目を覚ますと、知らない天井だった。
なんだか懐かしいな...花京院は呑気に約50日前のことに思いを馳せていた。
「花京院さん!?」
視界いっぱいに広がる天井の右下から、リーゼントが勢いよくうつった。
「目が覚めてよかったァァ〜〜〜...クレイジー・ダイヤモンドは出せねぇし、このまんま花京院さんが目覚めなかったらどーしようって....はぁァ〜〜よかったァァ〜〜...」
「心配かけてすまない。......ッ!」
「おわわっ......っと...病み上がりなんスから無理に起き上がちゃダメっスよ」
「ありがとう仗助くん」
仗助に背を支えられ、身を起こした花京院は静かに辺りを見回した。
筆、絵の具、キャンパス、石膏像、バケツ、布巾、バレン、エトセトラエトセトラ...様々なものが散らばっている。美術室というには散らかりすぎている。おそらく美術準備室だろう。美術準備室のソファで自分は横になっていたらしい。大きめの布が掛けられていた。
花京院がそこまで気付いた時、仗助は傍の椅子にへなへなと腰掛けると、ここへ来た経緯を説明するためにしゅんとした様子で口を開いた。
「俺のスタンドはクレイジー・ダイヤモンドって言うんスけど、物や人をなおせる能力なんス。
花京院さんの腹に急に穴が空いて倒れた後、治そうとクレイジー・ダイヤモンドを出そうとしたんスけど、スタンドが出ませんでした...
ほんとは保健室に連れて行きたかったんスけど、あんまり動かすべきじゃあないと思いまして...近くの教室にこのソファがあることを見つけてここまで花京院さんを運んだんス...
治せなくてすみません...」
しゅんと項垂れる姿は本来よりも彼を小さく見せた。
その説明を受けて花京院は微笑んだ。
「君が気に病むことじゃあないよ。君がいなければ僕は今も冷たい廊下で転がっていたところだ。ありがとう、仗助くん。
…それに、起き上がる時に気付いたんだが、君が見た僕の腹部の穴は、今は塞がっているようだ」
そう言って花京院が掛かっていた布をめくると、仗助が見た腹を貫通する穴は消えていた。
「あ! 良かったっス...! 花京院さん、途中から顔色が良くなったんスけど、もしかしてその穴が消えたからかもっスね」
目が覚めてほんとに良かったぁぁ〜〜と胸を撫で下ろす仗助を見て、花京院は警戒を解いた。
彼が敵なら、目の前で気絶した自分は今頃無事では無いだろう。ましてやDIOの館に攻め入ろうとしている自分を生かしておくわけが無い。
花京院は仗助のリーゼントが所々乱れて髪がぴょんぴょん跳ねていることに気付いた。誇りを持っている己のリーゼントがボロボロになっている、それ即ち必死の奮闘の証だった。もっとも、
「君......その髪...」
「あ”ぁ”?」
彼の髪型の由来を知る者しか、その証に気付くことが出来ないのだが。
「セットに時間がかかるだろうに、僕のせいですまない...
会った時に思ったんだが、その髪型、君によく似合っていてかっこいいね」
「......へ?」
時が止まったように仗助はきっちり3秒固まっていた。素っ頓狂な声の音源が己の喉からだと、仗助は遅れて気付いた。
貶されてプッツンすることはまァあるけどよォォ〜〜......
かつて髪型について他人に褒められたことがあっただろうか。
真意を確かめるためにじっと菫色の瞳を見つめたが、濁りのない純粋な瞳が嘘ではないことを物語っていた。
命の恩人で憧れの人の髪型。それが似合っているだなんて。どうやら彼はなんて事ない顔で、自分に最大の賛辞を送ってくれたようだ。
「.........こほん。へ......へへっ...こーんくらいすぐ直せるんで大丈夫っス!!
照れ隠しにリーゼントの少年は制服から魔法のように櫛を出すと髪を整え始める。
「ふふ、じゃあ僕も失礼しようかな」
花京院も懐から櫛を取り出すと、前髪を整え始めた。
目の前の彼も、特徴的な前髪をしている。(それが決定打になって仗助は彼が甥の仲間だと気付いたのだ)
もしかしてお互い髪型にプライドやこだわりを持っているのかも...とちょっぴり赤くなった顔が見られないよう俯きながらリーゼントを整えて思った。
お互いが櫛を仕舞ったタイミングで花京院が口を開いた。
「僕の方も、攻撃を仕掛けてすまなかった」
「いっ、いやいや! 知らない人間に急に声を掛けられたら警戒しますって!! 結果的に攻撃されてませんし!!
そ、それに、さっきから花京院さん謝ってばっかっス! 俺ァあんたに謝ってほしくって助けたわけじゃあないっスよッ!!」
「......君も謝ってばかりだったじゃあないか」
「い、いやぁ、そうでしたっけ?? じゃあやり直しましょ!
はじめまして花京院さん!よろしくお願いします!」
「...そこからかい? ふふふっ...ああ。はじめまして仗助くん。よろしく。そして”ありがとう"」
「い、いやぁ…改めて言われるとちこっと照れるっスねぇ〜〜…へへ…どういたしましてっス!!
