春が近づき、カラッ風が吹き続ける秋名湖で。タケルは電話の向こうにいる結衣と話をする。
「あ、もしもし…先日届いたチョコなんだけどね…。結衣さんが手作りしてくれただけあって、凄く美味しかったよ」
『そう、良かった…。頑張って作った甲斐があったわ』
タケルの口から美味しかったと聞いた結衣は、手作りのチョコレートが気に入ってもらえたことが嬉しかったか、嬉しそうにし。甘い雰囲気に包まれながら話を続けるのだった。
『ねえ、私が作ったチョコレートを褒めてくれるのは嬉しいんだけど、それだけを言いに態々電話してきてくれたの?』
「まぁ…それも一応あるけど…、今度、みなかみ町にある群サイで軽自動車を対象とした走行会があってね。もし良かったら、結衣さんも一緒に行ってみるってのはどうか、誘いたくて電話したんだ?」
群サイで行われる走行会にいかないかとタケルから誘われる結衣は、少し考えていくも。タケルの誘いに乗らないわけにいかないと思ったか、決意する。
『私は、タケル君が行きたいっていうなら、一緒に行ってもいいけど…。どうしてそこへ行きたいか、教えてくれる?』
「うん、先日瀬名さんから借りたカプチーノを、どう走らせたらいいか、わからないところがあってね。その走行会に参加して、軽自動車に乗っている人達から話を聞こうと思ったんだ」
そう言いながら、タケルは秋名湖へ来るのに、乗ってきた白のカプチーノを見ながら結衣と話をするが。結衣はカプチーノという言葉をあるものと勘違いする。
『カプチーノ?タケル君、今度はコーヒーの道を極めようとしてるの?』
「違うよ…。カプチーノっていうのは、僕が今乗ってるスイスポと同じスズキが作った軽自動車で、駆動方式は拓海のハチロクと同じFRなんだよ…」
『へぇ〜そうだったんだ…。ふふっ、可愛らしい名前がついた車なんだね』
「まあね、カプチーノは見た目も可愛らしいから、多分結衣さんも気にいるかもしれないし。当日一緒に来てくれるなら、僕がそれに乗って迎えに行くよ」
『そう?タケル君がそこまで言うなら…私も群サイって場所に行ってみようかしら。その日は予定を空けるから、ちゃんと迎えに来てよね』
「勿論。じゃあ…当日会おうか、またね」
電話を切ったタケルは、ポケットに携帯をしまうと。踵を返し。カプチーノに乗り込み、エンジンを始動させる。軽快な排気音を残して秋名湖を走り去るのだった。
赤城山 夜
「涼介、少しいいかな…?」
「なんだ、風間?」
「お前の要望通り、タケルにカプチーノを貸してやったが…。一体あいつをどうするつもりなんだ?」
赤城の頂上付近に位置する観光案内所の近くにて、瀬名は涼介の指示通りタケルにカプチーノを渡したことを伝え、何故タケルにFRを乗せようとしたか、確認する。
その質問に対し、涼介は瀬名にこう話すのだった。
「別にどうってつもりはないさ…。ただ、今のあいつが更に上を目指すには、他の車に乗せた方が手っ取り早いと思っただけだ…」
「そうか…?あいつはスイスポに乗って、それなりに走れてるから、もうこれ以上手を加える必要はないんじゃないのか?それにFFのスイスポに乗ってるタケルにFRを乗せたところで、逆に走りの感覚が乱れるんじゃ…」
「ああ、だからこそ…。斎藤にはそれを肌で感じて貰おうと、お前に頼んだんだ…。あいつは藤原や啓介とは違い、頭で理解はできているが、車を走らせる上での部分的な感覚が二人より遅れているところもある…。俺達の遠征チームが本格的に動き出す前に、斎藤自身に気づかておく必要があったんだよ…」
「つまり、タケルのドラテクの幅を広げる為にカプチーノを乗せてやったわけか。にしても、お前は相変わらず厳しい奴だな…。あいつは啓介や拓海と違って頭は回るんだから、そう言ったことはお前の口から説明してやった方が早かったんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々だが…。俺が下手に口出しすれば、あいつは自分から考えずに、俺に頼りっぱなしになるかもしれないからな。ドライバーは、上の指示に従うのも大事だが、状況に応じて…臨機応変に対応しないといけないから、それを瞬時にカバーできるすべを、斎藤が自らの手で身に着けておかないといけないんだ…」
タケルにカプチーノを乗せたのは駆動方式の違いを分からせる為だけでなく、ドライバーとして素質を高めるのに必要な措置だったと瀬名に説明するが。それを聞いた瀬名は、涼介の言う事に思うところがあったか、涼介にこう話す。
