前橋市 クラブハウス『Fast&Furious』
「瀬名さん。カプチーノを貸していただきありがとうございました」
「いいってことよ。で、こいつに乗った感想を、聞かせてもらおうか」
この日タケルは、借りていたカプチーノを瀬名に返そうと、前橋にあるクラブハウスに来ており。
裏のガレージに乗ってきたカプチーノを停め。キーを瀬名に返却するや、乗った感想を語る。
「そうですね。FFに乗り慣れてる僕からすれば、後輪駆動のカプチーノは扱いづらかったですけど…。スイスポに乗ってた時には見えなかったところが、ハッキリとした気がしますかね…」
「そうかい…。涼介の勧めで乗ったとはいえ、何か掴めたのなら、良かったんじゃないか…。それよりお前、あの坂口と派手にやり合ったらしいが、それに関してどうだったんだ?」
「ははっ…。もう瀬名さんの耳に入ってたんですね」
「当然だ。いくら涼介からの頼みとはいえ、あいつとバトルするなんざ命がいくつあっても足りないんだ。そういった話は嫌でも耳に入ってくるんだよ」
「…そうですね。あの時、坂口に殺されかけるといったトラブルもありましたからね…。あれはホントに死ぬかと思いましたよ…」
「ったく、小野が助けに入ったおかげで無事に済んだものの。くれぐれも気をつけることだな。走り屋ってのは、皆がレッドサンズみたいにマナーを重視するわけじゃないんだからよ…」
「…ですよね。まあ、坂口はあの後警察に捕まりましたし、運転免許を剥奪されて、拘置所に送られたと哲治さんから聞いてますから、いつものように走れると思いますよ…」
「そうだな…といいたいところだが、坂口がやった爪痕が大きかったか。群馬エリアじゃあ走り屋に対する視線がますます厳しくなったからな…。もうしばらくの間、気軽に峠を攻めるのは控えたほうがいいかもしれないぞ」
「そう、ですか…。でも、僕達がやってることは、世間からすれば許されることじゃありませんし、そう思われるのも無理はないですからね…」
「まあな…。だが、お前は周りからどう言われようが走り続けるんだろ?」
「勿論。そうでなきゃ、スイスポは勿論、スポーツカーに乗ってる意味がありませんからね」
走り屋に対する風評被害がますます悪くなったことにタケルは複雑な気分になるも。それを一旦脇に置き、瀬名にこう返す。
「じゃあ…僕はこのまま歩きで帰りますし、もし涼介さんに会ったのなら、よろしく伝えといてください」
「おう。タケルはそれなりにFRに乗れたと言っとくから、気を付けて帰るんだな」
タケルが別れ際にそう言っていくと、クラブハウスを出ていき。瀬名はタケルが乗ってきたカプチーノのボンネットに触れながらこう呟く。
「どうやら…着実に進んでるみたいだな…。まさか、タケルが突き進んでる道筋が…涼介の提唱する公道最速理論の筋書きの一部になっているなんざ、夢にも思わないだろうな」
全てが涼介の思惑通りに進んでいると瀬名が言っていくが。タケルがそれを糧に大きく前進するのを、密かに期待していくのであった。
「やっぱり…僕にはFRは難し過ぎたかなぁ〜。あれを完璧に乗りこなしてる拓海やがどれ程凄いのか、改めてわかる気がするよ…」
『Fast&Furious』を後にしたタケルは、そのまま駅へと歩き出し。あまり乗ったことのなかったFRに乗った感想を呟きながら駅の改札口へ向う。
ピリリリ
改札を抜けてすぐに、着信が鳴ると。タケルは携帯を手に取り、電話の向こうにいる人物と話を開始する。
「もしもし…。どうしたんだ拓海、こんな時に電話を寄こして…」
『悪い…。ちょっと、お前と少し話したいことがあってな。今、大丈夫だったりするか?』
「あ〜ごめん、今から電車に乗ってそっちに戻るとこだから、帰ってきてからでも、構わないかな…」
『…じゃあ、昼頃に秋名で落ち合うってのはどうかな…。それなら、大丈夫なんだろ?』
「いいよ…。そっちに着いたら、すぐに向かうから先に行って待っててね。じゃあ、ここで切らせてもらうよ」
ピッ
「(拓海の奴…僕に何を話そうとしてたんだろうなぁ…。まあ、後で会えばわかることだし。気長に待つとするか…)」
そう呟きながら、上り方面から自分が乗る電車が近づいていき。タケルは電車の入口が開いてすぐに乗り込み。
