エリスの誕生日から約2年が過ぎた。
エリスは剣神流上級、水神流中級、北神流中級を修め、ぐんぐんと成長している。
ルディも成長はしているが、剣術についてはまだまだだ。どうにも魔術のようにはいかないらしい。
私は、剣術についてはギレーヌから剣神流聖級の認可を貰い、魔術に関しては新たな魔術を覚えたりはしていないものの発動時間や精密性などの基礎力をかなりのばすことができた。
そして身体も少しずつではあるが着実に成長している。単純な身体能力も2年前とは別物だ。
今日もまた鍛錬をしていたところ、珍しくエリスがルディのところではなく私に会いに来た。
「……ルディの誕生日を祝いたい?」
「そうよ! ルーデウスももうすぐ10歳じゃない! シキは何か準備してないの?」
「……私からは、自作の耳飾りとルディが欲しがってたらしい薬を」
もちろんルディの誕生日が近いことは把握していた。そのプレゼントも既に準備してある。
あの薬はなかなかに高価であったが、以前からルディが欲しがっていたと聞く。以前エリスがこの薬を送った際は、瓶が割れて台無しになってしまったらしい。誕生日に媚薬のプレゼントとは少し抵抗があるが、煩悩の多いルディのことだ。まだ未練が残っているはずだ。欲しいというのならプレゼントするべきだろう。
耳飾りは私のルディに対する親愛の証であり、他のプレゼントのついでだ。ヒルダに同世代の男性に贈り物をするときは何を贈るべきかと尋ねたところ、指輪が最もいいが、初めてなら身につけられるアクセサリーがいいとのアドバイスをもらった。確かルディはロキシーから首飾りをもらっていたから、被らないように耳飾りにしたのだ。
「流石シキね! ――私もルーデウスの為に色々用意してるんだけど……シキにも手伝ってほしくて」
「……いいよ」
「ホント!?」
深く頷く。そんな事ならお安い御用である。
ルディの為になる事なら、私のこの身体が朽ちるまでどんなことでもこなしてみせよう。
◆◇◆◇◆
ルディの誕生日パーティーの準備は順調に進み、とうとう誕生日当日となった。
その間、私はパーティーの準備を手伝いつつ、誤魔化すのが苦手なギレーヌやエリスの代わりになんとかルディにパーティーの事がバレないように四苦八苦していた。……しかし、どうにもルディには勘付かれている気がしてならない。私も2人の事を言える程誤魔化し上手じゃないのかもしれない。
せめて当日の時間稼ぎくらいはしっかりこなしたいけれど……。
「……ルディ」
「何でしょうか?」
「……いや、何でもない」
どうにかして会話で気を引こうとするも、自然な話題が思いつかず結局黙ってしまう。
「――ちょっとお腹が減ってきましたね。何かつまみに行きましょうか」
「……だ、だめ…!」
咄嗟にルディの服を掴む。
せっかく誕生日パーティーで豪華な料理が用意されているのだ。満腹で食べきれないなんてことは避けたい。
「な、何かありましたか?」
「……ご、ごめん。ただ、この時間に何かつまむのはちょっと……」
奇妙な行動に心配された挙句苦しい言い訳をしてしまった。魔眼を使わなくともルディが訝しんでいるのがよく分かる。
「――確かにそうですね。じゃあ代わりに、シキに少し見てもらいたいものがあるんですが」
ただ、ルディはあっさりと追及を止め、そして話題も提供してくれた。
気づいたのだろうか? 気を使っている? 大いにあり得る。でも、そうであってもどうしようもない。
今は気づいてない、もしくは何か隠していることには気づいていてもそれが何かまでは分かっていないことを祈るしかない。
「……分かった」
「これなんですけど――」
ルディに連れられ、見せられたのは私が剣を引き抜いた瞬間を模った人形だった。片手で持てる程度の大きさであるにも関わらず、現実の私をそのまま写し取ったかのように精巧で、今にも動き出してしまいそうな躍動感があった。
「すごい……」
「えぇ、自信作ですから。――ただ、一つ問題が」
その人形は既に完成しているように見えた。
こんなにも素晴らしい出来栄えであるというのに、何が問題なのだろう?
