自由にヤクキメてもいいって、幸せじゃない?   作:ふぃーあ

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旗揚げの時

 車が疾走を続けることしばし。車が止まったかと思えば、後部座席に乗り込んだ私の横に一人の女がするりと入り込んだ。

 

 それこそが、私の大親友、申谷カイであると気付くのに、私にしては珍しく数秒の時間を要してしまった。

 

「シケた顔をしているな」

「誰のせいだと思ってるんだ、カイ」

「ゲヘナの知恵遅れのせいじゃあないのか?」

「……ふっ。相変わらずなことだね」

 

 軽口の叩き合いに、私のお得意の下ネタはない。彼女もそれを不思議と思わない。それはそうだ。私の下ネタは、彼女と離れてから自分を覆い隠すために作った『皮』のようなものだ……最も、趣味が多分に含まれていることは否定しないんだけども。

 

「挨拶が遅れた……久しいねえ、ミコ」

「全くね。……どうだった、牢暮らしは?」

「退屈だったよ。面白いこともなにもない、無為な日々だったが……まあ、発見はあった。君にもそのうち試験台になってもらうよ、ミコ」

「それであなたの夢は叶うのかな?」

「さぁ? ……あぁ、だけどね、ミコ」

 

 挨拶を交わしてから、カイは過去に思い馳せ、そうしてからふと最近の面白いことと言わんばかりにその名を告げた。

 

「未空先生だったか……彼女は面白いね」

「珍しいな……同じところに目をつけるんだね、私とカイが」

「ほーう……君が、あの先生に? 何か感じたのかい?」

「修羅場の匂いだ。鉄火の、焔の匂いがずっとした……本人からは香らないのに、強く匂ったんだ……ふふ、きっとアレは『意志』だ。楽しみだなぁ、あの人が私たちを追って現れるその日が」

「……戦闘狂め。やはりゲヘナは戦に心狂わせる場だったか」

 

 先生から漂った戦の香り、修羅の気配。それは、厳密に言えば先生の纏う気配ではなく、先生の周りから自然と生まれゆく気配。先生の本来の、温和でお人好しな雰囲気を打ち壊してなおあまりある彼女の『決意』、『信念』、そういったものがあの気配を作っている。

 

 だから私は心を震わせていた。強いて前の風に言うならば……

 

「エロい、ね。隠した雰囲気は裸体、纏う戦は服……ふふ、ふふふ……」

「なあ、ミコ。君は……変わったな」

「カイ。あなたは、変わらないね」

 

 途中から声に出ていた呟きを、カイは耳ざとく拾い上げて『変わった』と言った。その言葉を聞いて、親友が『変わらない』ことを知った私はそれをそのまま呟いて。

 

「「は、ははは……ふふ、ふっはっはっは!!」」

 

 息ピッタリに、笑い出した。お互いに、何も知らない2年弱を過ごしてしまった悲しさと、その何も知らなかった2年弱をこれから埋めていく未来があること。それがどんなことかを私たちは改めて認識した。

 

 

 

 数ヶ月後。白黒の陰陽図、円の縁と外を深紅に染めあげた新たな旗が空を舞う。

 

 夜久野ミコ、及び申谷カイの作り出した新勢力……『三不管(sān-bù-guǎn)』。夜久野ミコが率いる兵は精兵揃い。背後に立つ申谷カイが作戦を立案することによって作戦成功率は極めて高い水準にある、傭兵部隊である。

 

 本拠『妖月(ヤオユエ)城砦』はどの学園にも属していない、過去の学園の跡地の権利を申谷カイが秘密裏に入手し、ミコが建設の主導を行った巨大かつ地下まで複雑に入り組んだスラム街である。

 

『三不管』のメンバーが治安の維持や各部の修理に貢献することで、様々な理由から身を隠す必要がある者、学籍を失ったものが続々と集まってくるため、『無法なれど秩序あり』と言われることとなるこの本拠地は、『妖月はひとつの世界、外界と隔絶した新世界である』とまで報告されるようになる。

 

 また、複雑怪奇な構造は密偵の存在を許さず、一度入れば出ることすらメンバーの手を借りなければ難しいとまで言われる。

 

 そんな妖月の、最も高い場所に、現『三不管』元締めとしての座を得た女……夜久野ミコは居た。監視塔として作られたそこは、気が付けばミコの居室となり、ミコがいる間はミコが監視役を自ずから務めるようになっていた。

 

 

 

「……まだ出来上がってから二月と経ってないのに、これだけ人がいる。学校から、あるいは社会から溢れたはみ出し物……社会のゴミ、私もまたそうだけれど……こんなに、こんなにいる。ねぇ、カイ。見てるんだろ?」

『私は最下層に居るから君のように上から眺めることはあまりないがね』

「お気楽なことで……カイ、ここを維持することもまた、私たちの役目に他ならない。違う?」

 

 何の気なしに電話をしている私とカイ。私の言葉をカイは聞き取り、その上で酷薄に一言言った。

 

