「ワルシャワへ。こちらザーリャ01。目標を500m先にて視認。対結界貫徹弾、装填済み。検挙可能、発砲命令をください」
このような事を言わなければならないことに吐息を漏らす。母なるロシアのスモレンスクで、狙撃銃を構えながら夕食を取っている親子に照準を合わせて、ゆっくりと返事を待つ。
着込んだ冬用の制服に、ロシア帽を被った少女の私。齢12歳でありながら、身長と同じくらいの狙撃銃を何故握っていなければならないのだと。やはり、吐息を漏らすしかない。
「ワルシャワ了解。収容所は満員のため確実に検挙せよ。ザーリャ01」
「ザーリャ01了解。任務を遂行する」
恨んでくれるなよ。ソビエトでは黒と言ったら黒なのだ。そう、心でつぶやきながらザーリャ01は耳元の通信機を切る。降り積もる雪は格好の迷彩となり、この小さい体をすっぽりと覆い隠し、手袋越しに伝わる冷気にお手々がやや震える。再度、照準を確認し……変わりなし、指をトリガーに入れ……自分に言い聞かせるように唱える。
「非常委員会第555号より、労働者の搾取への怒りを、反革命たる愚人へ、あますことなく、放て」
口から単語が離れていくごとに、空間が軋んでいく。銃身は熱で真っ赤に輝き、周囲の雪を溶かす。しっかりと焦りだした親の頭にスコープの十字を合わせて、銃弾を放った。本来の速さを遥かに超える弾丸は窓を突き破り、家の中で爆ぜる。円形状の真っ赤なドームが吹雪を生み出しながら、半径100m地点を呑み込み、そして消えた。電波ソングのようにこびり付いてくる共産的思考を自我によって抑え、思考を切り替え切り替え。
「さて……目標観測……目標観測」
荒れ狂う吹雪が落ち着くと、綺麗に地面を抉ったかのように丸いクレーターが出来ている。そこにあった家も、親子も、または忌々しい雪も綺麗サッパリとなくなっていた。それを見て、ザーリャ01は通信機を取り出して、告げる。
「ワルシャワへ。こちらザーリャ01。対象の検挙を観測。状況終了を提言する」
「ワルシャワ了解。状況を終了する。ザーリャ01、基地まで帰投せよ」
業務的なやり取りを終えて、ようやく改めてさっき作った水たまりごしに映る自分を見る。雪に紛れても違和感のない東スラヴ的な白い肌、真っ黒な長髪に、マジックブルーを思わせる綺麗な青い瞳。どう見ても美少女なのだが、それを見て改めて吐息を漏らす。イーニャ少尉として、ソビエト連邦の悪名高きKGBで勤務する私を日本の大学生だった私が見れば、どう写ってるんだろうか。もはや、姿すら覚えていないかつての自分を、唾棄するしかないのか。頭の中を動き回る不安を銃を強く握ることで払拭する。私は今、戦地に居るのだ。相手は反革命である以上、連邦少女という特別な兵科に居る私は義務を果たさないと今度は自分におもちゃ屋の隣の者が訪問しかねない。ぺしっと頬を叩き、足に力を込めてふわりと浮かび上がる。
「それにしても、どう見ても魔法少女だよなぁ……ステッキは銃で、着る服が軍服なだけで……って無理あるか、KGBだしな」
連邦少女とはKGBの誇る祓魔戦力らしい。どうやら、スターリンおじさんが人間不信になる前から存在する兵科で、主に境界戦を想定している。今浮かび上がっているように、空中から索敵し対象を見つけ次第長距離射撃をするサーチ&デストロイはもちろんのこと、後方へ浸透し兵站へダメージを与える航空阻止から対テロ作戦において行われる陣地開放など多岐にわたる作戦を担えちゃうのだ。おかげさまで、年中ブラック労働なのだから有能な者をしっかりと酷使するソ連しぐさをまじまじと受けるのだが……まぁ、良い。たとえ、子供であっても勤勉な奉仕をあたりまえとして突きつけてくる党本部からすれば、軍の年齢制限は無視できるものらしいからさ。
「はぁ……」
ぶーたれながら、言われた通りに基地へと向かう。気分はさながら八甲田山だが、空を飛んで温かい軍服に包まれてる分大いにマシだ。これも先人たちが頑張ってソ連祓魔術を発展させたおかげだが、それに縛られて事実上徴兵されているため複雑な気分だが……仕方ない。今は日本国民じゃなくてソユーズの民なのだ、切り替え切り替え。
