本編もできる限り、更新していきながら外伝も書き続けますのでよろしくお願いします。
秋名山 5連続ヘアピン
「どういうつもりなんだ。兄貴がスイスポとランエボのバトルを観に来るなんざ、何の必要性があるっていうんだよ?」
「別に大した理由はないさ…。長町さんから、バトルしてるランエボのドライバーにもしものことがあれば、応急措置をするよう、頼まれて来ただけだからな…」
秋名を走る上で難関とされる5連続ヘアピンの路肩の上に、高橋兄弟の二人が立ってはコースを見つめる。
「ん?そのもしものことってのはどういうことだ?…兄貴の先輩だっていう医者がそこまで言うってことは、ランエボに乗ってるドライバー…、ヤベえものを抱えてるんじゃねえよな?」
「ふっ。そこまで勘が鋭いところは流石だな…。大方、お前の予想通りだ…。彼女には、途轍もない病がのしかかっている」
涼介は龍我から藍璃の病状について聞かされていた為、表情を変えずにバトルを静かに観ていく。涼介の言葉の裏に隠された藍璃の状況を、啓介はまだ知らないでいたのだった。
タケルと藍璃の秋名でのダウンヒルバトルが開始され。
先行は藍璃のエボⅩが立ち、タケルのスイスポがその背後後に張り付いた。
1つ目のコーナーに差しかかると、藍璃はアクセルをベタ踏みしながら、派手なパワードリフトで車体を滑らせながら、力強く曲がり抜け。
タケルは即座にヒール&トウを決め、3速から2速に素早くダウンシフト。
軽快なステアリング操作でリアをコントロールしながら、藍璃に食らいつくようにコーナーを抜けていく。
次の直線で加速した直後、藍璃は再びパワードリフトで2つ目のコーナーを攻め込み。
その滑らかで力強い立ち上がりに、タケルは思わず息をのんだ。
「(…あのエボⅩ、パワードリフトで攻めながらコーナー出口で一気に加速してる…。車重の重いエボⅩでそれをやると、普通ならターボの繋がりが遅れる筈なのに…。全くそんな感じがない…。しかもシフトの繋ぎが異常にスムーズで。2速から3速へのアップも殆ど間がない…。もしかして、あのエボⅩは、SST仕様の車なのか?)」
タケルは藍璃のエボⅩがSST仕様ではないかと気付き始め、藍璃はステアリング裏のパドルシフトを巧みに操りながらエボⅩを走らせ、殆ど間を感じさせないシフトアップを繰り返しながら、秋名のコーナーを駆け抜けていく。
「(もしあのエボⅩがSST仕様になってるとしたら…ますますヤバいかもしれない…。MTのスイスポだとクラッチを踏んでシフト操作しないといけないから、どうしても変速時に僅かなタイムラグが出てしまう…。でも、SSTのエボⅩなら、ドライバーが自らギアを変える必要がないから、そのまま突き進めるし…。パドルシフトの車を相手に、どう攻略するかが、勝負の鍵を握ると言っても過言じゃない…)」
SST仕様のエボⅩにジリジリと引き離されながら後追いを続けるタケルは、それに離されないよう。食いついてい句が。
勝負はまだ前半を走っていながらも、緊迫した空気に包まれるのであった。
「(タケル君って言ったわよね。あなたが、あの秋名のハチロクと肩を並べる程の走り屋だと言うのなら…。ハチロクが高橋涼介とのバトルで見せた
藍璃は、拓海が涼介とのバトルで見せた“羽”。
あの圧倒的な加速と飛翔感を、タケルに見せろと言う。しかしタケルの走りは拓海とは根本的に異なるのを、タケルに、再現することができるだろうか…。
秋名山 ゴール地点
「もうそろそろ、バトルが始まった頃ですかね…」
秋名の下りのゴール地点である麓の駐車場には、拓海やイツキ達が集まっては、タケルと藍璃のバトルをギャラリーしに来ていた。
開始から数分経った今も、拓海達は二人が麓に下りてくるのを待っている。
「にしても意外だったな。あんな可愛らしい女の子が、イツキと同じハチゴーに乗ってて、今じゃランエボに乗ってるなんて…」
「そうですか?俺からすれば、どれに乗っていようが大して変わらない気がしますけど…」
「はぁ?拓海、お前マジで言ってんのか!?ハチゴーとランエボじゃ、性能差が全然違うんだろ!!」
拓海のあまりにも呑気な発言に、イツキが即座に突っ込み。拓海は相変わらずボーッとした顔で、首を傾けながら話を聞く。
「それよりも池谷先輩。彼女が乗っているランエボって、今まで拓海やタケルがバトルしてきたのとどう違うんですか?」
「う〜ん…俺もエボⅩの詳細はよく知らねえけど、前にうちのスタンドで給油した時に中をちょっと見たんだが…。あのランエボは確か、オートマになってたぞ」
「オートマ?それって、自分でギアを変えずに走ってるってことですか?」
