――とある荒野の戦場にて、
「食らえ!!」
「……ハッ!」
「ぐはっ!!」
向かってくる敵を剣で切り裂く。鮮血が舞い、相手の絶命を確認した後、更に集中して自身を取り囲む残りの敵へ構える。
「――チッ! 焦るな!! 無理に攻めず、ヒットアンドアウェイで削っていけ!! おい魔術師、お前は誤射を気にせず打ち続けろ!! 魔力が空になるまで詠唱を止めるな!!」
(寄せ集めの傭兵をあそこまで纏め上げる手腕……。これだから従軍経験のある傭兵は相手にしたくない。)
相手集団は徹底してこちらとまともに打ちあわず、味方同士でカバーし合える間合いで戦ってくる。先程は焦って突っ込んできたから殺せたが、かれこれずっと膠着状態が続いている。こちらの集中力のみが削られていく。やりにくい事この上ない。
――だが、お陰で指揮官周辺が手薄になった。
「……師匠、今。」
今まで潜伏し、機を伺っていた師に合図を送る。
「了解だ――よっと!」
一瞬で指揮官の背後に回り込み、持っていた棒で撲殺。
「後はできるね?」
「……当たり前。」
指揮官が討たれ統率が乱れた傭兵達を視界に収め、剣を鞘に収める。それから、懐から短刀を取り出して――
(【浄眼】、【直死の魔眼】開放。)
生まれた頃から持っていた右目の魔眼【浄眼】と、死を視る事から死を直視する事から【直死の魔眼】と名付けた左目の魔眼を同時発動する。
「……【閃鞘・一里四辻】」
どこで教わったかも忘れてしまった■■の技。私の持つ技術の中で最も洗練された技の一つであるこの技は、私達を囲んでいた幾つもの命を、たった数秒で物言わぬ肉塊へ変えた。
◆◇◆◇◆
「いやぁ、それにしても相変わらず凄い技術だね。私でもアレを初見で使われれば見切ることはできないだろう。」
戦闘を終え、野営の準備をしながら、報酬を手に帰ってきたシャンドルの称賛を黙って受け入れる。
「君を弟子にとってもう3年か。長いようで短かったな。」
あの日、シャンドルの手をとり弟子になってから3年が経った。その間、私はシャンドルから北神流を教わりながら、傭兵として戦場を転々としていた。
「……どうだろうか、そろそろここらで一度別れるというのは。」
不意に、シャンドルがそう切り出した。
「……別れる? なぜ?」
「この3年間、私は君に教えられる限りの北神流を教えた。君は天才だ。今や君は私の教えのほとんどを理解し吸収している。最早君は、私の元にいても今までのような速度で成長することはできないだろう。ここで燻るよりも、私の元を離れ、広い世界を見ていく方が君の成長になると思うんだ。
魔術も使い方は上達したものの魔術の質や使える魔術そのものは上達していないからね。せっかく大量の魔力を秘めているのにそれではもったいないだろう?
――それに、人生とは戦いのみではない。今の君には、戦闘以外の経験も必要だ。人並みの幸福というものも、君は経験してみるべきだと、私は判断した。」
シャンドルが優しく告げる。
彼の言っている事は至極真っ当なことだ。私のことをしっかりと考えて、その上で発言してくれている。
(……だけど)
「……嫌だ」
「ん?」
「嫌だ」
「何故だい? 今のままではもったいない。君も分かっているだろう?」
「……もう、一人は嫌だ。」
血の繋がった両親は顔も分からず、愛情をくれた母は死んだ。そんな私にとって、シャンドルは唯一の家族と言ってもいい存在だった。
母から愛情の温かさを教わり、母の死から愛情を失う悲しみを教わった。そして、シャンドルの優しさに触れた。最早、その温かさを手放す事は考えられなかった。
「……君も、一人の子供なのだったね。あまりにも大人びていたから忘れていたよ。」
そうして、シャンドルは何処からか木刀を2本取り出した。
「試合をしようか、シキ。」
シャンドルが、出会って初めて私を名前で呼んだ。
はっと振り向くと木刀の一本を投げ渡される。
「何故いきなり――」
「いいからいいから。ルールは最初の試合とおんなじにしようか。――さあ、構えて。」
シャンドルに促されるままに、上段に木刀を構えた。
◆◇◆◇◆
構えた瞬間、周りの気配が変わった。
空気が張り詰め、感覚が研ぎ澄まされる。
一瞬とも数分ともつかない睨み合いの後、先に動いたのは――
――シャンドルだった。
「いくよ!」
そう声が響いた瞬間、シャンドルが消えた。
「っ!!」
咄嗟に横に体をずらす。直後、シャンドルの木刀が空を切った。
「フッ!」
反撃の一閃。姿勢的に避けづらい足下を狙う。
「おっと――いい反応だ!」
当然、躱される。そして、近接の斬りあいとなった。
「やっ! はあ!!」
「くっ!――シィッ!」
「まだまだぁ!」
最小限の動きで横薙ぎを躱し、すぐさま放たれた上段の一撃を受け流し、隙ができた側面から反撃―――受け止められ、弾かれる。
こちらから攻撃するほどの余裕もなく、カウンターは決まらない。完全にシャンドルの土俵に立たされている。
(やはり、単純な力や速さでは敵わない。相手の一手を狂わす何かがなければ…!)
