アンノウンアーカイブ   作:ジト民逆脚屋

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黄泉比良坂

「集団食中毒ぅ?」

「はい、実は……」

 

本当に申し訳なさそうに小さい体を更に縮こまらせてシャーレのオフィスに座っているのは、ゲヘナ学園給食部部長の愛清フウカだ。

普段から、という訳ではないが彼女はいつも疲れた様な呆れた顔をしている事が多い。

これについては、数千人が所属するゲヘナ学園の食堂を一手に切り盛りしている現状と、ゲヘナ屈指の問題児集団の美食研究会による拉致、テロ行為等々の原因がある。

しかし今日、シャーレに訪れたフウカの顔はそれらとは違う。

 

「それって、私より救急医療部なんじゃ……?」

「そうなんですけど、ちょっと訳ありで」

「訳あり?」

「はい」

 

フウカの話曰く、事件が起きたのは数日前。ゲヘナ学園食堂で昼食を摂った生徒が急な腹痛と倦怠感で救急医療部に運び込まれた事から始まった。

最初は牛牧ジュリのパンちゃんが混入したのだろうと、全員が決めつけていた。

だが、そこから次々に生徒が似た様な症状を訴え、流石のゲヘナも無視出来ない事態となった。

そして、給食部は一時閉鎖。救急医療部による立ち入り検査と、フウカとジュリの二人の健康診断。食品の流通経路と過程、調理手順の調査が行われた。

だが、結果は白。医学的にも科学的にも給食部が原因ではないという結論が出た。

 

「話は解ったよ。でも、こんな言い方はあれだけど、フウカの心配する事じゃないよね?」

「まあ、それはそうなんですけど、やっぱり調理に携わる者として見過ごせないんです。それに、まだ被害が続いてるんです」

「まだ?」

「はい、それも今度は何も食べてなかったりと共通点が無くて……。それに、救急医療部や美食研のイズミも……。それで、風紀委員長が先生と守り神様に聞きなさいって」

 

先生は頭を悩ませる。ただの食中毒なら感染ルートは接触感染辺りに限られ、看病に当たる救急医療部に感染するのは理解出来る。だが、フウカの話なら給食部と食堂は閉鎖されている。なら、イズミは何処で感染したのか。先生は頭を悩ませ、視線をフウカの頭上に向ける。

 

「……角娘、豆腐は使うたか?」

「えっと、豆腐は仕入れた?」

「豆腐ですか? ええ、味噌汁に使いますから」

「ならば、被害者にカビは生えておったか?」

「え? あ、被害者にカビは生えてた?」

「カビ? いえ、そんな話は聞いてません」

「ほいたら、豆腐小僧の奴やないのう。まあ、あやつの豆腐は直に渡さんと効果は無いか」

「あの、先生。豆腐がなにか?」

「ああ、いやいや、私の国で昔あったんだよ。そんな話がさ」

 

そんな風に誤魔化しながら、先生はもう一度フウカの頭上に視線を向ける。

見ている。神代の時代から世に息づき、いまだに現世に残る守り神が、寝転んで片肘をついてフウカを睨む様にじっと見ている。

嗚呼、まずい。あいつがこの目をしている時は九割で碌でもない事か、こいつが出張らねばどうにもならぬ時だ。

 

「……角娘、被害者が食えるがは、まさか水や果実やないろうな?」

「えっと、被害者の皆は水と果実だけしか食べられないとかある?」

 

嫌な予感がした。先生は神職の出とは言え、オカルトにはあまり興味が無い。しかし、それでもあの国の神職だった。だからこそ、神話の逸話やその傍論は知っている。

そしてその問い掛けをしているのは、まだ神々が物語として編纂される遥か以前、まだ神々が名を持たず、大自然の脅威の具現として顕現していた時代、神代よりも前から存在する旧き神の一柱。

故に、この問い掛けに否と答えが欲しかった。

 

「そ、そうです。皆、水と果実くらいしか食べられなくなってます」

「……小娘、急いで支度せえ。ちっくとまずいわ」

「え、いやいや、まさかそんな筈は……!」

「喧しい。この地は子供が神秘を持つ地、外とは違わあよ」 

「つまり、誰かが持ち込んだ?」

「さての。見んとわからん」

「あの、先生。何が起きてるんですか?」

「フウカ、準備手伝って。ちょっと急ぐから」

 

フウカの返事を待たず、先生はオフィスに隣接する自室に飛び込んだ。

そして、一瞬遅れて部屋に入ってきたフウカに鞄や瓶を手渡す。

 

「えーと、あとは何処に仕舞った? あった!」

「小娘、形代はようけ持っていき。あと、供物もじゃ」

「フウカ! そっちの鞄も車に載せるから持って行って!」

「は、はい!」

 

フウカが大型のトランクケースを二つ、抱える様にしてシャーレの車庫に向かうのを見送り、先生は守り神に向き直る。

 

「……犯人、判る?」

「やらかしそうなんはあの黒いがやけんど、あれはこんな舐めた真似せんろう」

「あのひび割れ黒豆(黒服)? 確かにやりそうだけど、あいつの興味の範囲外でしょ」

「いたら、他の奴よな。ほれ、あいたはげ、下馬取り屋とか名乗りよったろう」

「ゲマトリアね。下馬取り屋って馬の預かり所じゃないんだから」

 

言いながら、先生は長い包みを手にする。

 

「とりあえず、準備はやり過ぎくらいにしなきゃね」

「小娘、事と次第によっちゃワシも出るきにゃあ」

「先生、積んできました!」

「よし、では出発!」

 

両手に鞄、背にも風呂敷を背負い、先生は急ぎ車庫に向かう。

どうか間に合います様、自身の守り神に祈りながら。

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