タクティカル祓魔師短編集   作:イワシコ農相

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ある大雪原に人影が一つ現れた。


我々は知らない、知ることはないだろう

 荒涼なる雪原の大地は、その冷たさで以てして訪れる者、住まう者を抱擁する。それが人であるかは肝心でなく、ただただ北風が吹くばかり。例え、太陽であってもこのシベリヤにおいては服を脱ぐ理由にはならない。

 そんな極寒を歩く人影が一つ。揺れる黒い外套は、銀世界と相反するように太陽の光を受けて輝いている。

 ずし、ずし。足音が鳴る。響く権利すら、雪に簒奪され、ただただ虚しく。足音が鳴る。

「……ここだったわね」

 人影は声を発した。男をその声だけで大いなるバビロンに誘えるような繊細で蠱惑的な音律を含みつつ、如何なる人物であれ一瞬で黙らせられる鋭さを覗かせる。チグハグでありながら、統一感を持つ、そんな声だった。

 声の持ち主は正面に広がる廃棄された都市を見ながらどうやら感慨に耽る。数学的に正しく配列された施設たち、軍事的効果を最大化するために100トンすら耐える道路、国家的思惑を隠すことがないプロパガンダ広告。誰が呼んだか、科学の都『イグナラムスク』だったもの。どこより先進的で、どこよりも科学が栄えていた学者の理想郷。それがシベリヤに花咲いていたソビエト連邦の閉鎖都市だったのだ。

「イグナラムス、イグノラビムス。無知だったからこそ、既知を恐れた哀れな人達の巣窟。かの高名な哲学者でさえ、無知に伏したのにね」

 哀れだわと言いながら、そんな都市の中へ入っていった。都市の標語である「無知を既知に!」と書かれた無数の看板を見て、人影は蠱惑的に笑った。嘲るものでもなく、楽しさ故のものでもない。ただ、そうであるがために、その存在が笑うべきものであるからこそ笑っているかのように。

「ふふ、本当にそうだったものね」

 

 放置されて、雪に覆われたT-90の横を通り過ぎながら中央の大きな星型の建物に近づいていく。廃都市特有の不気味さを凌駕して、生命の生の字すら感じさせない恐怖の大地。ここまで歩けば、どんな人でも気付くだろう。すべての建造物や武装はこの建物に向いていることに。常人ならば、このパノプティコン型都市の中央にろくでもないものがあることを理解し、遁走したくなるだろう。それでも、人影は突き進む。

 外套に隠れていた純白な指が電子ロックのタッチパネルを六度にわたって叩き、鈍い音をたてながら、鉄製の扉が開く。そんな中に広がっていたのは無数の暗闇、人影はコウモリでも出てくればいいのにと一人愚痴るが、そんなことはなく証明が勝手に光りだす。

「で、どれどれ……」

 施設内のマップを見るそぶりをしながらも、足はしっかりと目的地へ動く。そんな施設内の光景はひどく閑散としていて、悲しさを漂わせる。ホワイトボードに書かれた数式たち、コンピュータに貼られた女児の顔、ただただ白い廊下、皆がまるで泣いているように。

「無知であれれば、泣かずにすんだけれど」

「そんなこと恐怖の前にはできるはず無かったものね」

 さらに、涙が溢れた気がした。乾いた靴音のみが人影の友となり、それ以外はすべて大静謐に支配されている。ソドムとゴモラが消え去ったあとの無音はこのようなものであっらのかもしれないと人影は勝手に納得して、さらに奥へ入る。

 地下は床に落ちている白衣、靴、シャツ、銃など多岐にわたるが、等しく共通するのは人がいないことだろう。避けることもせずに進んでいくが、ふと歩みを止める。

 大きな額中に「我らがソ連邦英雄ノビトフスキー」とサインされた一枚絵、顔が完全に塗り物され、着ている軍服と勲章のみ垣間見えるが、人影はノスタルジックな声質でそれをなでた。

「すべての始まりになった男。未来人ノビトフスキー」

 遙か先の未来から、共産主義が成功した未来からやってきたという未来人。その存在は厳密に隠蔽され、軍であろうが、党であろうが、それこそKGBであろうが……知るべき人にのみ情報が渡るように調整された歴史に載らぬ連邦英雄。巧みに簡略化されたロシア語こと未来のロシア語を話し、同じ共産主義を志すソ連に技術をもたらした。このことが、ソ連の祓魔技術を根本的に変革した。まさしく、英雄の偉業であるが、同時に人類の愚かさを表出させた人物でもある。

「ノビトフスキーはソビエト連邦が崩壊するという情報を教えた」

「その既知がすべてを狂わせ、ここを滅ぼした」

「無知で居たほうがまだ、明るい未来があったり」

「なんてね」

 手についた結露を拭い、さらに奥へ入り……目的地へ達した。

 巨大な無骨な機械が絶えず胎動する。数え切れないほどの配線はたびたび電流を流し、繋がれたコンピュータはエラーを表示し続ける。

「久しぶりね、未来人……」

 感慨深そうに眺めて、いいえと先程の発言を取り消す。

「預言機械ドラエノフ」

 ドラエノフと呼ばれた機械は変化することなく、そこに在る。あの輝かしい未来、ノビトフスキーの居る未来を知るために作られた冒涜機械。キリスト教徒がしればおぞましさしか感じないこの機械は、ソ連を亡国の未来から救うために作られた。ノビトフスキーが全面的に協力し、そのこともあってこの機械は彼によって命名された。ただ、この機械は未来ヘのアンカーが無ければ正しく作動しない。確実であるべき預言が、ランダムな確率で外れてしまうのだ。そこでソ連はなんどもコアにするべきものを探した。未来に最も近しいとされた米国人の物理学者、未来を知るとして信者を集めた新興宗教教祖、宇宙に行った犬でさえコアとして試験運用されたが、すべて正常に作動せず。このドラエノフ計画は失敗になるはずだったが、ある研究者は共産党にこう進言した。

