狂って歪んで 作:むきむき
やっぱり持つべきものは友だよ。がちで。
手に持ったお姉ちゃんへの贈り物を見てそう思う。てっきりアクセサリーでも買うのかと思ったら、ふつうにチョコだった。溶けやすいやつ。これで指に着いたチョコを舐めて誘惑するのがいいらしい。ほんとか……? 二次元の話じゃなくて? リアルでやったらくそ痛いやつじゃね? と思わないこともないがまぁ美少女だったら何やっても許されるだろうという結論にいたり購入を決意した。わたし一人ではそんなぶっ飛んだ案は出なかった。たしかにそれくらい攻めてかないとダメかなぁと思ってはいたのだ。結構ボディタッチしてるのに襲ってこないし。
告白すれば一瞬で襲ってくれると思うが、慕ってくれている実妹に手を出した背徳感と罪悪感に歪んだ顔が見たいのだ。見たらすぐネタバラシするけどね。歪んだ顔もいいけど好きな人には笑っていてほしい。
いや〜緊張するな〜。まず今日のこと話すでしょ。で、ありがとうって言って、お礼にチョコ食べて、指ぺろぺろしてわわーってなって告白や!
やったるで〜! ワイはいつも告白しようとしてるくせにいつまでも告白しない褐色高校生探偵やないんや! そうと決まれば家までダッシュやで!
うおーー! コトノ、いきまーす!
♢♢♢♢♢♢
晩ごはんを作りながら琴乃の帰りを待つ。今日は両親もいない。だからいつも賑やかな広いリビングにはどこか寂寥感がある。
晩ごはんと言っても手の凝ったものではなく簡単にカレーライスを作っている。切った野菜とカレールーと水を鍋に入れたら出来上がりだ。ん? 肉がないって?
肉は怖くて切れない。肉なしカレーだ。ちなみにお米の炊き方もわかんないから米もない。これをカレーライスと言っていいのだろうか?
「はぁ……」
カレーライス? に使う野菜たちを切りながら、ため息をこぼす。
いくら簡単とはいえ、包丁を使っているときにあまり考え事をするのは良くないのだが今日は少しメンタルをやられてしまったからしょうがない。
具体的には、今も琴乃はわたし以外に笑顔を向けてるんだろうなー、とか、きっとわたしのこと忘れて楽しんでるんだろうなー、とか、めんどくさい彼女みたいなことを考えている。全部わたしが望んだ通りのことだというのがまためんどくささを加速させている。
「はぁ……」
ため息が止まらない。琴乃の依存を直そうとか偉そうなことを言っていたが自分も大概、琴乃に依存していたらしい。今だって寂しさのあまり、ブロッコリーが琴乃に見えてきている。ていうかブロッコリーってカレーに使わなくないか? ……切る前に気づきたかったな。
「はぁ……」
やっぱり考え事をしながら料理してはいけない。よく見たらきゅうりも切ってるし。…………これも学びだな。学びって言っとけばなんとかなる。ならないか。
今日の晩ごはんはきゅうりとブロッコリーの入った緑多めのカレーライスになりそうだ。
「おいしいかなぁ……どう思う?」
ついにブロッコリーに話しかけてしまったが、頭がおかしくなったわけではない。ただちょっと琴乃に似ててかわいいなって思っただけだ。
《お姉ちゃんが作ってくれたならおいしいに決まってるブロ!》
「そう? そうかな?」
《そうブロ!》
「ありがとう……かわいいね」
《え! は、はずかしいブロォ〜》
頬を染めて照れるブロッコリー改めブロッコトノ。このブロッコトノちゃんは食べないでおこう。食べるなんてそんなかわいそうなことできない。
「今日から君はわたしの新しい家族だ」
何か入れるものないかな? 一口サイズのブロッコリーにちょうどいいような……納豆の容器だ!
納豆を冷蔵庫から取り出し、中身を鍋にぶちこんで納豆の容器を手に入れる。今日の晩ごはんは肉なし米なしブロッコリーきゅうり納豆カレーライスだ。ナニコレ?
納豆の容器を洗ってねばねばをとったら少し水を入れ、そこに愛しのブロッコトノちゃんを住まわせる。
「ようこそ我が家へ」
うんうん、いい感じだ。ブロッコトノちゃんも声をあげて喜んでる。家族にブロッコリーが加わって西園寺家は四人一房の家庭になった。さっきまで一人で寂寥感のあったリビングに彩りが……! すごいよ、ブロッコトノ!
