タクティカル祓魔師短編集   作:イワシコ農相

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「元気に育つんじゃぞ」
─憑坐ミク


菊の結び目、堅く結びて

 憑坐(よりまし)神祇官家、あの陰陽師で有名な安倍家の分家の一つ。室町時代の陰陽師である安倍有邦を家祖に持つ、由緒正しき歴史を持つ家だ。されど、分家でしか無く、旧家族制度においても土御門と同じ子爵を請願したものの、男爵に叙された。永禄の変、京都に軍勢が押し寄せて、将軍を討ち取ったと歴史書に書かれたこの事件以降、憑坐家は成立した。

 

 尤も、武勲を立てて分家を認められたわけでなく、宗家から独立しようとしたからではない。すべては春秋日願という式神を本家がリスクなしで用いるための捨て駒にするために過ぎなかった。

 

「……そっか、だからこの菊の結び目なんだね」

 

 そう呟いたのは九つの尻尾を生やし、狐耳を尖らせた少女。淡い紫色の髪に合わせるように先端だけ色の薄い尻尾は微かに揺れた。現代に似合わぬ和装には青い菊結びがしっかりと結ばれていた。そんな彼女の縦に刀傷の入った目は深緑色の視線が床の木目に突き刺している。両手を三角の形で、床に付けて(こうべ)を低く保つ。

 

「そうだ。これは呪いなのだよ。お主が先祖還りできたから、軽く済んだに過ぎぬ」

 

 ため息を溢しながら、憑坐神祇官家本邸、当主の間の主は語る。少女は簡単にどのような体勢で当主が話しているかを見ずとも分かる。寝っ転がりながら、不遜に顎に手を添えながら上座からこちらを見下ろしているに違いないと。それも異形へ成り果てた故に出来た新たな2つの目を包帯で強く縛って。この一族は人であるんだと示すためだけに。

 

「春秋日願、あれと契約するために安倍家は吾等(われら)から人の顔を奪い寄った。正確には人をやめさせて吾等を都合の良い縁起にするつもりであったのだろう。だが、家祖様は賢かった。『調伏される代わりに、憑坐一族を彼岸へと還す』という契約を一族全体で分散させることで、吾等は今日生き続けている。吾等の加護のみを彼岸へ還し、彼岸の持つ穢れを死ぬまで背負うことで済んだのじゃ。まぁ……結果、憑坐の者は皆穢れた身であるがの」

 

「菊の結び目は穢れを少しだけ、抑えてくれる。この無限に蝕まれていく体の痛みを唯一和らいでくれる。じゃから、憑坐家は家紋も菊の結び目、現代であっても菊の結び目を身につけるのじゃ」

 

 最後の言葉は酷く弱々しいと少女は思った。当主、特にクラシカル神祇官家においては尊重される彼ら、いや、少女の価値観ではあまり弱さを見せないものだと思っていた。これが何度目の謁見であっても、その弱さに慣れることができない。そして、少女が感じたことのないこの痛みを、一族皆で共有しているという状況も理解することができなかった。体の一部が異形となる痛みは、最初から異形であった少女には当たり前だとしか思えないのだ。

 

「それだけじゃないでしょう」

 

 だから、無神経にそう言えたのかもしれない。目の前の現当主、憑坐ミクへ。実の叔母に対して、無慈悲に事実を言わせるようなことをしてしまったのかもしれない。

 

「まぁ、流石にわかっておったか。吾等は春秋日願と唯一契約できる一族、それを調伏するための式神術も長い年月をかけて作られたんじゃ。だが、今妙見の呪いの方だけはどうしようもなかった……憑坐家の当主の寿命は半減する。かの、陰陽師の死に際の祝福(呪い)は巡りに巡り、吾の番……そして、次は吾の娘じゃろうな。男衆はただでさえ、春秋日願の呪いの比重が大きい。せめて、当主は女子(おなご)がせねばな」

 

 憑坐家の血筋を守るために、長女は当主とならない。次女、居るなら三女と生まれてくるのが遅ければ遅いほど序列が高い。だから、本家長女の娘であり、令嬢であるはずの憑坐ミケが当主になることは決して無い。絶えたことのない血筋を幾年も繋いで行くために。

 

「……なら、なんで今妙見の居るミワシ部隊と協力なんかするんすか」

 

 今妙見、まさにその彼女が率いる旧軍テロリスト組織。烏有先生と名を改めているが、自分の奥底に潜む何かが彼女が今妙見であると囁いてくるのだ。小鳥のさえずりなどではない、何か悍ましい何かが彼女の名を呼んでいる。

 

「ハッ、そうかそうか。古文書に記載があったが、お主。彼岸の声を聞いているな?」

 

 愉快そう。ミケの質問を無意味だと唾棄するように質問、いや半ば確認として聞いた時に抱いた印象だ。曰く、彼岸の声、春秋日願を調伏出来る者のみが聞き届けることが出来る声であり、黄泉へ送ることが出来なかった今妙見を追い求め続けている怨嗟そのもの。文字通り、よりましになれる者のみが聞けるんだとケラケラ笑いながら当主はさらに盛大に笑い出した。

