ー憑坐神祇官
時の将軍、足利義輝は荒ぶる国内を平定すべく一つの儀式を宣言した。それは陛下の勅命を得て執り行われる国家鎮護の大儀式、醍醐寺理性院に設けられた強固な結界の内での戦い。選ばれた三十六人の祓魔師、陰陽師、坊主、神主が雌雄を決する決闘を捧げる、大元帥法。
鳴り止まぬ。ノウボウ、タリツ、タボリツ、ハラボリツと続く、真言は止まらぬ。これは大元帥明王へ捧げる天覧決戦、陛下の臨席賜る最上の儀。既に多くの強者が、日本の為に捧げられている。これはその最終試合。三十四人の骸を超えて残った二人のどちらか、死なねばならぬ。決戦の時である。
北方より、今妙見。言葉一つで、相手を殺す。賀茂家の至宝にして、最終兵器。これまで戦った戦は多くあれど、生き残った人は少なし。剣を抜くことなく、戦乱を治める彼女を恐れて人は今妙見、彼女をそう呼んだ。女であるのに、賀茂当主より広い部屋に住まう彼女は着物を纏い媚びたりしない。相手こそが媚びるべきだと、いかなる相手であれ力で平伏させた暴力の化身。
「貴様か、安倍の倅」
鎧も持たぬ彼女の手には刀が一つ。応仁の大乱と共に顕れた“雲居の神”と、偽りの仏を祓いし大僧正の屍より鍛え上げられた呪具——八重菊三十二振りが一振り。穢れのない清浄の
人呼んで『白頂』。天覧の儀の間、一度も振るわれたことがない薙刀を携え、向かい合う彼を興味も無さげに見つめた。真理を見つめるとされた冷酷な眼差しに、安倍の倅。そう、呼ばれた彼は困り顔を浮かべて笑う。
「はっ、おひさにしては殺意高いじゃん。そういうのって、良くないと思うんだよ。瀬を早み、岩にせかるる滝川、とか言うじゃん?それとも、会えなくて寂しかった?ごめんね〜〜!!」
「はっ、よく口が回る。急流に流される貧弱な男には六条院がお似合いだ。同じく出家したらどうだ」
南方より、
「これより、最終試合を始める。」
醍醐寺の住職が厳かに宣言する。張られた結界の外側には、陛下のみならず将軍自ら出向き、賀茂家安倍家の両家がそれぞれ御輿の中から恐る恐る眺めていた。
「早くしろ。」
今妙見、もとい賀茂■■。彼女は試合が終わった後のことを考え、傲慢不遜に腕を組んで命じる。
「【
加護の込もった一声はいとも簡単に死を命じた。
上古の時代に”意を顕す神”が賀茂家にもたらした”加護”の奔流、何かに命ずることが出来る恩恵。――――その最も強い力を受け継いだ今妙見は、称して”人に命ずる加護”を手中に収める。
その言葉はどんな些細なことであれど、相手が『人』であれば現実はいと容易くねじ曲がり、その意を顕す。命ずれば、万物がその意に付き従う。もしも呪わば、崇徳皇をも泣涙せしめる苦痛を与えることすら出来てしまう。
相手の位、強さ、人情、いかなる現世のしがらみにも関係なく――。天与の意は必ずや事を為す。
例えば。以前欄干を越えて鞠を転がした童子に【桜になれ】と命じれば、その童子は鞠ごと賀茂屋敷の庭を彩る綺麗な桜花となった。
その根本では今でも花見が出来る。「都合が良いな。次は梅でも植えようか」とそう告げれば、烏帽子が落ちたことにも気付かぬ陰陽頭は卑しい笑みを浮かべて頭を下げるしか無い。たとえ、その童子が正二位たる賀茂朝臣の嫡子であっても今妙見には関係ないことだ。
そんな、絶対絶死の攻撃。この当時には存在しないデシベルという概念規模で伝わる呪いの言葉を受けて、一言。
「ばーか!何度も見た手に引っかかるかよ」
二つの扇子を素早く取り出した安倍の倅は、右足に乗せて左手で開いたままにして顎下から空を見上げるように舞う。右手では横一閃するかの如く、閉じたままに。両扇子の先は右足へ向き、右手の扇子を開いて、そのまま右目の視界を隠すように両手を振るった。
「『
平安の世に唐土より伝わりし
そして。儀式技術に則り舞を踊ったという前提条件を達成する。それらを、須臾のうちにて全て同時に行う。
洗練された儀式を通じて膨れ上がる加護は皮膚を津々浦々と覆っていき、今妙見からの約された死を弾いた。
