直死の魔眼持ちを無職転生にブチ込むだけのお話   作:なゆさん

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不得意と役割

時は流れ、季節は冬となった。

私はエリスとともにギレーヌに剣神流を学びつつ、鍛錬を続けている。つい先日、剣神流奥義【光の太刀】を習得し、剣聖の認可をもらったところだ。同じくエリスの成長も著しい。動きはもう中級の中でもかなり上のレベルにまで到達しており、まだまだ成長スピードも衰えていない。もうすぐ上級になれるだろう。

家庭教師の仕事に関しても、着実に前に進めている。

魔術に関してはギレーヌとエリスの2人とも【火球(ファイアーボール)】を習得し、他の魔術も目下練習中だ。

読み書き・算術に関しても二人はよく頑張っている。ギレーヌはもう既にある程度はできるようになり、エリスは波はあるものの、冴えている時はちゃんと正解できるようになったし、何より授業に意欲的で一歩ずつしっかり学べている。

 

そんな充実した生活を送っていたある日の夜、

 

「……エリスのダンス?」

 

部屋で鍛錬をしていると、エリスの貴族作法に関する教育を担当しているエドナから相談を持ちかけられた。なんでも、エリスが半年後に開かれるパーティーでダンスを行うらしいのだが、上達状況が芳しくなく、授業時間を分けてほしいらしい。

 

「ルーデウス様には既にご許可を頂いたのですが、シキ様の授業時間も、一部頂戴いただきたいのです。何ぶん時間が足りず……」

「……そういうことなら構わない」

「ありがとうございます」

 

それにしても、エリスが貴族のダンスとはあまり想像できない。一応私も奴隷時代に同じく奴隷の女性から何か役に立つかもしれないとダンスを習っていた。その女性は没落した名家の令嬢だったらしく、素晴らしい教師だった。

ただ、彼女は元貴族で発育もいい女性だったため高い値段をつけられていたのだが、早くに買い手が見つかり、完璧に私がダンスをマスターする前に連れて行かれてしまった。

今頃どうなっているのか、何もわからない。もしかしたら、もうこの世にはいないかもしれない。

 

「――シキ様?」

「……ごめん、考え事をしていた」

「はぁ、そうですか――それでは、おやすみなさいませ」

 

そう言うと、エドナは部屋を出ていった。

 

「……ダンス、か」

 

久々にダンスを習っていた頃を思い出した。彼女の声を思い出しながら、部屋でリズムをとってみる。

 

『足捌きは軽快さを保ちつつ上品に見せることを心がけなさい――それでは駄目です! もっと力強く!』

 

『身体の芯はぶらさず、常に胸を張って――よし、その調子です』

 

『二人で踊るときに大事なのは、相手に合わせることではありません。相手を自分のレベルまで引き上げることです。いついかなる時でも、自らが主役と思ってください。決して自分を抑えてはいけません』

 

『そうそう。いい感じですよ……そこ! そこでタイミングがズレては身体のキレを活かしきれません! リズムは一瞬たりとも外さないように』

 

『――貴方のダンスも、そろそろ完璧になってきましたわね』

 

『申し訳ありません。私は、ここでお別れです。もはや失うものなどないと思っていたけれど……貴方のことだけが、私の貴族の誇りを受け継いでくれた貴方のことだけが心残りです。あぁ、どうか、その誇りを、我が一族の誇りを忘れないで。ダンスだけではなく、自分を曲げない在り方を、どうか忘れないで。――さようなら』

 

いつしか、私の身体は彼女から習っていた全ての動きを踊りきっていた。

 

「……見せたかったな」

 

口から漏れた。頭に浮かぶのは彼女の顔。滅多に笑わない人だったが、時々見せる微笑みが綺麗な人だった。

今のダンスを見せたら微笑んでくれるだろうか、それともまたダメ出しされるのだろうか。

 

――考えても仕方がないと頭を振ってその思考を断ち、水浴びをしてこの日は眠りについた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「あ、シキ! ここにいましたか!」

 

エドナに授業をあげてできた空き時間。いつものように鍛錬をしていると、ルディがやって来た。

 