渋川市へと発進した電車の中で、拓海が自分に何を話そうとしてるか考えるのであった。
秋名湖 畔
そこから渋川市に戻ってきたタケルは、駅の近くの無料駐車場に停めてあるスイスポに乗って、秋名山へと車を飛ばし。
拓海との待ち合わせ場所である秋名湖の畔に着くと、そこには先に来てたであろう拓海がハチロクの横で待ち構えていたのだった。
「どうしたんだ、拓海。急に秋名に呼びだしたりして…」
タケルか藤原拓海に話しかけると。
拓海は普段とは違う目つきをしていた。普段はボーッとした顔をする拓海の顔付きは、ステアリングを握ったのと同じような顔をしており。拓海はその真剣な眼差しをタケルに向け、口を開く。
「…俺、前から考えてたことなんだけど決めたんだ。お前と同じ、涼介さんのチームに入るよ…」
「…はぁ?それを言うためだけに、ここまで呼びつけたのか…。ったく、紛らわしいなぁ、拓海は…」
拓海からどんな言葉が来るのか期待したつもりが、まさかの涼介のチームに加わるという話で、タケルは拍子抜けしかけるも、そこから拓海はタケルに対し、あるお願いをするのである。
「…それで。お前にお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
「…言ってみなよ。どうせ、大したことじゃないと思うけど…」
そこから拓海は、タケルを見据えたまま、気持ちの籠もったひと言をタケルに言う。
「…俺と、秋名でバトルしてくれないか」
「…え?」
なんと、拓海から向けられたのは、バトルの申し込みで。タケルは拓海から挑戦を突き付けられたことに衝撃を受ける。
「どういう風の吹き回しだ?前に僕とバトルする気はないって拒んでたくせに、急にバトルしたいと言い出すなんて。何があったか聞かせてよ」
「…別に、どうってことじゃないけど。ただ、涼介さんのところに入る前に、どう答えを見つけたらいいか俺なりに考えたんだ…。そしたら、お前と秋名でケリを付ける以外、他に思い浮かばなかったんだ…」
「ふぅ〜ん…。それを言いたいが為に、僕をここまで呼び出したわけなんだね…」
タケルは、何故自分をここへ呼んだか理解していくも。そこから拓海に対して、ある質問をぶつける。
「でもさ、拓海。仮に僕とバトルしたとして…。何の意味があるというの?どちらかがバトルで勝ったとして、涼介さんの考えてる県外遠征チームの下りのポジションを譲ることになるかもしれないんだよ…」
「…それは言われなくてもわかってるよ。…でもこれは…俺自身の為に走りたいんだ…!!」
「…自分の…ため?」
そっから拓海は、タケルに胸に秘めた思いを打ち明かし。タケルはそれを聞いていく。
「俺…去年の秋から考えてたんだけど、こんなことを続けて何がしたいのか全然わからなくて…。けど、お前と一緒に秋名や色んな峠を走っていく中であることに気付いたんだ…。車を上手く走らせることが俺の特技だから」
「…拓海」
「俺、決めたんだ。お前と同じプロのドライバーになる!!それも自分の得意分野でなら誰にも負けないような…」
「そうか。拓海は僕と同じ道を目指そうと考えたのか…あれ?」
タケルは、拓海の話を聞いてはある疑問をぶつける。
「どうして拓海は、僕がプロを目指しているのを知ってたの?このことは…結衣さん以外には、まったく話してなかったのに…」
「あ…。悪い、その話は前に茂木から聞いてな…。あいつ、前に結衣さんと会った時に…タケルがプロを目指していることを言ってたって…」
「かぁ〜…。まさか結衣さんが他の人に話してとは…。まあ、いずれ拓海達には知れ渡ったかもしれないから、別にいいけどさ…」
タケルはそこから話を振り出しに戻し。拓海とのバトルについて、話をする。
「…とにかく、拓海がそうまでして、秋名で僕とバトルしたいっていうなら、その挑戦…受けて立つよ」
「…引き受けてくれるのか?」
「ああ、僕としても…いつか拓海とは、決着を付けなきゃいけないと思ってたんだし。それを決めるというのなら、断るわけにはいかないしね」
タケルが拓海の挑戦を受けて立つように言っていくと、勝負の内容について。拓海に聞く。
「それで、秋名でやるとして…どうバトルすると言うの?」
