群サイ 駐車場
「僕と話をしたいとのことでしたが…、僕から何を聞きたいのですか?」
群サイの駐車場で呼び止められたタケルは、目の前にいる坂本に話の内容について聞くと、坂本は開口一番にこう話す。
「何っ、俺は速い奴を見かけると、話しかけたくなる性質でな。昼間のバトルでお前が運転するカプチーノを見て、興味を示したんだ…」
「そう、ですか…」
「ああ。で、本題だがな…。俺がお前に聞きたいことは一つ…、お前のモチベーションの強さについてだ…」
「モチベーション…ですか?」
「そうだ…。俺がその場にいた奴から聞いた話によると、今日お前が相手したのは、モータースポーツの世界でも名の知れた奴だと言ってたんだが…。それが何故、あそこまで臆することなく、食いついていけたか。俺はそれを知りたいんだ…」
坂本から、陸とバトルするのに…。どうして僅差まで持ち込むことができたか、質問を投げかけられ。タケルは頬を掻きながら、こう答える他ないのだった。
「どうって言われましても…。僕はただ、無我夢中になっただけで、前に一度、中嶋とバトルして完敗してるので、今度こそは負けたくないっていう気持ちで行ったんですよ…。カプチーノに乗れたのも、なんとなくっていうか…。偶々なんですけどね…」
「…そうなのか?」
「…はい。普段はスイスポに乗っていて、ここへ来たのも、知り合いから借りたカプチーノをどう乗りこなせばいいか知りたかったからです。途中で中嶋とひと悶着あって、結局まともに教わる機会は得られませんでしたけどね…」
タケルが無理に笑顔を見せながら、答えていくと。坂本はタケルを見つめながら、こう話す。
「…お前がここに来た理由は大体わかった…。後ろに停めている、そいつを乗るにはどうしたらいいか…。それを知りたくて来たんだな…」
「ええ…そうですけど…」
「…俺をそいつに乗せてくれないかな。口で説明するより、俺が運転して直接見せた方が伝わりやすいしな…」
「わ、わかりました…」
坂本が、自分からカプチーノのステアリングを握るとタケルに言い。車を貸してくれるように言い。タケルは坂本にカプチーノを預け、坂本のドラテクを見させてもらうことになったのだった。
関越自動車道
タケルが坂本と会っていた同時刻。
群サイを後にした陸は、FD2に乗って関越自動車道を走っていたが。ポケットにしまってあった携帯から着信が鳴り。
陸は車を路肩に停め。サイドブレーキを掛けて、完全に止まったのを確認してから、電話に出る。
「もしもし?」
『あ、やっと出た…。聞いたよ陸、結衣さんに向かって酷いこと言ったってね…』
「…なんのことだ?」
『なんのことだ、じゃないよ!!いくら結衣さんが知らなかったとはいえ、軽自動車を褒めてるのを貶すなんて走り屋どころか人として最低にも程があるんだぞ!!』
「…ああ、あいつか。俺はコペンなんかに乗りたいって、あの女が抜かしてたから、それを阻止しただけだ…。お前にそこまで言われる筋合いはない筈…」
『だからって、軽自動車全般を批判する理由がどこにあるっていうんだよ!!クリスでさえ、言い過ぎだぞって言ってたくらいなのに、それを何とも思わないなんて、頭大丈夫なのか?』
玲が呆れを通り越して、怒り気味で陸を説教するも。陸は聞く耳持たずのまま、玲の話を聞き流すのだった。
「俺は至って正常だ…。それだけを言いに電話したというのなら、とっとと切らせてもらうぞ…」
『あ、ちょっと待ってよ…。陸に電話したのは、説教だけじゃなく、あることについて話を聞きたいと思ったからなんだ』
「…俺から何を聞くというんだ?」
玲は、コホンと軽く咳をして話題を切り替えるや、自分がやろうとしているあることについて、口を開く。
『実を言うとね…。今度、ドリフトの競技会に出ることになって…。そのことで、陸からアドバイスが欲しくて電話したんだ』
