気分が悪い。
線が見える
視界が歪む。
目の前が赤い
死が、そこら中に――
(世界って、こんなに脆くて弱いんだ。)
◆◇◆◇◆
「大丈夫かい?」
頭上から声が聞こえた。見上げると、黒髪の男がこちらを覗き込んでいる。
「あ"な"、た――」
誰?と聞こうとするが、掠れて上手く声が出ない。まるで声の出し方を喉が忘れてしまったかのようだ。
「私はシャンドル。今はさすらいの傭兵をやっている。――それよりも今は君だ。何故君はこんな所で血塗れになっているんだい?」
「母上が……死んだ。目の前が真っ赤になって、線が、死が、たくさん――うっ」
状況を思い出し、胃液が逆流する。
「そうか……。無理をしなくてもいい。落ち着いて、息を整えるんだ。」
シャンドルが私の背中にそっと手を置く。余程身体が冷え切っていたのか、その手はやけに温かかった。
「――落ち着いたかい?」
「……うん。」
「それは重畳。顔色はまだかなり悪いようだが、まあそれはおいおいどうにかするとしてだ。
――君には少し酷な話かもしれないが、これからの話をしよう。君は親を失い、これから行く宛もない。あってるかい?」
「……うん。」
「それなら……どうだろう?私の、弟子になってみないか?」
「弟子?」
「私は北神流の剣術を修めていてね。丁度今弟子を欲していたところだったし、君が独り立ちできるまで、私が鍛えてあげよう。」
「……私は三大流派全て中級の認可を貰っている。純粋な北神流の剣士にはなれない。それでもいい?」
「その歳で!? それはいい! 才能のある者は大歓迎だ!」
「なら、よろしく。」
そして私は、あっさりとシャンドルの弟子になった。
◆◇◆◇◆
「顔色が治らないね。大丈夫かい?」
翌朝、体調の芳しくない私にシャンドルが声をかける。
「死が、見える。」
あの時から、視界いっぱいに線が見える。なぞるだけで簡単にそこが斬れてしまう線。感覚で分かってしまう。
(アレは、死だ。死という概念を視覚化したものだ。恐らく、母上が死に自分も瀕死状態に陥ったあの時に、左目の浄眼が変質してしまったんだ。)
ありえざるモノを見るという浄眼の性質が、死という概念に特化してしまった。右目は変質しておらず浄眼のままのようだが、左目を開いている間は、右目の視界にも線が見える。閉じていても、瞼の裏から死の線が見える。そのせいで、私は常時頭痛と精神的負荷にさらされていた。
「死が?いったいどういうことだい?」
「……見せた方が早い。」
私は盗賊を殺した時に使った果物ナイフを懐から取り出し、近くにあった樹木に向き合う。
「私の左目は、モノの死の線が見える。その死の線をこうやってなぞると――」
樹木の死の線を果物ナイフでなぞる。すると、なぞった部分から綺麗に真っ二つに切断され、そのままその木は崩れ落ちた。
「ほう……闘気を纏わず、それどころか力もいれずに……。」
「死の線はどこにでもある。死の線を見てると、頭痛がする。」
「……なるほど。つまり、魔眼の暴走という訳だね。魔力を流さずとも発動する魔眼なんて初めて見たよ。なら対処は簡単だ。左目を使わなければいい。」
(……それができれば苦労はない。できないからこんなに悪化しているというのに。)
「何を言ってるんだこいつって顔だね。そう難しい話じゃない。北神流の技ではないが、意図的に身体の一部を完全にコントロールして、仮死状態にするという技能があるんだ。元々は傷の痛みを感じなくして戦闘するための技術だがね。それを使用すれば左目を使わずに生活できる。余り簡単な技ではないが、君に才能があればすぐに習得できるよ。」
(なるほど。確かに左目を神経ごと仮死状態にして完全に脳と遮断すれば、流石に死の線も見えまい。)
「分かった。教えてほしい。」
「もちろんさ!」
◆◇◆◇◆
「――できた。」
「……まさかたった数時間でモノにするとは、予想以上の才能だな。」
