市伝説ではないリアル。

 

「即座の殺害が望ましいですが……ここは手っ取り早く……本部の指示通りに…………」

 

 殺害、それを聞いた瞬間に防犯ブザーを引っ張った。鳴り響く電子音の嵐、本来ならば相手は焦って逃げていくと学校で学んだが、それどころか。少女は、はぁというため息が溢れている。

 

「人払いは済んでますので意味ないですよ。残念でしたね」

 

 少女は動揺することなく銃を振り上げて、その底で後頭部を叩きに来た。恐怖に従って、咄嗟に頭を抱えて屈むと聞き覚えるのある声が、路地裏に響く。

 

「吾の家族に何をしているんだ?」

 

「……チガヤン?」

 

 憧れの背中が、銃を強く掴んで堂々と立ち尽くしている。相手の少女は目を一度見開くも、強引に銃を引き離して距離を取る。ランダムな祓魔師を有事の際に喚んでくれる防犯ブザー、運次第だが、今回来てくれたのはチガヤン。私が知っているいちばん強い祓魔師。

 

「すみませんが、この案件は既に警察が預かっております。お引き取りを」

 

 淡々と少女は語りながらも、今の弾倉からポケットから出した別の弾倉へと入れ換えている。あまりにもこなれていて、ガンマンみたいだと怖いながらも思ってしまう。

 

「……子供の頭に銃床を振り落とすことが警察の案件か?」

 

「すみませんが、機密情報ですので、中臣神祇官相手でもお答えしかねます。繰り返します。お引き取りを」

 

「出来ない相談だな。むしろ、環境庁大臣官房と事を構える気か」

 

 先に手を出したのはそっちですよ。少女はそう単に告げて、チガヤン目掛けて何発か弾丸を放った。岩戸、そう聞こえると弾丸より速く、地面が盛り上がり、壁となって弾丸を防ぐ。

 

「……先に手を出したか。何か、相互に勘違いがある。ここは一旦、戦うのをやめないか」

 

 チガヤンは柏手を打っ(相手の思考に切れ目を入れ)て、なんとかあの少女と話そうとしてるけど、ひとっ飛びで壁を乗り越えてこちらを睨み付ける少女を見るに無理そう。

 

「鮫島事件の漏洩。それを行ったことの裏付けが取れています。これがどれ程の禁句か、わからないはずないと思いますが……」

 

「……警察と事を構えるつもりはないが、かといって家族を見捨てるほど薄情になった覚えはないよ。ここはそちらこそ、引いてくれないか。代わりに内部調査を約束しよう」

 

「約束破りの環境庁がですか?」

 

 嘲るような笑みを浮かべた少女は再び発砲。直接、私とチガヤンを狙う2発。それと空中でぶつかって、軌道を変えて真上から迫り来る3発。合計五発の弾丸、私から見ても黒く染まったその弾丸は走馬灯みたいにゆっくりと近づいてきているような気がした。

 

「それは林野庁の常套句だろう! 水継(みつぎ)」 

 

 突然、柏手と共に水がチガヤンと私を囲んだ。私の影を踏んで、側を離れないようにしつつ、相手の出方を見定めるようにチガヤンは目を細めている。

 

「なるほど、大気中の水を結界にしたんですか……それに黒不浄弾の穢れも、消しましたか」

 

 なるほど。少女は端的にそう述べて、結界に突っ込んできた。結界に入る間近に自分の頭を撃ち抜いて、飛び散る血を満遍なく水に浴びせる。薄く赤く染まった結界を突き破って、突っ込んでくる様子にチガヤンは目を見開いた。

 

「形代の僅かな復活時間に生じる境界のブレを用いて、すり抜けたか!」

 

 目潰しとしての血を使って、少女は黒く尖った警棒の先を振りかざし、チガヤンの腕に浅いが一直線に切り傷を入れた。

 

「……殺害に切り替えますか」

 

 中国拳法の動きを混ぜつつ、繰り出された突きは私を貫くはずだった。あまりにも、この人は動きが速い。

 

「鬼変われ」

 