「こちらザーリャ01。スモレンスク基地へ。侵入コードS426、応答乞う」
「スモレンスク基地司令部了解。侵入コード問題なし、基地空域の通過を許可。所定の手順に従い降下せよ」
「ザーリャ01、ダー」
まずは銃からマガジンを抜き、マガジンポーチに仕舞う。次に銃口を上に向け、トリガーから指を離し、ゆっくりと垂直に降下を行う。このやり方に従わないとKGBのえらいおじさんが怒鳴り組んでくるから、私含めてほぼすべての連邦少女が行う所謂、誤射防止姿勢なのだが、弾丸がなくても撃てる関係上はあまり関係ない気がするが、ここはソビエトロシアだから決して口に出してはいけない。
「さて……これで一息……」
「イーニャ少尉! あなた、また言語術式だけで終わらせたの!?」
つけるはずなどなく。口うるさい班長様のお出ましだ。金髪にツインテールというアニメでしか見たことがない組み合わせかつこの国の前衛性を体現する真っ赤な瞳、ファッションモデルが太鼓判を押すようなくびれと体つき、そして
「ああ……私は胸囲格差のプロレタリアートってことかよ……クソッ! マルクスは死んだ!!」
憎き労働者の敵を睨みつけて、勇敢なるバグラチオンを決行すべく、小さな手であっても、そのウラル山脈を握りつぶそうとして──見事にスカった。
「はぁ……またおかしなことを言って。マルクスはもう死んでるし、必死につかもうとしたとて無理よ」
「それによりよ!」
「なんで言語術式だけでやったのかを聞いてるのだけど」
もともと私は指導資格と言ういわば固有能力のテストのために実地投入されている。だが、使うたびに周りから怪訝な目で見られる能力をどうして使わないといけないのだろうか。プリプリと班長様が怒っていようが、出来るなら使いたくない。
「はっ、小官は必要なしと判断した故です。目標はCIAと接触していた帝政復権運動の祓魔師かつ幹部であり、確実な検挙を必要としていたました。私の指導資格はまだ実戦運用回数が少ないので、確実性を損ねるかと」
「もうー! そのため、わざわざモスクワからスモレンスクに来てるじゃない! 一緒についていかないと行けなかった第S班なんか完全なとばっちりよ」
「それは……そうだけど……ほら」
「言い訳はもう飽きたわ。次の作戦でしっかりと使いなさい。指導資格『
「はい、レーノチカ班長……」
理不尽極まる即刻抗弁したい。しかし、やったところで無意味なことはわかる。去っていく班長様を見ながら、胸元のポケットに仕舞ってある国内旅券を開く。イーナ・ボリシェヴィナ・ブレジネワ、それが今の私の名前。ひっどい名前だが、命名は孤児院から連邦少女候補を回収する担当職員によって適当に命名されるから、私のようにキラキラネームのやつだ出てくる。おかげさまで浮くかと思ったが、この間ウクライナKGBで出会ったソビエトワに比べたらマシだと信じたい。
「少尉、次の作戦行動は明日です。部屋に帰って休んでおいてください」
一般通過KGB職員にそう告げられ、のこのこと小さな体躯を引きずるように部屋に戻る。幸い、尉官だから部屋の中は他の職員に比べたら豪華でレーニンの肖像画を除けば、必要なものはすべて揃っている。文明的なセミダブルベッド、木目の入った白樺の机、床に敷かれた温かいカーペットとVIP待遇極まれりだ。だが、悲しきかなこの時代のソビエトにはユニバーサルデザインなんか実在しない。身長がわずか127cmしかないこのイーニャちゃん的体格はハンガーに服をかけることすら阻害する。
「それにしても、
軽く浮くことで問題を解決するとドタンとベッドに横になり、天井を見つめる。指導資格、いかなる連邦少女であれ持っている固有能力で、大抵が必殺技級に強い。たとえば班長様の指導資格『戦時共産主義』とかチートと思える能力を持っている。相手の保持しているものを強制的に徴発でき、この間やりすぎて儀体化狙撃兵の体の一部を徴発して死ぬほど怒られていた。だが、それに対して私は『
