その日の夜、遥香はリビングの棚から一枚の写真立てを手に取り出しては眺めており。そこにはまだ学生だった頃の自分がセーラー服を着て、少し学ランを開けた修と並んで写ってる二人が一緒く姿が写されている。
「……」
「姉ちゃん、どうしたの?修兄と一緒に写ってる写真なんか見て…」
「タケル…。ううん、なんでもないわ…」
横からタケルが声を掛けると。遥香は慌てて写真立てを置き、微笑みながら大丈夫だと言う。
「…そう?さっきからずっと、修兄の事を気にしてるように見えたけど…」
「平気よ。それよりもあんたは今日バイトでしょ?そろそろいかないと女将さんに怒られるわよ…」
「え?…あ、いっけねえ。もうそんな時間か…。じゃあ姉ちゃん…。今日は遅くなるかもしれないから、鍵は開けといてね」
「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」
タケルが急いで家を出ていくのを見送った後、遥香は再び写真立てに目を移し。
昔、修と過ごした日々を思い浮かべながら、遠くに浸るのだった。
喫茶店
「こっちだ、健二」
池谷が手を上げて呼ぶと、健二は池谷達のいるところに向かい、イツキの隣に腰を下ろし、話に移る。
「夕方、頼んでいた小柏と桐生の件…なんかわかったか?」
「わかったなんてもんじゃないよ。一発だよ」
健二は、小柏カイと桐生修について調べてくるよう池谷から頼まれており、その情報について二人に話し出す。
「かなり有名な車らしいぞ、そのSW20とDC5…。二台共この秋から急に出てきた奴らしくて、エンペラーの群馬エリア攻撃の件、大暴れした白のエボⅣと秋名でタケルとバトルした青のエボⅥ覚えてるか?」
「忘れるかよ。殆どのチームはエボⅣに敗れてるからな…」
「その二台が最近、揃って負けたらしいんだ…。しかも地元のいろは坂で」
「「(ぎくっ)」」
「無茶苦茶コーナーが速いらしいぜ、その二台!!ノンターボなもんでダウンヒルのスペシャリストなんだって」
秋名で拓海を追い詰めた岩城清次と、タケルと死闘を演じた篠塚浩二が、ホームコースであるいろは坂で負かされた。
その事実は、二台の実力の高さを物語り。池谷とイツキの表情が一瞬で強張る程だった。
「しかも面白い話聞いたんだ…。小柏の父親ってのも昔はいろは坂の走り屋でさ…。要するに父親の英才教育を受けてるわけさ…。ガキの頃からカートやってて、レースで何回も勝ってんだって…。そんな本格的な奴がどういうわけか彗星のように
「凄えな…。まさか、カート上がりの走り屋だったとは、前に群馬エリアに現れた中嶋と藤咲以来だな…」
「健二先輩、タケルの先輩だっていう桐生って人の方はどうなんですか?」
「そりゃあ桐生の方も結構なもんだよ。あいつ、ガキの頃からモトクロスやってたらしくてよ、高校の頃は県大会で入賞したこともあるらしいし。四輪に転向したのはつい最近だが、DC5を弄くり回して僅か一年半くらいでいろは坂じゃ顔が売れてるみたいだ」
「へえ……意外と地道にやってきたタイプなんだな。桐生の奴は…」
健二が二人の凄さを語っていき、あまりの凄さに池谷が頷くが、そこから健二が口を切り出しては問いかける。
「あのさ、この話、どっかで聞いたことないか?」
「「あっ」」
「似てるだろ?まるでその二人、拓海とタケルみたいな奴らなんだ!!彗星のように現れて、親子二代の走り屋に、二輪から四輪に転向した走り屋…。しかも連戦連勝爆進中のダウンヒラー…!!そんな奴らと向こうの地元でやるのはちょっとどうかな…!!正直、今度ばかりは拓海とタケルにも分が悪いんじゃねえかと思うぜ」
その言葉に、池谷とイツキは返す言葉が見つからなかった。店内に重い沈黙が落ち、敗色濃厚な雰囲気に包まれるしかなかった。
旅館
「お疲れ様でした〜」
旅館のバイトを終えたタケルは、従業員専用の駐車場に向かって行くが、スイスポの前に来たところである人物に声を掛けられる。
「タケル。バイトは終わったか?」
「勇さん?どうしてここに?」
「いやな。政志さんから、お前がここで働いてると聞いて寄ったんだが。もし時間があるなら、ちょっくら俺と付き合ってくれねえか?」
