タケルと陸が乗る二台の軽自動車がスタートラインに並び立ち。両者はそれぞれ、マフラーを吹かしながら出走できるよう態勢を整えた。
「(…今のところ、中嶋を相手にどこまでいけるか分からないけど…。やるからには全力を尽くさないと…)」
「(お前がどう思ってるかは知らねえが、カプチーノは前後ダブルウィッシュボーンに50:50の前後重量配分が完璧に仕上がってるのが特徴だ。その分ピーキーなハンドリング操作を求められる車だから、そいつに振り回されないようにすることだな)」
陸はタケルの実力ではカプチーノを扱い切れないとでも言うようなことを言い、自分が乗るビートについて、語り出す。
「(ま、俺が今乗ってる
駆動方式の差で、自分に武があると自信満々に言う陸は、余裕があるかのように言っていくが。このバトルはどちらに軍配が上がるのであろうか。
「あの…少しお聞きしたいことがあるのですけど…」
「何かしら?」
「タケル君が乗ってるカプチーノと、中嶋さんが乗るあのビートという車はどう違うのですか?」
「そうね…。二人が乗る車は当時人気だった軽スポーツの三台のうちの二台だけど。強いて言うとしたら、走りの味付けが違うとこかしらね」
「味付け…ですか?」
「ええ。カプチーノはフロントエンジンのFRで、前が軽い分、ステアリングの操作と荷重の乗せ方で曲がる車なの。リアを滑らせたり、積極的に使う走りがしやすいわね。一方のビートはミッドシップのMR。エンジンが真ん中にあるから、車の向きが変えやすくて、切り込みが鋭いのが特徴よ」
「そうなんですね…。同じ軽自動車でも、そういった違いがあるのですね…」
結衣がクリスの話を聞き、カプチーノとビートの違いについて納得すると。二台が並び立つスタートラインの真ん中には、先程タケル達に注意をした係員がフラグを手に掲げながら、カウントを開始する。
「それじゃあ、カウントを開始します!!カウント5秒前!!」
係員がカウントを開始し始め、二人はギアをNから1速に入れ、アクセルを踏む手前に入り。いつでも出れるよう神経を集中させる。
「5秒前…4…3…2…1…GO!!」
係員がフラッグを下ろすと同時に、二台は排気音を響かせてスタートダッシュを開始した。
陸のビートが一歩前に出ると、タケルのカプチーノがその後ろに続く。
「どっちとも速いですね。でも、タケル君の車より、中嶋さんの車が速く前に出ることができたのはどうしてですか…?」
「駆動方式の差によるものよ…。タケル君が乗るカプチーノはターボでパワーがあるのに対し、陸ちゃんのビートはミッドシップだから発進時のトラクションが良く。立ち上がり時の加速で一歩前に出たのよ…」
「そう、ですか…」
クリスが二人の差が車の性能差によって出たと結衣に話し。そこから先の展開について語る。
「でもね、初速で後れを取っても、勝負が決まるのはパイロンを旋回するところよ。旋回性能で勝るMRに対して、ドライバーのステアリング操作がものをいうFRで、どこまで食いつけるか。そこがこの勝負の決めどころってとこね」
パイロンを曲がっていくのに、どう攻め込むかが勝負の鍵を握るとクリスが言っていき。二人がどうパイロンを回っていくのか、期待するように見ていくのだった。
先頭を突っ走る陸のビートは、甲高い排気音を響かせながらコースを駆けていくが、中間加速区間に入ると、後ろから迫っていたカプチーノが急速に差を詰め、ビートの横に並ぶ。
「(ふんっ。漸く高回転域に入ったか。ターボは出だしこそ遅れるが、今みたいな中速域に入ってしまえば、本領を発揮するからな)」
「(よしっ。ビートの横に並んだ…!!このままの勢いでパイロンを回って先に戻ってやる!!)」