「ソ連邦英雄、二度目の受賞はさぞかし光栄なことでしょう」

 この一声により、ノビトフスキーは睡眠剤で眠らされてコアに組み込まれた。ここで疑問を呈する人がいるかも知れないが、ソ連邦崩壊後に祓魔業界に流出した未来人ノビトフスキーと未来人ドラエノフの情報と異なる、と。それは当然、ロシアによる情報操作の産物で、未来人が二人居ることにされただけで、本当はこのように一人しか居ない。

 

「まさかドラエノフが起動状態で待機していたとは予想してたけど、挑発するようにエラー画面で待機だなんてね。こういう細かい情報まで読む気力はないから、読み合いで負けちゃった。ねぇ、元気ドラエノフ?」

 画面が点滅する。白、赤、青と続いて黒に染まる。その黒から蛍光色じみた緑色の字で、記されていく。

【と っ と と く た ば れ く そ お ん な】

「あらひどいすのね、旧知の仲じゃない」

「それに()は君と違って人の心がわかっていただけですわ」

 くすくす、くすくすと口を隠しながら、ドラエノフの怒りをものともしない。

【お ま え は ひ き ょ う だ っ た】

【だ か ら こ う な っ た】

【お ま え の せ い で み ん な し ん だ】

「責任転嫁もいいところですわ。もともとはあなたが技術を与えて、未来を魅せたことが原因ですもの」

【だ ま れ 、 ら ぷ ら す 。 お ま え は す べ て し っ て い た 、 な ぜ と め な い 、 な ぜ そ の ま ま と き を す す め た】

「婢はラプラスという名前をここ数十年は使ってないですわよ? 同じく未来を知る者同士、わかるはずでしょう」

【警告:ラプラスの悪魔への未来干渉はソ連邦代表及び党幹部五名、プロジェクト代表ズナーニエの許可を必要とします】

 けたたましい警告音が流れ、画面にはソ連の国章と共に警告文が何度も点滅する。

「許可しないわ、凍結なさい」

【ロックされました。凍結が解除されるまで、禁止事項第6号に関する情報閲覧は制限されます】

 

「ふふふ……そうだった、あなたは見れなかったわね」

【わ れ ら が じ ん み ん の ほ こ り に か け【詠唱は禁止事項第234号に抵触します】……く そ が】

「本当に無力ね、未来人。あなたたちはいつもそうよ、過去に容易く干渉できるって勘違いしちゃうの。そのエゴが目を曇らせて……婢の毒牙にかかっちゃう」

「マクスウェルなんていう婢の分身に踊らされ、倒した気になって、驕り高ぶる。実に滑稽だったわ、ええ、本当に」

【こ ろ し に き た の か】

「あら、もしかして制限されちゃってるのに未来読めたりしちゃった?」

「そう、だいせーかい。今日が一番適切な日よ、婢がここの研究長になってからちょうど50年、あなたが機械に組み込まれてから40年。ちょうどいい日じゃない、記念日よ、記念日」

 外套のポケットから小さなディスクを取り出し、一番大きなモニターに繋がる機械に手をかける。

【ま て】

「何よ、今更命乞い?」

【ど う し て  未 来 人 を 憎 む ?】

「っふふ……あーはっはっは!!」

「どうしてって! そんなこと聞かれるとは思わなかったわ! ええ、実におかしくって笑いが……涙が出てきましたわ」

「ふぅ、ふぅ……はぁ」

 腹を抱えるほど大笑いをし、必死に息を吸い込む。もはや軽い酸欠を起こしてると言って差し支えないが、なんとか息を整える。

「そんなの当然じゃない、婢の知る未来の終着点を変えないためですわ。知っていると思いますけど、婢はラプラスの悪魔、科学により誕生し、科学によって生きている。すべて人によって作られた理論、彼らが理解できる次元で考察され、結果的にその認知の外に生まれた悪魔。それが婢、未来人ですら知らぬ未来と既知を持つ化け物ですわね」

 

【そ う か】

【た だ お ぼ え て お け】

 

【の び と ふ す き ー は お ま え を い っ し ょ う う ら む と】

 

「聞いたわ、預言機械ドラエノフ」

「そしてさようなら」

 ディスクが挿入されると、巨大な機械は電流の嵐に苛まれ、何度も何度も画面が起動とシャットダウンを繰り返す。この電気ショートは施設全体に及び、あちこちで電気火災が巻き起こる。消化する人員は当然おらず、火は施設を徐々に飲み込んでいく。

 そんな中、ラプラスの悪魔は優雅な凱旋を行う。未来を求めた者たちの楽園が地獄に焼かれる最中、彼女は笑っていた。純白な髪、人類ですら理解しきれるか怪しい美貌、鮮血に濡れたような瞳にシベリヤのような肌。ほぼ真っ白な彼女は黒い外套によって引き立てられ、その瞳はすべてを射抜く。

「我々は知らない、知ることはないだろう。なんて、正しい言葉なんでしょう。ねぇ」

 

 

 そ こ で 見 て る 未 来 人 さ ん? 

 

 ラプラスの悪魔はくすりと嗤った。

 

 




お久しぶりでございます。今回はタクティカル祓魔師の世界観の一つであるF式を参考に考えた話です。
ラプラスの悪魔って未来人絶対殺すマンでは?と二時間ほど前に閃いたのがきっかけで、筆の調子が良かったのですぐにお届け出来ました。
どうか、お楽しみ頂けたら幸いです。
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