「……ルディ、どうしたの?」

「それが、少し頼みたいことがあって。確かシキは、人間語以外の言語も習得していましたよね?」

「……うん。闘神語、獣神語、魔神語、その他にもいくつか習得している」

「実は、空いた時間を使って新しい言語を勉強しているのですが、獣神語と闘神語、そして魔神語の勉強を手伝って欲しいんです。特に魔神語はまったく分からなくて……」

「……確かに魔神語は難しい。ルディが一人じゃ分からないのも無理はない。――分かった。私でよければ教える」

 

鍛錬の時間ならばいくらでもある。ルディには無詠唱を教わった恩があるし、鍛錬の時間を削ってしっかりと教材を作って教えるとしよう。

 

「ああ、それと」

「……ん?」

「シキは、ダンスを踊れたりします?」

「……エリスの件?」

「そうなんです。時々僕も一緒に練習してみているんですが、どうもうまくいかないみたいで……」

 

正直、そうなるんじゃないかと思っていた。彼女が優雅にダンスを踊っている姿など想像できなかったが、やはりうまくいっていないようだ。

 

「シキは教えるのが上手だし、ダンスができるのなら、僕といっしょにエリスにダンスを教えてくれたらな、と」

「……私が、ダンスを教える…」

 

思い出すのは彼女の顔。彼女は何を思って、私にダンスを教えたのか。最後に私に言った言葉からして、きっと、自分の貴族として生きた証として、ダンスの技を残したかったのだと思う。誰かに、ダンスを継いで欲しかったのだと。

でも、私は貴族じゃない。ダンスの技を継いでも仕方がない身分の、薄汚い暗殺者だ。コレは、使う機会がある者が継ぐべきだろう。

 

「……分かった。それも引き受ける」

 

たとえ鍛錬の時間を多大に削ってしまうとしても、■■の技を磨く時間を削ってしまうとしても。きっと、これで良い。これで良い筈だ。

 

「ありがとうございます! きっとエリスも頑張ってくれますよ!」

 

何故か、ルディの笑顔と重なって、彼女が優雅に微笑んでいるのが見えた気がした。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

それからの時間はあっという間だった。

ルディの勉強、エリスのダンス、そして自らの鍛錬。もちろん家庭教師としての授業も手を抜いていない。

 

「……エリス。ダンスは剣術とは違う。そんなに一歩一歩に力を込める必要はない。」

 

「……テンポが早い。剣術と同じでちゃんとタイミングを見計らうことが大切。間違えれば致命的」

 

「……完全に頭で考える必要はない。要所要所を頭で考え、それ以外は身体に覚えさせればいい」

 

エリスのダンスに関しては教えることが多く、時間制限もあったためにかなり厳しくした。何しろエリスは剣術と違う優雅な動きを良しとするダンスがどうしても性に合わないようで、動きが激しくなってしまうのだ。そこの改善は困難を極めた。エドナがうまくいかないのも仕方がないだろう。

また、明確なタイムリミットがあるのはエリスのダンスだが、それ以外のことにも少しの時間も惜しんで取り組んだ。忙しさを言い訳にして他を疎かにするなど、言語道断であった。

 

「シキ、最近寝ていますか? 勉強を頼んでいる僕が言うのも何ですが、もっと自分の身体を労ってください」 

 

ルディにそんなとこを言われたのも一度や二度ではない。しかし、私は睡眠時間を削ったとしても手を抜きたくなかった。今、自分は確かに成長していると実感できる至福を味わいたかった。このやるべきことに溢れた日々が充実していると感じられたのだ。

 

 

そして今日はエリスの誕生日。

屋敷には多くの客人が招待され、大広間には豪華な料理が用意されている。私の役割はギレーヌと交代で会場の警備だ。貴族の礼儀作法を身に着けているとバレたせいで、危うく貴族用のドレスを着させられそうになったが、なんとかいつもの服で乗り切ることに成功した。

ルディは貴族の服を着て、用意されている料理を堪能していた。その図太さは私にはないものだ。なんだかんだ、ルディもかなり貴族に向いているのかもしれない。

 

「エリス様は、大丈夫でしょうか」

 

警備として会場内を徘徊していた私に、エドナが声をかけてきた。

 

「……昨日の練習ではなんとか及第点まで持っていけた。昨日の動きができれば恥をかくことはない」

「確かに、当初私が目指していたレベルには到達しましたが――それでも、パートナーがルーデウス様でなくなった際にどうなるかは……」

「……それは、エリス次第」

 

 

 

 

