「もしかして僕は便利屋か何かと思われてる?」
積み重なった書類の束を一介し、手元のエスプレッソを口の付近まで運び一気に飲んだ。はぁというため息と共にずれ落ちるシャツの位置をもとに戻す。霊峰にかかる雪を思わせる純白なショートヘアに特徴的な紫色の瞳が彼女の整った顔をより引き立て、その造形美を露見させる。
健康的な色白の肌だけでなく、すらりとしている太ももに引き締まったヒップ、155cmの平均的な身長が調和を取り、Aカップほどの胸はむしろ庇護欲を覚えさせ見る男性を二度見させてしまうだろう。形容するならスレンダー美女の類で、どこかと醸し出している苦労人感がその属性と適合して、文字通りのかぐや姫を作り上げている
そんな彼女、触れれば壊れそうな彼女の性格が──破綻してさえいなければの話だが。
羽片玲、それが彼女を示す多くの記号のうちの一つ。使った偽名の数はもはや計りしれず、演じてきた人格の数々もそういう記号に付随するおまけに過ぎない。禁域となった八咫ノ川市にて生まれ、そこで生き残ってきたが故の技術。必要なら他人になり、前の自分を消す……最も今の名はもはや戸籍法に紐づけられ捨てられなくなっているが。
今の彼女は環境庁の神祇官にして、羽片グループ代表取締役を務め官民双方に顔を有する戦乙女である。
「それで……賀茂っちとちがたんからまためんどくさい案件か……」
対立しがちな神祇官同士の調停も行い、そのために皆に良い顔をするがそれ故に仕事が増える。持っていた書類をぱらりとめくり賀茂神祇官の研究費増額要求をとりあえず認可し、代わりに対抗企業への不祥事のでっち上げを要求しておく。
ぺらり、次の千萱神祇官の要求は浅間重工への企業圧力をかけて業界から追い出していくこと。これは浅間重工の子会社化を狙っている羽片グループにとっては望ましくない。
「やっぱり爆弾が埋まっていたか。さて、どう造り出そう」
『造り方が分かる加護』をこの問題に適用して解決策を考える。
「なるほど……その手が」
顎に当てていた手を戻し、パソコンで株式市場のレート画面を立ち上げる。株価の変動とは決まった場所に釘を打ち込むことで統制できると学んでからは、この時間が最も楽しい。複数の企業の株を『全買い』に指定して、荒れていく数値表を無視して先ほどたどり着いた結論を実行する。
浅間重工に手を出さずにその営業先を傘下にしていくことで羽片グループへの依存を高めていくという戦略。いわば、外堀を埋め気づいた頃にはまわりに味方が一人しか居ない状況を作って、マッチポンプだが親しい友人であると振る舞って子会社にする。それをするための金はもちろんある。
「やはり、金……僕の味方は金だけだ。僕の意に沿って動き、裏切ることも声をあげることもない。それなのに高価値があり……僕を満たしてくる」
ちゃんころ回しや詐欺で八咫ノ市から搾取した資産がまた役に立ってると思うと口が自然と笑みを浮かべる。八咫ノ市の総資産のうちの40%を持ち出したのだから、予備はまだ全然あるどころかそれを元手に増やしているまである。当然、その行為が八咫ノ市にて大恐慌を誘発し、大混乱と戦乱を招いたが良心が痛むことはない。
「犯罪者の金をクリーンにして使えるんですから、僕に感謝してほしいまであるな」
たとえそこで子供が死んでいようと、誰が苦しもうとそれは自分に関係ない。そこまで割り切っているからこそ、性格破綻者と言われるのだが……。
完全に個で完結し、その周りの事象は自身に利益か不利益かを与えるアクターでしかなく、それらを操作することで利益の最大化を行う。
最大多数の最大幸福という論において自身の幸福を最大と置き、周りの幸福価値を考慮しない姿勢。まさしく、『功利の怪物』。
「あぁ……素晴らしい、これでまた儲けられる」
それが羽片玲という女である。
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