それだけじゃなくよく見ると全てを包み込んでしまいそうな抱擁感も感じられる。だてにCO2吸って世界救ってるだけあるね。わたしの悩みも吸ってくれそう。
「そうだ! ブロッコトノちゃん聞いてくれる? 今日ね、琴乃が」
「ただいま〜」
「…………おかえり、早かったね」
「お姉ちゃんに早く会いたくて走ってきたもん」
嬉しい。けどさっきの会話が聞かれていないかが気になり過ぎてそれどころじゃない。まぁ大丈夫。たぶん大丈夫。きっと大丈夫。
「お姉ちゃんさっき誰と喋ってたの?」
「……誰とも喋ってないよ」
「えーほんとにー」
「それよりもその袋どうしたの?」
「絶対誰かと喋ってたと思うんだけどなー」
「その袋どうしたの?」
「これはまだ秘密! ‥……ねえ誰と」
「あ! 走ってお腹空いたんじゃない? 今日はお姉ちゃん特製カレーライスだよ!」
「え! やったー!」
やったーやったーとはしゃぐ琴乃を見て胸をおろす。なんとか誤魔化せた。琴乃はカレーライス好きだからね。今日のカレーライスはちょっとだけ変わってるけど大丈夫さ、きっと。
♢♢♢♢♢♢
個性的な味と見た目のカレーライスを食べてお風呂に入る。やっぱり米なしはきついね。琴乃がパン焼いてくれなきゃ食べきれなかった。なんでお米炊けないのにカレーライス作ろうと思ったんだろう。
ぱちゃぱちゃと琴乃の残り湯で遊びながら反省する。でもなんにも用意してくれなかったお母さんも悪いと思うな。
「はぁ……」
今日は本当についてない。どれもわたしのせいなのだけれども。琴乃の口から楽しそうにお友達の話が出る度に胸が苦しくなって、モヤモヤする。琴乃の幸せを私情で祝福できないなんて昔の自分勝手な自分となんら変わっていない。三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。
ざぱりと湯船から上がりシャワーで頭をスッキリさせる。いい加減、この恋に踏ん切りをつけなければいけない。叶うことはないし、叶ってはいけないのだから。
♢♢♢♢♢♢
それはお風呂掃除も終わってあとはもう寝るだけとなり、リビングのソファに座ってくつろいでいる時のことだった。
「お、お姉ちゃん」
ぎこちない動きで距離を詰めてきた琴乃を不思議に思いながら、いつものようにソファに横並びで座る。
「あ、あのね……その、今日、友達と遊んですっごく楽しかったし、嬉しかったの」
知っている。琴乃の楽しそうな笑顔をこの目で見たのだから。
「わたし、お姉ちゃんがいるから友達なんていなくてもいいって思ってた。だから、お姉ちゃんから言われなかったら、友達と遊ぶことがこんなにいいことなんてわからないままだった」
「でも、お姉ちゃんのおかげで知ることができた」
「だから……言いたいことがあるの」
嫉妬、安堵、後悔、様々な感情が胸を渦巻く。
「その……あ、ありがとう」
恥ずかしそうに笑って告げる琴乃。その笑顔にわたしは救われ、狂わされた。
今だって嬉しいのか悲しいのかわからないほど狂わされている。
「でね! お姉ちゃんにプレゼントがあるの!」
後ろ手に隠していた秘密の袋を突き出される。
「開けてみて」
丁寧に丁寧に袋を開ける。中には──
「チョコ?」
「うん! お姉ちゃんチョコ好きでしょ? だからさ、一緒に食べよ」
なんて清らかなのだろう。わたしを信頼し、敬愛するその瞳は。
なんて薄汚いのだろう。彼女の瞳に映る情欲に濡れたわたしの瞳は。
この綺麗な瞳を情欲に溺れさせたい。そうすることができたなら、どれほどの快感を得られるのだろう。
煩悩を振り払うように笑みを浮かべ、ありがとうを返す。
チョコを口に含むと、一瞬でカカオの味わいが舌を覆う。どうやらかなり溶けやすいチョコらしい。
指についちゃった〜、と無邪気に笑いながら指を舐める琴乃。
……なんだか無性に色気を感じるな。琴乃が隣に座ってきたときもそうだったが今日はすぐに琴乃をそういう目で見てしまう。
琴乃にわたしの痕跡を刻みつけて琴乃はわたしのものだと、琴乃に、琴乃の友達に知らしめたいのかもしれない。
「……お、お姉ちゃん」
「……ん? どうし……!」
思考の海から浮上し、顔を上げると拳一つ分は空いていた距離を埋め、両手でわたしの腕をとったかと思えば、ぺろぺろと指を舐め始める琴乃の姿があった。
「んぅ、むぅう」
温かな、それでいて柔らかな舌が指を這う。やがてその可憐な唇で指を食み、チュパチュパと淫靡な音を立てる。
「っはぁ、チョコ、ついてたよ?」
指から口へ、銀糸を引きながらそう告げる彼女に思わず顔が赤くなる。
「お口にもついてる」
それがなにを意味しているのか、すぐにわかった。拒否しなければいけない。これ以上は耐えきれない。そう理解しているのに、身体は金縛りにあったかのように動かない。
彼女が身を乗り出し、まるで正面から抱き合うように姿勢を変えると、風呂上がりの血色のいい顔が視界を埋め尽くし、少しトロンとしたような瞳の彼女はチロリと唇を舌で撫でる。
「っ……!」
「きゃっ」
身に余る情欲に身を任せ、彼女をソファに押し倒す。ふわりと香る彼女の香りに包まれ、まるで脳が溶けてしまったかのような多幸感が押し寄せる。
まだ引き返せる。これ以上踏み込めば、琴乃に深い傷を残し、これまでのような関係には二度と戻れなくなる。
でも……もう我慢できない。心身ともに清らかな彼女を穢し、わたしのことを忘れることができなくなるほど、わたしの存在を刻みつけたい。
サラリと黒髪が垂れ、視界を狭める。もう、琴乃しか見えない。
その日、わたし達は身体を重ねた。
パシャリという音にも気づかずに。