「ほう、死なぬか。あの最強を自負していた中臣の媼や叡山の僧正、陛下お抱え衆の一条賢龍すら呆気なく散ったが……お前は生き残った故に褒めてつかわす。だが、一度で駄目なら、二度、三度はどうだ」
その場から動くことなく、今妙見は次々と言葉を紡いでいく。結界の外では安倍家が歓声を轟かせ、陛下は御簾の奥底で眉を潜めた。慈悲深く真筆の経すらこの醍醐寺に納めた今上の陛下にとっては賀茂家に勝って貰わなければ、将軍が勘違いを加速するだろうことは目に見える。この日ノ本を治めるは、いつであれ菊であるのだから。
践祚の見舞金すら充分に送れもしない将軍へ接近している安倍家は、どこの馬の骨とも知れぬ守護大名と結び畿内を荒し回る可能性すらある、看過しがたい謀略の逆臣であるかもしれぬのだ。
「【腹を掻っ捌け】」
「【両の手を切り落とせ】」
「【黄泉へ堕ちろ】」
三度告げられた”加護”が安倍の倅に効くことはない。だが、今妙見動じぬ。その黄泉の黒色を持ってきたような黒目は冷静に分析して、やがて合点した。なんの
「式神術の応用。身に纏うことで、人の身を一度外れることで逃れ、そして次の術の準備をしているな。」
「なんでわかんだよ。」
「たわけ、加護の流れが変わっているのを感じ取れないとでも?舐めてるな」
安倍の倅、既に先ほど舞っている。既に術の発動条件は満たした。安倍家は式神で有名になった家系、その歴史を疑うことを倅として赦すわけにはいかない。
「来い。『
実態を有しない概念上の式神。相手を縛り付ける、現代で言うところの
見ることすら叶わぬ『無常』は思考を曇らせ、聞くことすら出来ぬ『苦』は全身を蝕む幻肢痛をもたらし、語れり得ぬ『無我』はその二つの式神への攻撃を自動で無効化する。
いずれ
「……それだけか?」
挑発に答えたのか、鷹を複数呼び出した安倍の倅はそれらを一直線に突っ込ませる。
それぞれの鷹が、別の鷹の後ろに隠れて何匹かはわからないように。勢いよく、今妙見に衝突して鷹は見事に爆発した。連続して爆破を繰り返す様はさながら南蛮渡来の
ほんの一瞬の刹那に安倍が行ったのは鷹の式神の中に爆発する式神を仕組んだ上で、それらの式神を一つの式神に見立てて爆破の威力を高めたことにある。
術的
「私が自分の脳や霊体に結界を張っていないとでも思っていたのか。教えてやろう。私の体には既に八個の精神結界、十六個の霊体結界、二十四の肉体結界がある。何故、八の倍数か知りたいのだろう」
煙が晴れていき、安倍の目に写ったのは変わらぬ姿勢、変わらぬ態度で佇む彼女であった。その袴に一切の埃もなく、傷もない。
「ッッ、へぇ〜ずいぶん
今まで動いていなかった今妙見は背から薙刀を取り出して、狂気的な、それこそ歯茎すら見えるように嘲けり嗤った。
「私はな、殺した人間は全員覚えている。受肉した朝敵を八柱、都を脅かした武将を十六人、礼を欠いた
片足を前に出して、刃を下向きに構える。薙刀はそそぎ込まれる加護に反応して白く、眩く輝く。風が周囲を舞い、今妙見を取り囲むように緩やかに流れていく。
「なんだ、魂喰らって結界ふやしてるんか?バケモンじゃねぇか」
「……心外だな。そんな魂を喰らって結界にする価値なぞ無い。ただの記念に過ぎない。君でせっかくの倍数が崩れるのは好ましくないが、九の倍数にすれば良いだけだ」
『白頂』は純粋な人たる今妙見に答える。イメージを具現化する。体に埋め込まれた式神を弾くイメージをすれば。そのようになった。概念上の式神は、別の概念にねじ込まれるように塗り替えられていき、式神は形を保つことが出来ずに消え去る。
「では、私の番だ。『憑坐の舞』」
イメージを具現化する薙刀は使い手の要望に答え、安倍家の秘儀を具現化した。これは今妙見が安倍家の秘儀を解析し、理解し、その確固たるイメージを持ったからこそ出来る芸当だ。
「せっかくだ。同じ土俵に立ってやろう。確か賀茂の童は
「【黄泉還れ。『崇徳』】」
賀茂の現人神の命に従い、天地が淀む。
寺の境内を覆い隠すかのごとく空へと現れるは、無数の渦巻く、経文。荒ぶり、穢れをあたりに撒き散らす災害。