「シキは、確かサラシを巻いているのですよね?」
「……うん」
「この人形、少し違和感があるんですよ。たぶんサラシとかの部分だと思うんですけど、どうにもイメージがつかなくて」
……なるほど。
「……はい。これがサラシ」
上着を脱いで上裸になる。胸にはサラシを巻いてあるし、まぁ問題あるまい。
「お、おオオォ…! こ、これがッ! オッパ――」
『ガチャ』
「ルーデウス様、失礼します。お食事の準備が……」
時が止まったかのように全員がその場で固まった。
メイドの彼女が入ってきた先には、上裸でサラシだけの姿となった私と、胸に吸い寄せられてにじり寄ってくるルディ。傍から見れば間違いなくコトが起ころうとしている最中だ。
誤解を解くのにあまり時間は掛からなかったが、そこそこ疲労を感じた私達であった。
◆◇◆◇◆
『ルーデウス(様)、十歳の誕生日おめでとう!』
ルディが会場に入った途端、その掛け声と共に盛大な拍手がルディを迎えた。
「こ、これは……」
ルディも驚いているように見える。その反応が本当かどうかは浄眼を使えばすぐにでも分かるが、少し怖いので止めておいた。まぁ、もし気付いていたのだとしてもきっと喜んではくれるだろう。
「ルーデウス! おめでとう!」
エリスが元気よくルディの前に進み出て、花束を手渡す。
「あっ、そっか。僕、今日で十歳か……うっ、ご、ごめんなさい」
ルディは花束を受け取ると、俯いて腕で顔を隠してしまった。声は少し震えている。
「ここに来てずっと、歓迎されてないかもって……祝ってもらえるなんて思ってなくて……」
そんなルディの様子に会場の殆どが同情の眼差しを向け、当主であるサウロスまでもが涙ぐんでいた。
というかノトスとの戦争とまで言い出してフィリップに会場外へ連れ出されていた。
(ルディ……本当はそんなことを……)
私といた時間にはそんな様子は全く見せていなかったが、内心はやはり心細かったのだろうか。ルディがいかに天才とは言えまだ私よりも小さな子供である。もう少し考慮すべきだったと今更ながらに後悔する。
そしてエリスがプレゼントをルディに渡そうとした時、ルディがパウロ達は来ていないのかと口にして、再び会場がルディに同情する空気になってしまった。招待はしていたが、残念ながらパウロ達はここまで来ることができなかったのだ。
「……ルディ、パウロ達は――」
私もなんとかルディを慰めようと、ルディの肩に手をのばす。
しかし、私の手が届く前にそれまでずっと黙っていたヒルダがルディに歩み寄り、抱きしめた。
そして、涙ながらにルディを自分の子だと言い始め、エリスと結婚すべきだと言い出した。
ヒルダも根は優しいのだ。ただ、ルディのことを受け入れきれていなかっただけ。不憫な10歳の男の子にまだ険悪な態度を取るほど、彼女も拗らせてはいない。
とはいえ流石に暴走気味に見えたため、ヒルダもまた会場の外に連れ出されてしまった。
そんな想定外な一幕もあったが、その後は無事エリスからのプレゼントである魔術杖【
「ありがとうございます。こんな高価そうな物まで」
「値段のことなんていいわよ。それと、ほら! シキからも!」
「……うん」
エリスに促され、私もルディの前に立つ。
「……私からは、これを」
私はメイドからプレゼントの入った箱を受け取りルディに手渡す。中には耳飾りと媚薬、それにブエナ村の皆からの手紙とプレゼントが入っている。
手紙については、パウロ達が来られないと聞いた時に思いついたものだ。馬に乗り全速力でブエナ村へ赴き、パウロ達に短いながら手紙を書いてもらった。シルフィの手紙は、約束の期間が過ぎるまではダメだとパウロに言われてしまったから入れていない。プレゼントの首飾りだけでも持っていこうとしたのだが、手紙と一緒に渡したいとシルフィ自身から断られた。