パーティーは進み、いよいよメインイベントが始まる。

 

「わしに取り入りたい者は孫娘の手を取るがよい!」

 

サウロスの声が響き、緊張の面持ちのエリスに対し、一人の貴族令息が歩み出た。貴族の作法に則り、ゆっくりとエリスの正面に立つ。

 

「私と踊っていただけますか?」

「ええ」

 

――演奏が始まる。音に合わせ、息はあまり合っていないものの二人は順調にステップを踏んでいく。

 

「……あ」

(――違う。ダメだ)

 

エリスのテンポがいつもより速い。相手の令息もルディに比べるとリードが上手いとは言い難く、曲が進むごとにそのズレは大きくなる。

 

 

――曲の終わりまで、後8小節

 

令息がリズムのズレに対応しきれず足が乱れ始める。

 

――後7小節

 

令息の足の乱れにつられて、エリスのステップが速くなる。

 

――後6小節

 

フラフラと、なんとか踊りの体裁を保っているような有り様で足を動かす二人。

 

――そして、後5小節

 

『バタンッ!!』

 

二人は足が絡まって衝突し、倒れ込んでしまった。

思わず顔を覆うエドナ。

 

私も、思わず拳を握りしめた。

心中にあるのは、己への怒り。ただ自らの無能を呪う暗く深い自責の心だ。

 

(私の教えが駄目だったから……エリスに恥をかかせてしまった。彼女のダンスを、恥に変えてしまった…! ――何が『己は成長している』何が『手を抜いていない』エリスをパーティーで踊れるようにするという目標すら達成できない分際で、何が……)

 

悔しい。悲しい。何より自分の無能が恨めしい。

 

私はそんなだから、何も成せぬのだ。

私がそんなだから、母上は死んだのだ。

私がそんなだから、■■の里は滅んだのだ。

 

……こんな私に、なんの価値があると言うのだろう。

 

 

 

 

「――僕と、踊っていただけませんか?」

 

 

ハッとして、エリスの方を見る。エリスの正面に、貴族の作法に則り、堂々と手の平をエリスに差し出すルディの姿があった。

 

(――あぁ)

 

やはり、ルディはすごい。己などより、よっぽど。

己より短い年月しか生きていないのにも関わらず、己よりも経験は不足しているであろうその身体と頭脳で、愚鈍な己の何倍もいい成果を上げている。エリスは救われるだろう。ルディといっしょなら、彼女をも普段の実力を発揮できる筈だ。先程の失態も挽回できるほどの踊りを見せつけるだろう。

 

(――ルディ。ルディこそが、私が命に代えても守るべき者なのかもしれない)

 

多くの縁に恵まれ、多くの学びを得ようと、所詮私は暗殺者。人を殺すことで生き、人を殺すために技を極める存在だ。ルディのように、私を教え導いてくれた彼らのように、誰かに価値を授けることはできない。誰かを救うことなど、できはしないのだ。

 

エリスとルディが踊っている。あれだけ緊張していたエリスが、練習よりも華麗に踊っている。ルディにリードされ、パーティーの主役に相応しい輝きを放っている。

 

ルディはこれから、たくさんの人々を救うに違いない。シルフィのように、エリスのように。

私の使命は、きっとこの価値のある命を守ることなのだ。

ルディの敵を殺し、ルディの障害となり得るものを排除し、ルディがより多くの人々を救えるように守り抜く。それこそが、きっと私がやるべきことなのだ。

 

「……ルディ」

 

何処か信仰すら孕んだ目で、暗殺者はルーデウスを見つめる。

そんな彼女の心中を知ることなく、無事踊り終えたルーデウスはエリスと目を合わせて微笑みあっていた。




ちなみにシキにダンスを教えていた元貴族令嬢の経歴

・家が政敵の策略で借金を押し付けられる
・節制や日頃の貯蓄を切り崩し、なんとか借金を返済
・それにしびれを切らした政敵の貴族が子飼いの奴隷商に令嬢を攫うように命令
・奴隷商が配下の盗賊を使って令嬢を攫い、そのまま奴隷に
・彼女の家は令嬢を人質に取られて抵抗できないまま罪を擦り付けられた後、取り潰された
・シキと出会い、シキに自らの貴族としての矜持を託して少しだけ救われた

今の彼女がどうなっているのかは誰も知らない
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