頭文字D 峠の弾丸   作:ペンギン太郎

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ACT.115 北条豪という男

 赤城にて啓介達に覚悟はあるのかと問いただし、啓介から納得のいく返事を聞いたクリスは、愛車のS2000を飛ばし、赤城を駆け下りていた。

 

 

 「…どうやら、あの子達は本気であたし達に挑もうとするみたいね。期待するだけのことはあるわ…」

 

 

 そう呟いて、啓介達の将来を待ち遠しくするクリスは、S2000を慣れた手つきで操作し、まるで踊りを舞うような流麗なコーナーリングをしてタイトなヘアピンを抜けきるのだった。

 

 

 

 ピリリリリ

 

 

 「んもう〜せっかく良い気分で走ってたのに、急に連絡してくるなんて、台無しよ…」

 

 

 ズボンの中に入れていた携帯が鳴り響き。クリスは車をセーフティゾーンにある路肩に停め。ポケットから携帯を取り出しては、電話に応じる。

 

 

 「もしもし…どちら様かしら?」

 

 『俺だ、北条だ…。お前、どこに何をしてるというんだ…』

 

 「あら、チーフじゃないの…。ご無沙汰してるわ」

 

 

 クリスに電話を掛けてきたのは、同じサイドワインダーに所属する走り屋で、名を北条豪といい。

 豪はチーム内では、チーフドライバーという肩書でチームのリーダーを務める傍らヒルクライムを担当しており。神奈川エリアでも、かなり名の知れた走り屋でもある。

 

 

 『ったく、好き勝手するのは構わねえけど。仮にもお前は雇われの身なんだ…。少しくらい自重するって気はねえのかよ…』

 

 「いいじゃないの…。あたしは風が吹く様に車を走らせるのが好きなだけなんだからさ。そういうチーフこそ、どういった用件であたしに電話をしてきたか、説明してくれる?」

 

 『…大したことじゃねえよ。俺が地元で見つけたあるドライバーの面倒をお前に任せようと連絡しただけだ。お前なら、俺なんかより走りを説明するのは上手いし、人望にも長けてるからな…』

 

 「あら?あたしにその子の教育係をお願いするだなんて…。もしかして、自分の手に負えないドライバーだったりするの?」

 

 

 クリスが豪を誂うような口調で聞いていくと、豪はため息混じりに返事を返すのだった。

 

 

 『大方、お前の言う通りだ…。そいつについて詳細は省くが、地元だけに特化したスペシャリストで、この俺でさえ、見たことがない独特の走りをする変わったタイプの走り屋だってことは確かだ…』

 

 「そう…。可愛げがある上に育て甲斐がある子みたいね…。一応、その子が乗ってる車も、聞かせてくれる?」

 

 『…そいつが乗ってる車はどうもハチロクのトレノらしくてな。その子の母親が言うに、元ラリーストだった父親の形見で、今でも大切に乗り続けているとのことだ』

 

 「まあ、お父さんの乗ってた車を受け継ぐだなんて…なんて素敵な子なの…!!ふふっ、その子といつか会える日が来るのが待ち遠しく思えてきたわ…」

 

 

 クリスが、豪の言う新人ドライバーで出会えることを楽しみにしていくが。豪は話を戻すように質問をする。

 

 

 『それより話は戻すけどな。お前は今、どこを走ってるというんだ…?神奈川じゃ、お前の噂は全然耳にしないから、県外の峠を走り回っているのか?』

 

 「ええ…そうよ。あたし丁度今、群馬県の赤城山を走ってたとこ。折角良い気分で走ってたところをあんたが邪魔してきては、ムードが台無しになってよ…」

 

 『そうか、それについては済まなかったな。…赤城に来ているってことは、会ったのか…高橋涼介に』

 

 

 豪が涼介の名前を出して意味深そうに質問すると、クリスは微笑みを浮かべ、こう返す。

 

 

 「いいえ…あなたのいう高橋涼介とは会えなかったけど、その弟の啓介君とは会うことができたわ…。まだ走りに置いて、粗っぽいところが見て取れたけど、いずれ近い内にあなたと張り合える程の逸材になると、あたしは睨んでいるわ…」