「ドリフトだと…。俺がサーキットしかやってないのを、知っていながら…何を聞こうっていうんだよ」
『何って、ドリフトをするのに、見栄えだけじゃなくて、切れ込みの鋭さとか、舵角の位置、ステアリングの回し方など、色々あるでしょ。そういう細かなところをどう考えたらいいのか、教えてほしいんだ…』
「…まあ、お前にアドバイスをするなんざ、できなくはないが…。話だけは聞いてやるよ」
そう言って陸は、ドリフトをするにあたって、どう攻め込んだらいいのか、面倒くさそうに助言するのであった。
群サイ 多目的広場
坂本と出会い、群サイの多目的広場に戻ってきたタケルは乗ってきたカプチーノを坂本に預け。坂本はそれを借りるやタケルに言う。
「いいか、一度しかやらないからよく見とけよ…。今から見せるのは…ラリーの間じゃあ、当たり前の
坂本はそう言って、カプチーノを走らせると。先程タケル達がバトルした時と同じ様に、パイロンが置いてある地点へと加速するのだった。
「タケル君…。瀬名さんが用意してくれた車を、見ず知らずの人に貸しちゃったけど、本当にいいの?」
「…うん、正直に言うと。貸して良かったか半信半疑だけど。あの人の目を見たとき、嘘を言っているようには見えなかったから、信じてみたいと思っては渡したんだ…」
「それって、どういう意味?」
「まあ、口で説明するより…実際に見た方が速いって、あの人が言ってたんだし、実際にラリーをやってるくらいだから、相当な実力を持ってるに違いないよ…」
タケルが坂本にカプチーノを貸したことを心配する結衣を横目に、タケルも渡して良かったかと少し不安になりかけるも、坂本が二人の目の前であるものを披露すると、二人の心配を一気に吹き飛ばす。
ギャアアア
坂本が操作するカプチーノは、パイロンに差し掛かる寸前で、車体を大きく傾け、意図的にオーバーステアを出しながら、鋭く回り込み。四輪が滑るような軌道でパイロンを抜けきった。
「……!!」
坂本がやってみせた四輪ドリフトを目の当たりにしたタケルは、実力の違いを見せつけられたか、息を飲むしかなかった…。
「た、タケル君…あれって、タケル君がやったドリフトとどう違うの…?」
「いや、違うどころか…レベル差が段違いだよ。僕が中嶋とバトルした時にやったのは、リアを軽く滑らせてキッカケを作っただけに過ぎないんだけど…。坂本さんがやってみせたのは、最初からオーバーステアを作って、四輪で一気に向きを変える本格的なドリフトなんだ…」
「…そんなに凄いことなの?」
「うん、坂本さんはやったあれは、ラリーでもよく使われる技なんだ。ただでさえ、カプチーノはホイールベースが短いから、ちょっとでも崩すとすぐにスピンしやすいのに、あそこまで綺麗に決められるのは、相当走り慣れてるとしか言いようがないよ…」
結衣に四輪ドリフトについて説明していくところへ、坂本が駆るカプチーノがタケル達の前に戻ってくると、坂本は車の窓を開けて、タケルに向かって声を掛ける。
「わかったか…。ラリーでは今やってみせた四輪ドリフトが基本だからな。これくらいのことができるようにならないと、話にならないからな」
「そ、そうですか…」
「ま、理想としては…どこまでもニュートラルな車があればいいかもしれんが、そんな車は存在しない…。だったら、コントロールできないアンダーよりコントロールしやすいオーバーステアを作るほうが正解なんだ…」
坂本は、オーバーを作ってから攻め込むのが正しいと語っては、そこからタケルにあるひと言を付け加える。
「俺がお前に教えることができるのはここまでだ。後は自分で考え、実践してみては答えを見つけることだな…」
坂本は、そこから先はタケル自身が見つけるように言っていくと。二人の元を離れていき。
その背中を見送ったタケルは、深く頭を下げて礼をしては、結衣のいる方に顔を向ける。
