タクティカル祓魔師短編集   作:イワシコ農相

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公安には多くの噂がある。ただし、噂であるのに、誰も広めようとしない噂がある。
それは、鮫島を調べてはいけないというものだった。


鮫島を調べてはいけない

 月光照らす東京のビル街、終電がとうに過ぎた時刻ゆえ東京の鼓動も控えめだ。人々の往来も減り、夜の喧騒が一部の場所を飲み込んでいく中、霞ヶ関は沈黙していた。

 未だに明かりが灯る厚生労働省と言い、環境庁と言い官僚の聖地を少し湿った冷たい空気が覆っている。気色悪く不気味なそんな場所を、鮫島は歩く。

「はぁ……本官これで51連勤なんですけど」

 くたびれた声で、ひとり愚痴る彼女はその幼い見た目に似合わず、スーツで身を覆い、凛とした表情で正面の建物を見据える。日本人離れした空色の髪にひょっこりと覗き込む猫耳、わずか147cmの身長、ひらりひらりと揺れる尻尾。見る人が見れば、出来の良いコスプレイヤーと勘違いする人も出てくるだろう。

 しかし、彼女はコスプレイヤーではない。警視庁公安の祓魔機関、神祭課所属の国家公務員。誰が呼んだか、神災課と言い換えられるその部署は呪詛犯罪者や日本を脅かす人的な境界災害の抹消と隠蔽を担当している。

「神祭課の鮫島です」

 警視庁本部へ入り、受付にそう告げる。鮫島としか書かれていない職員証を渡して、やや怪訝そうな表情を浮かべる職員が許可を出すのを待つ。どうやら、いつものパターンらしい。

 

「すみません、神祭課という組織はございません」

「はぁ……レイだと言っても?」

「職員証の偽造は犯罪にあたりますので、ここでお待ち下さい」

 思わず右手で顔を覆い、はぁとため息を零す。ド深夜に仕事の報告のために帰ってきて、運悪く新人に出くわしてしまう。まぁ、おそらくこの新人も先輩が夜勤をしたくないがために今こうして夜勤しているんだろうが、お互い不幸なものだと鮫島は思う。

「すみません、すみません! はい、お通り頂いて結構です」

 おそらくお叱りを受けて、必死に頭を下げる受付をよそ目に、ようやく本題のために神災課の部署へ向かう。

「ゼロと比べるためにレイなんていう呼称を使うけど、最近できたばっかりだからそりゃ伝わらないよね」

 エレベーターから降りて革靴が床に対して音を鳴らすこと九度、神祭課と書かれているドアのノブを捻り、ゆっくりと開けて待っていた彼女に出くわす。

「那須原課長、鮫島只今帰還いたしました」

「そう、座ってちょうだい」

「はい」

 案内された通りに座り、机に置かれているやや冷えたコーヒーを一気に喉に流し込む。積み重なった疲労はカフェインで強引に無視し、正面の黒髪の美女を見据える。健康的に肌白いすべすべな肌、驚異的なほど大きく形の整った双宝、細められそこから覗く黒い蠱惑的な目……すべてに置いて男性を籠絡し、地の果てまで落としかねない美が鎮座している。

「ええ、大層立派な……」

 その胸を凝視しつつも、おそらく机の下に隠れている太ももも大層ご立派なことだろう。自身の貧相な体に対して自信を失いそうになるが、鮫島は再度スイッチを入れ直した。

「なんでもないです……それで今回の八咫ノ川から近畿地方へ流入した呪詛犯罪者の処遇ですがすべて」

「殺したのでしょう?」

 遮るように課長は笑みを深めながら述べる。妖狐に化かされているかのように、おもわず身を引き締める。

 

「はい、おっしゃる通りです。すべて処分いたしました」

「ご苦労。だけど、今回はそれが本題じゃないです」

「はい?」

「いつまで鮫島をやるつもり?」

 空間に鋭いナイフが切って落とされた。話せば切られそうな重々しい雰囲気が場を包み、課長は求めるものを提示せよと鮫島へ最後通牒を発する。

「お言葉ですが、課長であってもその情報は開示許可がおりてません」

 鮫島は額から冷や汗を流しながらも自身の職務を優先した。如何に恐ろしくても、鮫島は鮫島でなければならない。

「鮫島について調べてはいけない……でしょう? 当然、知っています。しかし、私だって知る権利があると思うんです。鮫島課長補佐」

「……課長、あなたがそれを言うことによって本官がどのような対応を取らざる終えないかおわかりで?」

 これ以上口を開いて欲しくなかった。多少であれ、自身はこの職場を好いている。かつて、鮫島について調べようとして殺した同僚の生温かい鮮血が再度両手に付いたかのように熱くなっていく。また、繰り返すのかと、また、切るしか無いのかと、鮫島は悲観する。

「私を殺害することでしょう? でもね、君は不可解なのが悪いんですよ。鮫島というコードネームを除き、情報なし。年齢、出身校、両親などの個人情報がすべて白紙で、身長と体重しかわからないんだから、そりゃ調べるとも、部下であるのですから」

 ならばどうして踏み込んでくる! ならば、何故聞いてくる。例え知っていても、鮫島に話していなければ、今の日常を壊す必要なんて無いのに、何故課長はその一線を踏み越えるのだ。

「それに、面白いことにこんな情報もある。鮫島事件の主要人物、比礼増人事件関係者、統一戦線事件捜査担当、国鉄三鷹事件の資料収集担当者……目立つものだけ列挙したものでもネームバリューに富んでいる」