 

 『なんだとっ…?涼介の弟が俺と同等の走りをすると、お前は言いたいのか…』

 

 「ええっ、彼…あたし達と同じプロを目指しているのは勿論、お兄さんの為に全力を尽くすと啖呵を切っていたわ。兄が果たせなかった夢を受け継ごうとするその志は、兄弟のいないあたしからすれば、羨ましくてよ…」

 

 

 『…ふざけたことを抜かすんじゃねえぞクリス!!いい年こいて兄貴にベタベタくっついてるような奴のどこに、俺が負けるというんだ!!』

 

 

 啓介が豪と対等に並ぶ存在になるようにクリスが言っていくと、豪は虫の居所が悪かったか。口調が荒れる。

 

 

 「ちょっと…。あたしはただ、啓介君の将来について話しただけで、別にあなたを貶すつもりはなくてよ。今の発言のどこが気に入らなかったというのよ…」

 

 『…悪い、話していく途中で、余計なことを思い出してついカッとなってしまった…。だがな、俺から言わせれば、いくらその高橋啓介という男が速かろうと、肝心な涼介が出てこないんじゃ、俺達神奈川エリアの敵にすらならねえのは間違いねえんだ…』

 

 「ふ〜ん…。あなたがそういうのなら別に構わないけど…。あまり相手を見くびらないことね。それより…さっきまでの話し方から察するに、あなた…実のお兄さんと何かあったのかしら?」

 

 『……!!』

 

 

 クリスが豪の図星を突くようなことを口にすると、豪はまともに言い返さなかったか、押し黙りかけ。クリスはそこからズケズケと言っていく。

 

 

 「ま、あなたも兄と同様、富士のサーキットではそれなりに名の知れた兄弟だもの。お兄さんとの間に何があったかは知らないけど、その怒りっぽい性格は直したほうがよくてよ」

 

 『う、うるせえ…!!あいつはもう、俺とは関係ないんだ!!どこで何をしていようが知らねえが、俺や家族を放り捨てて逃げていったあいつなど、もう兄弟でもなんでもねえ!!これ以上余計なことを言うのなら…ここで切らせてもらうぞ…!!』

 

 「はいはい…。もうそれ以上は話すことがないから結構よ。それじゃあ、あたしはこの後…予定があるから、ここで切らせてもらうわね」

 

 

  クリスがそう言って電話を切り。良い気分で走れていたところに水が差されたのが癪に障ったか。車から降り、夜風を浴びようとするが。まだ春になっていなかったので、冷たいカラッ風がびゅうびゅうと吹く。

 

 

 「それにしても…。今日はやけに冷たい風が吹くわね。何か不吉なことが起こりそうな気がするわ…」

 

 

 風の吹き回しから不吉な予感を感じていくクリスだが。その予感が、赤城とは峠で現実になるとは知らないのだった。

 

 

 

 

 

 秋名山 旧料金所跡

 

 

 「んじゃ…全員揃ったことだし。久々にひとっ走りするか」

 

 「ですよね。俺達も二人に後れを取るわけにいかないっすよ」

 

 

 秋名の頂上に位置する旧料金所跡には、池谷を始めとするいつもの三人が集まっており。路面に振り積もった雪が解け始め、走りやすくなった秋名を攻めようとする。

 

 

 「そうだな。この時期の秋名には誰も来てねえことだし、今のうちに始めるぞ!!地元の走り屋として、いつまでもあいつらの足を引っ張るわけにはいかねえからな!!」

 

 「「おおっ!!」」

 

 

 池谷はイツキと健二に号令をかけると、自ら先頭に立ち。拓海やタケルに負けじと、ドラテクを磨こうと奮起しながらS13を走らせていき。

 イツキも健二の180に乗せてもらい、池谷の後を追うように秋名の下りを攻め始めた。

 

 

 

 

 

 「池谷の奴、えらい張り切ってるじゃんかよォ…。余っ程自分のS13を走らせたかったのかァ…」

 