「使いすぎたら死ぬよなぁ……連邦国家で
ちなみに能力自体は強い。
「頑張って言語術式だけで乗り切ってきたけど、もう終わりか……班長様は真面目に怒ってたし……逃げられない」
使うと頭が共産主義に汚染されることに定評がある
「ん〜明日は楽な任務が良いな……」
とか言っていた自分を殴りたい。
「ワルシャワへ。ザーリャ01! 敵と交戦! 待ち伏せです! 援軍送られたし! 位置座標送信」
「ワルシャワ了解。援軍は送れない。現在、スモレンスク基地を未知の勢力が攻撃中。単独で任にあたれ以上!」
「クソが! 一歩も下がるなってか!?」
「……通信記録から消しておく。幸運を、ザーリャ01」
絶賛中隊規模の祓魔師から攻撃されているイーニャです。幸い、航空が出来るやつがいないのか、地上からアホみたいに撃たれているが、回避行動と防御結界でまだなんとなってる。
『死に晒せ! くそイワンが! 俺等の仲間を殺しやがって』
おそらくポーランド語なんだろうが、わからないものはわからない。まぁ、こういうときは大体悪口と相場は決まっている。
「ロシア語喋れよ、この土人が!」
悪態をつきながら、携帯しているAK47をさっきから罵詈雑言を投げかけてきているであろうハゲのおじさんに銃口を向ける。相手も気づいたのか弾幕が激しくなっているが、いかまいなしに銃弾を放つ。甲高いフルオートの響きがダダダダとおじさん含め、祓魔師たちを雪に沈む泥人形に変えていくが、一向に数が減ったように感じられない。
「きりが無い……防御術式補強! 『爾、奉仕者なれば』」
すでに纏っていた円形状の結界を覆うように透明な膜が包んでいく。その間にも空を縦横無尽に動き、近くに遮蔽を探して……見つける。ここから900m先南西方向、ポーランド国境に近い場所の森林地帯。そこで戦闘を行えば国境警備を行ってる陸軍あたりが援軍に来てくれるかもしれない。
「はぁ……はぁ……」
わりと厳しい状況だ。なんかめちゃくちゃ強いのが居る。その司祭服を見るにカトリック教会の祓魔師なんだろうが、動きが他とは全く違う。迫りくる銃弾に恐怖を覚えること無く、冷静に味方を守り、こちらに攻撃するほど余裕がある。首元に下げているロザリオを何度も握っていることから、おそらくそれが祭具なんだろうけどそこを狙うと回避で避けられ、仲間を狙うと結界で防がれる。距離をとってもしっかりと近づいてくる。ならば、もはややるしか無い。
「非常委員会令第98号より、革命の濁流を、ソユーズの脅威へ、覆うように、流せ!!」
一発の弾丸が地面に深く沈んだ。その弾丸を核に、地面は圧力に耐えきれずに融解を始める。太陽の表面を思わせる眩い光が全方位に放たれ、視界を潰す。ぐつぐつと煮立ったチェルノーゼムは溶岩として周囲へ流れ。本来、あり得ない溶岩流が一帯を飲み込んでいく地獄絵図を作り上げる。その光景を見てイーニャは半ば恍惚とした表情を見せた。
賛美歌のようにインターナショナルが頭に流れ、勝手に溢れる想いがすべて狂信へと置換される。まるで、自分は理想に殉じているているのだと、自分は全世界の労働者と一帯になっているのだと錯覚し、強い衝動が体を動かす。さらに、多くを、さらに、確実に。労働者の楽園はこれで潰えるものでは到底なく、この反動分子を世界から消し去らないといけないという非常識が常識たると刷り込まれる。イーニャはその愛くるしい外見も相まって笑っている姿は天使のような神聖さを醸し出すが、生き残った司祭はそれを度し難いと吐き捨てた。共産主義の天使という矛盾した存在、いかなるキリスト教的価値観を愚弄するそれは憤怒に近しい何かを抱かせるには十分だ。司祭が生き残っているのを見て、天使は嗤う。
「非常委員会令第1──」
理性なきまま唱えられる
『バカな! 何故、貴様ら神を捨てた無神論者どもがそれほどの奇跡を行える!!』