「涼介…。お前の考えてることは俺も分かってはいるが、少し急ぎ過ぎてないか…?お前に時間がないことは、啓介は勿論、レッドサンズのメンバーも知ってるんだし、そう焦らなくていいんじゃないのか…?」
「…確かにそうかもしれんが、俺に残された時間は限られてる…。だから、あいつらに課題を与え、自分の手で乗り越えさせるようにしなければ、意味がないんだ…」
自分にできることは拓海や啓介、タケルに課題を少しずつ与えながら、自らの手で判断できるようにしていかなければいけないと瀬名に思いを打ち明かし。瀬名は涼介が内心、苦労していると察していくのだった。
群馬サイクルスポーツセンター
群馬県みなかみ町に位置する群サイに来たタケルは、結衣を連れて群サイの会場内へと入っていくと。パドックには多くの軽自動車が並べられていた。
「うわぁ〜タケル君のカプチーノもそうだけど、他にも可愛いらしい車がいっぱいあるね」
「でしょう…。軽自動車って、走り屋の間じゃ低く見られがちだけど。ここに来てる車は、どれも個性的なやつばかりなんだ」
結衣がパドックに止まっている軽自動車を見ていきながら声を上ずらせていく横で、タケルは軽自動車を甘く見ないように言う。
会場に集まっている軽自動車は、タケル達が乗ってきたカプチーノを始め、スズキのアルトワークスやラパンSS、ホンダのビートやトウディ、マツダのAZ-1。さらにダイハツのコペンやミラTR-XXアバンツァートなど。マニアも唸るような軽スポーツが勢揃いしていた。
「タケル君、走行会に来たってことは、そのカプチーノをここで走らせるんだよね…?」
「そうだよ。秋名でも試してみたけど、車重が軽くてFRなせいで、何度もリアを流し過ぎてスピンしまくったからね。だから、ここにいる同じカプチーノ乗りの人にアドバイスを貰いに来たんだ」
「それはわかるけど…。仮にそんな人がいたとして、簡単に教えてくれるのかな?」
「大丈夫だって。ここにいる人達は、走るのにマナーを守ってるし、僕が乗り方について聞いたら親切に教えてくれるに違いないよ」
「タケル君がそう言うなら…私も信じたいけど。無理はしないでね」
「わかってるよ。下手に滑って事故らないにするさ」
タケルが呑気なことを言ってるのに対し、気楽にしていていいのかと結衣は心配するしかなかった。
「それじゃあ…僕は試しにカプチーノを軽く流してくるから、結衣さんはパドックで待ってて」
「うん…気を付けて行ってね」
タケルは結衣に待っているように言ってカプチーノに乗り込むと、群サイのスタート地点にまで持っていくのだった。
群サイ スタート地点
タケルがレーシング用のヘルメットを被り、グローブを嵌ると、カプチーノをスタートラインへ進めた。周囲には走行会に参加している他の軽自動車が並んでおり。タケルが走行する順番が来るのを待ち構えるのだった。
「(…涼介さんがどういう理由で僕にカプチーノを勧めたのかは分からないけど…。こいつを乗りこなしながら、答えを自分で見つけるしかない…)」
そう考えながら身構えていくタケルは、スタートラインの横に立つ係員がフラッグを下に振っていくのを見たその瞬間、ギアを1速に入れてアクセルを踏み込み、スタートを開始するのだった。
「(よしっ、スタートダッシュはうまく決まった…!!後は、このまま前進して…あれ?)」
タケルがカプチーノを走らせて、最初の右コーナーに差しかかろうとしたタイミングで、ステアリングを切り始めた瞬間、カプチーノのリアが大きく流れてしまい、あっさりと180度スピンして停止するのだった。
「かぁ〜…カッコ悪い。こんなの、イツキや拓海に見られてたら、笑われるよ…」
FFの感覚でコーナーに入ったのが仇になったのか、タケルは思いっきり恥をかいてしまい、先行きが不安になるのであった。
「それにしても…本当に沢山の軽自動車があるわね…」
タケルがカプチーノに乗って群サイのコースを走っていたその頃、結衣はパドック周辺を歩きながら車を見て回っていた。そんな中、気になる一台を見つけた結衣は口を開く。
「あ、この車…前にタケル君が乗ってたのと同じコペンだわ…。ふふっ、こうして見ると可愛らしい車ね」
結衣が目を止めたのは、ダイハツのコペンだった。
駆動方式こそFFだが、電動ルーフを備えていて、屋根を開けば、オープンカーとしても楽しめる一台だ。
「私も今、教習所に通って運転免許を取っている途中なんだけど…、もし免許が取れたら、この車を買ってもらうようお父さんにお願いしようかな…」
