「……で、マコト。彼女がその……」
「あぁ、ヤク中のミコだ」
私は思わず反論する。失敬な。
「私はヤク中じゃない……依存物質の影響を受けず、禁断症状も起こさないんだからヤク中じゃないよぉ、マコト。酷いこと言うじゃないか」
「だが使用歴は明白だろうが」
「だっていつでもやめられるノーリスク状態ならやって楽しい方が良くなぁい? あはははは!」
先生が天を仰ぐのを後目に私はバカ笑い。ゲヘナとしてあるべき姿とも言えようか。
「……とりあえず、私の目の黒いうちは見逃さないよ?」
「いやぁ、見逃してもらわないとねぇ、困るんだよねぇ、少しだけ少しだけ」
「ダメなものはダメ、ね?」
先生はどうにもお厳しいようだが、私の趣味を邪魔できると思わないでいただきたぁい……先生が椅子から立ち上がった。とりあえず合掌。
「……?」
「大層なものをお持ちで……眼福です」
「……あー、その辺はミコも大概大きいじゃない?」
「他人のものじゃなきゃやっぱ足りないですよ? 感動」
そんなもんかなぁ、と先生はひとつ改めて首を傾げつつ、気を取り直してと言わんばかりこちらに問いかけてきた。
「さぁて、ミコちゃん。どうかな? シャーレに来るつもりとか、ない?」
答えなどひとつだ。私は自由を重んじ、混沌に生きるもの。誇らしきこの悪魔の巣窟に暮らすモノなんでね。うん。だから……
「前向きなお答えはできませんねぇ。なにせ……」
「なにせ?」
「今新しくえっち要素足されても困るんでねぇ!」
檻から出て堪能したいえっちな女があまりにも多すぎるんだよゲヘナには。自由っつったって自由すぎるんじゃないの? 自由奔放な混沌って性癖も含むってこと? ありがたいなぁ。
んん、本音が漏れそうだった。先生が唖然とした顔でこっちを見ているが、とにかく行くつもりは無い。
「性分もあんまり組織向きってわけじゃあないしぃ……なにより、私自身がみんなに何するかしれたもんじゃないしぃ?」
「それは、そう……痛ッ!?」
マコトが言葉付きで頷いた。それを目視してからシバいて、言葉を続ける。
「あ、それはそれとしてその素晴らしいモノ、持ち上げていいですか?」
「……はぁっ!?」
「あ、ダメなら脇からむぎゅっとさせてください!!」
「2択になってないね! それ!?」
すっ、と腰を落として、胸を揉ませてくれねぇかとばかりの懇願をしてみる私に、その場の空気は四散していったのだった。なんだかんだでのらりくらりして、マコトと喋りながら元来た道を戻って万魔殿の建物へマコトを送っていく。
「……で、結局貴様はまだまだこのゲヘナでフリーにやって行くのか」
「あぁまあ、そうなるねぇ。ゲヘナだけじゃないけどぉ……組織に縛られるってのも癪でね。いつまでも私のヤクに対する耐性を信じられなくて善意を押し売りされるのも嫌なんだ。私だけ体には何も影響が出ないんだ、なんて信じられないに決まってる」
「まあ、そうだろうな。このマコト様とてお前が実際にキマってるところを見てなかったらだいぶ怪しいんだ、先生やらシャーレの生徒やらはさぞ付き合うのにも苦労だろう」
その言葉は私の懸念そのもので、やっぱり気は合うのだよね、などと頷いてみる。
「やっぱりマコトちゃんは私のこと、よぉくわかってくれる……私がゲヘナに流れ着いた日だって、私の身分の請負人を万魔殿の先輩に頭下げてまで頼み込んでくれちゃってさぁ……」
「なんのことだか……私は、お前が利用できそうだから利用するために恩を押し付けただけに過ぎん。感謝しているなら私に利用され続けろ、キキキッ!」
「それでも、私にこの混沌とした居場所をくれたのは君さぁ。……返しきれない、恩を押し付けられたものだよ」
ゆったりとした空気感。思うに、マコトという女は、打算で動く女だ。だが、そうであったとしても、救われた側としては救われる恩というのは染み入るものだった。
マコトも憎からず私のことを思っている……と思う。マコトの立場を自分が揺るがす要素が何も無いし。強いて言うなら武力だが、御恩と奉公の関係が揺るがない限りは私はマコトの手札の1枚であり続けるのを向こうも分かってるはずだ。
「それではな」
「またねぇ……イブキちゃんたちにもよろしくねぇ」
「あぁ。……イブキが会いたいと言っていたぞ。今度はちゃんと顔を見せてやれ」
「いいプリンを用意しておくよ」
万魔殿の建物に入っていくマコトの背を最後まで見送ってから、街に繰り出す。楽しみにしていた料理店に向かうためだった。
「久々のゲヘナ街ぶらり旅……なーんて。相変わらず混沌としてるねぇ」
マップに記された位置までもう曲がり角ひとつ、という所で、盛大な爆発音が響き渡った。それと、随分昔に聞いたような声。
「ハルナっ!? あんたねぇ……っ!!」
私は思わずため息をついた。恩人その2、みたいなもんなのだ、彼女は。
背中の愛銃に手をかける。私の愛銃はデカブツだ、銃にしちゃ分厚く、デカい。それは特殊ギミックを仕込んであるからで、コイツの整備は私にしかできない代物だ。名付けて……
「さ、出番だよ……《R-18G》」
……そんな目で見ないでくれ一般ゲヘナ生徒。『見せられないゴア要素』がこの銃のメインギミックなんだから。
走り出す。銃口を向ける。どこかで見たような……具体的には、さっきまでマコトが羽織っていた軍服のようなコートを翻し、スナイパーライフルを持つ先頭の女に向けて、放つ。
「食い物の恨みは深いよ……?」
「追っ手……? いや、まさかあなたは!」
「……万魔殿の変態だぁ!?」
「ミコぉ!? あなた今までどこに!」
残りのアカリとイズミも言葉にはしないが驚いてくれているようで何より。あと、マコトは私の拘束については完全に秘匿してきたのか……。
「いつぶりかのシャバのメシだったんだけどねぇ……まあいい! 目的のひとつはこれで達成だ!」
「……目的? あなたには何か目的が……」
「下の口も美食かどうか確かめてやりたかったんだよねぇ。ずっと前から」
「思ったより最低ですわね!?」
「久々で忘れたかぁい? こんなもんだよ私は」
ライフルの銃口から身を避けさせながら、スナイパーライフルとグレネード、アサルトのそれぞれを反撃として用いる美食研究会の面々の弾幕を、ひとまず回避。
「さぁ、キメてこうねぇ……あーむっ」
「ミコ!!
