直死の魔眼持ちを無職転生にブチ込むだけのお話   作:なゆさん

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はじめての仕事

家庭教師として認められてから一ヶ月が経過した。

 

「シキ、ギレーヌ……僕は今、深刻な問題を抱えています…!」

「……エリスの件?」

「そうです! 読み書きや算術の授業になるといつも逃げ出すし、真面目にやってくれません……」

 

そうなのだ。基本的にルディと私は交代で読み書き・算術と魔術の授業を行っているのだが、エリスはどうも読み書きと算術が嫌いらしい。私には分からない感覚だが、頭を使うのが嫌なんだとか。

 

「……私のときは少し聞いてくれるようになったけど、やっぱりすぐ逃げる」

「シキは先日エリスが尊敬しているギレーヌを目の前で倒してますからね。少しは我慢して言うことを聞いてくれるのかもしれません」

「ああ。次は勝てるかと思っていたのだが、シキが前回より大きく成長していた」

 

ルディとギレーヌの言う通り、先日私はエリスにねだられてもう一度ギレーヌと模擬戦をした。

結果は勝利。今度は【光の太刀】を見切り、■■の技を使わずに勝つことができた。

その頃から、エリスは私に対してそれなりに懐いてくれている。まあ、それでも授業からは逃げられるのだが。

 

「……なんでだろう? 剣術も魔術も読み書きも算術も、全部自らを高める行いに違いはないはず」

「あー、えっと、人には向き不向きがありますからね。シキと違って、エリスは自分の不向きな勉強をすることが嫌いなんです。シキとは感覚が違うかもしれませんが、そういう性格なんですよ」

「……そう」

 

やっぱり私にはよく分からない。不向きなものでも自分を高めるためなら努力は苦ではないと思うが……エリスはそうではないらしい。コレが個人差というやつか。

 

「とにかく! このままではいけません! ――ということで、ギレーヌ、お願いします」

「ああ、分かった」

 

ルディはエリスが一番懐いているギレーヌに頼ることにしたようだ。私が力になれないのは不甲斐ないかぎりだが、ギレーヌならきっと解決してくれるだろう。

今日の読み書き・算術はルディの授業である。うまくギレーヌにエリスを説得してもらえれば、明日からの私の授業もしっかり受けてくれるだろう。ギレーヌを信じて、朗報を待つことにしよう。

 

 

―――その後、授業後にルディが嬉しそうに、ギレーヌがなんとかしてくれたと報告してきた。流石はギレーヌだ。エリスの心をちゃんと分かっている。私も精進しなければ。

 

 

エリスとルディの剣術の指導の時間になった。

ルディは、残念ながら剣術の上達に関しては魔術と違い緩やかなもので、エリスとの模擬戦では打ち合うことで精一杯といった様子だ。なんとか食らいつくものの、いつも一方的に攻められると押し負けてボコボコに打ちのめされている。

 

「ルーデウスもまだまだね!」

「うぬぼれるな。エリスのほうが剣を持ってからの年数が長い。そのうえ年上だ」

「分かってるわ! それにルーデウスには魔術もあるしね!」

「そうだ。――しかし、ルーデウスは相手に攻められると、妙に身体の動きが鈍るな」

 

ギレーヌの指摘には私も同意だ。パウロや私との模擬戦では本気で攻めることがなかったから分からなかったが、ルディは本気で当てる気の攻撃が来ると身体の動きが著しく悪くなるのだ。何故なのだろうか?

 

「怖いんですよ。目の前の相手が本気で襲いかかってくるのが」

 

そういえば、ルディは妙に臆病なところがあった。ロキシーの卒業試験の時しかり、今回の件しかり、やはり生来の気質がそうなのかもしれない。

 

「何よ、情けないわね! そんなんだからナメられるのよ!」

「いや、ルーデウスは魔術師だ。それでいい」

「そうなの? じゃあ仕方ないわね!」

「――すまんが、足のすくむ癖の治し方は知らん。シキは知っているか?」

「……ごめん。私も分からない。ルディが自分でなんとかするしかないと思う」

「だそうだ。自分で何とかしろ」

「はい」

 

力になれない自分が情けない。ルディには、無詠唱魔術を教えてもらった恩と一緒に同じ家で暮らすことを受け入れてくれた恩があるというのに、私は何も返せていない。

 

「ルーデウス! 早く起きなさいよ! もう一本いくわよ!」

「少しは手加減してくれてもいいんですよ?」

「ルーデウスが弱すぎるのよ!」

 

その後もエリスが手加減することはなく、ルディは剣術の時間いっぱいまでボコボコにされるのだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「……ルディ。相談がある」

 

あれからしばらく。私はルディの部屋を訪れていた。

 

「シキ! こんな時間に相談ですか? ……夜に男の寝室に入るのは良くないですよ?」

「あ……ごめん。配慮に欠けてた」

 

そうだ。ルディもこんな夜更けにプライベートの部屋に入られるのは嫌だろう。男という表現からして、ルディのことだからもしかしたら自慰行為でもしようとしていたのかもしれない。

 

「い、いいですよ別に! 冗談です! ……コホン。で? 相談というのは?」

「……エリスのこと」

「エリス、ですか?」

 

ルディのことだから何か考えていると思って何も言わなかったが、そろそろエリスも限界だろう。ここで言っておかねばならない。

 

「……休み、どうするの? そろそろエリスが辛そうだけど」

「―――あ」

 

ルディが驚愕の表情で固まっている。どうやら、失念していたようだ。

 

「あ、明後日! 明後日休みにします! 今後の定期的な休みについては、今回の休みを見て、後日打ち合わせをしましょう」

 

そういうと、ルディは顔を少し青ざめさせながら私を退室させた。あのまま行けばきっとエリスが暴れ出していたから、それを想像してしまったのかもしれない。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