「ありがとうございます! うわぁ…! 皆の手紙と、綺麗な耳飾り、それに――薬ですか…?」
「……以前、エリスがプレゼントした物は瓶が壊れてなくなってしまったと聞いた。ルディが欲しいもの、それ以外には分からなかったから……」
「――え!? ということは……ま、まさかコレは…!」
「……瓶は私が作った。今度は簡単には壊れないし、保存性も良い筈」
ルディはしばらく目をカッと見開いていたが、そそくさと瓶を箱に戻し、メイドに丁重に部屋に持っていくように頼んでいた。
「――本当に、ありがとうございます! 2人とも!」
ルディの爽やかな笑顔を見るに、本当に喜んで貰えたのだろう。無事にルディが笑顔になって、本当に良かった。
「……喜んでもらえてよかった」
「ええ! さぁ、パーティーを始めましょう!」
それから私達は賑やかな雰囲気の中、美味な料理に囲まれて、盛大にルディの誕生日を祝い、楽しんだ。
◆◇◆◇◆
次の日
ルディとエリス、そしてギレーヌは【
とはいえ、やることは修行。私は未だ未熟の身であり、ルディを守り通すにはまったくの不十分。使える時間はすべて自己研鑽に費やすべき―――なのだが、
「……なんで」
「だって貴方、こうでもしないと休もうとしないでしょう?」
「ヒルダが君を休ませたいと言って聞かなくてね。昨日のパーティーの為に取り寄せていたものだが、使わなかった日持ちするものを用意したんだ」
私はフィリップに呼ばれて、客間でかなりの量のお菓子に向かい合っていた。
「……私は、鍛錬を――」
「雇い主の頼みだ。聞き受けてくれるだろう? 私としても、君が休息を取らなかった場合、もしもの時に万全の動きができないようでは困るからね」
「……む」
限界まで鍛錬したとしても戦闘に支障が出るようなヤワな鍛え方はしていないのだが……雇い主に私情で意見するのは傭兵としても暗殺者としても下の下だ。ここでの生活の中で、暗殺者として私は随分と劣化してしまったのかもしれない。■■の者として、改めねば。
……いい加減この頭に靄がかかったような状態にも慣れてきたが、やはり不快だ。いつか治ればいいのだが。
「納得してくれたようだし、そろそろ用意したものを食べるとしようか」
フィリップの言葉に頷き、目の前のお菓子に手を伸ばそうとして―――異常な魔力の高まりを感じ、私は即座に剣を抜いた。
「――!? どうした!」
「異常な魔力を確認した。2人とも近くに」
魔力の発生源は分からない。だが、空を覆い尽くすこの異質な魔力は今まさにこちらに迫ってきている。
「……私から離れないで」
私まとめて二人を囲むように土魔法で覆う。謎の魔力はもうすぐそこだ。何が来てもいいよう、魔力を加えて防壁を固める。
―――だが、
「なッ…!」
土魔法の防壁が一瞬で消え去った。
そして、それを認識する間もなくまばゆい光が私たちを飲み込んだ。
◆◇◆◇◆
「……んぅ」
光が収まった。すぐさま構えを取ろうとして――足が空を切った。
「……これは」
私は、地面から程遠い上空にいた。一緒にいたはずのフィリップとヒルダの姿はない。
「……下は荒野みたい」
雲の下にはうっすらと荒野が見える。フィットア領では見たことがない光景だ。あの莫大な魔力によって、私は転移させられてしまったのかもしれない。こんな高所からの落下、一般人はもちろん、並の剣士や魔術師でも命はないだろう。誰の仕業かは知らないが、随分と悪質だ。
あれだけの異常な魔力。私だけが被害を受けたとは考えづらい。近くにいたフィリップとヒルダ、屋敷の皆やギレーヌ、エリスにルディ、ともするとフィットア領全域の民達にまで影響しているかもしれない。皆の安否が心配だ。