 途端に、私とチガヤンの場所が入れ替わる。迫り来る突きはチガヤンへ向かうけど、上から強く押さえ込む形で警棒の行き先を地面へとずらして、私を引っ張りつつ、相手の影も踏んで。再び、鬼変われと。

 

「……ッッ、厄介ですね。ですがッッ!」

 

 相手を路地裏の壁側へと移動させて、私たちは通りへと逃げれる位置へと立場が逆転した。さすが、チガヤン。でも、影踏みってただの遊びじゃなかったっけ。

 

「嘆きつつ、ひとり寝る夜の、明くる間は、いかに久しき、ものとかは知る」

 

 チガヤンがチガヤンパパがかつて詠んだ和歌を言うと、少女はひどく火傷跡が痛むのかを手で押さえつけ、火傷跡に浮かび上がる無数の祝詞の数々や呪詛の数々はさながら火傷跡を完全に焦げたパンみたいに真っ黒にした。その黒い部分だけに覆われた淀んだ黄色は赤い獣のような目へと成り代わった。赤い赤い、それこそ赤マントのような瞳に猫と同じ縦線がが入っていた。

 

 でも、チガヤンはボソッと呟く、まるでその内の一つを見抜いたかのように金刀比羅宮(悪縁切守)か、と。

 

「……ひどいよ、鹿波兄ちゃん……待ってたのに…………」

 

 弱々しいこの声こそ、私はなんだか本当の声であると何故か確信を抱いた。何か、縁があるような、繋がりが────でも、それは即座に断ち切られた。

 

「ッッ、まさか。加護をあれほど込めても……」

 

 痛みに耐えかねたのか、すかさず少女は再び自分の頭を撃ち抜いた。今度はチガヤンに目を隠されたけど、大体何が起きたかはわかる。なんで、この少女は簡単に自殺出来るんだろう。

 

「はぁ……はぁ……はい、はい、おっしゃる通りです。わかりました」

 

 疑問を抱いている間、少女は耳元に着けてあったイヤホンからなにかの命令を受けたのか。すぐに銃をしまって、左右にある壁を蹴りながら、素早く逃げていく。真っ黒だった火傷跡も元通り、先程の弱々しい様子から殺伐とした前の様相に。

 

「待て! 名を言え!」

 

 チガヤンが声を張り上げる。チガヤンなら、ここで逃亡を止めることが出来るんだろう。でも、出来ない何かの理由が、きっと顔を歪めさせてるんだろう。

 

日本花子(ひもとかこ)、これ以上は調べないように」

 

 あの少女は、そう言い残して。さらにチガヤンの顔が歪んだ気がする。そして、日本花子は来た時と同じく、唐突に消えた。さながら、怪人赤マントのように。

 

 

 あれから、襲われたこととか、チガヤンが来てくれたこととか……沢山話したけど、チガヤンは今回だけ起きた事故だよと教えてくれた。あの少女のことが気になっても、調べちゃ駄目とも強い口調で言われたからちゃんと聞くことにする。チガヤンは最初は一部の記憶がないとか言って、少し混乱してたけど険しい顔を浮かべて仕事に戻っていった。

 

 それと鈴木ちゃんはどうやら、勝手に遠くに旅行に出掛けていただけらしい。まだ、同い年なのによく出来るなと感心した。赤マントの噂も鈴木ちゃんが帰ってきたことで、消えて今日も元気いっぱいにドアを開けて家に帰る。

 

 いつものママとのやり取りをまず済ませなきゃと大きな声で叫んだ。優しいママの声も、この家も、大事な、大事な、日常なんだとわかったからこそ。

 

 

「ただいまー!」

 

 

「おかえりー」

 

 

 チガヤンみたいなカッコいい祓魔師になるためにも頑張らないと。より決意を固める出来事だったと思う。なんか、パパの胃薬がより増えたらしいけど。赤マント事件は花丸解決、大体チガヤンだったけど、親戚だからセーフ。セーフと言ったら、セーフなのだ。

 

 階段を勢いよく駆け上がりながら、次は何をしようかなと私は学校の図書館で借りてきた都市伝説の本を開いた。

 

 

 

 




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───内閣官房の内閣情報調査室より抜粋(www.cas.go.jp)
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