「そうですよね! ボクも彼が自殺するわけないと確信しているんです! 捜査すると言ってくれて嬉しいです!」
「は?」「え?」
MysterY booK
それじゃあ、ボクは先生に呼ばれているので、また!と、輝く笑顔でそう告げた少年は、階段を降りていった。まるで一仕事終えたような爽やかな去り方だった。残されたリーゼントの少年は、ぽかーんと開いた口が塞がらず締まりのない顔をしている。
ん?!
いやいやどーゆーこった?!
お、落ち着け…!東方仗助…!こんな時でも承太郎さんなら落ち着いて対処するはずだぜ…!まずは現状を整理しよう…
えーっと確か…俺は学校帰りに路地裏ですげーボロい本が落ちてんのを見つけて…胸騒ぎっつーか…怪しい匂いがぷんぷんしたから調べようとして…なんだったか…そうだ…!確か近づいたら本が勝手に開いて、ページが光って目の前が真っ白になっちまったんだ…
だが…
仗助は辺りを見回した。路地裏にいた自分はどうやら今は学校にいるらしい。窓から見た景色からここは校舎の3〜4階あたりだろうと予測をつける。また、彼は景色が故郷のS市と異なることに気づいた。先程の見覚えのない少年といい、どうも自分は知らない学校にいるようだ。
スタンド攻撃…だろうな…あの本はスタンドだったのか…
そーいやさっき、俺と同じタイミングで声がしたよなァ…そいつに話が聞ければもっと情報が分かるかもしんねぇ…
きょろきょろと周りを観察して情報を集める仗助は、隣の人物に声をかけようと視線を向けると、同時に動きをぴたりと止めた。
んん??
仗助の視線の先には、左手を右肘に当て、右手を軽く拳にした状態で口元に当てて、考え込む少年がいた。仗助の視線に気づき、サングラスを外した目には、ひっかいたような縦の傷が走っていた。年は仗助と近いようだが、去っていった少年と同じく仗助は会ったことがない少年だった。
しかし、赤い髪、顔の横まである特徴的な前髪、さくらんぼのピアス、菫色の瞳、緑の長ラン…仗助は少年を一方的に知っていた。
この人…すっげー見覚えあるぜ…最近どこかで見たような…でもこんなキレーな人、知り合いにいねーしなぁ…雑誌で見たとかか?…なんか…写真……承太郎さん…そうだ!承太郎さんだ!!承太郎さんが大事にしてる昔の仲間との写真で見たんだ!…たしか名前は…なんだったか…くぅ…喉元まで来てるってのによォ〜〜…うぅ〜〜…
「うぅ〜〜…」
「…………」
仗助は思い出すことに必死だったため気づいていないが、頭を抱え眉間に皺を寄せ、唸りながら少年を凝視して顔を近づけていた。赤髪の少年は警戒の色を見せながら、珍妙な動きをする仗助を静かに観察していた。彼は、目の前のリーゼントの少年から敵意は全く感じられないが刺客の可能性もあるため、あと3cm近づいたら己の片割れの必殺技をお見舞いしようと考えていた。
「あっ! カキョーインさん!!?
グレートォ! ずっと会いたいと思ってたんス!」
ぱあっと花が咲くように仗助は顔を綻ばせると、カキョーインさんに近づいた。犬のしっぽと耳の幻が見える。喉元のもやもやが解けてすっきりしたのと同時に、かねてより思っていた”尊敬する甥の友人とご対面”という念願が叶ったためである。
「ッ! エメラルドスプラッシュ!!」
そんな仗助とは対照的に、知らない人間から突如名前を呼ばれた花京院は、後ろに飛び退くと予定通り片割れの必殺技を叫んだ。
しかし緑の宝石が宙を舞うことはなかった。花京院の緑の友達であり片割れであるハイエロファントグリーンが出ないのである。
「!?」
「うおわーーッ!! 待ってください! 綺麗らしいから見てみたいっスけど、承太郎さんが吹っ飛ばされる攻撃は勘弁してくださいっス!! 俺ァ自分のことは治せないんでッ!!」
攻撃されると思った仗助は、驚いて尻餅をつき、首も手もぶんぶん音が出そうなほど横に振って否定した。花京院は生まれた時からそばにいる半身が出せない現象が、再び起こったことに動揺して固まっていたのだが、そんなことは露知らず誤解を解こうと仗助は言葉を重ねた。
「変な話なんスけど、俺は承太郎さんの年下の叔父でして…ハッ!!」
顔の左右で忙しなく動いていた仗助の両手が、弁明の途中で中央に収束し彼の口を抑えた。不自然に言葉を止めた仗助に、花京院は怪訝な顔で静かに仗助を見下ろした。警戒のため、先ほどよりさらに距離が開いている。
よ〜〜く考えるとこれってマズいんじゃあねぇか…??!あの写真には若い頃の承太郎さんが写っていた…!…たしか…17歳の時に撮ったって承太郎さん言ってたな…ど〜みても目の前のカキョーインさんはタメだッ!高校生だッ!