「…バトルは、下り一本勝負でいきたいと思ってる。そうすれば、どっちが先に突くのか…分かりやすいし…」
「OK。じゃあ、今度の土曜の夜に…秋名でバトルするといくか。念の為、イツキや池谷さんにもこのことは伝えておくけど…」
「…そうしといてくれるかな。俺とお前が走り屋をするきっかけを作ってくれたのは、池谷先輩とイツキだし。二人には色々と世話になったから、真っ先に話さないとな」
そうして二人は、土曜の夜に秋名の下りで決着をつけることを決めていき。互いの車に戻るや、秋名湖を走り去るのだった。
藤原とうふ店
「セッティングの仕方を教えてくれだとォ?」
「ああ…。アドバイスしてくれるだけでいいんだ。俺…自分でやってみたいんだ…」
秋名湖でタケルと別れた拓海は、帰って早々にハチロクを弄るのに、セッティングのコツを教えてくれないかと父親である文太にお願いをする。
文太は、タバコを口に咥え。軽く火を付け一服してからこう聞く。
「…今度は、誰とやるんだ?」
「スイスポ…いや、俺…って言ったからいいかな…」
「そうか。あいつとバトルして、自分自身を卒業ってわけか…」
タケルとバトルすると聞いた文太は小さく呟くと。遠いどこかを見ていく。タケルとバトルしようとする拓海を、若い頃の自分と、かつて峠を走り合ったタケルの父親の姿を、重ね合わせるのだった。
鈴木自動車工場
「何ぃ…文太のハチロクと走るのに、アドバイスをくれだぁ?急に何言い出すかと思えば、そんなこと聞いてどうするって言うんだ…?」
「別に大した理由はないよ…。拓海とバトルすることになったから、スイスポをどう走らせたらいいか、教えてほしいんだ。おじさんは拓海のハチロクを隅々まで弄ってるから、その辺はよく知ってるでしょ?」
拓海が文太からハチロクのセッティングについて、話を聞いていたその頃、タケルは政志の整備工場に足を運び。拓海が乗るハチロクとバトルするにあたって、どうすればいいのかアドバイスを聞くが。政志は腕を組み、捻らせながら言う。
「う〜ん…ハチロクに関しちゃ…熟知してるけどよォ。俺からそれを聞いて、自分だけ有利に進めるってのは、不公平なんじゃねえか?」
「それくらい自分でも分かっているさ…。でも、拓海とやるからにはドラテクだけじゃ厳しいんだし。ハチロクについて、一から知る他ないんだからさ。そこを何とか頼むよ、おじさん…」
タケルが手を拝ませるように、政志にお願いしていくが。政志は大きいため息をついてはこう話す。
「はぁ…わかったよ。文太のハチロクがどんなセッティングをしてあるかまでは言えねえが、代わりにハチロクの特性と弱点だけは教えてやるよ」
「本当に!?」
「ただし…。バトルするからには、絶対に勝ってくることだ。そうしなきゃ、お前さんの親父に会わす顔がねえからな…」
「ラッキー!!これなら、拓海と互角に渡り合えそうな気がしてきたよ。サンキューおじさん…!!」
「やれやれ…。この調子じゃ、こいつが自分の力で自立していけるかどうか、心配になってきたな…」
政志はハチロクについて、可能な範囲内で教えるとタケルに言い。まるで欲しかった玩具を貰った子供みたいにはしゃぐタケルを見た政志は、自分の子供のように温かく見守るのだった。
数日後
秋名山 頂上
タケルや拓海を含む秋名の走り屋達にとって馴染み深い場所である、秋名の旧料金所跡にて。
二人のバトルを見届けようと、スピードスターズを始め多くの走り屋達が駆けつけており。
スタート地点には、二人が涼介とバトルした時と同じか、それ以上のギャラリーが詰まっている。
「ねえイツキ…。僕と拓海がバトルをするだけで、こんなにもギャラリーが集まるものなのか?」
「そりゃあお前と拓海は、今じゃ群馬を代表する走り屋なんだからよ。その二人がバトルするとなれば、見に行かないわけにはいかねえだろ」
「ああ、お前から拓海とバトルすると聞かされた時は驚いたよ。今まで一緒に走ってきたお前達二人が、まさかバトルすることになるなんざ、想像してなかったからな」
イツキと池谷が今ではタケル達は秋名は愚か、群馬に名を轟かせてるから、これだけのギャラリーが押し寄せるのも当然のように言っていく。
すると、麓からは見慣れた車が集団で押し寄せてくるや、ギャラリーはその車を観て歓声を上げる。
