シャンドルと別れて半年。
私は行く宛もないまま、気の赴くままに旅をしていた。金は傭兵として稼いだものがかなりの額あるし、そもそも料理も自ら作り、野宿で生活しているため、生活にお金があまり多くはいらないこともあり、特段大きなトラブルもないまま、歩き続けるだけだった。
「……これではシャンドルと離れた意味がない」
(どうにかしないと。何か学べる事は? 得難い経験はないの?)
シャンドルと再会した時に失望されたくないという気持ちと、それに反して何事も無さ過ぎる現状。私の心には危うい焦りが生まれつつあった。
そんな時、
「……あれは馬車と、魔獣?」
森の中を進む馬車と、それに群がる魔獣達が見えた。御者と馬は怯え、逃げるどころでは無さそうだ。
「……仕方ない」
私は、ちょっとした八つ当たりも兼ねて、魔獣達を殲滅すべく、馬車へ駆けた。
◆◇◆◇◆
「……助ける」
「え?――あ、ありがてえ!!」
御者に一声かけてから、魔獣の前へ躍り出て、うち一体を切り捨てる。
簡単に殺せたところを見るにそこまで強くない魔獣だ。これならば魔眼や技を使うまでも無い。
「『汝の求めるところに大いなる水の加護あらん ―清涼なるせせらぎの流れを今ここに』【
森の中でも気にせず使いやすい水の初級魔術。そこまでの威力はないがこの程度の魔獣ならば急所に当てれば必殺出来る。
放たれた水の玉は狙い通り魔獣の脳天を的確に撃ち抜き、命を奪った。
『『『Graa――!!』』』
群れの仲間を殺され怒ったのか、それとも私の危険性に気づいたのか、他の数匹が一斉にこちらに向かってくる。
「……好都合」
何匹来ようとすべて殺す。
「嬢ちゃん!! 後ろからも――」
御者が叫ぶ声がする。どうやらずっと隠れずに戦闘を見ていたらしい。
「……分かってる」
バックステップで目の前の数匹を躱しつつ、後ろから襲ってきた群れのボスらしき個体を振り向きざまに斬り裂く。
『GAAA――!!?』
「……頭を使っても獣は獣」
断末魔を上げ、地面に転がった魔獣の頭を横目に、改めて他の魔獣に向き直る。そして、そのまま残りの魔獣に飛びかかり、ものの数秒で殲滅した。
「……ふぅ」
剣を振るい血を払い、鞘に納める。
「た、助かったぜ嬢ちゃん! 見かけによらず強ぇなぁ!!」
「……問題ない。助けられてよかった」
褒められるのは、悪い気はしない。しないが――少しこそばゆい感じがして苦手だ。
「私からもお礼を」
キャビンから青髪の少女が現れた。どうやらこの馬車に乗せて貰っていたらしい。
「少し眠っていた間に魔獣に囲まれていまして、魔術を使う隙が見つからなかったのです」
持っている杖を見るに魔法使いのようだ。戦闘後切り忘れていた【浄眼】で見た限り純粋な人間ではない。獣人や魔族か何かだろう。害意は感じないし気を張る必要はないと思われるが。
「私はロキシー・ミグルディア。貴方のお名前は?」
「……シキ。ただのシキ。」
「シキさん、ですね。――すみません。何かお礼をするべきところですが、残念ながら持ち合わせが少なく……」
そう言って少し俯くロキシー。別にお礼目的ではないしそんなに気に病まなくてもいいのだが、
(――いや、待てよ?)
「……ロキシー。貴方はどの程度魔術を使える?」
「え? い、一応水聖級魔術師ですが……」
「なら、魔術を教えてほしい」
直感で、かなりの魔力を秘めた凄い魔術師だという事はわかっていた。水聖級魔術師ならば、学べることも多いだろう。
「――え?」
ロキシーが呆けた顔をする。
「……私は自己研鑽の為、旅をしている。剣はそこそこのレベルにあると自負しているけど、魔術は独学では厳しい。ずっと停滞していた。だが、貴方程の魔術師が師としてつけば、私はより成長できる筈」
「――えっと、あのぉ……」
ロキシーが何かを言い淀む。
「……だめなの?」
「実は、私はこれから依頼でブエナ村というところへ家庭教師をしに行くのです。なので、その、時間も足りないし、厳しいと……」
「……なら、私もついていく」
どうせ行き先などないのだ。問題ない。
「え!? そ、それは……私も家庭教師の方を優先せざるを得ないですし……」
「片手間で教えて貰えればそれで構わない」
「……なら、一緒に行きましょうか」
「うん。よろしく」
こうして、私はロキシーとともに、ブエナ村へ向かうことになった。
「ちなみに貴方は何歳なのですか?」
「8歳」
「え!? (その年でそこまで胸が大きく!?)」
「? どうしたの?」
「い、いえ。なんでもありません。ええ、なんでもありませんよ。」
◆◇◆◇◆
道中特にトラブルなどはなく、予定通りブエナ村に到着。
そして、依頼人の家だという村の中では大きめの屋敷に向かった。
「ロキシー・ミグルディアです。よろしくお願いします。」
「……シキ、です。」
出迎えてくれた家族は私達を見て固まった。
「あー、その、どっちが……家庭教師の?」
「家庭教師は私です。」
「……私は押しかけ弟子のようなもの。気にしなくていい。一応魔術以外にも剣術を使える。」
「はぁ、その、随分と――」
「小さいんですね」
この子、随分はっきりと言ってきたな。素直なのはいいことだが……
「あなたに言われたくありません」
正論とはいえ大人げないよロキシー。
「それで私が教える生徒はどちらに?」
「ああ、それがこの子なの」
「ハァ……たまにいるんですよね。ちょっと成長が早いだけで子供に才能があるとか思い込んじゃうバカ親。今回はハズレですかね。」
ロキシー相手に聞こえてる! ストップストップ!!