数時間の修練の末、左目の神経の仮死化に成功した。もうあの死の線も見えない。ようやく、頭痛と吐き気が引いていく。
「よかった。顔色も良くなってきている。これで明日から北神流を教えられるというものだ。」
「うん。ありが、と……。」
「――おっと。」
視界が歪み、倒れそうになったのをシャンドルに受け止められる。
「身体が限界を迎えたようだね。無理もない。君、何日も寝ていないだろう?」
「……ぅ」
(駄目だ。瞼が重い。)
「今日はこのまま眠るといい。私が寝ずの番をしておこう。」
シャンドルの言葉に肯定も否定もできぬまま、私は眠りに落ちた。
◆◇◆◇◆
――翌朝
「さて、君のコンディションも整ったところで、今日から早速北神流を伝授していこう。まずは、君が今使える北神流のレベルがどれ程かを試したい。――ということで、組手をしようか。」
私が作った朝食を一瞬で平らげたシャンドルは、後片付けを終えるなりそう言った。
「私は北神流だけ?」
「む……今回はそうしようか。北神流は臨機応変、なんでもあり、使えるものはなんでも使うがモットーではあるけど、今回はあくまで北神流がどこまで身についているかを見たいからね。
――得物はこの木刀だ。そこら辺の木で作っておいた。」
シャンドルから木刀を受け取る。以外にも、重量はちゃんとした剣に近い。何か細工が施されているようだ。
「それじゃあ、始めようか。」
「うん。」
二人で木刀を構える。
「「ふっ!」」
二人同時に踏み込んだ。
足に闘気を集中させ、一瞬でシャンドルの背後を取ろうと試みる。
……が、シャンドルは余裕でそれを見切り、背後に向かって斬りつけてくる。
「チッ」
木刀同士がぶつかり、『カンッ』と小気味よい音を響かせる。
木刀が弾かれたのを利用し、地面に木刀を突き立て、シャンドルの顔めがけて振り抜く。
「容赦ない目潰し! いいねぇ!」
身体をのけぞらせそれを避けたシャンドルに、上段から斬りつける。
「ハッ!」
(体制を崩した今のシャンドルならば容易く押し勝てるはず!)
だが、シャンドルは薄ら笑いを止めないまま、
「良い攻撃だが、軽いね。」
簡単に私の体重を乗せた一太刀を弾き返してしまった。
「まだ!」
すぐさま接近し、畳み掛ける。
「焦り過ぎだ。」
(上!?)
一瞬で私の横に移動したシャンドルは、私に木刀を振り下ろす。
「ぐっ!」
なんとか受け止める――が、
「次は足がお留守。」
(しまった!)
シャンドルの足払いでそのまま倒れ込む。かろうじて受け身をとり起きあがる事はできたが、シャンドルの容赦ない追撃に防戦一方になってしまう。
「この速度の連撃にその体勢で対応できるとは、やるね!」
(このままでは不味い。どこかで上手く反撃をとらないと……■■の技さえ使えれば――あれ? ■■ってなんだっけ? 技は覚えてるのに、名前が思い出せない…)
「む? 戦闘中に集中を切らすのは良くないね。減点だ。」
「っ! しまっ――」
連撃の間を縫って放たれた強烈な横薙ぎの一撃。ギリギリで木刀を身体との間に挟むが、衝撃を堪えきれずに吹き飛ばされる。
「ほう、今のに防御を間に合わせるとは。やはり君は逸材だよ!」
横腹と腕がジンジンと痛む。先程の一撃は、私の身体にそこそこ大きなダメージを刻んだようだ。
(このザマでは正面から打ち合っても勝てないだろう。とするならば……)
「……四足の型。」
四つん這いから身体をひねりながら跳躍し、適当にそこらに落ちていた枝に闘気を纏わせ斬りつけ、同時に口に銜えた木刀を左手に持ち逆手で斬りつける。
「うおっ! ――今のは危なかったな…! 意表を突く良い攻撃だ。四足の型をそんなふうにアレンジするとは。」
(そんな意表を突いた攻撃を余裕綽々で防ぐな…!)
「で? これは私の勝ちかな?」
「……まいった。」
奇策、四足の型を軽々と防がれ、カウンターで首元に木刀の剣先を突きつけられた私は、大人しく敗北を認めたのだった。