「へ?今からですか…?」
時刻は夜の9時を回っており、タケルはこのまま家に帰ろうと思っていただけに、勇からの誘いをどうしようかと迷いを見せる。
「心配すんなよ。今から行くところは俺の知り合いの店で、そんな長居はしねえから安心しろ。何なら、そこで珈琲を奢ってやってもいいぜ」
「…いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
珈琲を奢るという話に乗せられたタケルは、勇と共にスイスポに乗り、喫茶店へと向かっていくのであった。
喫茶店
カランカラン
「いらっしゃい」
勇に連れられ入ったのは、木の香りが漂うレトロな喫茶店で。カウンターの中に立つマスターが、勇と一緒にいるタケルを見て、目を細める。
「勇。そこにいる若者が、お前の言ってたタケルか?」
「はい。タケル、この人は南雲優作さんっていって。俺の親父がやってる古関モータースの常連さんで、俺が走り屋をするきっかけを作ってくれた人なんだ…」
「初めまして南雲さん、僕は斎藤丈瑠といいます…。勇さんには日頃お世話になっています」
「ほほぅ…。走り屋の若者にしては、随分と礼儀正しいじゃないか…。まあ、折角店に来たんだ。座って珈琲をご馳走してやるよ」
優作は軽く微笑んでは、タケルを店に招き入れ。二人がカウンターに腰を下ろすと、優作は手際よく珈琲を入れては二人に振る舞う。
「どうだタケル、優作さんの珈琲はなかなかのもんだろ?」
「はい…。今までは自販機かファミレスの珈琲しか飲んだことありませんでしたが、こんなに美味しい珈琲は生まれて初めてです…」
「そうか、そこまで言ってくれるとは何よりだよ…」
優作はカウンターの内側に立ちながら、穏やかな表情をしては二人を見守り。
勇がカップを置いて、タケルに真剣な顔を向けた。
「それはそうとタケル、お前…あの桐生っていう、いろは坂の走り屋とバトルするんだろ?」
「え…?修兄とバトルするのに、何か問題でも?」
「いや、お前が誰とバトルしようが勝手だが…、今度ばかりは分が悪過ぎると思ってな。だからお前を呼んだんだ…」
勇はタケルに忠告するや、そこから桐生修のことについて話をする。
「お前は知らないだろうが、桐生は二輪に乗ってる奴の間じゃ、かなり有名な奴でな。そいつが何を思ったか、四輪に転向して、峠に現れたと思ったら…お前と秋名でバトルしたっていうエンペラーの篠塚浩二を負かすぐらいだ…。油断も隙もないったらありゃしねえよ」
「ええっ!?修兄が…浩二さんを負かしたのですか…!?」
「ふむっ、二輪から四輪に乗り換えて上達するのが早くなるって話はよく聞くが、まさか…エンペラーの走り屋に勝つとはな…」
修がいろは坂で浩二を負かしたという話にタケルは大声を上が。それを聞いていた優作も、静かに頷いては口を開く。
「奴が速いのは…元々、モトクロスっていうダートを走る競技をやっていて。そこでバランス感覚とテクニックを鍛えては、それを峠に持ち込んでるからだ…」
「そういえば…。昔、修兄と二輪に乗って秋名を攻めた時、修兄は路面のギャップをものともせずに突き進んでたことがありましたけど…、それをやっていたのなら、器用に走れるのも頷けるよ…」
「だが、二輪に乗っていただけで四輪をそこまで速く走らせることができるかといえばNOだ…。二輪と四輪とじゃ感覚が違うからな。同じ様に走らせるには、相当な走り込みが必要になるが…。おそらく桐生は、あのDC5を乗りこなすのに、かなり練習をしてきたんだろうぜ…」
「!!」
修が自分の知らないところで、かなり努力をしてきたという話にタケルは口を大きく開き。
自分もスイスポを乗りこなす為に練習をしたとはいえ、兄貴分である修がそれ以上の走り込みをしていた事実に衝撃を受ける。
「ま、今度ばっかしはお前に勝ち目がないとみていいかもしれないぞ…。いくらタケルが、いろは坂で須藤に勝ったとはいえ、奴との走り込みの差はかなり広がっているに違いないしな…」
「……」
「タケル、お前はこのバトルをどうするつもりだ?断るなら早めに言っといた方が身の為だぞ…」
