「―――で、こうして、ガッとするんだ。シキ、分かるか?」
「……こうして、ガッ」
「おぉ! それだそれ! いいじゃねえか! ルディはどうだ?」
「えぇ!? えっと……こうして、こう?」
「違ぇよ! それじゃクッてなるだろ? もっとガッとするんだ、ガッと!」
「えぇ……」
パウロとの模擬戦から数日、私はルディとともにパウロの剣術指南を受けていた。
手伝いをする時間を削ってしまって申し訳なかったが、メイドのリーリャは『元々私の仕事ですので大丈夫ですよ』と言ってくれた。空いた時間はちゃんと手伝おうと思う。
そして時間を割いた甲斐あって、パウロの教えはとても実になっている。既に基礎が出来上がっていたのと、彼の感覚的な話に私がついていけた事が大きいのだろうが、剣神流、水神流共に日に日に上達していっている。
――だが、ルディは違った。筋自体はそこまで悪くないし、覚えもいいルディであるが、理論的に物事を考えるルディと感覚派のパウロとの相性がすこぶる悪い事、本人の気質があまり剣士向きではない事、そして体質か才能がないのか分からないがルディがまったく闘気を纏えない事などが原因で、魔術に比べ成長がどうしても遅かった。
「……ルディ。腕を振るとき腰を回して、軸足と肩に力を込めて」
だから、最近は私がルディの苦戦しているところを理論的に教えている。
「なるほど。つまりこうして、こうですね!」
「そうそう! それだ! やればできるじゃねえか!」
ルディが型を成功させ、パウロがそれを自分の事のように喜ぶ。私は、この風景を見るのが好きだ。
「さて、そろそろ飯にするか!」
「はい!」
「……分かった」
今日もしっかりご飯を食べて、午後のロキシーの授業も頑張ろう。
◆◇◆◇◆
気づけばグレイラット家に来てから約2年の月日が流れた。
私はこの間に、魔術はルディには発動速度、精密性は劣るものの無詠唱をモノにし、4種の上級攻撃魔術と全ての中級魔術を習得。剣術に関しては剣神流、水神流の両方上級に到達し、師であるパウロも超えた。
まぁ、私に剣神流や水神流で追い抜かれたのがよほど悔しかったらしく、最近はパウロも強くなってきて、互いに切磋琢磨し合う関係になっている。
私生活的には、料理のバリエーションが増えたくらいか。元々奴隷時代に家事は叩き込まれていたし、あまり目立ったことはなかった。強いて言うなら、掃除していた時にルディの部屋からロキシーのパンツが発見された事だ。ロキシーもパンツを探していたらしい。ルディが盗んだのかとも思ったが、ロキシー曰く、『ルディはエロガキですが、盗みが悪いことだと知っています。ああ見えても悪事は働かない子ですから、ネズミか何かが持っていったんでしょう。』と言っていた。目の前で聞いてたルディには後ろ暗い感情が見えたので、恐らく盗んだのだろう。だが、反省しているようだし、今回は本人に伝えることはしなかった。
また、ロキシーに無詠唱魔術を教えたりもしている。
故意ではないが、私は浄眼でロキシーが焦りの感情を持っているのを知っていた。まだ四歳そこらの男の子が出来る事を、自分が出来ないのは不味いと思ったのか、はたまた生徒に負ける先生という構図が何か琴線に触れたのか、ロキシーは焦っていたのだ。