並走するビートに目を向けながら、カプチーノを飛ばすタケルは、パイロンが目前に迫ってるのに気付いたか、ステアリングに力を込め、旋回の姿勢を作る。
陸もまた、静かに視線をパイロンへ移し、タケルと同じように進入姿勢を整える。
「…来るぞ」
「えっ…?」
二台が飛び込もうとした瞬間、ギャラリーにいた坂本が低く呟き。周囲の走り屋達も、その言葉に釣られるかのように、視線を鋭くする。
ギャアアアア
「おおっ!!ビートは一気に切り込んでは、見事に曲がりやがったぞ」
「す、すげぇ…。あんなにも鋭い旋回は、初めてだ…」
「(速い…!!前にバトルした時もそうだったけど、コーナーを曲がって、そっから立ち上がる時の加速が断トツに速い…!!ムカつくけど、こればっかしは認める他ないね…)」
陸のビートがパイロンを鮮やかに曲がり切った瞬間、ギャラリーからどよめきが上がり。
タケルも、陸のコーナリングを見た直後、キレのあるコーナリングに圧倒されるのだった。
「凄い…。どうやったら、あんなに綺麗に曲がれるのですか…?」
「それはね…。陸ちゃんがMR特有の回頭性を活かしてるからよ…。普通なら、あそこまで攻め込むと、アンダーが出て外側に膨らんでしまうのを、曲がる直前で左足ブレーキを使って、姿勢を安定させたからこそ、ああやってタイトに曲がり切ることができたってわけ」
「それって、曲がる直前に左足でブレーキを踏んだってことですよね?普通に右足でブレーキを踏むのと、どう変わるのですか?」
結衣がどうして左足でブレーキを踏む必要があるのかという質問に対し、クリスは詳しく説明を開始する。
「右足だけでブレーキとアクセルを踏み分ける普通のやり方だと、どうしても一瞬アクセルが離れるでしょ。左足ブレーキは、右足でアクセルを踏み続けたまま、左足でブレーキを軽く踏むの。そうすることで、エンジンの回転を落とさずに、フロントに荷重を乗せてタイヤを効かせられるのよ。特にああいうタイトな旋回では、姿勢を崩さずに曲がれるから有利になるわ」
「そっか…。そうやって外側に流れにくくして、スムーズに曲がるんですね。勉強になります」
結衣はクリスの説明に納得したように頷くと、視線をコース上へ戻し。次にパイロンへ進入していくタケルのカプチーノを、じっと見つめる。
「タケル君は…この局面をどう乗り切るんでしょう…。クリスさんはわかりますか?」
「さあね。でも、陸ちゃんにあそこまで強気に出たからには、何か一発やってくれるに違いないわ」
クリスがタケルの動きに注目していると、カプチーノはパイロンに差しかかろうとする直前で、リアを滑らせ始めた。
「あ…!タケル君の車、後ろが流れてますよ…!」
「ええ。どうやらタケル君はドリフトで曲がろうとしてるわ。そうすることで回転数を落としにくくして、次の立ち上がりに繋げてようとしている。発想自体は悪くないけど…リアの流れが少し強過ぎるから、立ち上がりでワンテンポ遅れるかもしれないわ…」
クリスの解説が終わらないうちに、カプチーノはリアを滑らせたままパイロンを回り切り。リアの流れを収束させながら、アクセルを踏み。次の加速へと繋げていくと、先を行くビートの後を追い始める。
「なんて言ったらいいかわかりませんけど…。先程までの走りを見た限りじゃ、二人の走りは同じように見えますけど、僅かに違うところがありますね…」
「あら、中々いいところに気付くじゃない…。あなたが言うように、陸ちゃんがサーキットの正統派だとするなら、タケル君は峠やラリー寄りの攻め方をしてるとこかしらね」
結衣がタケルと陸の走りが異なってるように呟くと、クリスが二人の走りはスタイルが違うといい、陸の走りをサーキット寄り、タケルの走りをラリー寄りと位置づけるのだった。