かつて流刑に処された怨念を今でも覚えているかのように顕現した大怨霊は、恨みを晴らさんと暴れようとした。
――その刹那、今妙見ははっきりと皆に聞こえる声量で告げる。ふと思い立ったかのような冷淡さで宣流する。
「……ふむ、【風が強いな】。衣替えと行こうか」
上空に血の雨嵐を形作つつ狂乱を体として三千大世界を脅かす神異の霊は途端に動きを止め、地面を蛇のように這いずる。向かう先は今妙見、足の内股から入り込んで全身を覆っていき、まるで織姫の羽衣のように経文が織り込まれる。
故実に記された
「馬鹿な!!」
安全な結界の外側から眺めていたはずの陛下は震えることしか出来ない。あの殺気、覚えている。遺伝子レベルで覚えている。こちらを根絶やしにするつもりしか無い、かつての先祖の怒りは血を脈々と繋いでいた天照の子孫であるからこそ理解できる。片州にて至上の玉体である陛下であるからわかる。あの経文、触れるだけで全身から血を吹き出して、惨たらしく九相図の画題へと落ちぶれるのだろう。
「……御身は直視なされるな。彼の呪い、御身をお守りするには七瀬御祓を七度は執り行わねばなりませぬ」
御簾の隙間を塞ぐように固く下ろした禰宜が呟く。祓えの効力を張り合わせた身代わりの札は、既に狩衣の下で血穢を撒き散らしている。
続いて、菊紋の刀を佩いた舎人が耳打ちをした。
「御言葉ですが……これ以上あの者を八重菊の一振りと見なすのはあまりにも……後醍醐の御偏諱にも似た行いなのでは」
「……敵には回すな」
「御意」
側近の懸念に端的に答えた陛下は静かに目を閉じた。この乱世の世、あらゆる化物が生まれてきたが、これ以上は見たくないなと内心吐露する。室町とは長き変遷の時代、武士がのし上がり刀を振るおうとも、まだ人間の戦いで済んでいるだけなのだと側近は思う。
「……笑えねぇな。ほんっと、笑えねぇ。これじゃ、普通に俺死ぬじゃん。」
安倍の倅から一切の笑みが消える。へらへらとした態度は鳴りを潜めて、真剣な顔つきになる。試しに放ってみた式神はすべてあの羽衣に飲み込まれ、無効化される。そして、改めて気づく。彼女は未だ一歩も踏み出していない。
「そもそも、勝手にさぁ出場決められて。勝手に命かけんといけなくて、まだこれからだってのに理不尽じゃね?俺、これでも天才なんだけど。」
とほほと嘆く彼の目にはまだ闘志は残っていた。無抵抗で死ぬのは安倍家の男児として恥だろう。いかなる犠牲を祓ってでも、この勝負は生き残りたい。生き残らないといけない。彼はそう決意し、口を開いた瞬間。今妙見から、口を挟まれた。
「何故、晴明を呼ばぬ。出来るのだろう?前当主が前の合戦時に呼んだと聞いたのだが」
「うん、やっぱり。俺、前言ってたこと撤回するわ。おひさとか、そういうのとか全部ひっくるめてな。やっぱり、おまえバケモンや。早く黄泉に帰れや」
「晴明を呼べるのを知ってるのもキショいし、呼ばそうとしてるのもキショいわ。んでも、ええよ。呼んでやるよ。」
寿命の半分支払う。安倍の倅はそう言って、扇子を床に捨てて深くため息を吸い込んだ。今から執り行うのはまさしく憑坐にもとる儀式。身を捧げて、死者を呼び起こす禁忌の一つ。安倍家の血を継いでいるものにしかできない。一子相伝の儀式。
「式神演舞『安倍晴明』」
無数の形代が空を揺蕩い、安倍の倅を飲み込んでいく。その肉体に喰らいつき、次々と重なって別の顔、身長、霊体へと替えていく。賀茂家に賀茂■■が居るのならば、安倍家にはその始祖が居る。その名は安倍晴明、式神としての顕現であれど、かつて平安京にて最強を誇った陰陽師。それが、今妙見の眼前に姿を表した。
「ふふっ、ようやくか!待っていたぞ!晴明!!」
今妙見は歓喜の声を漏らした。今までいくら安倍家の者を甚振っても、
「『泰山府君』」
晴明は熱烈な歓迎に答えることなく、機械的に唱えた。晴明の背後から映えるように現れ、部分顕現したのは道教における冥界の最高神。そして、十王信仰における太山王。真っ赤な漢服に身をやつし、