「結衣さん…。知りたいことが見つかったし、そろそろ帰ろっか…」
「…そうね。タケル君が満足したのなら、他に言うことはないわ、早く地元へ戻りましょう」
そう言って二人は再びカプチーノに乗り込み。群サイを後にして、渋川市へと戻るのだった。
「…以上が俺がお前に教えられる全てだ…。ドリフトの良し悪しは、見る奴のさじ加減で変わるから、そこのところは自分でなんとかすることだな…」
『へへっ、サンキュー陸。今度ボクがバイトしてる店にまた来てくれたら、ご馳走してあげるよ』
陸は自分が知るドリフトについて、玲に教えた後。玲が使う競技車両について質問をする。
「ところでよ…お前がドリフトの競技会に出るのはいいが、一体何に乗って出るのか、教えてくれてもいいんじゃねえのか。大方、ハチロクかシルビアあたりが妥当な気がするんだが…」
『ふふっ、それなんだけどね…。ボクがドリフトの競技会に出るのに使う車は、前に陸がボロクソに批判してたワンビアを使おうと思ってるんだ♪』
「…は?」
なんと、玲はワンビアに乗ってドリフトの競技会に出場すると陸に話し。陸は玲がワンビアを使うと耳にした瞬間、素っ頓狂な表情をする。
「とりあえず、何でワンビアなんかに乗ることになったか、理由を聞かせろ」
『へへっ…。ボクが今世話になってるショップのオーナーがドリフトの競技会に出ていてね。ボクにドリフトを勧めてくれるのに、ワンビアを貸してくれると言ったんだ…』
「そうか…」
『でもって、ドリフトの競技会に出て。結果が良かったら、陸と同じツーリングカーレースにそのワンビアを出してみようと考えてるんだけど、その辺に関してはどうかな?』
「…そんなことは、できねえよ」
『え?』
「知らねえのか。ワンビアは元々が改造車だから、レギュレーションの関係でレースに出場することができないんだよ。ただでさえ、扱いにくい上に走らせるのが不安定過ぎる車で参戦する理由がどこにあるというんだ」
『…そ、そうだったの?』
「ああ、ワンビアをそのまま出すとするなら、ドリフト競技だけに専念するか。元のシルビア顔にするしか方法はないからな。例えレギュレーションが変わって、ワンビアの状態で出すことができたとしても、そんな車を使うチームなんか、絶対ありはしないし、門前払いされるのがオチなんだよ」
ドリフト競技ならともかく、ツーリングレースに出すことはルール上できないことを玲に伝え。玲はなるほどと言った様子で頷きながら更に聞く。
『じゃあさ…ボクの父さんに高性能なエンジンを載っけたワンビアを見せたら、どう言うと思う…?多分、父さんのことだから気に入って…』
「そんなわけあるか。あの人は基本おおらかだが、レースに関してかなり厳しいから、絶対に認めるわけないだろ。それどころか、『こんな車に高性能エンジンを載せるなんざ、チームの信頼とスポンサーから授かった金をドブに捨てる気か!!』とブチ切れるのが目に見えてるよ…」
陸がレーシングチームの監督を務める玲の父親が、ワンビアをレースに出すマネは絶対にしないとでも言っていくや、玲はしゅんとした顔をするのだった。
『陸…。何もそこまで言わなくたっていいじゃないか…。そんなにワンビアのことが認められないの?』
「当たり前だろ。レースは勝つことが絶対的なものだから、遊び半分で来るヤツを認められるわけがないんだよ」
陸はそう言い切ると、玲に向かってこう話す。
「玲…。俺は今…少し苛ついてんだ…。後のことはクリスに任せるよう話を付けておくから、そっちに連絡することだ」
『了解。ところで、クリスはどこに行ったかわかる?』
「あいつは今頃、赤城に向かっている筈だ。去年、バトルした高橋啓介の腕が、今頃どうなってるか、それを確かめにいくと言ってたからな…」
『へへっ…。そういや、クリスは前にあの金髪の兄さんを赤城で瞬殺したんだっけ…。もしかして気に入ったとか?』
