あれから何日か経過していた。
その間、俺は囚われの聖女という美味しい役目を十二分に堪能しているところ……となればよかったのだが。
捕虜となった俺はひたすら酷い仕打ちを受けて──いるはずもない。
いや、どういうわけか俺は自分が想像していた以上に待遇がよかった。
繋がれてはいるが水浴びもさせてくれるし食事だって量が少ないが出してくれる。
強いて言うなら──絶望的に暇だと言うことだけが辛い。
「おい、聖女。飯だぞ……ってまたソレか」
「……」
思ったよりも手厚く扱われているのもあり、俺はあえて自らを律する行為にでる。
食事も満足に取らず、日々祈りを捧げて過ごす。
無論、それは自分を追い込む行為でもある。
聖女とあれば自らの信仰する神に祈るという事をしてもなんら不自然ではないのだから。
両手を合わせ、静かに祈りを捧げる。
そうして数日を過ごしていた。
「あんたらが崇めてるエロスやらなんとか神は祈ったらお前を助けてくれるってのか?」
ぶっきらぼうに世話係の男が言った。
「エロイム様、です。この世界で唯一神である方のお名前を間違えるとは、無神論者なんですか?」
「ハッ! 神に祈ったとしても救われねえよ。神さまが助けてくれるってんなら俺達がこんな穴蔵で生活してるかってんだ」
この世界は唯一神『エロイム』と呼ばれる神が信仰の対象となっている。
もちろん、種族ごとに古き神を信仰とする対象は違ってもくるが……。
とりあえず広く信仰されているのはエロイム神、というのが人族の間では周知の事実だ。
この男のように無神論者も当然ながら居る。
「信じている限り、救いは訪れます」
「ハッ、聖女さまさまだな」
「その食事も、あなたが食べてください」
「あ? いいのか?」
その返事に俺は静かに頷いて返す。
すると遠慮というものを知らないのか、或いは自分も満足に食べられていないのか……。
淑女の目の前で好き放題に食い散らかしていく。
「私は──あなた達をそこらにいる有象無象の山賊だと、思っていました」
「あ? 違わねえぞ」
「そうですね、見た目だけは立派に山賊をやっているみたいですし」
この連中が山賊ではない違和感がある。
俺が囚われているのはどこかにある坑道だと、ここ数日水浴びの度に外へ連れ出された時に気が付いた。
古びた坑道が山賊の根城だと言うのも、まあわかる。
だが、救国の英雄である聖女を拘束しているからと言って武器も携帯せずに連れ出すのは、どうにも警戒心がなさすぎだ。
構成される人員も、屈強な男も含まれているが俺を拉致した老人の姿もあったし見るからに『使えない』と解る女性も中を移動していた時に見た。
「武器も持たずに、捕虜と対面し……扉は施錠されていない」
「あ、やべ」
俺に指摘されると、食べている手を止めて急いで部屋を出ていくと扉を施錠する。
……思わず危機感のない素人の行動にため息がでてしまう。
何より、
ロールプレイガチ勢の目を舐めないで頂きたい!
野蛮な山賊なら聖女の衣服を破いて柔肌を拝もうとするぐらいでなければ!
「貴方がたは望んでこのような環境にいる訳では無いのでしょう?」
「……」
「話してくださいな。聖女である私は如何なる身の上も聞き入れましょう」
甲斐甲斐しくきみの告白を聞いてあげようと言っているんだ。
ほら、話しちゃえよぉ。楽になるぜ!