府君は間髪を入れずに晴明の指示を実行する。相手を強制的に地獄へ落として、閻魔の判決を受けさせるという祓魔術。今妙見の床下がどろどろに溶け始め、さながら溶岩であるかのように彼女を飲み込もうとしていく。
「愉快だ!非常に愉快!この私に命ずる気か、晴明!いくら冥府を呼び込もうと、冥府に私の居場所はない!私は星となるのだ!決して、下らない冥府にも、地上にも、輪廻にも囚われることはない!」
「私は人間として、貴様を倒して
オン • ソチリシュタ • ソワカ。唱えられた真言に合わせて、薙刀を錫杖に見立ててドロドロに溶けていく床に何度か叩きつけた。まるで、錫杖であるかのように鳴った『白の頂』は今妙見の想像通りに冥府への落下を止めるどころか、見事に引き上げて見せた。落下させる術に対して、空へ飛ぶ術式を同出力で放ったに過ぎない。その合間にも、今妙見は一歩を大きく踏み出して晴明へと近づく。
下から上へと振り上げるように振るわれた薙刀は孫悟空の如意棒の如く、伸びて晴明の首を刈り取るべく一閃。即座に、加えて幾重の結界を晴明が避けるであろう位置に配置。逃げ場を完全に封じ、薙刀が晴明の首間近に迫る。
カキン。甲高い音が響く。府君の笏が、薙刀を受け止めた瞬間。晴明の唇は剣菱と呟いた。二つの大剣が突如現れ、今妙見を貫くのでなく彼女の背に交差して突き刺さった。これは
今妙見の纏う崇徳が悶え、隙が出来たのを見て晴明はすかさず晴明は今妙見を蹴り飛ばした。宙を舞っている間、床に刺さっていた大剣を握って接近する。今妙見は崇徳を足元に纏わせ、踏み台として大きく跳躍することで迫っていた二つの剣筋を回避。
これで、両者に再び距離が空いた。
「陰陽秘術『十二天将』!」
「八卦秘術『天蓬九星』!」
既に消耗してきている両者が選んだのは早期の決着。
北方より、安倍有邦に変わって安倍晴明。彼は十二天将のそれぞれの加護を一つの渦巻状の槍へと変え、巻かれれば巻かれるほど威力その出力は倍へ、倍となっていく。大地は揺らぎ、空気は静まり、外の結界を保っていた坊主たちは慌てて増員を呼ぶ始末。その槍はまさに神域の類、なんらかの神秘と言って差し支えないほどの力を顕にしていた。そして、この槍は一度でも当たれば十二回当たったことになる。十二天将が、まるで一発一発こちらを殴りつけるかのように。
南方より、崇徳伴いし今妙見。彼女は重なっていく九つの玉を一つにし、より小さく、より輝くように練り上げた。まるで恒星のように輝く、この天体は地上に存在してはならない。発生していく重力が周囲の埃を巻き取り、その恒星は黒より黒い。星のない夜空を持ってきたかのようだ。とんでもない圧力が起こり、空間がねじ曲がっていく。そして、この玉があたろうものなら、その者は跡形もなく消え去るだろう。
両者、雌雄を決する時は来た。室町ではありえない速度で飛来した二つの攻撃は相互に打ち消し合うように、衝撃波となって弾けた。山すら吹き飛ばさんとする突風が、砂を巻き起こし、御輿を含めて辺り一帯が茶色に染まる。何も見えない沈黙の中で、両者ははっきりと理解していた。この衝突は技量でもなく、出力でもなく、小手先で決まるものではない。文字通り、いや、陰陽師らしく占い任せであるのだ。大吉を引いたほうが勝つ、それだけのことだった。
風が吹き、理性院を覆う砂埃が消え去っていく。数百の坊主によって支えられていた結界はかろうじて保ち、陛下や将軍に危害が加えられることは避けられた。次々と誰が勝ったかを見るべく、恐る恐る御輿から覗いた観客が見たのは辛うじて立っている。
今妙見、その者であった。崇徳の羽衣は消え去り、着ていた袴にはところどころ傷が垣間見える穴が空いていた。対して、安倍有邦は既に晴明の式神が去り、満身創痍で辛うじて息を繋いでいるだけであった。
「ははっ、強いなぁ。これは勝てんよ」
「まだだ。使えるのだろう?式神演舞とやらを、別の者を呼べ。戦える者が戦いを放棄するほどみっともないことはない。それでも、安倍家の男児か、貴様。」