『肉壁に情が要るか?』

「……そう。そうだ。私がおかしくなっていた。……ここに住むものたちもまた、人なのだと。ふとそう考えてしまって」

『……ふ、甘いねえ。まあ君が望むならそうすればいい。今の頭は君だ。ただ……いざという時、躊躇いなく肉壁に使える程度には情を切り捨てておいてねえ?』

「分かってる、分かってるよ」

 

 カイはその言葉に満足気に声にしない声を漏らした。そうして、電話に終わりを告げる。

 

『分かればいい。……っと。そろそろ薬が煮える。また後で上がっていくから、また後で話そうか』

「後で、ね。待ってるから」

 

 電話が切れるなり、私は四畳一間の部屋に置いた机の上にある、自分が温めすぎたから放置していたシチューと城内の中では比較的『マシ』な方のパン屋のパンをちぎる。

 

「……っ、あぁ……まだ熱い、な……」

 

 シチューを飲み、具を喰らい、パンを浸す。ひたすらに食べているはずなのに、食べているような気がしなかった。

 

「あぁ……知りすぎたのか、私は……」

 

 暖かなシチューの味を思い出す。愛清フウカの作り置き、甘やかでコクのあるあのシチューの味を。その時教えてもらったレシピはまだ大切に頭に残っていて、私は今日その通りにそれを作った。なのに、なのになぜ。いや、わかってる。わかってるんだ。

 

「美味い飯って、どう食うんだっけ……」

「ミコ。……おや、随分と思い詰めてるようじゃあないか」

 

 すぐ登ってきたのだろう。カイが私の背に声をかける。この監視塔の鍵を持つのは私とカイだけだとは知っていても、鍵の音にすら気がつかないほど思い悩んでいるという現実に私はさらに苦悩を深めた。

 

「ミコ……こっちを見てくれ」

「……?」

「今の君にはねぇ、私が居るんだ。……どうか、信じて」

 

 その胸にぎゅっ、と抱き寄せられると、口の中の甘やかなシチューの後味が帰ってきた。あぁ、美味い。

 

 そのまま、思わず彼女にそっと口付けをした。

 

「……んっ!? ……みっ、ミコぉ……っ!? あま……っ!」

「カイ。美味いかな、私のシチューは」

「そ、それどころじゃあないな……私の顔をあまり見るな大馬鹿たらしが」

「あぁ……そうなんだ。美味いんだなあ……カイと居れば……」

 

 カイが、『ひとりで納得するな!』とか、『次はもう単純に毒を飲ませてやるからなっ……!』などと言っているのを尻目に、もう一度今度は私から抱き寄せる。

 

「カイ……君がどうなろうと、私は君の味方で居よう。死んでも君を裏切らないから。だから……私を、親友としてでも、それ以上でも……傍において、ね?」

「ミコ。死そのものが、私への裏切りだよ。それだけは、覚えておくんだねえ」

「何度目のやりとりでも、嬉しいな……そう言ってくれるの」

「君の身柄は大切だ。昔はその……いい取引相手として大事だったけどねえ。今じゃ私もこの腑抜けた惚気ザマだし、責任を取れる命は残しておいてほしいよ」

 

 そう、私とカイは……たった数ヶ月で、『そういうところ』に行き着いていた。まあ、その、なんというか。私が辛抱出来なかったので。

 

 ゲヘナを飛び出して指名手配されている脱走犯の元に向かう。その時点からあった、友に感じた友誼などではない、依存と言い換えてもいい歪んだ無自覚の愛が、カイと過ごした数ヶ月の間に私の中で花開き、私は出来上がったばかりの妖月の中に作った一部屋でカイとその運命を共同させた。

 

「ひとまず、薬はこれだ。データはここに残しておいて欲しい。予想される副作用はこれで、実際に『忍び込んできたバカ』を素材に試した結果がこっち。ミコには実際の効能を確かめてもらいたいかな」

「うん。任せてよ、カイ。置いていってね」

「あぁ……前、酷いことになったのは忘れてないからな。私もさっさと逃げるとしよう」

 

 机に1本の試験管が置かれた。前、と口にするカイに思いを巡らせる。

 

 前。……そういえば、効能にカイが予想すらしてない理性揮発があって私のテンションが異様にブチ上がったせいで部屋の中をディスコルームみたいに飾って踊らせたんだっけ。あの時はさすがに申し訳ないと思ったが……それ以降カイが試薬中の私に近づくことはなくなったのだった。

 

「カイ……今夜、食べに来てよ」

「……今夜の晩御飯は?」

「から揚げとめかぶ汁」

「夜は空けておこう……じゃあね」

「うん、またね」

 

 今やゲヘナの最速の変態は、指導者として別の道を歩み始めている。なあ、私は君のくれたあの本をまるっきりやってみただけなんだけどな……どこからが『私』でどこからが「私」なんだろうか? 

 

「あぁ、今日も……」

 

 憂鬱(しあわせ)だ。言葉に出さずに、試験管を噛み砕いた。

 

 

 

 

 

 

 

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