自慢ではないがこの世話係とは少し打ち解け始めたと思っていたところなんだ。
「俺はここの鉱山で働いていたんだ」
そうして語られるは彼らの経緯だった。
戦時中、鉱石の需要は武器を作る上でとても大切なものだ。
国からの通達で近くの村から力仕事に秀でたものが選出された。
その者はこの鉱山にある資源を採掘し、輸送するといったことをしていたようだ。
そうして数年後。俺達が戦争を終わらせた。
そしてこの鉱山はそこまで重要ではなくなったようで、ようやく男達は村へと戻る事を許される。
「だがな、帰ったら俺達の故郷は魔物に荒らされていたんだ」
俺の生まれた村と同じく、この男の故郷も襲われていた。
全滅は免れ、身内が無事な者は幸運だった。
だが、荒らされ蹂躙された村の土壌の環境は非常に劣悪なものとなった。
勿論、国に援助を求めた。
だが、小さな村を復興させるような資源は割けるわけもなく……見捨てられた。
「聖女さまにはわからねぇだろうな。のうのうと聖地で美味いものたらふく食って」
「……わかりますよ。故郷を、暴力によって破壊されて自分じゃどうにも出来ない状況になるのを」
知っている。
俺も、この世界で故郷を襲われ──両親を亡くしているのだから。
あの時俺の魔法により早急に魔物の被害を減らせていたのが幸運だった。
転生、二周目の人生というものがあると理解出来ても……両親は
俺が、もう少し早くこの力に覚醒していたならば……と後悔しない日はないぐらいに。
そしてそんな村が世界には無数にあるのを、旅の間に嫌と言うほど見てきたのだから。
「お前……」
食料も自分たちで調達できない状況になり、何人かは野盗となり略奪者になった。
それでも満足に腹を満たすほど食料に有りつけないというのが現状だ。
世界を救ったら全員幸せ。それで終わるのはフィクションだけだ。
俺は今どんな表情をしている? 神妙な顔だろうか?
扉の前で俺に身の上を語った男はそれ以上黙っていた。
そんな沈黙を破るように別の男がやってきた。
「ボスが帰ってきた。聖女を連れてこいだとよ」
ああ。やっと状況が進むか。
・
・
・
・
「はあ。今更逃げませんよ」
「……どうだかな」
時々すれ違う構成員を横目に俺は案内されていく。
……そして俺は少しここで笑ってしまう。
勿論、聖女らしくお淑やかにだ。
どうやらそれが聞こえたらしく、世話係の男は訝しむ。
「何がおかしい?」
「ちゃんとアドバイスは聞いているんだなと」
目線を彼が持つ粗悪な片手剣に向けた。
俺の言った事を気にしてか、捕虜を持つ山賊らしい振る舞いをしてみせる。
しかし、それでもただ持っているだけだ。
……体格は恵まれているが、武器を扱うのに慣れてはいないと素人以外なら理解できてしまう。
まったく、ロールプレイを舐めすぎだ。
やがて奥まった場所へと連れてこられた。
木製の扉を開くと、そこが他とは違う豪奢なオブジェも置かれた光景が広がる。
部屋自体は狭い。天井も低く、他の部屋とそう変わらない。
土壁には武器ラックとして数本の斧やら剣やらの武器が飾られている。
しかし目を引くのは石像だった。
大小さまざまな彫刻とも言えるオブジェが並べられている。
そんな中央には天井に届くほどのガーゴイルの石像が鎮座している。
その巨大さから部屋の大部分を占領しているほどだ。
鋭く尖った鳥類のクチバシ。悪魔のようなコウモリの翼に角のように伸びた2つのコブの醜悪な魔物をモデルにしている。
その足元の椅子にふんぞり返る眼帯をした男。その男に向けて世話係は頭を下げた。
「ボス、聖女を連れてきました」
「貴様が聖女か……?」
立ち上がったボスは俺に近づき、顔を見る。
「……依頼は『綺麗な状態で』と言っていたが──」
「こいつが自分でやりました」
「え、あっ」
ちょ、こいつ即答で汚れた見た目のネタばらししやがった。
「んなわけあるか!」
「違ッ、本当ですって!」
などと問答を繰り返すが事態が停滞するのはよろしくない。
あー、こいつがボスでいいんだよな?
「あなたが無謀にも聖女を誘拐しようとした犯人、でしょうか?」
「……ああ、いかにも」
「その割には出かけていたようですが……? それに、悪趣味な部屋ですね」
ここに連れてこられて何日も経っている。
坑道内に軟禁されていては時間の感覚が不透明になるから定かではないが、それでも三日以上は過ぎている。
略奪に出かけていたとも見れるが……。
「俺様は忙しい身でな」
「……私を誘拐して何を望むのですか?」
「お前を攫えと依頼したの別のやつだ。だから明日、日が沈み次第引き渡す約束だ」
聖女たる俺を誘拐するなんてのは政治的な利用の為だろうか?