勇は、勝ち目のないバトルはやらないようアドバイスするが、タケルは顔を上げて、はっきりと返す。
「勇さん…。珈琲をご馳走してくれた上に、態々忠告してくれてありがたいですけど…、僕がそんなことで簡単に挫けたりするような奴じゃない事、勇さんもご存知ですよね?」
「まあ…な」
「ここまで心配してくれて申し訳ないですけど、僕は修兄とのバトルを断る気はありません…。勝ち負け関係なしに、全力で挑みたい。それが僕の本心です…」
勇はタケルの目をじっと見つめ、ため息を一つ吐いた。
「…分かったよ。お前がそこまで言うなら、俺もこれ以上止めはしないが、絶対に無茶だけはするな」
「はい…。勿論であります!!」
「やれやれ。この調子じゃ、先が思いやられそうな気がしてくるよ、全く…」
タケルが決意していく様を見届ける勇の傍で、優作が呆れつつもタケルを見ていき、今度のバトルでタケルがどうなるのかを心配しながらも期待するのであった。
栃木県 日光市 某チューニングショップ
「親父さん…。俺のDC5はどうですか?」
「ああ、特にこれといった問題はないが…。やはりフロントの足回りが少し重いな…。元々DC5は実用性と快適性に振ったモデルだから、DC2みたいにシャープな走りは出にくいからな…」
「やっぱり…親父さんもそう思いますか」
修は工具が散らばる作業場で、腕を組んで自分のDC5を見つめていた。
修の車をメンテナンスしてるのは、以前このDC5を所有していた元オーナーで。額に汗を浮かべながら作業を続けていたオーナーは、修にアドバイスを送る。
「落ち込む必要はないぞ、修。お前は捨てられかけていたこいつを拾って、走れるようにしてやっただけでも立派だぞ。それに、この重さをカバーする
「…そう言ってもらえると助かります」
「それはそうと、お前…今度また、いろは坂でバトルをするんだろ?聞いた話だと、先日エンペラーの走り屋を負かした聞いたが、今度は誰とやるんだ?」
「バトルする車が…スイスポっていったら、おかしいですか?」
修の口から、バトルするのがスイスポだと聞いたオーナーは一瞬、動きを止め、再び不気味な笑みを浮かべては話をする。
「スイスポか…。まあ、スイスポは立派な車だが、同じFFのシビックやインテグラと比べたら戦闘力は落ちるからな…。今回は少し気が楽になるんじゃないか?」
「そうとも言い切れませんよ…。前にバトルした後、エンペラーの浩二さんから聞いた話だと、そのスイスポは群馬エリアじゃかなり有名らしいですよ…。噂では、エンペラー須藤京一をいろは坂で負かしたと…」
「おいおい、須藤に勝ったくらいで調子に乗るようじゃ、恐れるに足らないな。このエリアには…エンペラーですら、マトモにやり合うのを避けている奴らがいるからな…」
オーナーは須藤京一に勝った程度で浮つくようじゃ、甘過ぎると厳しく言いながら、修のDC5をメンテナンスをし続けていく。
県立S高
キーンコーンカーンコーン
「ふぁ〜あ…。今日も一日終わったし、さっさと家に帰ろうっと」
放課後。タケルは玄関前の靴箱で上履きを履き替え、学校を出ようとすると。玄関の出口で、茂木なつきが拓海の前に立ち塞がり。タケルはそれを見ては足を止める。
「拓海君、シカトしないでよ…」
「ん?茂木さん…?それに拓海も…。こんなところで何してんだ…」
「聞いて欲しいことがあるんだけど、後で会ってよ…」
「なんで俺が…」
「あたし達、友達でしょ?」
「友達?」
「前に言ってたじゃない…。俺達別に付き合ってるわけじゃないって…。だったら、友達ってことでしょう…?友達なら相談に乗ってくれてもいいじゃない…」
なつきは目に涙を浮かべ、必死に拓海を見つめていたが、拓海は表情を変えずになつきを無視してはその場から離れようとする。
「拓海君…!!待ってよ、お願いだから会ってよ…!!」
なつきは拓海に無視されようと、自分にすがるよう必死に声を上げる。だが拓海は、なつきを相手にするのが面倒だと思ったか、ひと言だけ話す。
「…俺、忙しいんだよ」
拓海はそう言ってはなつきを黙らせては、急ぎ足で校門まで歩き始める。