「悪いねぇフウカちゃぁん! 没収は受け付けないよぉ……君を救うのは正義の風紀委員じゃなくてヤク漬けガンギマリスーパーパワーさ! あ──ーっはっはっはっはっ!!」
じゅわりと染み出す薬効液、脳がクリアになる感覚。身体のリミッターが2段階外れるような特有の感覚に、世界を掌握したかのごとき全能感! あと空きっ腹の私にメシ作ってくれたフウカさんが人質なのでやる気が3段階アップ! 今なら割といいとこまで行けるはず!
「ご挨拶までに! あははははっ!!」
普段使いのコートの中に山ほど仕込んだ飛び道具、その中から投げナイフをチョイスして3本同時に片手のスナップでぶん投げる。
「んなっ! ……危ないですわねっ!」
「くひぃっ、反撃読みぃ!」
スナイパーライフルで私の元々居た遮蔽を射抜いて見せたハルナに、体勢を限界まで低くした独特の走行姿勢と、私の持ち味たる速度で最大接近。
「ッ!!」
「あっはぁっ! カラダとカラダがぶつかり合うお付き合いは処女みたいだねぇ!!」
「もう少し慎ましくできませんか……!?」
「これはライフワークさぁ! はっはっはぁ!!」
一方的に近距離の体術を用いた肉弾戦でボコりながら、ハルナの立ち位置と自分の立ち位置を重ねる小技を使ってグレネードとライフルを牽制する。
「っ……! なんでそんな大きいライフルを持っていながら肉弾戦を……!?」
「ふふ、スナイパーは放置できないからねぇ!!」
躊躇いなくハルナのストックでの打突を回避して、全力で顎を穿つ蹴りを下から上に放つ。
「がっっ!?」
「いくら我々の
「あなたにやられても困るぅーっ! げふっ!?」
倒れたハルナたちの体を縛っておいて、フウカの縄を解く。
「助かったわ……でも、没収するものは没収よ」
「出すものは無いよぉ……ハルナちゃんのおっぱいくらぁい?」
「……それを見せられても困るから、やめとく」
「賢明な判断だねぇ……」
そうしていると、亀甲縛りで縛られたハルナが目を覚ます。
「くう…………はっ」
「ハルナちゃん、お目覚めぇ? どう、気分はさぁ」
「なかなかどうして、目眩やらなにやらで悪い気持ちですが……これ、絶対ミコさんが縛りましたよね?」
私は笑った。当たり前じゃないか。何を当然のことを……ちなみに犯罪者の縛り方、人間の縛り方のどっちにせよ亀甲縛りしか私の百科事典には乗ってない。お前の辞書狭くね? とかいうツッコミは聞き飽きた!
とりあえず聞くことは聞こうと思って、思考を切替える。
「まずなんで私の狙いの店、爆破したのぉ?」
「あ、私の体調とかこのザマとかは気にかけないんですのね……あの店は牛肉や生乳の産地を偽装して運営していたのですわ。私としては得心のいかないところでしたので」
それは……まあ。運がなかったんだろうな、という気持ちになりつつ、私はそれでもハルナに言っておきたいことがあった。
「美味けりゃどこのでもよくなぁい……? 楽しみを爆破されたサイドとしてはさぁ……そう思うんだけどぉ」
「そこを拘ってこそですわ」
「だから私は拘らないんだって……やっぱ変わらないねぇ、キミ。気に食わなきゃすーぐどかんどかんするんだから……」
あとは無言を貫くのみかと思われた沈黙は、可愛らしくも凛々しい声に中断された。
「規則違反者を発見! ……鎮圧済の模様?」
「おーやおーやおや。イオリちゃぁん、君が来てくれるなんてぇ……嬉しいなぁ。褐色の首筋舐めていい?」
「いいわけないだろう! ……なんなんだ、どいつもこいつも足舐めるだの首舐めるだのって!」
「待って足舐められたの?」
「未遂だッ!!!」
「多分アウトじゃないかなぁ」
銀鏡イオリ……風紀委員会の1部隊を率いる褐色えっち女がそこに立っていた。
えっちだね(私なりの最大級の褒め言葉)。
それはそれとして足の話は詳しく聞かせて欲しいかなぁ……!