十字を切ること三度、神の御名を呼ぶこと一度。奇跡を行う奇跡、それは伝統的なキリスト教祓魔術において至高と言える域のもの。即席の埋葬式を執り成し、相手を神の下に送るための儀礼。どんな罪深きものでも神であれば、平等に審判するという聖書に基づいた術式を強引に相手に押し付ける『死』の奇跡の技。ばら撒かれた香の匂いはフィールドを作り、こことを教会とする。
『さぁ、神の御業によって裁かれよ! この無神論者が!!』
そして、儀式は成る。すでに送ったと定義し、儀式を終わらせ相手を即死させる──ハズだった。
「って……危ない、危ない。頭共産主義者になるとこじゃん……はぁ……」
あれほど狂ったように笑っていた天使の姿はそこに無い。あるのは「あちゃー」とでも言うようなおちゃらけた笑いのみ。
「あれほど理性が外れるのは久々だったけど、無事第三の幽世から帰ってこれたよ」
言語術式の弊害である意識の第三の幽世への転移によって一瞬共産バカになったが、これで止まることはない。それに運良く仕掛けていた布陣も作用しているようだし、反革命分子を検挙するために体を動かす。
『何故! 効いていない、神の奇跡が! 異教徒であっても効くこの術が!!』
「ロシア語じゃないからわからないけど、大方なんでそっちの術式が使えなかったとかそんなもんでしょ。それはね、私は無意味に広範囲攻撃してたわけじゃないっていうことだよ。ほら、ここは教会にするにはあまりにも……」
「地獄っぽいでしょ?」
言葉は伝わらないながらも、意図を察して周りを見渡した……司祭はハッとする。
『まさか、周囲環境だけで教会の成立を阻害した!?』
「多分ビンゴ。私は既にここを長閑な無人地帯から地獄のような場所に変えている。神聖な儀式を前提とする教会の祓魔術はあまりにも場所を選ぶんだよ。そして、ここはその術式にとっては悪い影響しか無いサタンの毒だよ。歴史の重みが驕りとなっている君たちはあまりに盲目が過ぎる」
『……まだまだ、我が故郷と友を消し去った貴様らなんぞ……なんぞに負けるわけがないのだ!』
「……まぁ、そうくるよねー」
司祭が
『限りなき願いをもって』
『この無神論者に』
『荊の冠を』
熔岩が赤々と胎動する。渦巻いていた大きな流れは止まり、空へ向かって跳ね上げていく。明らかにおかしい様子の熔岩が何故そうなっているかを明らかにする間もなく、大樹の如き荊が熔岩に濡れた無数の棘を纏って、イーニャへ、私へと飛来する。
「隠し手が多い! CIAすらここまで小手先は多くないのに!」
「『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき!』」
かつてナチスが行った迫害において、徐々に増えていく対象者を憂いた二ーメラーの言葉であるが、友邦たる東ドイツはそれを術式として再構築した。最初に目標とされた共産主義者へ手向ける哀悼詩として。
『何故、止まる! 主の荊よ、何故この罪人を地に落とさぬ!』
燃え盛る荊はまるで目標を失ったように、ぴたりと止まる。宙を掴むようにそびえる無数の荊はそのままひらりと揺れ、熔岩へ落ち、固まっていく。
「予想があたって良かったぁ……はぁ、術式が古くて助かるよ」
「ロックオンを一度外すだけで自動追尾しなくなるんだから」
哀悼詩は極めて簡単な効果で、たった数秒だけ術者にかけられている術式を解除するというもの。それによって荊は私を見失った結果、追尾が解け、無効化される。これには東ドイツに感謝をしなければと思い、銃口を司祭に向け叫ぶ。
「『我らが同胞として団結せすれば!』」
「『人民の敵は打ち負かされん!』」
廃墟からの復活の一節を吟じ、堪えていた弾丸を放つ。命を容易く奪う鋼鉄の弾丸は、さらに威力を増して飛ぶ。弾丸の向きは西側、そう西ドイツへと必ず向く弾丸が進路上にある司祭へ襲いかかるのだ。
『小賢しい真似を……』
『背きの王杖よ、神の怒りに触れよ。傲慢の芽は生え、群衆は絶える。そして、その時は来た。今となって』
王杖として見立てたAK47に対して掛けられた怒りの祝福は如実な事実によって示される。司祭へ向かう弾丸は西側から東側へ、無神論者を射抜く審判の矢。銃口を離れた弾丸は即座にイーニャを狙う。