「――何か?」
「あ、いえ。しかし、そちらのお子様に魔術の理論が理解できるとは思えませんが――」
「……待ってロキシー。」
「何でしょう?」
「……私も、この子ぐらいの年齢の頃から魔術や剣術をやってた。年齢だけで決めつけるのは、良くない。」
「そうよ。うちのルディちゃんはとっても優秀なんだから。」
「そう、ですか。分かりました。やれることはやってみましょう。」
そう言うと、ロキシーは歩き出した。
「え? 外でやるんですか?」
「当たり前じゃないですか」
「に、庭がいいです!!」
「え? か、構いませんが……」
そんな一幕もありつつ、グレイラット家の庭にてロキシーの魔術授業が始まった。
「魔術は大きく分けると3種類しかありません。【攻撃魔術】【治癒魔術】【召喚魔術】。それぞれ初級、中級、上級、聖級、王級、帝級、神級と7段階に分類されています。そして、その魔術を使うには魔力が必要です。自分の体内にある魔力か……ん? どうかされましたか?」
先程からソワソワしているルディとかいう子供に、ロキシーが尋ねる。
「あ…いえ」
「……まあいいです。とにかくまずは、お手本を詠唱するのでマネしてみて下さい。」
「詠唱が必要なんですか?」
……ん?
「……貴方、詠唱が必要ないの?」
「シキ。そんなわけないでしょう。ただ知らないだけですよ。というか、貴方は初級魔術は全部扱えるのだから、こんな授業受けなくてもよくないですか?」
「……いや。学びになるかもしれない」
「そうですか。それならいいのですが」
そう言うとロキシーは杖を構え、詠唱を始める。
「『汝の求めるところに大いなる水の加護あらん ―清涼なるせせらぎの流れを今ここに』【
ロキシーの詠唱に合わせ、拳大の水球が形作られていき、射出された。彼女の魔力に依存したその魔術は充分な破壊力を持ち、庭に植えられていた木を簡単に折った。
「――どうですか?」
「先生。その木は母様が大切に育ててきたものですので怒ると思います。」
「え!?」
あ、動揺してる。行き道では見なかった光景だ。
「そ、それはマズいですね」
ロキシーは折れた木へ走っていき、折れた部分を持った。そしてなんとか根っこの部分と切れた部分の断面を合わせ、
「『神なる力は芳醇なる糧 ―力を失いし彼の者に再び立ち上がる力を与えん』【ヒーリング】」
ロキシーの治癒魔術により、木は再生し、逆に先程よりもたくましくなり、花が咲いた。
「治癒魔術も使えるんですね。」
「ええ。中級までは」
「すごい! すごいです!」
拍手をして無邪気に褒めるルディ。それに対してロキシーは少しそっぽを向いて、
「いえ。きちんと訓練すればこのくらいは誰にでもできますよ」
と言った。どうやら照れているようだ。チョロい。
「ではやってみてください」
「はい!」
指示に従い、手を前にかざすルディ。そして――
「『なんじの求める所に大いなる水の加護あらん――』」
順調に詠唱し、魔力を溜めて、
「――【
「は?」
作り出された水球は、ロキシーとほぼ同じ軌道で進んでいき、同じ木を破壊した。――いや、そんなことより
「何してるんですか?」
「あっ、い、いえ……どうでした?」
「詠唱を、はしょりましたね?」
「はい」
そう。この子は今、詠唱を完了しないままに魔術を発動させた。というか先程の質問からしておそらく、
「……いつもは無詠唱?」
「は、はい」
「無詠唱!? ……そう。いつもは、無詠唱……なるほど……。」
ロキシーがショックを受けている。先程無詠唱をあれだけ自信満々に否定したばかりだ。彼女の驚きは相当なものだろう。
「これは鍛えがいがありそうですね」
不敵に笑うロキシー。どうやら何かの琴線に触れたらしい。モチベーションが上がるのはいいことだ。これから楽しくなりそう―――
「ああ――!!」
(あ)
「「あ」」
奥さんの悲鳴に振り返れば、先程の水弾で、再び折れた木と、それを驚愕の表情で見ている奥さんの姿。
(――やっぱり先が不安だ)
私はドジっ子のロキシーが引き起こすであろう様々なトラブルを幻視し、ため息をついた。