「笑えません! なんで全ての元凶に付き従うんですか。ミケは納得できません」

 

「約束じゃ」

 

 ミケの激昂を予測していたのか、ピシャリと言い放った。呆けた顔をした、怒っている途中に水を浴びせたかのようにくしゃりと歪んだ表情だ。

 

「烏有先生は確かに、憑坐家の苦痛の原因じゃ。じゃがの、その苦痛の根源がわざわざ吾等の死んでいった者一人一人の墓を菰引に刻み、決して忘れないと誓ってくれたのじゃぞ? 日露戦争で死んだ憑坐の兵、一人一人に彼岸花を添えて……吾等は化物ではないのだと言ってくれたのじゃぞ?」

 

「ちょろいです。ミク叔母様」

 

「ええい、ここでは当主と呼べ。このうつけ娘。……じゃが、そろそろ首が痛いじゃろう、面を上げよ」

 

 やっぱり、笑ってた。ミケは何かを察したように儚げに笑う当主を見て、その近くに置かれている物を見て嫌な予感が脳を駆け巡った。一振の刀と古めかしいレールガン。刀は攻勢御社『皇軍発祥之地碑型(皇宮神社)』、レールガンはと号御魂投擲銃『東征』。この双方の武器は一家を挙げて、GHQから隠し通した旧軍の遺産。かつて、話題の烏有先生から与えられた祭具。憑坐家がミワシ部隊で重用されている証拠そのもの。

 

 日露戦争でかつての一条神祇官家の主、一条龍郎が死して以降、その遺品を引き継いだ憑坐家が半ば世襲する形で第三部隊の隊長を任され続けている事実と総合すれば……ミケにとってはあからさま過ぎた。

 

「叔母様……もしかして」

 

「フン、勘ぐるのが相変わらず早いな。だからこそ、ふさわしい」

 

 当主に残された時間がそう長くないことは明らかだった。まるで、彼岸花のように早く咲いて、直ぐに枯れていく。その光景を幻視するミケは立ち上がろうとするも、当主は柏手一つで止めた。

 

「【立つな】」

 

 当主である者にしか使えない。今妙見の加護の劣化版、加護ですらなく、賀茂の操令術でもない。只の、権威の適用。皆で共有する呪いの負荷を当主権限で、少し強めたに過ぎない。今妙見を追い越そうとした憑坐家の先人たちの賜物だ。

 

「ごほっ、ごほっ。若いのは気が荒い……」

 

 あまり無理をさせるでないわ、と齢三十七程度の痩せ細った叔母。骨が浮かび上がるほど薄く、ヒトでないとばかりに黄ばんだ皮膚に白濁した目、内臓ごとこそぎ落とされたかのようにあばらを見せる胸板と、死体にも似た乾燥の末にささくれ立った指先。却ってぶよぶよと皮膚の下に溜まった浮腫で膨れ上がった足首。まるで、終末期の老人のようであるのに、顔だけが若々しい。歪な、光景はこの家では日常だ。

 

「……じゃから、吾は次期、ミワシ部隊第三隊長への推薦状を出しておいた。世襲の約束じゃから、通るじゃろう」

 

「全く、妹が早死にしたせいで継いだが、こうも早く彼岸が呼びに来るとはな。今なら、声すら聞こえる気がするなぁ……」

 

 もはや、縛る力が無いからなのか解れていく包帯、明らかな異形の目すら白濁としていていながらも、阿弥陀のように微笑む叔母は静かに言った。

 

「この呪い。いつか、必ずや。祓ってくれると先生は約束してくださった。じゃから、愛しいミケよ……吾等の家宝よ。先生に尽くしなさい」

 

「決してご飯を食べるのを怠るでない。決して部屋を散らかしてはいけぬ。決して……決して、死ぬでないぞ。愛しいミケ、吾の姉の子よ。この三ヶ条を当主として最後に命ずる」

 

 そう、言い残して静かに目を閉じた。

 

「叔母様! ミク叔母様!」

 

 酷く冷たくなった体を抱き上げると、力無く垂れる頭はまさに水風船のように揺れた。予想していた以上にその体はさながら、文庫本一冊程度かと思えるほど軽かった。

 

 必死に縋る中、憑坐本家で喇叭が鳴り響く。新たな呪いの監督者、新たな当主が選ばれたことを示す呪われた音。きっと叔母様の三女、憑坐ミタが選ばれたのだろう。齢2歳、政治を理解出来るまで代理者が家を管理する。それが、親族を捧げて延命している本家がせいぜい出来る贖罪なのであろう。

 

「忙しくなっちゃうな……はぁ、こんな家。恩はあれど、大嫌いだな……」

 

「色即是空一切皆空……次の縁で会おうね」

 

 床の木目を汚す、いくらかの水滴は一円玉天気に関わらず、憑坐家の誰一人不思議に思うことはなかった。

 

 

 

 

「第三部隊『諜報隊』隊長の憑坐ミケ現着したよ。先生、ご指示を」

 

 ミケは菊の結び目を堅く結んだ。

 

 

 

 

 




「嗚呼、約束は果たす。必ずに」
─烏有先生
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