しかし、既に魔術とは詠唱するものであるという考えが染み付いてしまっているロキシーにとって、無詠唱魔術というのはどうしても想像がつかなかったらしい。夜な夜な一人でなんとか発動させようと試行錯誤していたようだ。
それに気づいた私が、無詠唱魔術を教える事を提案したのだ。最初は随分苦労したが、今ではなんとか、初級魔術の無詠唱と、中級魔術の詠唱短縮が可能となった。ただ、魔術のレベルが上がる毎に、習得に掛かった時間やその時の経験から、詠唱をするという行為を身体が覚えており無詠唱の成功率が下がってしまうらしい。
それでもロキシーは、『取っ掛かりが掴めただけで十分です。私にも出来ると分かったのなら、後は自分次第ですから』と、そう言って笑っていた。それはそれとしてすごくはしゃいでいたが。
そんな日々を送っている私達であるが、今夜はいつもと様子が違った。ルディが5歳になるので、そのお祝いである。
豪華な料理が並べられ、皆でルディを祝福した。
そして、贈り物。
「誕生日おめでとう! プレゼントだ」
「あ、ありがとうございます父様」
「ごほん。あー、お前にその剣はまだ早いかもしれないが、男なら心の中に一本の剣を持っておかねばならん。大切な者を守るには、心構えが必要だ。妻や子供、お前にもいずれそういう人ができるだろう。その者たちを守るのはお前の義務だ。――ちょっとは魔術が使えるからといって、調子に乗ってはいけない。魔術は接近戦が苦手だし、展開の速い戦いについていけない。その点、剣術はいいものだ。剣神流を……」
「長い!」
パウロからは剣。
息子への愛情からか、随分と長い言葉を添えて渡された。言葉は途中でゼニスに切られたが。
「お誕生日おめでとう。はい、ルディは本が好きだから」
「ありがとうございます母様、こういうのが欲しかったんです」
「まあ! なんていい子なの!」
ゼニスからは本。
先程よりもルディは喜んでおり、ゼニスから抱きつかれていた。
「……ルディ。私からは、コレ」
「これは……ローブですか?」
「……魔獣の皮を使って作ったから頑丈。特殊な皮だから、半刻程火の魔術で温めれば大きくなって、氷の魔術で冷やせば小さくなるから、成長して着れなくなる事はない。できるだけ長く使えるように作ったけど、飽きたり傷んだりしたら捨てていい」
「いえ、せっかくシキが自分で作ってくれたものですから、ずっと大事にします。ありがとうございます」
私からはローブ。どうやら的外れな贈り物ではなかったらしい。良かった。
―――そして、
「はい、ルディ」
「わぁ……」
「それは魔石です。魔力を増幅してくれる機能があるので、きっと役に立つはずです」
「きれいですね」
「初級魔術が使えるようになった生徒に杖を贈るのが通例なのですが、シキには前の先生がいるようですし、ルディは最初から使えていたので、失念していました。申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございます。大切にします、師匠」
ロキシーからは杖。
今のルディには一番ピッタリな贈り物だろう。
「その年で上級攻撃魔術を四種とも習得したのです。もう少し偉そうにしてもいいのですよ?」
「いえ、師匠の教え方が上手いからですよ」
そう言われて、ルディの頭を撫でるロキシー。
――でも、
(なんで、悲しんでるの?)