「おい、待てよ拓海。何逃げようとしてるんだよ…」
「離せよタケル…、俺今忙しいんだよ」
「それくらいわかってる。でもさ…、少しくらい、茂木さんの話を聞いてやったらどうだ?」
タケルが駆け寄っては、拓海の肩を掴み。なつきから逃げようとする拓海に苦言を呈するが。拓海は不機嫌そうに眉を寄せながら冷たく言い放つ。
「…悪いけど、俺は茂木と話す気はないから。また別の機会にしてくれよ」
そう言って拓海は、タケルの手を振り払い。急ぎ足で校門の方へ歩いていった。
「あいつ…。いくら許せないことをしたとはいえ、そこまで拒否しなくてもいいだろうに…」
「タケル君…」
なつきが申し訳なさそうに近づいては悲しそうにするが、タケルは少し真剣な顔でなつきを見る。
「悪いけど茂木さん…君のしたこと、僕、知ってるんだ」
「え…」
なつきは、裏で援助交際してたのをタケルが知っていることに息を飲み、タケルはそこから切り出すように口を開く。
「それについては、ちゃんと反省してるよね?もし、そうじゃなければ…僕といえども、君に味方することはできないよ…」
「で、でも…」
「これは僕の勝手な憶測だけど…。拓海は茂木さんのしたことを許せないでいるけど、本当は別れたくないって気持ちもあるんじゃないかな。そうじゃなきゃ、茂木さんと会った時に躊躇ったりはしないしね…」
タケルの言葉になつきは唇を噛んで押し黙ってしまうも、タケルはそこから更に続ける。
「茂木さん…もし拓海と本気で向き合いたいなら、ちゃんと自分のしたことを謝ってから話した方がいいと思う。そしたら僕も、二人が仲直りできるよう手伝ってあげるよ…」
タケルはそう言い残すと、拓海の後を追いかけ。
なつきは自分がどれだけ愚かなことをしたのかを…今になって自覚するのだった。
「あのさ…お前ら、いつ頃、行こうと思ってんだ?いろは坂に…」
イツキが拓海とタケルの間に割って入ってきては合流し、三人で一緒に下校をする。下校する中、イツキがバトルについて聞いていくと、拓海は前を向いたまま、答える。
「やるって決めたら早い方がいいな…。先に延ばしても状況が変わるわけじゃねーし…。今夜辺り行ってみよーかな…」
「ええっ!?
「おいおい。昨日の今日だと云うのに、もう行く気満々かよ…」
「俺、本気だよ。明日土曜だから学校休みだし…。今夜寝れなくても、気が楽だろ」
「お前って呆れるほど思いっきりがいいな…」
タケルとイツキが呆れ顔で顔を見合わせ、拓海の行動力の速さに関心するが、タケルはふと思い出したように拓海に聞く。
「それよりも拓海、例の涼介さんのチームについて入る件はどうするんだ?」
「いや、それに関してはまだだけど…」
「まだぁ!?」
イツキが大げさに肩を落とすと、拓海は困った様子でこう語る。
「チームが本格的に活動するのは…春になってかららしいんだ…。それまで、ちょっと…時間があるからさ。色々と考えてみようと思ってる…」
「ふぅ〜ん…。でもさ拓海、考えるのはいいけど…。早めに決めとかないと、あっという間に春になっちゃうよ…」
「わかってるよ…。気持ちは決まってんだけど、気後れしちゃうんだよな…。涼介さんも啓介さんも凄え人だし、あの人達…凄くハッキリした目的意識があるんだよなァ…。俺なんか…ただ漠然と速くなりたいなって思ってるだけだからさ…」
「ふぅ〜ん…目的意識ねぇ…」
イツキが相槌を打ちながら聞いていく横で、タケルも拓海の言葉に感化されたか、拓海に話す。
「でもさ、拓海。いくら速くなりたいって気持ちがあっても、一人だけだけだとどうしても限界があるんだし。壁にぶつかった時に相談できる相手とかアドバイスをしてくれる人がいた方がいいんじゃないかな…」
タケルは拓海の横顔を見ながら、続ける。
「まあ、それをどうするのかは拓海が決めることだけど…。僕としては涼介さんのチームに入ることは、結構アリだと思うかな。その方が今よりも断然と速くなれるしね」
タケルは自分なりの解釈を拓海に告げ、夕陽が差し込む通りを歩き続けていくのであった。
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