でもそうなるとこいつらの依頼主はもっと大きい組織になるはず。
……こんな素人を使うか?
何にせよ、こいつらはただの使いっ走りだと解った今……大人しくしているつもりもない。
ふうっとため息をつくと、俺は思いっきり
「なっ!?」
「魔封じの手枷だぞ!?」
筋力を一時的に高める魔法を自分へと掛ければこのような手枷、簡単に解ける。
ああ、この手枷は魔封じのエンチャントを施してある。
それがちゃんと動作していれば俺でも拘束しておけるほどの代物だ。
そう、
「エンチャント、解除させていただきました♪」
あっけらかんと俺は言ってのける。
魔封じの効力は消え失せ、その手枷はただの鉄の手錠になる。
つまり、魔法は使い放題ってわけ。
エンチャントの解除なんてかなり大変な作業だ。
それこそ俺ですら長時間解析にかかるのだが……生憎、時間はこの眼帯野郎が遅刻してくれたおかげで集中して解除に励む事ができた。
「はぁ!?」
「エンチャント解除なんて出来るのか!?」
「隙あり、です!」
狼狽える二人の男。俺は世話係になっていた男の剣を軽やかに奪い取ると、地面へ投げ捨てる。
しかしこの部屋には至るところに武器があるのだ。
「さて、私は下賤な輩に引き渡されるつもりはないので抵抗させていただきます」
囚われた聖女は終わりだ。
存外、楽しませてもらったが……少々物足りなかった。
「クソッ! 抵抗しようってんならこっちは……」
ちらりと俺が武器ラックに飾られた武器に目配せすると、眼帯野郎の視線も面白いように追従する。
その中にある片手剣を持ち出すと切っ先をこちらに構え、臨戦態勢へと移る。
抵抗するなら痛い目をみてもらう。という意図なのだろう。
「この私をそれで刺すつもりですか?」
「お、おぅよ! 貴様の白い肌が血に染まるぞ!?」
「では、やればいいでしょう」
「はぁ!? 貴様は馬鹿か!?」
抵抗する意思のある捕虜は屈服させなければならない。
それが普通のことだろう。
俺はそれでもなお狼狽する目の前の男に歩みつつそれを見据える。
「あなたは人を──殺した事がありますか?」
「な、何を……当然だ!」
「なら、何故剣を持つ手が震えているのでしょう」
向かってくるのが予想外だったのか焦りの表情とこちらに構えた切っ先が震えている。
こいつらは恐らく素人だ。人を殺した経験なんてあるなんて強がりなのが解った。
だからこそ、俺はその切っ先が俺の喉元へと食らいつくほどに距離を詰める。
「クソ! あんた正気か!?」
「死にたいのか!?」
その声は酷く震えている。
ツゥーっと喉元に食い込んだ剣先によって血が垂れるのがわかった。
『クッハッハッハッハ! もういいお前たち』
そう部屋に響く何者かの気配。
すると目の前の眼帯野郎は剣を投げ捨て後ろにあったガーゴイル像へとすがりつく。
「ボス! どうにかしてくだせぇ!」
ペキペキと何かが動く音が聞こえたかと思えば、そのガーゴイル像が動き出す。
あまりの巨体により天井を軽く擦りながら俺へと近づくそれは、正真正銘──魔物である。
ズンズンと重い音を鳴らしながら俺と対峙する。
「聖女、貴様……、この人間がここのボスでないことは知っていたな?」
「──と、当然です。彼らは見た目だけの粗末なものでしたから」
「ならば猿芝居は時間の無駄だな。名乗るとしよう」
そう言うと魔物は俺が見上げるほどの距離へと詰め寄り口上を述べた。
「俺はガーゴイルのモールゲン。こいつらの首領だ」
人間を使役し、そのボスの席に座っていた魔物であるモールゲンが俺を見据えていた。
曇らせの程度って
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ほんのりカジュアル
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聖女が盛大に曇るやつ
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周囲だけ曇っていくやつ
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もう全方位曇らせで