ロキシーは、悲しみの色を宿しているのが見える。
「しかし、これで私があげられるものも本当にごくわずかになりました。」
「え?」
パウロやゼニスからも悲しい感情が見えた。
「ルディ、それにシキ。明日、卒業試験を行います」
「……は?」
「卒、業?」
冗談だと思いたかったが、そんな色は少しも見えない。本当に、ロキシーはここを離れるつもりなのだ。
◆◇◆◇◆
「こんな夜更けに何をしているのですか?」
その夜、庭に出ると、ロキシーに声をかけられた。
「………。」
「無視しないでください」
ロキシーには、言いたいことがたくさんあった。でも、本人を前にすると、何も言えなくなってしまう。
「はぁ。明日は卒業試験なんです。早く寝ないと――」
「……鍛錬」
「――え?」
ようやく、口が動いた。
「……心が乱れた時は、心を空っぽにして鍛錬する。師匠を思い出すから」
「……そうなんですか」
ロキシーは、納得したのかしていないのか分からないような返事を後に口を閉ざした。
私は腰に下げていた短剣を取り出し、虚空に向かって振る。
師匠を思い出すと言いつつも、私が鍛錬する時は大抵■■の技を使っていた。
私には、何故かこの技をもっと上へ持って行かなければならないという使命感のようなものがあった。
「――少し、驚きました」
辺りは暗く、短剣が空を斬る音のみが響く中、ロキシーがそう呟いた。
「……何に?」
素振りを止め、振り返る。
「貴方が、心を乱している事にです」
彼女と目が合う。青く、綺麗な目だ。
「私と会った時から、貴方は感情を表に出しませんでした。今だってそう。貴方は、ほとんど表情を変えなかった。ずっと、貴方が何を考えているのか分かりませんでした。正直、何も感じないゴーレムを相手にしているみたいに感じてたんです。―――でも、違った。貴方は、ただ感情を表に出すのが苦手なだけだった。近しい人との別れに心を乱す、普通の女の子なんだって、今やっと分かったんです」
そう言って、私の手を取るロキシー。
「貴方は、此処に残るべきです」
彼女は、私の悩みを的確に言い当てた。
「迷っているのでしょう? 此処に残るか、私についていくか。どちらを選んでも、どちらか一方と別れることになる。貴方は、それが怖いんですよね?」
「………。」
その通りだった。また、家族のような人達と別れるのが、どうしようもなく怖かったのだ。
「貴方には友が必要なんです。歳が近くて、貴方に置いていかれない、貴方と同じ目線に立てる友が。―――分かるでしょう? 私と一緒に旅をするよりも、ルディといた方が、貴方の為になる」
ロキシーの瞳が、まっすぐ私を見据えている。その青い瞳の中の私の顔には、一筋の雫が溢れていた。
「――ふふふ。大丈夫ですよ。今生の別れじゃないんです。次に会う時は、成長した貴方達よりももっと凄い大魔術師になっておきますから。必ずまた会いましょう。約束です」
「ロキ、シー……」
「もう……ほら、私でよければ、胸を貸しますよ?」
私は耐えられなくなって、ロキシーの胸に顔をうずめた。ロキシーはそんな私を優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。
前世含めて、これは初めての経験だ。なんだかすごく安心して、それなのに涙は止まらなかった。
―――数分後
「……ごめん、ロキシー」
「いえ、大丈夫ですよ。さぁ、もう寝ましょう? 明日無事卒業してもらわないと、この会話がとても恥ずかしいものになっちゃいますし」
「……そうだね」
私はロキシーと手を繋いで、一緒に寝室へ戻っていった。
◆◇◆◇◆
――翌日
「外ですか?」
最終試験で使用する魔術はグレイラット家の庭ではできないらしく、村の外で行うためにロキシーと軽く外出準備をしていたところ、ルディがそんなことを聞いてきた。
先程説明があったはずだが……
「はい。村の外です」
「庭でやることはできませんか?」
「できません」
「できませんか……」
どういうわけか、外に出ることを渋るルディ。その
「……ルディ、何が怖い?」
「それは……」
「魔物が怖いのですか? この辺りじゃ、めったに魔物には会いませんよ。それに、会っても弱いからルディでも倒せます」
ルディの恐怖は微塵も減らない。本当に何を恐れているのだろう?