パイロンを回り切った二台は、スタート地点を目指して一直線に突き進み。
ビートはミッドシップレイアウトのトラクションを活かしてスムーズに加速を伸ばして、突っ込んでいくのに対し。カプチーノは、本格的にターボが効き始めたか、エンジン音を高めながら徐々に差を縮めていくのだった。
「(こいつ…!!さっきまでカプチーノに振り回されていた筈が、もうリアを抑え始めていやがる…!!)」
後ろから近づくカプチーノをサイドミラー越しに見た陸は、まだカプチーノを走らせて間もないとはいえ、少しずつ乗りこなしていくタケルの走りに、表情を硬める。
「(どれだけ腕があるドライバーでも。乗ってすぐにカプチーノをコントロールするのは、普通にあり得ない筈だ…。なのに斎藤の奴は、カプチーノのシビアなステアリングコントロールに対応し始めてるというのか…!?)」
タケルの適応力の高さに陸は驚きを隠せず、このバトルに負けてしまうのではないかと、僅かながら焦りを見せ始める。
だが、サーキットで結果を出し続けてきた陸にとって、レーサーとしてのプライドがそれを許さなかったか。ステアリングを握る手に、自然と力がこもる。
「(面白い…!!本気で来るというなら、抜かれないよう振り切るまでだ…!!)」
陸はサイドミラーへの意識を切り、前方のゴール地点へ固定すると、ギアを上げ、アクセルを深く踏み込んでいき。ビートを全開に加速させるのだった。
「(更に速くなった!?そっちがそう来るのなら、こっちも負けてられないよ…!!)」
タケルも負けじとシフトアップし、ターボを効かせながら、ビートの背後に食らいついていく。
「どっちとも、更にスピードを上げてきてますよ…」
「二台共、決着を付けようと必死になってるわね…。ゴールまであと僅か…、どちらが先に着くのか、目が離せないわ」
結衣とクリスの二人を含む、ギャラリーの注目が集まる中、ゴール直前で、二台は再び横並びに近い位置まで詰め寄り、加速していく。
「も、もしかして、カプチーノが勝っちまうんじゃ…」
「…いや、僅かにビートが前に出てますから、おそらくこのバトルは…」
坂本はビートがリードしていると呟いたその瞬間、二台はほぼ同時にゴールラインを駆け抜け。
僅かに先にラインを越えたのは、
「…判定結果、ビートが僅差で先着です」
スタート地点のすぐ真横にいた係員がストップウォッチを手に、はっきりと、ビートの勝利を告げ。
この場にいる全員が、白熱したバトルを繰り広げた両ドライバーに拍手を送るものだった。
「くっそぉ…。後一歩ってところで負けたかぁ…。かぁ〜悔しいなぁ…ホント…」
「でもタケル君、負けてしまったけど、いい勝負だったと思うわ。あそこまで行って最後までいく姿、カッコよかったよ」
「そ、そうかなぁ…。僕としては、中嶋にまた負けてしまったのが、心残りなんだけど…」
結衣の労いに、タケルは悔しさを滲ませるが。先程のバトルを見たクリスがタケルに褒め言葉を送る。
「そうとも言い切れないわ。乗っていた車が軽自動車だったとはいえ、陸ちゃんを相手に、あそこまで追い詰めたのは、あなたが初めてよ」
「え?…本当ですか?」
「ええ、陸ちゃんが本気で走り切ったことなんて、ここ数年の間じゃ…滅多にないもの…。今日のバトルで走り切ったことは誇りに思ってもいいと思うわ…」
クリスに褒められたタケルは、満更でもなさそうに照れ臭そうにするが、その様子を少し離れた場所から見ていた陸は、小さく鼻を鳴らすと、借りていたビートを持ち主の元へに返しにいく。
「急な頼みとはいえ、この車を貸していただき、ありがとうございます。おかげで、いいバトルができました…」