「……とりあえず、着地が先」
風魔術を使い、体勢をコントロールする。
「……よし」
風魔術で少しずつ落下の勢いを弱めつつ高度を下げていく。
しばらくした後、無事に着地することに成功した。
「……ここは一体…?」
見渡す限りの荒野。本格的にフィットア領ではなさそうだ。
「……あれは」
視線の少し先に、長い黒髪の女の子が座り込んでいた。見かけない格好をしているが、先程の異質な魔力は感じられない。
「……ちょっといい?」
『な、何? 外国人?』
話しかけた彼女の口からは、聞き馴染みのない言語が発せられた。生まれてこの方聞いた覚えのない言語だ。
だが、聞き馴染みのないはずの言葉の意味が私には何故だが理解できた。
「……『――言葉、通じる?』」
『よ、良かった。日本語が通じるのね! 私、さっきまで日本の□□□にいた筈なんです! ここは何処ですか!?』
「(……転移したのは私だけじゃない、か)『私もフィットア領から転移させられた。ニホンが何処かは分からないけど、恐らく別の場所』」
『フィットア領? 何処の国?』
「……『中央大陸のアスラ王国』」
『アスラ? 中央大陸? それってど……って、貴方その耳どうなってるの!?』
「……?『私はエルフ。耳が尖ってるのは当たり前』」
『エルフ―? もしかして此処って……』
彼女の様子がおかしい。
「……『一体どう――』」
『――したの』と言葉が続くことはなかった。代わりにサッと構えをとる。
いつの間にか彼女の側に謎の男が立っていた。
周囲の気配探知を怠っていなかったにも関わらず接近を察知できなかった。油断できる相手では無さそうだ。
(それに魔眼にうつるこの反応。半魔よりも高位の存在。■■の宿敵。今すぐ殺さなければ――!)
私の身体は僅かな躊躇もなく相手の背後を取り、
「なっ―!?」
――しかし、当たる直前に男は視界から消えた。
「動くな」
背後から首筋に手が添えられている。少しでも身動きをとれば、すぐさま手刀で首を断たれるだろう。
シャンドル以外には初めて技を見切られた上に背後を取られた。相手の凄まじい力量に冷や汗が額に流れる。
「――シキ、か…?」
背後の謎の男が、確かに私の名を口にした。
(私を知っている…? もしかしたら私の関係者かもしれない)
少し冷静さを取り戻し、剣を収める。
「……何故、私の名を」
「何故お前がここにいる?」
私の質問を遮り、男が質問をしてきた。
「……分からない。異常な魔力に包まれて、気づいたらここにいた」
「そうか。そこの女は?」
「……私と同じ。気がついたら此処に居たらしい」
「ふむ……」
彼は少しの間顎に手をあて考えていたが、ふと何かに気づいたように女の子の方に向き直った。
「これは……俺の呪いが効いていないのか?」
「『こっちの男は日本語が通じないのかしら? いきなり消えたり現れたり……さっきの子は剣を持ったエルフ……ここは異世界で間違いない』」
ブツブツ何かを呟く女の子を横目に彼は少し考え込むように目を閉じた。
「(イレギュラーが多すぎる。ヒトガミの仕業だろうが……此処でシキと出会えたのは僥倖だ。もう一人の女の方が使徒だった場合は殺せばいい。シキは使徒にはならん。罠の可能性を考慮しても……)メリットの方が大きい、か。――シキ、そこの女を連れてついて来い。行く宛もないだろう? 俺が手助けしよう」
「……わかった」
圧倒的強者からの言葉だ。できるだけ逆らわない方がいい。それに、殺すつもりなら先程既に私は死んでいる。死ぬような目に遭う確率は低いだろう。【浄眼】で見ても彼は嘘をついていないようだ。
こうして私は謎の少女を連れて彼に同行することになった。