「どうしたんだ? こんなもんじゃないだろう!」
シャンドルが言う。その目は、熱く、そして私への信頼に満ちていた。『もっと魅せてみろ』と、訴えていた。
「……もちろん」
ソレを向けられて、応えない訳にはいかない。
全力、限界で、これまでのすべてを次の一撃で出し切る。
(――集中!!)
近くに落ちていた木の枝を拾い、闘気を纏わせる。
呼吸を整え、闘気を練り上げる。
足を脱力させ、右目を大きく開き、低く構える。
「……全開で行く。」
「ほう……いいね――来い!!」
「ハッ!!」
瞬間、最速でシャンドルへ肉薄、そのまま勢いをつけて突きを放つ。
「いいスピードだ――けど、速いだけじゃ私には届かないよ。」
シャンドルは簡単にその刺突を防ぐ。
(今だ!!)
すぐに刺突に用いた木の枝を投げ捨て、木刀をシャンドルの防御の隙間へねじ込む。
「【朧十文字】!!」
北神流の奥義の一つだ。かなりアレンジを加えており、本来の型とは程遠い。しかし、その技は十分に完成され、技として昇華されていた。
故に―――
「……私の負けだよ。」
その剣は、伝説の北神にも届いたのだ。
◆◇◆◇◆
「いや~負けたね! 強かったよ!」
高らかに笑いながらそう言うシャンドル。私は疲労と達成感からその声になんの反応もできないまま座り込んでいた。
「――君は、強くなった。」
シャンドルはしゃがみ込み、私と目線を合わせた。
「北神流だけでも私に一本を奪うまでになった。すごいよ。よくここまで頑張った。」
シャンドルの手が私の頭に乗せられる。大きく、温かい手だ。ひどく安心する手だ。
「だから……北神アレックス・カールマン・ライバックの名の元に、君に北帝の認可を与える!」
「――え?」
(シャンドルは何を言っている? 私が、北帝? それにシャンドルが、あの伝説のアレックス・カールマン・ライバック?)
「ハハハ、混乱しているようだね。そう、私が先代北神アレックス・カールマン・ライバックさ。――そして、君は手加減していたとはいえ、元北神から一本取ったのだ。充分北帝の資格がある。」
(確かに、やけに強い男だなとは思っていたが……そこまで大物だったなんて。)
予想外のシャンドルの正体に驚愕している私だったが、続くシャンドルの話に耳を傾ける。
「シキ。君は一人前だ。しかもたった今、北帝となった。君はもう、私無しでも生きていける。今生の別れという訳でもないんだ。生きていればいつかはまた会えるだろう。――だから大丈夫。君ならきっとやっていける。美人で強くて家事もできるんだぞ? きっと友達もたくさんできるさ。また会ったら、その時は私に友達を紹介してくれ。」
シャンドルはそう言って、優しく私に微笑みかけた。
「………。」
胸が温かさでいっぱいになる。内から何かが溢れてくる。
けれど、言葉が出ない。何かを言いたい筈なのに。言うべきことがある筈なのに。
「―――さてと。シキ、そろそろ夕食を作ってくれ。」
「……分かった。」
この日は、結局私から何かを話しかける事はできず、そのまま夕食を作り、二人で寝ずの番を交代しながら睡眠を取った。
そして翌日、シャンドルと私は別れた。