「ちょ、ちょ! それはヤバい!」
AK47を投げ捨て、カランという乾いた音とともに地面で分解する。耐久性の高い武器であっても、高い場所から硬い石の上に当たれば壊れるのは必然だ。
「……指導資格……は嫌だな……チェキストは絶対良い顔しない……」
数秒の数巡の末に、手を司祭に向け電波ソング術式を唱える。
「非常委員会令第12────」
『名はなんと言うか』
「我が名はレギオン、我々は大勢であるが……って」
「────っっ、まさか!」
強制的に返事させ、相手の術式を解く。簡単な祓魔術で、基本中の基本と行っても良いだろう。ただ、そういう術式こそ緊迫した場面ではよく決定打となる。
『我が
声高らかに手を十字に広げ、云う。
『愛されし使徒ピオトル』
そこから右手でロザリオを握り、謂う。
『私はあなたを愛する故』
肉に食い込み垂れる血は十字架に染み、言う。
『この祈りを聞いてくれたまえ』
『悪魔の御使シモンよ、偽りの高座から地に墜ちよ』
『墜ちよ。墜ちよ。墜ちよ。父と子と聖霊に捧ぐ、三度の祈りにて』
『我が名はピオトル、かの鍵を持つ者』
『その声を届けん』
『墜ちよ、シモンよ。私はそれを望む』
空を駆けていたイーニャは成すすべもなく、真っ逆さまに落ちていく。風で揺れる髪も相まって、まるで堕天する天使であると錯覚しそうになる。
『遂に墜ちてきたな、無神論者』
『とくと聞け』
『私はピオトル。この岩の上に教会を建てる』
AK47が無惨に転がっている固まりきった熔岩を指し示し、教会とした。悪魔を寄せ付けぬ神聖なオーラが満ち、司祭の瞳の輝きが増す。
『そして、言おう!』
『アケルダマ! アケルダマ! アケルダマ!』
『この地は血の土地なり!!』
肺いっぱいにして叫ばれた聖書の一節は教会に血の池としての側面を加える。そして、司祭が最初から狙っていた状況が遂に完成する。
『愚かな無神論者よ、引っかかってくれて感謝するとも!』
『さぁ、さぁ、歓喜せよ! 審判の時は来た!』
連邦少女をユダに見立てた致命の儀式、使徒言行録にて何故か墜ちて死ぬユダに加え魔術師シモンへの墜落の祈り。この2つが組み合わさり、地面についた瞬間に死亡するという現象を未来に確定させる凶悪過ぎる術式を作り出す。飛んで地面を避けるにも墜落の祈りが妨害するため自由落下を止める方法はない。
「死んでやるもんかよ!!! お前が死ねぇぇ!!!!!」
隠していた男口調すらむき出しになるように決意を示す。地面が刻々と近づいていく最中、風に苛まれながらんも手を司祭に向け、ダメ元で使った。
「指導資格『
かくして、それは成る。
『な、なんだ……ただの脅かしか……』
地面に倒れ伏した連邦少女を見やり、ほっとため息を零す。既に術は成った、それ故にこの戦いは勝ち……あとはここを突破してスモレンスクに置かれた司令部を潰すだけ。
「残念…………」
ぴくりと震えてから、顔だけを挙げて不敵な笑みをもって司祭を睨みつけるイーニャ。そして、何かに堪えるように奥歯を噛み締めている。
『何故! 何故! 生きている!? ありえない! 主への祈りは完璧だったはずだ!』
腰に備わっている金具をジャラジャラと鳴らし、一つの短剣を取り出す。
そして、大きく飛び上がり、
『多くの罪を犯しこの者を』
『神の御下へと送り給え』
『ヴェローナの刺し傷!』
『安らかに眠れ!』
刺し傷によって死に絶えたヴェローナの聖ペテロにあやかった中世時代から続く処刑術式。刺された人を無条件に殺す、極めて単純な致命の一撃。今まで生き残れた人はかのルネサンスの最盛期を築いた大貴族、ロレンツォ・デ・メディチの他に居ないと言われる絶対絶死の奥義。それをイーニャに向かって振り下ろすべく、片足でバランスを取ろうと地面に足を付けた。
その刹那。
司祭は一言も発する間もなく、真っ赤な血の池となり爆散する。惨たらしく飛び散る人間だった何かはシャワーのように、術式によって構築された教会を穢し、あまつさえ解いてしまう。
「でしたぁ!!!