「おおっ、高橋啓介とレッドサンズの走り屋達じゃねえか!!」
「やっぱり、秋名のハチロクと弾丸が走ると聞けば、来るのも頷けるしな…」
秋名の頂上に現れたのは、レッドサンズの高橋啓介とその取り巻きであるケンタと真希だ。
啓介が二人を連れて、タケルの元へ歩み寄ると。タケルに話しかける。
「よぉ…。今夜、藤原とやり合うんだってな…」
「ええ。拓海からバトルしてくれと頼まれた形でこうなりましたけど。わざわざ見に来てくれて、ありがたいです…」
「ふんっ。全然嬉しくねえくせに、よう言ってくれるな…。藤原の奴はまだ来てねえのか?」
「そうなんですよ。自分からバトルの申し込んでおきながら、遅れるなんておかしいですけど…。拓海が遅れてくるのは、今に始まったことじゃないですしね」
「確かにな…。いつも藤原はハチロクに乗って最後にやってくるからな…。ま、あいつらしいと言えば、あいつらしいが…」
啓介が鼻を鳴らしながら拓海が来るのを待っていると、そこへ聞き慣れている4A-Gの咆哮するようなサウンドを響かせながら、こっちへ近づく車の存在に、タケルを始めとする皆がその方向に目を向けていく。
「やっと来たか…。ったく、いつも肝心な時に遅れて来やがって…」
「まあ、落ち着いてくださいよ啓介さん。秋名のハチロクが遅れるなんざいつものことだって、さっき自分で言ってたじゃありませんか」
「そうだぞ。遅かれ早かれ、藤原とタケルのバトルが始まるのに変わりはねえんだ。少しくらい余裕を持ちなよ」
啓介がケンタと真希に宥められながらも、ハチロクがこっちに来るのを待ち構えていると。ハチロクは既にスタートラインの近くに停めてあるスイスポの近くに来て車を停め。
中から拓海が降りてくるや、ギャラリーは再び歓声をあげるのだった。
「遅いぞ拓海…。こっちは10分も前から来てたんだからね」
「悪い…。ちょっと、この車をセッティングするのに時間が掛かって…」
「ん?セッティングに遅れたって、そんなの…親父さんかおじさんに頼めば、すぐにやってもらえたんじゃなかったのか?」
「いや…お前とバトルするのに、ハチロクのセッティングだけは自分でやった方がいいと思って、それで親父に見てもらいながら、こいつを仕上げてきたところだったんだ…」
「…そっか。そう聞かされたからには、尚更負けるわけにはいかないね。僕もスイスポを弄ったし、互いに全力を尽くそうか…」
拓海がタケルとバトルするのに、ハチロクをセッティングしたと聞いたタケルは、自分もスイスポを対ハチロク用にしてきたと返すが、その二人の間に啓介が割って入る。
「…どうやら、思いの外面白くなりそうだな、今日のバトルは…。なら、お前と藤原のバトルのカウントは俺がやってやるよ…。それでいいよな?」
「ちょっ、待ってくださいよ…!!秋名の走り屋であるタケルと拓海のバトルのカウントを、どうしてあんたが数えると言うのですか!?そこは同じ秋名の走り屋の俺か池谷先輩がするべきじゃあ…」
「落ちつけイツキ…。あんたがそれをやる理由ってヤツを、聞かせてくれるよな」
啓介がタケルと拓海のバトルのスターターをやると言った直後、イツキが異を唱えるが、池谷に抑えられ。池谷が何故啓介がスターターするのか理由を聞くと、啓介はこう返す。
「お前らの言う通り、こいつと藤原は秋名の走り屋だ。だが、春になれば俺と同じ兄貴の新しいチームに入るだろ。なら、同じチームになる俺がこのバトルのカウントをやっても、問題はねえんじゃないか?」
「た、確かに…」
啓介からそれなりの理由を聞かされた池谷は言い返さず、啓介がスターターをすることを認めるが。イツキは、自分が二人のバトルにカウントをやることができず、歯軋りをする。
「んじゃ、役者は揃ったんだ。お前ら二人、とっとと車を並べることだな。俺達レッドサンズも、バトルが進められるよう手伝ってやるよ」
「ああ、協力してくれて助かるよ…。今夜はスピードスターズやレッドサンズなど関係ないからな…」
啓介の言葉を皮切りに、池谷もそれに頷き。秋名ではタケルと拓海のバトルが無事にやれるよう、準備を開始していくのだった。
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