「まあ、今時の車はオートマが普通だし、彼女の選択はあながち間違ってねえからな」
「えぇっ!?スポーツカーっていったら普通マニュアルじゃないですか。それなのにオートマでスポーツカーに乗るなんて、ダサいとしか言いようがないっすよ…!!」
「そうとも言い切れないぞ。もし池谷の言ってることが本当なら、タケルがバトルしてるエボⅩは、これまでで一番の強敵になるかもしれないからな」
「あれ?勇さん?」
イツキがオートマをダサいと言った直後、突然声が飛んできては、拓海達全員がその方向に顔を向けると、そこにはタケルの先輩である古関勇が立っていた。
「よっ、久しぶりだなイツキ。それに拓海も…。お前ら、しばらく会わないうちに随分走り込んでるみたいじゃねえか…」
「いえ…。そうとも言い切れないですよ。俺なんて、まだまだですから…」
「それよりも勇さん!さっき、エボⅩが一番の強敵だと言ってましたよね?それってどういうことなんですか?」
「おっと、話が逸れてたな。お前達は知らないかも知れないが、エボⅩのオートマ車はSST仕様になっていて。ドライバーが自らがシフト操作をしなくても、自動で最適なギアに切り替わって、速く走れるようになってるんだ」
「SST?それって普通のオートマ車とどう違うんですか…?」
拓海が困惑した顔で尋ねると。勇は少し考えながらこの場にいる全員に説明を始めた。
「SSTっていうのは、三菱自動車が開発したデュアルクラッチトランスミッション(DCT)の略称なんだが。偶数ギアと奇数ギアを二つのクラッチで独立して制御することで、MTの素早いシフトとATの滑らかな繋がりを両立させた技術のことを指すんだ」
「へぇ〜。じゃあ、オートマでありながら、マニュアルみたいに車を操れるってことですね」
「大雑把に言うとそうだ。普通のオートマより変速が速く、しかもパドルシフトで自分でギアを選べるから、スポーツ走行でもかなり有利になるのがSSTの利点だからな」
拓海が勇の説明を聞いては関心するも、イツキは不満そうな表情を見せながら口を出す。
「でもですよ、勇さん!!いくらランエボにSSTが付いてるからって、オートマであることに変わりはないじゃないですか!!そんな車に乗ってバトルに勝とうとするなんて、彼女に恥ずかしいという気持ちがないのですか!?俺だったら絶対に、自分でギアを操作して走らせる方がいいですよ!!拓海、お前も絶対そう思うだろ?」
「え?…まあ、イツキの言うこともわからなくはないけど、俺としては…どっちがどう優れてるかなんて、あんまり…」
「お前、相変わらず古い考えに固執してるな…」
マニュアル至上主義を貫くイツキに対して、勇は深いため息をついては語る。
「いいか、イツキ。レースの世界じゃ、パドルシフトが主流で。僅かな操作の差がタイムに直結するモータースポーツにおいて、3ペダルのHパターンは正直、時代遅れと言っても過言じゃないからな」
「うぐっ…で、でも…」
「まあ、マニュアルに拘ろうとするのはお前の勝手だが、パドルシフトを相手に、マニュアルで挑むのはかなり愚策だ。高性能な電子制御の車と真正面からやり合おうとするなら、拓海や高橋涼介もしくは弟の啓介並の鋭い感性がなきゃ、対等に渡り合えないのは誰から見ても明白なんだよ…」
「…そ、そうでありますか」
パドルシフトを相手に、マニュアルで挑もうとするのは無謀だと勇がハッキリ告げ。イツキは不満を露わにしながらも勇の言うことに納得する他ないのであった。
高峰展望台付近
「(速い…!!ドライバー自らシフト操作する手間を省くだけで、こんなにも速く走れたりするのか…!?)」
バトルは中盤戦へと突入し。
二台のポジションは依然として藍璃のエボⅩが先行し、タケルのスイスポが後方から追う形を保っている。
タケルはコーナーを抜ける度に、3速から2速へ素早くシフトダウンし、再び3速へ上げながら必死にスイスポを走らせる。
その一方で、藍璃はパドルシフトを流れるように操作し、ギアを下げてコーナーを抜けると、右手でパドルをカチカチと素早く押して即座にギアを上げる。
僅かな操作の差が、勝負の鍵を握るバトルにおいて、その差はジリジリと、確実に広がっていった。
「(…行ける。このままのペースなら、この先の5連続ヘアピンで更に差を広げられる…)」
藍璃はスイスポとの距離を意識しながら、スムーズにステアリングを切り、ランエボを巧みに操っていた。
しかし、中盤のS時カーブを抜けようとしたその瞬間、
「!!」