指導資格『
「はぁ……はぁ……」
「なんか……勝てちゃった……人生……うまく行くもんだね」
これはため息を零すしかないでしょ。イーニャちゃん、すごい頑張ったよ? 正直、手当として数十年の有給休暇を請求したい。
「イーニャ・ボリシェヴィナ!!」
疲れ故に、地面に寝転んだまま有給休暇について考えていると騒がしい声が聞こえてきた。
「あっ、レーノチカ班長……お疲れ様です」
「お疲れ様ですじゃないわ! あんた大丈夫なの!?」
「まぁ、まぁってところです」
「だーかーら!! 茶化さないでよ! こんな血の池のど真ん中に居るのを見つけたわたくしの気持ちを考えてよ!!!」
軽く涙を目に貯めて、そう言われたら流石に茶化すのは不義理だ。
「ごめん……実は疲れすぎて動けないだけで、本当に大丈夫だから……」
「党に誓って言えるの!?」
「はい! レーノチカ大尉!」
「なら……いいわ、ほら行くよ」
班長は私をお姫様だっこして、抱え。そのまま、基地へと帰投していく。その際、激戦の末に荒れ果てた地形と無数の死体が見え、自分の中で勝手に任務成功の判を押した。もうこんな戦闘は懲り懲りである。そして、何より……
「班長! 普通のおんぶで良かったじゃないですか!! 基地の人に見られるの恥ずかしいんですけど!?!?」
「それに私、これでもKGB少尉ですよ! 威厳が!」
「だまらっしゃい。無茶ばっかりする罰ですわ! 今日はこれでソユーズの空を飛ぶんですのよ!」
「やっぱり、マルクスは死んでたよ……」
一方その頃、スモレンスク司令部。
「何? あの“長老”が衛星写真から消えた!?」
「貴様ら、何をやっている!」
明らかに偉そうな男が、勲章を鳴らしながら駆けつけてきた連絡兵を怒鳴りつける。
「それが……衛星から消えたわけではなくて」
「ならなんだ! まさか空を飛んで天国へ行ったという戯言は言うまいな?」
「はっ、はい! 追跡部隊によれば、生命反応ロスト! 当司令部へ向かう進路方向上においてです!」
「……第一次スモレンスクの夜明け作戦を中断せざるを得ない理由を作ったあの“長老”が死んだだと?」
「本当か!?」
「ひぃっ、はっ、はい! 確実とのことであります!」
「……そうか……遂にか。遂に、死んだのだな。
「"長老"ピオトル • マウォポルスキ」
「一人でポーランド祓魔戦力を担い、彼の悪名高きディルレヴァンガー師団を鏖殺し、たった一人でモスクワに乗り込みボレスワフ・ビェルトを暗殺した男。ナチだけでなく、我らがソビエトの悪夢の一つが……遂にか……」
「そんな男をいったい誰が殺したんだ?」
「連邦少女であります」
「名は?」
「イーナ・ボリシェヴィナ・ブレジネワ」
「『
予想以上に司祭が強くなっちゃった
即死技を当たり前のようにポンポン出すのはヤバいだろ
ヤバいよな……(正気に戻る)