「ねぇ、教えて。あなたは誰?」

 鮫島は覚悟を決めた。服に隠していた小型呪榴弾を握りしめ、課長を見つめる。その瞳はもう神災課の鮫島でなく、公安の鮫島であると高らかに示した。どんよりと濁った黄色い目は、冷静に機会を伺う。

「鮫島警視、神災課課長補佐であります。那須原課長」

「そう……」

 

「私が就任してから手伝ってくれていたあなたの秘密はあくまでも君の口から言ってほしかったけど仕方ないですね。私の方で、暴いていきましょう」

「鮫島、あなたは公安のカナリアでしょう?」

「いろんな事件に関わっていることにされて、呪詛犯罪者をあなたに誘導し、処分しやすくするための囮。本当はすべてデタラメで、君はなぜかそう扱われることに同意している。まったく、不思議ですよ」

 

「……日本のためですよ、課長。贄が必要だから贄が居る、ただそれだけの話。そこには悲劇の物語も三勇士のような偉業の話もない。ただの鮫島が、仕事しているだけです」

「ええ、そうでしょうね。あなたの忠誠は私でなく、日本に向いている。だからこそ公安から君は私の課長補佐として派遣された。私の監視と神災課の統制のために、ですよね?」

「……はい、本官はそのような役割を担っております。親しくなり、監視せよと」

「本当にかわいそうですね、そう心身をすり減りながら……あなたはどこに行き着くと思うのですか?」

「少なくとも、靖国ではないでしょうね」

 鮫島は握っていた呪榴弾を起動し、この室内ごと穢れと飛来する破片の嵐の最中へと巻き込み、課長ごと自爆して鮫島の秘密を、公安の使命を達成する────はずであった。実際には発動することなく、穢れを発することなく、不発弾であるという事実が鮫島を襲う。

「……それで、何故こんな長話を?」

 時間を稼げ、脳を動かして思考せよと脳に命じる。相手からすればポケットに手を突っ込んでいるだけと見られるはずで、穢れの薄ら寒い感覚がしないから穢れも漏れていない。まだ、挽回できる。今はただただ、課長を引き付ければよい。

 

「本当に職務に忠実……、自爆してまで公安からの使命を達成しようとしたのですね」

 メデューサに睨まれたように、鮫島は体が動かなくなる。ゆっくりと、ゆっくりと腰を揺らしながら、那須原は鮫島に近づき、その両手をもってしっかりと強く抱きしめた

「なんですか……本官はそれくらいでは……」

「しーっ」

 耳元でつぶやかれ、背筋が伸びて、ぞくぞくしていく。体に熱が籠もっていき、思わず下唇を噛む。

「……鮫島警視、あなたには最大の敬意を」

「この小さな身体で、界異すら見えないのにずっと孤独で頑張ってきたあなたを私は殺すことはしない。それで、殺しちゃったらあなたが不憫すぎるし……このまま、私のもとで働き続けてほしいからね」

「それに、気づいてないと思うけど……あなたって常に苦しそうなのよ。まるで、この世界が地獄であるみたいに」

「……それでも、本官は課長を殺さないといけないんです。そう評価してくださいましても、規則は規則。今更違えては殺した同僚達が浮かばれません」

 

 最もつらい罪を告白する聖人かのように、鮫島は目をつむって、見えない血反吐を吐く。その事実があるというだけで、鮫島が自分を殺したくなるほどに。

「本官は、鮫島なんです」

 

「それ以上でも……それ以下でも」

 

 ポタポタと鮫島の目から流れてくる滴が那須原のスーツを汚していく。そこに込められる痛みをまるでわかって欲しそうに、何度も何度も落ちていく。

 

「……公安部の情報封印技術ね、確かにそれなら人一人の存在は消せる……」

 

「鮫島警視、もう鮫島であること以外は何もわからないのですね」

 

 頷いた鮫島は覚悟を決めたように、那須原を見上げる。

 

「課長、殺してください。本官に終わりを与えて下さい」

 

 赤く腫れた目元、やや垂れた鼻水だけを見るならみっともなく泣いた少女であるのだが、鮫島の生き地獄を知っているならばそう断じることは出来ない。触れてはならない情報に触れた人物を同僚であるかを問わずにひたすら消していく日常、公安に鮫島たれと厳命され、それを果たすしかなくなった公安の傀儡。

 

「却下です。あなたには生きてもらいます」

 

「鮫島警視、日本国のために」

 

「生き地獄を生きてください」

 

「……そう……ですよね」

 

「わかりました……鮫島警視……現場に復「ただし」ッ」

 

「少なくとも、一人でないことは覚えておいて下さい」

 

 那須原はより力強く、鮫島を抱きしめてそれに対して鮫島は力なく笑った。

 

「課長、鮫島を調べてはいけませんよ(聞かなかったことにします)

 

「誰もが口をつぐむほどの恐ろしく忌まわしい話ですから」

 

 




ここまで読んでくださいましてありがとうございます。
今回は流行りの神災課に遅れないように書いた小説で、那須原ちゃんを文章で動かして見たかったというものあります。
でも、正直那須原課長の口調が凄い心配で、ちゃんと書けてるか確証を持てていない……怒られが発生しないか心配です。
まぁ、長々と話しても仕方ありませんし、ここら辺でお開きとさせていただきます。
改めて、最後まで読んでくださいまして誠にありがとうございます。
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