 「それもあるかもしれないすけど、拓海とタケルがあの高橋涼介が作る新しいチームに入りますからね。同じ秋名の走る先輩からすれば、二人の名に傷つけまいと奮起してるんじゃないっすか…」

 

 「ま、それもあるかもしれないな。何せあいつらは秋名はおろか群馬で最速を誇る走り屋で、俺達の誇りみたいなもんだからな…」

 

 

 拓海とタケルが群馬を離れて、より一層大きくなることに期待を寄せていく健二だが、バックミラーに映る光が急速に大きくなるのに気付き。それを見ていくと、後ろから見慣れない車が近づく。

 

 

 「ん?なんだあの車は…こっちに近付いてくるぞ?」

 

 「健二先輩。アレってなんて車か分かります?」

 

 「あれって確か…パルサーじゃなかったかァ。ほら、日産がWRCに出てた頃に走ってたという四駆ターボだよ」

 

 「へぇ〜パルサーですか…。日産がラリーを走ってたイメージはあまりないすけどね」

 

 「言えてるな。WRCで活躍した日本車といや、インプやランエボのイメージが強いからな。にしても…どうしてそんな車が秋名を走ってんだ?」

 

 

 健二が後ろからパルサーに迫ってくるのに疑問を抱くが、その直後、パルサーは前を走る180に焦らしたか。行動に移る。

 

 

 「けっ、なんだよそのノロい走りは、邪魔だからどけってんだよ」

 

 

 ガシャン

 

 

 「げっ!! あの野郎…わざと後ろからぶつけて来やがった!!」

 

 

 パルサーは後ろから二人が乗る180のリアにフロントを軽くぶつけると、そのまま左右に揺さぶるようにして道を開けろと無言の圧をかける。

 

 

 「け、健二先輩…。どうします…」

 

 「ちっ…ああやって仕掛けられたからには、バトルといきてえところだが…お前が横に乗ってる以上、巻き込むわけにいかねえ、ひとまず道を開けるぞ…!!」

 

 

 イツキを乗せてる以上、無闇にバトルをするのは避けた方がいいと判断した健二は、180を路肩に寄せて道を譲り。

 パルサーはそれを確認すると、ノーズを突き出すようにして180の横をすり抜け、前へと突き進むのだった。

 

 

 「ちくしょう…!!こんなところであんな危ねえ奴と出くわしちまうとは…。にしても、あのパルサー…どっから来やがったんだ…」

 

 「せ、先輩…。どうやらあの車は群馬の奴じゃないみたいっすよォ…。ほら、後ろのナンバーも新潟になってますし…」

 

 「県外ナンバーか…。ってことは、どっかで秋名のハチロクか弾丸の名を聞きつけて、こっちに来たってところか…」

 

 

 イツキと健二がそう話してる間にも、パルサーは速度を落とすことなく、すぐ前を走る池谷のS13に狙いを定め、迫っていくのだった。

 

 

 「おいコラァ!!そんな情けねえ走りをするぐらいなら、道を開けろってんだよ…!!」

 

 「くっ…なんなんだ、こいつは…!!あそこまで煽って来られちゃあ、地元の走り屋として負けてたまるかってんだ…!!」

 

 

 パルサーは、池谷に道を開けるようハイビームで何度もパッシングを繰り返し、執拗に道を開けるように迫め立てていく。それに対し、池谷は負けじとラインを塞ぐようにブロックしていくが、パルサーに乗っていた男は完璧にキレたか、吐き捨てるように言う。

 

 

 「ちっ…そうまでして道を譲らねえってんなら、こっちから行かせて貰うぜ!!」

 

 

 グワシャアア

 

 

 次の瞬間、パルサーは強行突破しようと、S13のリアバンパーにフロントを押し当て揺さぶりをかけてきた。

 

 

 「なっ!?こんなところで、ぶつけてくるなんざ、正気じゃねえ…。こいつはナイトキッズの庄司慎吾と同じかそれ以上に危険なタイプの走り屋なのか…!!」

 