「ルディ、カラヴァッジョはすごくおとなしいぞ」
そう言ってパウロがルディを馬に乗せようとするも、ルディはゼニスの背に隠れてしまう。
それを見たロキシーは、
「はは~ん、さては怖いんですね? 馬が」
微笑ましいものを見るような顔で、そう言った。私は違う気がするけど……
「う、馬は別に怖くないですよ」
「フフ、シキと同じで、ルディにも意外に年相応なところがあるんですね」
そう言って、ロキシーはルディを抱き上げ、馬の背に乗せる。
「乗ってしまえば、すぐに怖くなくなりますよ―――あ、これではシキが乗れませんね」
「……私は徒歩で問題ない。足腰はロキシーやルディよりも鍛えてる」
「そうですね。今回はお言葉に甘えましょうか」
そうして、ロキシーは馬を進めた。私も、それについていく。
「師匠、無理です…!」
「大丈夫ですよ。私とシキがついていますから、安心してください」
馬はグレイラット家の門を出て、ブエナ村の中を進んでいく。
私もあまりブエナ村を見て回った事はなかったが、のどかなこの村の風景を見ていると、穏やかな気持ちが呼び起こされるようで、気分が良くなる。とてもいい景色だ。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
ルディは、まだなにかを怖がっているようだ。ここまで来てもまだ恐怖が残っているなんて、本当に何を恐れているのか分からない。
「おはよう、ロキシーちゃん」
「この間はありがとうね」
通りすがりの人に挨拶されるのは、ロキシーだ。彼女が魔術を使って村の手伝いを行っているのは知っていたが、どうやらうまく村人からの信頼を勝ち取っているようだ。魔族だからと、変に難癖つけられていないか心配していたのだが、杞憂だった。
「カラヴァッジョが上機嫌です。ルディを乗せられて、嬉しいみたいですよ」
「そうですか」
「どうしました? まだ怖いですか?」
「いえ、もう大丈夫です」
ふと、いつの間にかルディの恐怖が薄れ、なくなっていることに気づいた。
……ロキシーが挨拶されていた辺りで消えたのだろうか? 本当に何に怯えていたんだ?
◆◇◆◇◆
目的地である、村はずれの平原に到着した。
「この辺りでいいでしょう」
「気持ちいいですね」
見渡す限りの青々とした平原。空気も澄んでいて、頬を撫でる風が心地よい。
「――これから、私は水聖級魔術を使います。一度しか使いません。しっかりと見て、覚えて使ってください。それが卒業試験の内容です」
そして、ロキシーは数歩、私達から離れて、一つ深呼吸をした。―――そして
「『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ 我が願いをかなえ、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ 神なる金づちを金床に打ちつけて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ ああ雨よ すべてを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ』【
ロキシーがそう唱えるやいなや、空に暗雲が立ち込め瞬く間に暴風雨となった。
(……何か、嫌な予感がする。雷って確か大きな木とかに落ちやすかった気が――)
「――っ! 危ない!」
自身の直感を信じ、咄嗟にロープを切って馬と共に木から離れる。―――次の瞬間、
『ドォン』
雷鳴と共に、目の前に稲妻が走った。
「はっ!? だ、大丈夫ですか!?」
「な、なんとか。カラヴァッジョも無事」
「よ、よかったぁ」
こんな時にドジを踏まないでほしい。今のは本当に肝が冷えた。
「本当にす、すみませんでした」
「……大丈夫。卒業試験を続けよう」
「そうですね――さあ、まずはシキからやってみなさい! カラヴァッジョは私が守っておきます」
私は懐から普段は使わない杖を取り出す。シャンドルに貰った魔石を使って自分で作った自作の杖である。
「『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ 我が願いをかなえ、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ 神なる金づちを金床に打ちつけて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ―――」
詠唱は進み、どんどん雨雲が生成されていく。――しかし、
「――ぐっ!?」
魔力制御に失敗し、魔術は成立しなかった。雨雲は霧散し、私は無様に尻もちをついてしまう。
「大丈夫ですか!?」
咄嗟にルディが駆け寄ってきた。
「……大丈夫。魔力制御が乱れただけ。こんなこと初めてだから少し驚いてしまった」
「――いけますか?」
ロキシーが尋ねる。
「……いける」
私は、それに肯定した。
せっかくロキシーが期待してくれたのだ。あの時、シャンドルと最後に試合した時のように、最後までやり遂げなければ…!