「やめておいた方がいいぞ…。コペンは所詮、ビートやカプチーノの後釜にすらなれなかった車だからな…」
「え…?」
結衣は目の前に停まっているコペンを眺めながら、初めての車はこれにしようかと呟いていると、突然横から冷たい声が振ってきた。結衣が声のした方に振り向くや、そこにいたのはツーブロックの髪型が特徴の青年が立っていたのだ。
「コペンは見た目こそお前みたいな女が好みそうな車だが、中身はコストを優先してFFにしたのが致命的だからな。走りを求める奴が乗る車じゃねえよ」
「…いきなり話しかけてなんなんですか。あなたにそんな言い方をされる筋合いはありませんし、そもそも車をバカにするなんて…。いくらなんでも言い過ぎじゃないんですか?」
突然話しかけておきながら、コペンを酷評する青年を感じ悪いと思ったか、結衣は冷たい目線を向けながら反抗する。
しかし青年はそれを気にする様子もなく、更に言葉を重ねる。
「俺が何を言おうが事実は変わらないだろ。その車は走り好きが乗るようなものじゃない。現役を退いたおっさんが乗るのに丁度いい車なんだよ」
「…なんですって」
「ちょっと陸ちゃん。…急にいなくなったと思ったら何勝手に問題を起こしてるのよ…」
青年の言葉がかなり頭に来たか、結衣は眉をピクリと動かし青年を見つめるが、後ろから割って入ってきた人物がいた。少し女性的な雰囲気を纏ったその人物は、陸の前に近づくと。注意するように言うのである。
「なんだよクリス…。俺がこの女に本当のことを教えてやってるだけだ。邪魔すんじゃねぇよ…」
「だからって、言い方ってものがあるでしょ。いくらあなた好みの車じゃないとはいえ、ここまで貶す必要はないわ…」
「ふんっ。俺がここに来たのも、お前がしつこく誘うから仕方なく来ただけだ…。ここにあるものは所詮、本気で走りたい奴が乗る車じゃないからな。そんなもんに惹かれる理由がどこにあるってんだよ」
「な…っ!!」
陸が軽自動車をバカにするどころか、速さを求める人が乗るものではないと言う発言に、結衣は怒り寸前になるも、そこにクリスが顔をしかめながら嗜める。
「ちょっと陸ちゃん…!!いくらなんでもその発言はいただけないわ…!!あなたを誘ったのも、陸ちゃんのお父さんの気持ちをわかってもらおうと思って連れてきたのに…」
「あのクソ親父の為だぁ?俺はただ、親父が未だにビートなんか乗ってるなら、とっと売っちまえと言っただけだ。それなのにあの親父は何が気に食わなかったか、本気でぶん殴ってきたんだぞ」
「当たり前じゃない。ホンダのビートって言ったら、創業者である本田宗一郎さんが人生最後に見届けた車なんだから、怒るのも無理ないわ…」
陸がホンダの軽自動車のビートを貶すを通り越して、完全にバカにする発言をし、クリスがそれを嗜めるが。陸は聞き耳を持たずにふんと鼻を鳴らすのだった。
「…さっきから聞いていたらなんなんですか。どうしてあなたはそんな心無いことが事が平気で言えるのですか?」
「なんだと、このアマ。軽自動車なんざ、乗ったところで、何にもならないことを教えてやってるのによ…」
「ちょっと陸ちゃん…。いい加減に…」
結衣が一歩も引かずに睨み返すと、陸が負けじと強い目つきで応戦する。クリスが慌てて二人の間に入って落ち着かせるが、二人は一向に睨み合ったままだった。
「結衣さ〜ん…」
突然、大きな声が響いたので、結衣が声のする方を振り向くと。タケルが大きく手を振りながらこっちへ走ってくるのだった。
「タケル君…」
息を切らしながら結衣の前に立ったタケルは、その場で笑顔を見せるが。結衣が不満気な顔をしてるのに気付いたか、質問をする。
「あれ?なんか怒ってるような顔をしてるみたいだけど、置いていったのがそんなに悪かった?」
「ううん…。タケル君は別に悪くないわ。ただ、そこにいる人と少し口論をしてただけだから」
「そこにいる人って…。!?」
タケルが視線を移した先にいたのは、見覚えのある顔で。タケルはその人物に向かい、憎たらしげに語りかける。
「…なんで、お前がここにいるんだよ…」
「ほぅ…そこにいる女はお前の彼女とは、意外だな…」
「あら、タケル君じゃない。ここで会うとは偶然ね…」
偶然の再開とはいえ、因縁の相手である中嶋陸と鉢合わせしてしまったタケル。
そこから二人は、どんな火花を散らしていくのだろうか…。
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