 

 池谷は、前に秋名で遭遇したナイトキッズの慎吾を彷彿とさせるパルサーの走りを見ていき、これ以上関わると危険と咄嗟に判断したか。健二と同じく、すぐに車を路肩に寄せて道を開ける。

 

 

 「なんだよ…もう終わりかよ…。つまんねえ奴だな…。下手くそなら大人しくしとけっての…」

 

 

 パルサーの男は暴言を吐き捨てると、S13の横を横切り。そのまま加速していきながら、闇の中へと消えていくのだった。

 

 

 「(な、なんだったんだ、あいつは…。あそこまで危険な走りをする奴は聞いたことすらねえってのに…。どうなってるというんだ…)」

 

 

 暗闇の中へと走り去ったパルサーを見た池谷は、突如として現れたその車に怖気づくも。再びラインを元に戻して、いつものように走らせ、麓へと降りていくのだった。

 

 

 

 

 

 秋名山 麓 駐車場

 

 

 「大丈夫だったか池谷…?」

 

 「ああ、俺は平気だ…。お前らの方はどうだったんだ?」

 

 「俺達は至って無事でしたよ…。それよりも池谷先輩、あのパルサーに乗っていた男、何者ですかね…」

 

 「それは俺もわからねえが、下手に関わると危険な奴だってことだけは確かだ…。健二、走り終えたばっかですまないが…ちょっくら、あのパルサーについて調べてみてくれないか」

 

 「わかった…。こちとら、あのパルサーには大分頭にきてたからな…。絶対に正体を突き止めてやるよ…!!」

 

 

 池谷からパルサーに乗っていた男について、調査するよう頼まれた健二は、自分もやられたことを腹に据えかねたか。力強く頷くと、パルサーのことを徹底的に調べてやろうと行動を移すのであった。

 

 

 

 

 

 神奈川県 小田原市 箱根ターンパイク

 

 

 小田原市に位置する箱根ターンパイクにて、先程クリスとの話を終えた豪はタバコに火を点け、深く煙を吸い込みながら、募らせていた怒りを吐き出した。

 

 

 ふぅ〜

 

 

 「クリスの野郎…余計なことを聞きやがって、俺にはもう、あいつとは何の関係もねえんだよ…」

 

 

 豪は夜風に煙を溶かしながら、未だに残る苛立ちを押し殺すように、暗い夜空を見ていくのだった。

 

 

 「…だが、クリスが言っていたように、涼介がこっちに攻め込んでくるというのなら。それなりの準備はしておかねえとな。どこからか腕利きのエンジニアを探さねえと…」

 

 「そこのお兄さん…。少し、よろしいですかな?」

 

 「ん?誰なんだ、お前は…」

 

 

 豪の独り言を、拾った人物がいたか、声のする方に振り返ると、そこに立っていたのは肥えた腹を出した中年の男で。その男は関西弁まじりの口調で豪に話しかけてきたのだ。

 

 

 「何っ、先程呟いてたのを、聞かせてもらいましてな…。どうやら、人をお探しのようで…」

 

 「…そうだが、お前は一体…」

 

 「ああ、これは失礼。私は久保という者でして、こう見えて…走りの世界じゃ、それなりに名の通ってる者なんですよ…」

 

 「そうなのか…?」

 

 

 久保は悪徳セールスマンのような笑みを浮かべたまま、斡旋をするように提案を持ちかける。

 

 

 「もし宜しければ、私がお手伝いしましょうか。こう見えて私、上手い走り屋を見抜くのは勿論、あなた好みの車に仕上げるのも、ドライバーを育てるのも得意でしてな。必要なら、力になりますよ」

 

 

 久保からの突然の申し出に、豪は警戒を隠しきれなかったが、今の自分に必要な人材であることも否定できなかった為、久保の話に耳を傾ける。

 

 

 「…話だけは聞いてやる。どこまで本物か、見せてもらおうじゃねえか」

 

 

 自分と手を組めば、上手く行くと豪語する久保に対し、豪は久保の話を聞き始めていくのだった。

 




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