「……ふぅ。―――『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ 我が願いをかなえ、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ 神なる金づちを金床に打ちつけて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ ああ雨よ すべてを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ』【
私の詠唱に合わせ、今度こそ雨雲が生成され、嵐となる。――そして、
『ドォン』
再び雷鳴が轟き、魔術は完成した。
「……よかった」
「はい――シキ、合格です。次、ルディ、やってみてください」
喜んだのも束の間、次はルディの番だ。
ルディは昨日貰った杖を天高く掲げ、詠唱を始める。
「『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ 我が願いをかなえ、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ 神なる金づちを金床に打ちつけて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ――」
ルディは迷うことなく、詠唱を進めていく。既に雨雲は集まり、私やロキシーのソレよりも大きなその雲は、私やロキシーよりも力強い雨と風を生んでいる。
「――凄い」
ロキシーが呟いた。私も、その魔術に思わず見入ってしまう。
「――ああ雨よ すべてを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ』【
――そして、
『ドゴォン』
光が、辺りを包んだ。
ルディの魔術で倒れた木の上で、3人揃って腰を下ろす。
「私のお手本よりも大きなものを作れなんて言ってませんよ」
「やりすぎでしたか?」
「――残念です」
「え?」
「………。」
「これで本当に私が教えられることもなくなってしまいました」
ロキシーは一瞬、泣きそうな顔でそっぽを向いて、立ち上がり――
「おめでとうございます。これで、あなたたちは水聖級魔術師です」
そう、笑顔で告げた。
目の前がぼやける。今日は流さないと決めていたのに、勝手に溢れてくる。もう、いっそ一度もう片方の目も仮死状態にしてしまおうかと思ってしまう。
それでも、精一杯震える声を抑え、
「――ありがとう」
その五文字を伝えた。ルディも一瞬こちらを見て驚いたような顔をし、次に泣きそうな顔をして、それでも、最後は笑顔でロキシーを見た。
◆◇◆◇◆
――次の日の朝方
「ロキシーちゃん、まだ家にいてもいいのよ? 教えてないお料理もいっぱいあるし」
「そうだぞ、村の奴らだって歓迎するぞ」
パウロとゼニスが荷造りを済ませたロキシーを引き留める。
「ありがたい申し出ですが、しばらくは世界を旅しながら、改めて魔術の腕を磨くつもりです」
そう言って微笑むロキシー。決意は固そうだ。
「そうか。まあ、何だ、悪かったな。うちの息子が自信を失わせてしまったようで」
パウロがなんともまあ人の心が分からない事を言う。流石の私でもその言い方はダメだと分かるのに。
でも、ロキシーはそんなパウロの言葉にも腹を立てず、ルディと私の方を見て、
「シキ、ルディ。精一杯頑張ったつもりですが、私じゃあなたたちを指導するには力不足のようです」
「そんなことありません。師匠はいろんなことを教えてくれました」
「……私も、ロキシーに教わってよかったと思っている」
ロキシーはそんな私たちの言葉に微笑み、頭を撫でようとして、その手を止める。
「――そうだ」
そう言ってロキシーはルディの首に首飾りのようなものを掛けた。
「これは?」
「私の故郷のお守りです。卒業祝いを用意する時間がなかったので、これで我慢してください」
「――大切にします」
「そうしてもらえると、嬉しいです。――すみません。シキには、何も……」
「……大丈夫。その代わり、あの約束を守ってほしい」
「――そうですね。分かりました。必ず」
そして、ロキシーはカバンを持ち、
「それでは!」
背を向けて歩いていく。その背中が離れていくにつれて、再び私の目は熱くなってしまう。
それを見たパウロとゼニスは、少し驚いた顔をしてから、そっと肩に手を置いてくれた。
ルディはしばらくその背を眺めていたが、ロキシーの背中が小さくなっていくと、たまらず走り出した。
「師匠!」
走りながら、精一杯叫ぶ。
「ありがとうございました!」
ルディは、泣きそうになりながらも、最後の最後まで笑顔でその背を見送っていた。