狂って歪んで   作:むきむき

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骨肉之親

 

「はぁっはぁっ」

 

 走る、どこまでも。自分の罪を償う為に。

 

「はぁっ……はぁっ」

 

 自分の罪から逃げる為に。

 

「はっ……はぁっ……」

 

 自分の醜さから目を逸らす為に。

 

「ひっ……はぁっ……ぐぅぅ……」

 

 胸が圧迫され息が詰まる。この感情を吐き出すことに失敗して。

 

「はぁっはぁっ……くっ……うぅ……」

 

 

 

 足が止まる。この行為がただの自己満足だと理解して。

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 気味が悪い。吐き気がする。わたしは一体なにをしていた……? 何も知らない琴乃のことを騙して、利用して、傷つけて。まるで都合の良い道具のように扱っていた。守ると誓ったはずなのに。

 

「うあぁぁぁああ!!」

 

 頭を掻き毟り腰まで伸びた黒髪を振り乱す。

 わたしはもうわたしのことを許せない。

 

 誓いを忘れて琴乃を傷つけていた自分も、

 

 琴乃に謝まらず自己満足の為に逃げた自分も、

 

 未だに無垢な琴乃を穢したことに興奮している自分も。

 

 

 わたしはどうすればいいのだろう。

 琴乃の側にいたい。琴乃から離れたい。琴乃を穢したい。琴乃を守りたい。琴乃琴乃琴乃琴乃……

 どれが本音かわからない。

 どの自分が本当の自分かわからない。

 自分の意思が信じられない。

 あふれそうになる涙を必死にこらえるが、その努力も虚しく頬を涙がつたう。頭がズキズキと痛い。とりあえず琴乃に謝ろう。考えるのはその後でもいい。謝っても、琴乃には意味は伝わらないだろうけど……謝らなければ気が済まない。また自己満足だ。自分が嫌になる。でも、何かをしていないと罪の重さに押しつぶされてしまいそうで……

 ────涙が口に入る。どんな味をしているのか、まるでわからなかった。

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 家までの道のりをゆっくり歩いていく。

 空には曇天が広がっていて、一筋の光もさすことはない。

 謝れば琴乃は許してくれるだろう。何をされたのかも理解していないのだから。琴乃は五歳でわたしは七歳。ならばこのことはすぐに忘れるはずだ。将来蒸し返すこともない。よしんば覚えていても幼少期の無垢なエピソードとなる。

 だけどこれまで通りの関係は難しい。わたしが許せない。

 そうなると琴乃を遠ざけることになる。琴乃はわたしに嫌われたと悲しんでしまうだろうか。

 ……それは嫌だな。

 なら今まで通り接する? 

 いや、いずれ抑えきれなくなるほど膨らんだ劣情に飲まれて同じ過ちを犯すだろう。

 ふと、顔を上げる。思考の渦にハマっているうちに、いつの間にか家の近くまで来ていたらしい。

 いざ家に入ろうとすると足がすくむ。遠くからわたしの名前を呼ぶ声がした。お父さんだろう声の持ち主は何度も何度もわたしの名前を叫んでいた。入れ違いになってしまったようだがきっとわたしのことを探してくれているのだろう。

 ──そんなに必死になって探す価値がわたしにはないのに。

 結局琴乃に会う勇気が出ず玄関の前で蹲る。なんだか疲れたな……。身も心もボロボロになってしまった。こんなわたしにはお似合いかもしれない。そう思うと少し気が軽くなって、瞼が重たくなる。こんなところで寝てはいけない。早く琴乃にあやまらなければいけない、のに……どんどん……めのまえが……くらく…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが泣いている声がした。

 

 

 誰かはわからない。だけどわたしが守ってあげないと……

 

 

 不思議とそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒する。

 

 その声に小難しい考えは吹き飛ばされる。

 

 今はただひたすらにこの声の主を抱きしめてあげたい。

 

 

「はぁっはぁっ」

 

 走る、声のする方へ。彼女の名を呼ぶ為に。

 

「はぁっ……はぁっ」

 

 彼女を安心させる為に。

 

「はっ……はぁっ……」

 

 彼女をこの腕で抱きしめる為に。

 

「ひっ……はぁっ……ぐぅぅ……」

 

 胸が圧迫され息が詰まる。この感情はきっと嘘じゃない。

 

「はぁっはぁっ……くっ……うぅ……」

 

 

 

 足は止められない。彼女の慟哭を止められるのは、きっとわたしだけだから……

 

「琴乃!!」

 

 リビングの扉を力任せに開けその名を叫ぶ。

 そこには……

 泣き腫らした目で呆けたようにこちらを見つめる琴乃の姿があった。

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

「ごめんっ……!」

 

 彼女を胸にかき抱く。数時間しか離れていないのに、まるでずっと会っていなかったような気がする。

 

「ごめんねっ……!」

 

 なにに対して謝っているのかよく分からない。だけど、言わずにはいられなかった。

 

 胸に軽い衝撃が伝わる。琴乃が顔を埋めていた。

 

「なでろ」

 

 怒っているのか、いつもより少し強い口調で甘えられる。

 

「……ごめんね、寂しかったよね……」

 

 小さな頭を優しく撫でる。

 寂しさを晴らす為に、わたしはここにいるよと安心させる為に。

 

「おかしよこせ」

 

「……ふふっ」

 

 そのあまりにも可愛い要求に思わず笑ってしまう。

 

「あとでいっぱいあげるね」

 

 中々きつい要求だが、それが償いになるのならばいくらでもあげよう。

 彼女はわたしの匂いを確かめるように、何度かわたしの胸の中で息をする。わたしも彼女を強く抱きしめ、匂いを確かめる。いつの間にか、心は落ち着いていた。彼女を安心させるどころか安心させられてしまったらしい。……やっぱり琴乃はすごい。

 

「だっぷんしろ」

 

「!? ど、どうしたの??」

 

 

 …………きっとわたしを笑わせようとしてくれたのだろう。渾身のギャグが滑って耳まで真っ赤にしながらぐりぐりと頭を擦り付けている。琴乃はギャグのセンスもすごい。

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢♢

 

 

 

 

 

 

「詩織」

 

 わたしと琴乃が落ち着いたのを見てお母さんが少し涙を溜めた顔で話しかけてくる。

 

 ────パチン! 

 

 

 力の込もっていない手で頬を叩かれる。けれど込められた想いは計り知れない。

 

 涙をこぼしながら、無言で琴乃ごとわたしを弱々しく抱きしめる。

 

 

 ドタバタと音がする。

 

「詩織!」

 

 お父さんが安堵の表情で駆け寄ってくる。

 

 

「無事で……よかった。本当に……よかった……」

 

 

 声を震わせ、お母さんごとわたしを強く抱きしめる。

 

 

 視界が滲む。

 

 こらえようとは思えなかった。

 

 瞳からぽろぽろと涙があふれて止まらない。

 

 

 

 みんなで抱きしめあいながら泣いている。

 

 涙はとてもしょっぱい味がした。

 

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