「へへっ、いいってことよ…。あんないいバトルが見れたんだし、貸した甲斐があったからな…」
ビートの持ち主であるデモカーショップのオーナーが、陸を褒めちぎりながら、ビートを走らせた感想を聞く。
「で、こいつを走らせての感想はどうだったんだ…?」
「そうですね…。出だしの加速と立ち上がる時の踏ん張りは良かったですが、コーナーリングする際、旋回時の曲がり具合が課題点ってところですかね…」
「ほぉ…一度乗っただけで、そこまで把握するとは…お前さん、プロなのか?」
「いえ、俺はまだGP2に少し出た程度で、正式なシートもライセンスもこれからってところです…。では、ここで失礼させてもらいます…」
そう言い残し、陸はオーナーの元から離れ。クリスのいる場所へ戻ろうとしたところで、結衣が前に立つ。
「すみません…。少し気になったことがあって、聞いてもいいですか?」
「…なんだ、言ってみろ」
先程まで、敬語を使っていた口調が、いつも通りのぶっきらぼうに戻り。結衣は陸に対し、真っ向から確信を突くような質問をぶつける。
「前に玲さんから聞いたんですけど…。あなたは仮にもプロのドライバーなんですよね。なのにどうして、峠を攻めているのですか?」
「…それを聞いて、何になると言うんだ」
「それは…、ただ…仮にもプロを名乗ろうとするあなたが、どうして峠を走る人達をあれ程毛嫌っていながら、かく言う自分も峠を走っているのは、矛盾してるじゃありませんか…」
結衣の言葉に思うところがあったか。陸は自分が何故プロでありながら、峠を攻めているのか結衣に話し出す。
「俺は好きで峠を攻めてるわけじゃねえよ…。元々サーキットだけでやっていこうとしたんだが、昔、F1レーサーをやっていた親父から言われたことを実践しているだけだ…」
「え…」
「日本に戻ってくる前に、親父は俺にこう言ったんだよ…『お前がそうまでして、上を目指したいというのなら、サーキットだけに閉じこもらず、ニッポンの公道も経験してみろ』ってな…」
陸はこの時、プロのレーサーだった父親から、授かった教訓をやっているだけに過ぎないと打ち明かし。それを聞いた結衣は、何も言えずに押し黙るしかなかった…。
「他に聞くことがないなら、俺はここで失礼するぞ…。後、斎藤にはこう伝えといてくれ…お前が思ってる以上に、関東の走り屋はレベルが高いってな」
陸はそう言い残すと、結衣の前を通り過ぎて歩き去っていき。結衣は、その背中を黙って見送ることしかできなかった。
群サイ 夕方
「はぁ〜今日は色々と疲れたなぁ…。早く帰ってぐっすりしたいよ」
「タケル君…。疲れてるのは分かるけど、ちゃんと前を見て運転してね…。ここで事故でも起こしたら、お父さんに怒られるかもしれないんだから」
「大丈夫だよ。ちゃんと安全速度の範囲内で走るから、心配しないで」
陸とのバトルを終えたタケルはカプチーノに乗り。結衣と共に群サイの駐車場を後にしようとした。その時、出ようとした道の先に一人の男が立っていた。
「ん…?誰だろう…」
タケルが車をその場で停めて降り。前に立つ男に近づくと、男はタケルをじっと見ながら口を開く。
「よぉ。昼間のバトル、見させてもらったぞ。お前、結構やるじゃねえか…」
「あ、ありがとうございます。…ところで、あなたは?」
「俺は坂本っていって。ラリーをやっているんだが、お前と少し話をさせてもらいたいんだが、いいかな?」
坂本はそう言ってタケルを呼び止め。タケルに話を切り出していくのだった。
評価・感想をお願いします。
好きな軽スポーツは?
-
A マツダ AZ-1
-
B ホンダ ビート
-
C スズキ カプチーノ
-
D その他