…ん? ってことは花京院さんもスタンドが出ねーんスか?」
「ああ。そのことも含め、自分たちの情報を共有しないかい? この状況について、糸口を掴めるかもしれない」
「そうっスね! 2人一遍に同じスタンド攻撃を受けてんなら、なんか共通点がありそうっス!」
「ああ。君がどこまで承太郎から話を聞いているか分からないが、とにかく説明させてもらおう。
まず、僕はカイロにいた。イギーという仲間の犬をSPW財団に手当てしてもらい、共に承太郎たちのところへ向かっていた。
その時、僕はカイロの路地裏に落ちている本に目を留めた。なぜなら、その本がカイロの路地裏に落ちているのはとてもアンバランスというか...周りの景色に溶け込めない程にピカピカに輝いていたからだ。どう見ても新品の本だった。
その不自然さに敵の罠かと思い、僕は本に近付き、先を行くイギーに声を掛けようとした。ところが声を掛ける前に、ひとりでに本が開いて光った。そして光で目が開けられなくなり、つぎに目を開けたら、知らない男の子がいて、隣に仗助くんがいた。しかもここはエジプトのカイロではなく日本で、僕の知らない学校にいた...というわけだ」
「おっ、イギーも知ってるっスよ〜 承太郎さんの帽子にガムをつけたクソ犬っスよねッ?」
「おや、僕はそのことは知らないんだが、そんなことがあったのかい?」
(げ!? これって未来のことだったか!!)
「ぃゃあ〜!勘違いして違う人だったかもしんねーっス! とにかくすげークソ犬って聞いてます!! ポルナレフさん?が初対面でひでーめにあったとか!!」
「ふふふ、すまない。冗談さ。僕は見ていないが、そうらしいね」
(これ以上ボロを出す前に話変えちまおう...)
「よっし! 次は仗助くんの話っスよォ〜!!
俺は、杜...(杜王町って言うのは不味いか...!?)...日本の学校の帰りでした。
俺も路地裏で古...(古い本っていうのは不味いよなァ〜!花京院さんが見た本と同じっぽいし、未来ってバレちまう)...こほん。捨てられてる本を見つけまして...
なんか...怪しさを感じたっつーか...とにかくこれは調べねえとやべえと思って路地裏に入ったんス。
この後は花京院さんと一緒ッスね。本が勝手に開いて、こう、ピカーっと光っちまって、周りが真っ白で何も見えなくなりました。その後、俺は知らない学校にいて、知らない男子と花京院さんがいました」
「なるほど...どうやらあの本がスタンドだったようだ。僕が確認した限り周囲20mに本体らしき人間はいなかった。仗助くんはどうだった?」
「うーん、薄暗くてよく分からなかったんスけど、人の気配はなかったです」
「本体は近くにいないが、本に近付くことが、スタンド能力の発動条件。このスタンドは近距離パワー型じゃあないから、本体が近くにいなくても不思議じゃあない」
「んで、ページが光って見覚えねーとこに飛ばされる...と。たぶん俺たち、本の中にいるってことっスよね...」
「ああ。その可能性が高いだろう。
......仗助くん、君はその本のタイトルを見たかい?」
「いえ、読めなかったっス」
「僕は『MysterY booK』と書いてあるのを見た。
これは僕の推測なのだが...
・本から出るには、謎を解く必要がある。
・謎解きには時間制限がある。
おそらくこういう条件がある」
「なるほど...タイトルから謎解きが必要なんだろうってことっスね。でも時間制限ってどういうことっスか?」
「本には必ず終わりがある。スタンド能力が発動した時、開いたページは表紙だけだった」
「あ、確かにそうでした!」
「僕たちが謎を解けなかった場合、何らかのストーリーで命を落とすんだろう」
「殺人鬼に爆破される、とかっスね」
「ふふ、随分過激な殺人鬼だな...。とにかく使える時間は少ないと考えた方がいい」
「そうっスね。この世界だとスタンドが使えないってルールがあるから尚更っスね…!」
「それについてなんだが……ッ!」
「か、花京院さん?! また腹が痛むんスか?!」
「……平気だ...時間…ない…僕を、置いて...彼に…話を…」
そう絞り出して、花京院は再び死人のような青い顔でソファに逆戻りしていった。勢いよく彼に掛かっていた布を剥がすと、またしても腹が貫通しており、黒い革がよく見えた。
全ッ然平気そうじゃあないっスよォォ〜〜...!
でも...花京院さんの推理通りなら時間がねぇ...早ぇとこ元の世界に戻らねーとこの人はずっと腹に穴が開いたままだぜ...
再び半泣きになった仗助だったが、キッと顔をあげると拳を握り勢いよく立ち上がった。
* * * * * *
「うっし...こんなもんかなァ?」
先程と変わらず散らかった美術準備室。
しかし先程までとは異なり、引き戸の窓に内側から黒い布がガムテープで留められていた。大きめの布を何度も畳んで窓と同じサイズにしたもので、廊下からの光が遮られていた。
その窓は仗助がこの部屋のソファを見つけた窓だった。そこからはソファがよく見える。敵のテリトリーにいるため、意味があるか分からないが少しでも負傷している花京院を見つからないようにするために、仗助が美術準備室の奥から黒い布とガムテープを引っ張り出してきたのだった。美術準備室には、上品なシルクから色を吸いすぎて泥のような色になっている雑巾まで布だけでも様々な種類が揃っていた。
「しっかし、なんでもあるな〜。美術って奥が深えーってことかな。......よし、完成っと」
仗助は走らせていた万年筆を置くと、花京院の近くの机にスケッチブックを置いた。花京院の顔色は数分前より良くなっており、回復に向かっていることが伺えた。
「すんません、花京院さん。いってくるっス」
早く謎を解いて花京院を腹の呪いから解放すべく、仗助は気合を入れて美術準備室を出た。