休み当日

ルディ達は街へ降りていった。エリスとルディたっての希望だそうだ。ギレーヌもついて行くことになったが、私は遠慮させてもらった。私が街に行くと、どうにも絡まれることが多いのだ。

 

「フフフ」

「………」

 

そして今、私はエリスの母であるというヒルダとヒルダの自室でお茶を飲んでいた。そして、何故か頭を撫でられている。

 

「フィリップに貴方のことを聞いたのよ。こんなに可愛いのに、とっても強いそうね。エリスのことも守ってくれたらしいじゃない。ありがとう」

「……いや、私だけじゃ助けられなかったかもしれない」

「それでも、助けてくれたのは事実でしょう? 素直にお礼を受け取って頂戴」

「……うん」

「話してみたいと思っていたんだけど、貴方いつも忙しそうだし、私もやることがあるから機会がなくてね」

 

なんだかいつもの雰囲気とは違う感じがする。私に向ける目もなんだか生暖かいような気が……

 

「近くで見ると、やっぱり貴方可愛いわねぇ。身体は大人びてるし鍛えられてるのに、なんだかエリスの小さな頃を見てるみたい」

「……む、そんなに子供っぽい?」

「表情は変わらないけど、なんだか雰囲気が子供っぽいのよ。まるで甘えたいけど警戒して甘えられない子猫みたい。エリスもね、子供扱いされたくなくて甘えるのを我慢してた時期があったのよ」

「……私は、我慢してる気はない」

「そう? 貴方を見てると、放っておけないっていうか、何かしてあげなくちゃって気持ちになるのよ」

 

気づけば、後ろから抱きつかれていた。いつの間にかヒルダは紅茶を飲み終えていたようだ。

 

「――私はね、今までに2度息子を失っているの。ボレアスの伝統でね、政権争いに負けたことであの人の兄に養子に出されてしまった。正直、納得なんてできなかったわよ。なんで私の手の中にあの子達がいないのって。時間が経っても、その思いが弱くなることはなかったわ」

 

……私には想像もできないことだ。何せ私は母親になった経験がないどころか、実母に捨てられている。ゼニスはルディの母親だが私にとっては他人だし、母親として息子を愛するその心中を察することは私にはできない。

 

「でも、貴方を見てるとね。あの子達よりも、貴方のほうが私の力がいるんじゃないかって思えてきたの」

「……え?」

「貴方は強いし、無表情で助けなんて必要ないように振る舞っているけど、遠目から見た貴方はいつもどこか寂しそうだった。まるで赤子のように愛を欲しがってるように見えたの」

 

そのヒルダの言葉はやけに大きく聞こえた。

反論は、あった。納得なんてできない言葉だった。なのに、言葉が喉に詰まってでてこなかった。

 

「ほら、甘えていいのよ? 2人でいる間は、私が甘えさせてあげる」

「……私は、――私は母上から愛を貰ってる。それで十分」

 

なんとか、その言葉が口から出た。

そうだ。あの夜、私は母上の愛をしっかりと受け取っている。私は母上から愛を教えられたのだ。愛を知らぬ赤子などでは断じてない。

母上の愛は、あの温もりは、私の心に今も鮮明に焼き付いている。

 

「――だったら、どうして泣いているの?」

「……………え?」

 

自らの頬に触れる。どういうわけか、大粒の雫が伝っていた。悲しくなんて――寂しくなんて、ないはずなのに。

 

「……なんで、どうして」

「うぅ――もう大丈夫よ! 私が、私が貴方の母上に代わって貴方を愛するから! 家族として!」

 

ヒルダにギュッと抱きしめられた。驚いて上を見ると、ヒルダの目からも涙が零れている。今まで抱きしめられた経験なんてなかったので、なんだかどうしていいのか分からなくて、ヒルダの腕の中で藻掻いてみたものの、頭を撫でられ自然と力が抜けていった。

顔が胸に押し付けられて少し苦しい。けれど、それ以上に温かかった。

 

「大丈夫、大丈夫。私は貴方の母上じゃないけれど、家族として貴方を助けるから。私と2人でいる時は、頑張らなくていいのよ」

「……寂しかった」

 

不意に自身の口から出た一言。

自分でも認識できていなかった、己の奥底の本音だった。

 

「――もっと、母上と話をしたかった。もっと、母上に笑ってほしかった。その笑顔を、見せてほしかった。もっと、私を見てほしかった。もっと、温めてほしかった。もっと、もっと、生きててほしかった」

 

表情は動かない。記憶にある限り、私は表情を動かしたことがない。やり方すら分からない。

――けれど、涙は止まらなくて。やっぱりどうすればいいのか分からなくて。でも、抱きしめてくれている部分が、どうしようもなく温かくて。

 

「母上の愛に、もっと、早く気づきたかった…!」

 

あのときの私は、鍛錬以外にまるで無頓着だった。

血の繋がった親じゃないから。主の命令で成り立っている関係だから。■■の使命以外はどうでもいいから。そもそも■■としての記憶があったから。いろんな理由をつけて母上との関係を疎かにしていた。母上の愛から、目を背けていた。

もし、もっと早くに寄り添えていたのなら、こんな気持ちにならなかったんじゃないか。あんなに悲しい終わりにならなかったんじゃないか。

今まで封じていた弱音が、後悔が、溢れてきた。

 

そんな私を、ヒルダは黙って抱きしめ、背中を優しくたたいてくれていた。

 

 

――その後、涙が止まった私は、休みの日にはヒルダと2人でお茶会をすることを約束してその日は別れた。




ヒルダの性格の描写がどうしても不自然になってしまう…!
結構考えたんですけどこれが限界でした。
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