狂って歪んで 作:むきむき
「──っ、ごめん、ちょっと保健室行ってくる」
しばらくぐりぐりと頭を擦り付けながら抱き着いていると不意に陽菜乃がそう言ったのでぬくぬくとした体温を名残惜しみながら手を離す。
しかし保健室に行くとなるとどこか悪いのだろうか? いや、悪くなかったら行かないか、急に授業をサボりたくなったとかなら話は別だが。そういえばさっきから顔が赤くなったり青くなったりしていたが体調が悪かったからかもしれない。
「大丈夫? いっしょに行く?」
「いいよ。一人で大丈夫」
心配なのでついて行こうかと聞けば大丈夫だと返ってくるがこれは大丈夫じゃあないですね。今はしていないとは言え伊達に人の情緒を弄んできていたわけではないのだ。人の心の内を読み取ることには長けている。自慢することではないが。
そしてそんなわたしから言わせてもらえばなんか無理してる感じがすごい。……おかしいな、さっきまで普通だったのに。この短期間でなにがあった?
「ほんとに大丈夫? なんか、無理してない?」
「大丈夫だから……ちょっと一人にさせて」
ふむ、普通に聞いても誤魔化すばかりか連れて行ってもくれないと……
ならばこちらも少し卑怯な手を使うとしよう。
「ついてっちゃ……だめ?」
『
これはお目目をうるうるさせて上目遣いでわたし心配ですっ! というオーラを全身から出すことで相手をどんな要求でも聞く操り人形にする魔法だ。これを受けて無事だったものは存在しない!
なんなら手も握っちゃう! もみもみしちゃう! さぁ! わたしといっしょに保健室に行きたいと言え!!
「っ──、大丈夫だからっ!」
!? 振り払われただと!
……ありえない……このわたしが……
そのまま逃げるように教室を去っていく陽菜乃。
そしてそこには呆然としたような絶望したような表情の少女が取り残された……はい、わたしですね。断頭台のコトノです。
おかしいな、お姉ちゃんに試したときは失神するほどの威力だったのに……
バカなことを考えながら割と真剣に追いかけたほうがいいかと悩んでいたら朝のホームルームのチャイムが鳴ってしまった。……よし、ホームルームが終わっても帰ってこなかったら休み時間に様子を見に行こう。そうしよう。
♢♢♢♢♢♢
「か、帰った……?」
「ええ、坂村さんなら先ほど帰られましたよ」
まじ? 全然すれ違わなかったけど……もしかして行き違いになっちゃった?
にしてもそんなに体調悪かったのか。後でお見舞い行こーっと。かーっ! 全く! 世話の焼ける奴だな!
やれやれ、素直じゃないんだからと本当はめちゃくちゃ体調の悪かった陽菜乃にお見舞いに行く旨を伝えようとスマホを取り出した瞬間、琴乃に電流走る。
そういや今日はお姉ちゃんとお出かけするんだった……と、
流石にお姉ちゃんをお見舞いに連れて行くわけにはいかない。陽菜乃はお姉ちゃんに会ったことないしね。
友達か恋人か……究極の選択!
……うーん、まぁお見舞いって言っても何時間もいるわけじゃないし、最悪お姉ちゃんとお出かけ出来なくてもお家でイチャイチャ出来るし、先にお見舞いに行って大丈夫そうだったらお姉ちゃんとお出かけしよう。ダメそうだったらしばらく居てわたし直々に看病でもカウンセリングでもしてやるぜ!
今日の行動方針も決まったところで改めて連絡をしようとすると今度は授業開始のチャイムが学校内に響き渡る。
やばい、次体育だ。早く着替えないと!
スマホをポッケに戻し、廊下を駆ける。連絡はまた後でいいでしょ!
♢♢♢♢♢♢
体育の時間です。
今日は初めての体育なので体力テストをやるらしく「基本二人ペアでシャトランとか腹筋とかをしてね」と先生が言っていた。周りを見ればみんな仲良しペアできゃっきゃっしててすごく楽しそうである。いいなー。
わたし? わたしはすごく不安だよ。別に運動出来ないわけじゃないんだけどね。むしろ出来る方だし。
じゃあなんで不安かって? わたしの横を見てごらん。カヒューッカヒューッと今にも死にそうな息遣いのやつがいるだろう。それが答えだ。
信じられるか? こいつシャトラン二十回やっただけなんだぜ。必死という言葉がこれほど似合う人間をわたしは見たことがない。ほんとに死んじまうよ。
今は慰め程度に背中をさすってあげている。てか汗やば、手がべちょべちょなんですけど。
簡単に今の状況になった経緯を説明すると
保健室行ってて授業遅れる→ペア作りで余ってうろうろしてた陰山とペアを組まされる→気まずいから「シャトラン勝負しない?」と持ちかけ仲良くなろうとする→陰山がヤムチャした
という感じだ。
なにが悪かったのだろうか。シャトランで勝負を持ちかけたせいか? いや、わたしが百回までやったせいか? それとも勝てたらなんかしてあげるって言ったせいか? ……たぶん全部だな。もしわたしがなにも悪くなくてこれがこいつの平常だった場合コイツの頭はイっちゃってる。ガチで危機感持った方がいいと思うよ。
でもぶっちゃけわたし悪くないよね? だってそんなに運動出来ないとは思わないじゃん。二十回で辞めるやつはいるが本気でやって二十回のやつはなかなかいないと思う。最初ボケかと思ったくらいだもん。すぐにガチだって気づいたけど。
「大丈夫? 保健室行く?」
今日はシャトランだけだから後は残りの後半組が終わるまでなにもしなくてもいいが流石にそれまでに回復するとは思えない。正直このまま置いていってもいいかなー、と思わないでもないが今日はわたしは一味違う。なんたってお姉ちゃんの彼女だからね。どこに出しても恥ずかしくない模範的なお嫁さんを目指しているわたしは保健室に行くことを勧める。なんか今日は保健室に縁があるな。
「カヒューッ、カ、カヒューッ、ヒュー」
……返事待たなくていっか、強制連行だ。
酸素を取り込むことに精一杯で何もできない陰山に肩を貸して無理矢理歩かせる。全く、わたしってなんていいやつなんだ。これは間違いなく将来いいお嫁さんになるね。告白はわたしからしたからプロポーズはお姉ちゃんからがいいなぁ……あ、ちなみにおんぶとかは無理です。汗で汚いので。間違えた、体格的に。
そのまま先生に一言告げて体育館を去る。てかなんかコイツ重くね? もしかして全体重預けてんのか? ……ちょっとは自分で歩けよ。一応わたしもシャトラン終わりなんだから。
♢♢♢♢♢♢
「はぁ……はぁ……」
そうして疲労した体に鞭打ち、ひいこらこきながら脱力した陰山を引っ張ること数分、あまりにも厳しく、困難な道のりを乗り換えついにわたしは保健室の扉の前に辿り着いた。
これが……花嫁修行……か……
正直、舐めていたよ……ここまで過酷なものだったとはね……
階段を登るとき、キツすぎてその辺に捨てたくなった。
足だってもう産まれたての子鹿みたいにぷるぷるしてる。
途中で運ぶことを後悔もした。
なんでこんなことしちゃったんだろうって。
でも、諦めなかった。
そして、今──
扉を越える!
ゴールへと足を踏み出す!
行くぞ!
さらに向こうへ! プルスウルトラ!!