唸るように今妙見は安倍有邦を蔑んだ。まだ、まだ足りない。晴明では星になれなかったなら、次は別の人だ。それを呼べるこいつをすぐに殺すのは勿体ない。
賀茂家陣営はざわついた。彼らほど今妙見の性格を知る者はそうそう居ない。大元帥法そっちのけで、満足するまで戦い続ける気だとすぐに理解した。しかし、それでは賀茂家として顰蹙を買うのは明らか。ただでさえ、抑えの効かない暴れ馬であるのに陛下と将軍の前で恥をかかされてはたまったものではない。故に、前から計画していたことを実行に移すまでだ。
「では……当主様、よろしいですね?」
賀茂家の下人の一人が、最後の確認をする。当主の目は固く、さながら仏像のように瞬きすらしなかった。だからこそ、次の息を吐ききる前に言えたのかもしれない。
「次の花見では梅を見たくないのだ」
端的に言うと賀茂家の祓魔師は揃って同じ術を今妙見へと行使した。導師も
途端に今妙見は体の異常を感じた。まるで、何かに操られているような。体が勝手に動こうとするのを結界術でせき止め、観客の方向を眺めてみれば実家の皆、賀茂家であった。だが、勝利間近の彼女を喜んでいるわけではない。自分の目を通せば、すぐに理解できた。彼らは不敬にも、自分の神聖なこの試合へ水をさした。到底、到底、許せるものでない。
「……そうか、虎視眈々と私を縛ろうとしていたわけか」
驚くほど低い声で、そう呟いて決断した。これはもう、真剣勝負ではない。第三者が介入した時点で誉れも何も無い。故に、今妙見は天の逆手を打った。それは試合放棄、大元帥法の今回の儀式の破綻を意味した。費やした労力も、人命も、面子も、全て。一つの乾いた音によって、無価値となった。
「おまえ、おまえ何を!何をしてくれたんだ!」
今まで卑屈に媚びていた当主が怒りで声を張り上げた。唖然とする観客一同の心を代弁するかのように捲し立てる。
「おまえがあの安倍家の者を遊ばずにすぐに殺していれば、日本の戦乱は終わってたんだぞ!それを、おまえの、おまえのくだらないワガママで、白紙にするなど許せるか!不遜な態度は我慢しよう!息子を殺したのも我慢しよう!俺を見下すのも許容しよう!だがな、賀茂家を消し去ることだけは許さん!!」
唾が絡まり、滑舌の悪い口に今妙見、いや賀茂■■は眉を潜めた。今まで、恐れられてきたからこそ、ある意味新体験であった。だが、この当主は今まで自分が賀茂家にもたらした勝利の数々と地位を軽視していないか。当主が悠々と屋敷に居る間に自分が敵を嬲っていたことを忘れていないか。
「おまえは、安倍家に嫁に出す!今回の失態はそれで許そう。どのみち、両家は統合の運命にあるのだ。おまえも多少は貢献しろ。口答えもするな、これは既に決まっていたことだ。」
今妙見は彼を見つめて、口を開いた。
「そうか」
彼女はそうとだけ返した。
永禄八年五月十九日、後に永禄の変と呼ばれるクーデターにおいて三好家、松永家が軍勢を率いて京を襲撃し、足利義輝が討ち取られる悲劇が発生した。この悲劇において、何故三好家と松永家が襲撃したのか理由については良くわかっていない。ただ、この天覧決戦以降から姿を見せなくなった今妙見がこの両家とやり取りをしていたという記録が残っている。そして、討ち取られた将軍を今妙見が刀に変えてしまったという逸話は、将軍の遺体が見つからないことによって祓魔の世界においてよく知られるようになる。
この日以降、”意を顕す神”は賀茂家にもたらした”加護”を取り上げ、二度と使えぬように封をしたとも言われる。
その後、三好家と松永家にクーデターを命じた疑いにより、朝廷は討伐の勅命を煥発せられ、討伐隊が何度も今妙見と交戦。そして、討ち取られる間近に自害し、界異『魂葬』となった彼女を安倍家が『魂葬』を京の地中深くに封印し、賀茂家は遺体を引き取った。
それが、今妙見もとい烏有先生という女の人生であった。明治十五年に発掘されるまでは。
室町時代って怖いね。普通に頭おかしい……
ー鵠別供花
P.S.
あっ、でも演舞映えるから今度教えてよ
鵠別供花、ここは掲示板ではありません。
ー憑坐神祇官