「さあな。あいつの好みについては、俺にもよくわからねえよ…。ただ、高橋啓介を含むレッドサンズに何かひと言物申したいことがあるって言ってたのは確かだからな…」
陸は、クリスが別れ際にそう言っていたのを思い出し。その時の表情はいつもと違って、真剣な顔をしていたことを思い出しながら、玲と話を続けるのだった。
関越自動車道
「タケル君、少し…いい?」
「ん?どうしたんだ。急に改まった顔をして…」
坂本と別れたタケルは、群サイを後にして関越自動車道に入っていき、カプチーノを運転するが。
帰りの車の車内で、結衣は陸が自分に話していたことをタケルに明かす。
「実はね、帰る前に…中嶋さんと少しお話をしたんだけど…。中嶋さん、峠を走ってるのは自分のお父さんに勧められて、仕方なしに走ってるみたいだったの」
「…あいつ、見かけによらず、それなりに苦労してたのか…」
「…私、モータースポーツっていうものがなんなのか、よく分からないんだけど…。中嶋さんが目指しているF1 って具体的にどれだけ難しいのか、タケル君は知ってる?」
結衣がモータースポーツの難しさについてタケルに聞くと、タケルは神妙な顔をして口を開く。
「そうだなぁ…。あいつが目指しているのは、モータースポーツの中でも最高峰と言われるほどで、誰もが簡単に辿り着けないステージなんだ…。実際、日本人でF1ドライバーになれたのは極めて稀で、まだ日本人優勝者は出ていないしね…」
「そうなんだ…。テレビなんかで良く聞いてたけど、タケル君がそこまで言うくらいだから、結構、過酷なものなんだね…」
「…まあ、。実際、日本人選手がF1で優勝するなんてことは、サッカーで例えると日本がW杯で優勝したり、野球で云う日本人選手がメジャーリーグでエースと4番になるぐらい難しいんだ…」
タケルは、陸の目指しているF1がどれほど過酷なのかを結衣に伝え。結衣はタケルに抵抗しようとある質問をする。
「でも…慣れるのが難しいからって、諦めるのは早いんじゃないかな…。例えば…私やタケル君と同世代の日本人選手が、中嶋さんの通っていたレーシングスクールを首席で卒業して、活躍するってことは…」
「それは難しい話だよ。ただでさえ、イギリスはモータースポーツの聖地と呼ばれていて、あいつが通っていたRDRSっていうレーシングスクールも、F1やツーリングカーレースで活躍するドライバーを沢山輩出してきたところなんだ」
「…そうなの?」
「だって、欧州の人達はモータースポーツが身近にあるから日本より触れる機会が多いのは勿論、激戦区とも呼ばれてる場所で戦い抜いてきたからね。そんな猛者達を相手に、首席を勝ち取るなんてことは…余程のことがない限り、取るのが難しいんだ。もし仮に、結衣さんの言う純日本人で首席を取ったドライバーがでてきたとしても、向こうの人達からは裏で金を渡して学籍を取ったか、アジア人でも取れる程、モータースポーツのレベルが落ちたと言われるのが、目に見えてるからね」
「うぅ〜…そこまで言わなくてもいいじゃない…」
「あ、ごめん。…言い方が悪かったけど、それだけ中嶋が戦ってる舞台はハードルが高く、日本人がそう簡単にのし上がれないステージだってことを言いたかっただけさ」
タケルは自分なりにモータースポーツの過酷さを伝えようとしたが、途中言い過ぎてしまい。結衣に謝る。
「ま、一つだけ言えるとするならば…。あいつが目指している先は…僕らが想像するよりも、デカいことだけは確かだ…。いつになるかはまだ分からないけど…今度あった時は、絶対に負かしてやるんだからね」
二度も敗北を喫して、ますますやる気に満ちたのか、タケルは陸との再戦には、負けてられないかのように言っていくのであった。
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