……こないだ露伴に「クソッたれ仗助はバタフライ効果も知らないのかァ?」ってバカにされたからよォ〜〜 覚えてるぜッ!!…”小さな過去の改変が、未来に多大な影響を及ぼす”…ってことは未来のことを言うのはマズいよなァ〜〜〜…!!!
今のカキョーインさんが、どこで何をしてるか承太郎さんから教えてもらえねーから、この人自身の未来のことを言っちまう心配はねぇーけどよォ〜〜〜…俺ァ承太郎さんを知ってる!俺と承太郎さんが叔父と甥であること…判明するのはたしかジジイの遺産分配のために調査した時だ…ッ!それまでジジイも知らなかった事実で、だから承太郎さんは杜王町に来た…つまりまだ承太郎さんが高校生の時は、俺のことはジジイも気づいていない…!…っつーかよォ〜...カキョーインってどんな漢字の苗字なんだ?S市の地名と一緒でいいのか??
「……叔父、にしては年が承太郎とそう変わらないように見えるが?」
「ッ! すみません! つい言い間違えました!! ……お、俺は承太郎さんの舎弟なんス!!」
「はぁ…どうやったら叔父と舎弟を言い間違えるんだい?」
花京院はため息をつくと、仗助に近づき手を差し出した。仗助はその手を取ると素早く立ち上がって、九十度の謝罪をした。
「すみませんッ!! 砂漠の写真を見て承太郎さんからお噂はかねがね聞いてました! だから緊張して言い間違えちまいました! いきなり声をかけてすみませんでした!!」
急な最敬礼に花京院は面食らった。
スタンドが出ない状態なのにも関わらず、いつまで経っても攻撃をしてこない仗助を見て、こちらを油断させるための作戦という可能性もあるがリーゼントの彼はおそらく敵ではないのだろうと結論付け、警戒心を残したまま接近した状態で、警戒対象の相手がいきなり無防備に後頭部を向けてきたからである。
呆然とする花京院を置いて、勢いよく顔をあげた仗助は、先程差し出され今は宙で止まっている花京院の右手を両手でガシッと掴んだ。まっすぐに花京院を見つめて仗助は言葉を紡ぐ。
「はじめまして! 俺は東方仗助って言いますッ!! お名前…は承太郎さんから聞いてるんスけど、か、漢字を教えてくれませんかッ?! S市の地名と同じっスか?!」
合わせた瞳に、花京院は星を見た。
友人より彼の祖父に近い色だった。
「ふっ…ふふふ…こちらこそすまない。僕は花京院典明。漢字は君の言う通りS市の地名と同じだよ」
「あ! やっぱり同じなんスね!」
「あぁ。君はもしかして、…ジョー、ぐっ…ッ!!」
問いかけの途中で、花京院はその場に倒れた。額には玉のような汗が浮かび、かんばせは死人のように真っ青であった。
「!? 花京院さんッ! どうしたんスか? …ッ!!」
倒れた花京院に視線を落とし、仗助は息を呑んだ。
花京院の腹に、大きな穴が開いていたのである。出血はない。しかしその穴は花京院の腹を貫通しており、背中に広がる景色がよく見えた。
「花京院さん! しっかりしてくださいッ! 待っててください! 俺のクレイジー・ダイヤモンドでいま治してますから……ッ?!」
仗助の友人も街の殺人鬼に腹をぶち抜かれたことがあるが、無事に治せた経験がある。仗助は慌てふためきはしても、4歳の頃から付き合いのある相棒を呼び出し、冷静に傷を治そうとした。しかし彼もまた相棒を出すことができなかった。
(......ふふっ)
半泣きで慌てる仗助のころころ変わる表情が、友人の祖父に似ていた。
妙な安心感を覚えつつ、花京院は意識を手放した。