突如藍璃の体が激しく震え、口から血を吐き、彼女はステアリングを強く握りしめながら顔を歪めた。
走りが一瞬、大きく乱れたが、幸いにもコーナーを抜けきった直後だった為、車の姿勢制御が大幅に崩れることなく、体勢を立て直して、走り続けることができた。
「(なんだ、今のは…!?一瞬…エボⅩの動きがおかしかったけど…。もしかして彼女、本調子じゃないってことなのか…?)」
後ろからエボⅩを追うタケルは、走りに一瞬の異変を感じ取るが。藍璃はすぐに修正し、再び平常通りの走りをする。
そのことで、タケルの疑念はかえって深まるばかりだった。
「(とりあえず…こっから先、どこで抜くかだが、SST仕様のエボⅩを相手に勝負を仕掛けようとするなら、5連続ヘアピンのS字コーナーで決着をつけるしかないか…)」
タケルは、5連続ヘアピンで勝負を決めに行くと判断すると、エボⅩに離されないよう、後方から食らいつきながら追走を続けるのだった。
秋名山 5連続ヘアピン
「なんだって!?ランエボのドライバーは、そんなヤバいものを抱えてるというのか!?」
「そうだ…。普通なら、運転させるだけでも無茶な話だが、彼女はその苦しみを堪えながら、秋名の下りを走っている」
藍璃の病状を涼介から聞いた啓介は、声を荒げては驚愕するが。涼介は表情を変えず、コース上に視線を固定したままバトルを静かに見つめ続けていた。
「兄貴…!!もしその話が本当だとするなら、何故止めようとしなかったんだよ!!長町って医者が言う
啓介は涼介を激しく非難していくも、涼介は僅かに顔を強張らせながら、口を開く。
「勿論、俺も長町さんから話を聞いた時に止めたさ。だが、彼女は頑なにやり遂げたいと言って聞かず、長町さんも完全に根が折れてバトルを許可したんだ…」
「だとしても…。もしそれがバトルの最中に出始めたらどうするんだよ…!?最悪の場合、ここで119番通報しなきゃいけないかもしれないってのに…!!」
「啓介…。お前が今更何を言ったところで、もう手遅れだ…。長町さんも病院を辞める覚悟で彼女をここまで送り届けた以上、このバトルは…どちらかが先に麓に辿り着くまで終わらない」
「……!!」
涼介が残酷な現実を告げると、啓介は涼介を睨みつけていくが。
その直後、二人のすぐ近くで甲高いスキール音が響き渡り。
「兄貴…このバトルが終わったら、長町って医者とじっくり話をさせて貰うからな!!」
「…好きにしろ」
そう言っては、再びコース上に視線を固定する涼介に、啓介も不満を押し殺しては兄の隣でバトルを見つめるが。このバトルは、一体どうなるのだろうか…。
「(いよいよ5連続ヘアピンに突入する…。通常なら溝落としで広げたいところだけど、向こうはそれを分かっているのか、ラインをしっかり塞いでは溝落としを封じている。…ランエボ相手に、溝落としが使えないんじゃ、どうしようも…)」
タケルは5連続ヘアピンで溝落としによる仕掛けを画策したが、藍璃はそれを許さなかった。
以前、タケルがこの5連続ヘアピンにて、立ち上がり重視の溝落としを使って涼介に追いついたシーンを間近で観ていたからか、藍璃は同じ手を封じるように的確にラインを塞ぎ、タケルの攻撃を封じこめる。
「(…どうする?お得意の溝落としが封じられているんじゃ、あなたはこの先、抜き返すチャンスはないわ…。コーナーからの加速も、シフト操作も上をいくこのエボⅩに、どう攻め込んでくるのか、じっくりと見せてもらうわ…)」
藍璃はスイスポに抜かれまいとラインを封じながら、バックミラー越しにタケルの走りを鋭く観察していく。
タケルはランエボ相手にどう攻め込むか、必死に考えていくが、やがてある一つの作戦を思い付いた。
「(…これをやったら、あの人の技を真似してるようで申し訳ないけど…。この状況を覆すのに、他に方法がないんじゃ…やるしかない…!!)」
タケルはダメ元で思いついた作戦を実行に移すことにした。
5連続ヘアピンに入ってすぐに、イン側を抑えつけているエボⅩの横に並び、サイドバイサイドの状態で立ち並ぶと。そのまま加速をしていく。
「兄貴…!!スイスポはアウトから攻めるみたいだぞ…!!イン側を抑えられては抜き返すことなんざ、できねえってのに。あいつは何をするつもりなんだ…!!」
「……」
啓介はタケルがアウトから攻め込むのを見ては、ここでインを抑えられた状態で、抜き返すのは難しいと言い。
だが涼介は、目前で繰り広げられるこの展開を、タケルがどう巻き返すのか。じっと見ていくのであった。
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