屋上の階段を降りて5階に着いたが、さて。
「結構広いよなァ…この学校…5階だけでも色々教室があるぜ…」
「問題は、『5階のどの教室で何の野暮用だったか』ですよね…ごめんなさい。ボクもそこまで詳しく聞いてなくて......」
そう、5階と言えど教室はたくさんある。パッと仗助が頭を上げた先には調理室の文字。そのまま頭を下ろし前を向くと教室がズラリと並んでいた。この中の、どこに彼は野暮用があったのだろうか。皆目見当もつかないがとにかく探してみるしかない。むしろ階数が限定されているだけマシだ。現場ひゃっぺんが口癖の刑事ドラマのように気合いを入れた。
「お前が謝ることじゃあねぇって! よっし! とにかく片っ端から教室入っていこうぜ!」
「う、うん!!」
「とにかく気合いだぜ!うおーっ!!」
「う、うおーーっ!!」
気合十分な2人が調理室に手をかけた瞬間。
「わっ!!!」
「「うわぁっ!?!?」」
意識が完全に調理室の引き戸に向かう中、気配もなく後ろから不意に高い声が聞こえて、2人は驚きで飛び上がった。友野は驚きのあまり尻もちをついてしまった。
仗助が友野に手を差し伸べて彼を立たせている間にも高い声は音を紡いだ。
「あはは! いやぁ、驚かせてごめんね? 神出鬼没な新聞部部長とは私のこと!! 君たち!ちょっと取材いいかな!?」
「絶対ごめんて思ってねぇだろ...」
「うぅ......寿命縮みましたぁ......」
振り向いて改めて向き合うと、そこには少女が1人。赤いメガネが印象的だ。黒い髪はボブカットに切りそろえられ、耳には大工のように鉛筆が引っかかっている。首から下げた厳ついカメラは素人の仗助から見てもなんだか高そうな品だった。目はいたずらに成功してご機嫌なようで見事な三日月を描いている。
「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。そのまんまにして、気合いを入れたのに開きもしない調理室へ挑む、ちょっとかわいそかわいい男子高生が生み出されるのを指をくわえて見ている方がよかった?」
「え、開いてないんですか?」
ガチャリ
言葉と共に友野が調理室の引き戸をスライドさせようと試みるが、無情な音が響いた。
「「............」」
あれほど叫んで気合いを入れたのに開いていないとはバツが悪い。しかもそれを女の子が遠くから見られていたのだ。2人はほんのり顔を赤くして俯いた。
「......ごめん。変わらんかったわ。可愛いね、撮っていい?」
「ッ! んで!? 取材ってなんスかッ!? てか誰っスかあんたぁ!?」
カメラを構えて微笑ましいものを見たと顔に書いてある少女に、仗助はこの醜態を記録に残されてたまるかと顔を思いきり覆って吠えた。
「あ! ごめんね、名乗ってなかった! 私は新聞部部長!2年の佐香さこう! よろしくね、1年生くんたち!」
「なんで1年って分かったんスか...??」
「む! もしや君が噂の転校生くんか! なら知らないのも無理ないね」
「東方くん、この学校は学年によって上履きとネクタイかリボンの色が違うんです。今年は僕たち1年が青、2年が緑、3年が赤って色分けになってます。」
友野の解説を聞いて視線を足元に向けると、仗助の白い上履きの先端は、青くなっていた。彼が1年生である証拠だ。
半袖の制服を着ている友野はネクタイをしていなかったが、上履きは同じ青だった。
「そーいやさっきの屋上の奴も同じ1年だって言ってたなァ...これを見たのか...随分と目がいいな〜」
「それで......あの、新聞部の部長が取材って......ボク達に何を聞きたいんですか...?」
「そりゃあ決まってるよ! ズバリ梔子くんの死について、だ! 私はこの件について記事を書きたい! だから持っている情報を全て教えてほしいッ!」
「お断りします。そうやって記事を書くだなんて、死者への冒涜です」
友野ははっきりと先輩の部長への拒絶を示した。先程からおどおどと後ろを付いてくる彼の気の弱い場面しか見てこなかった仗助は少し目を丸くした。
彼女へ冷ややかな軽蔑の目を向け、間髪入れず温度のない声のまま友野は言葉を続けた。
「彼の名誉に傷を付けるなんて許されることじゃあないです。もうこの件に関わらず、今後一切ボクらに近付かないでください。」
これまでの友野とは別人のようだった。言い切ると同時に彼は踵を返した。その背中は、もう話すことなど何もない、時間の無駄だったと物語っている。
仗助が友野に声をかけようと息を吸った瞬間。
「待って」
それまでとは打って変わって静かな声が響いた。強い声ではない。大きな声でもない。しかしその声は自然と2人の動きをぴたりと止めた。きっと声の芯に静かに燃える怒りがあったからだ。
「取材を断るのは構わない。でもその言葉は心外だ。私をエンタメ性のために面白おかしく脚色する三流以下の反吐野郎たちと一緒にしないでくれ」
音も無く彼女は友野に1歩近づく。
「私は真実を知りたい」
もう1歩。やはり音は出ない。
「彼は確かにクラスで上手くいっていなかったようだけど、私は彼はそんなヤワな男じゃあないと思ってる。自ら命を絶ったとしても、原因の究明は必要だ。同じ悲劇を繰り返さないためにも、ね。
目的は同じなんだから、そのために私を利用すればいいじゃあないか」
真実が知りたい。
思いに違いはない。
まっすぐな目が交差する。
「......梔子くんへの誹謗中傷を書かないと、保証できますか?」
「記事は私にとってあくまでもおまけであり備忘録であり言い訳のようなものだよ。真実が知りたい、それが私の目的。誰かが隠しているのなら尚更ね。
人間って理由がないと行動できないでしょう?
新聞部だから首からカメラをかけてても自然だし、真実を追うのも記事のためだと言えば部活動として扱われる。
でも部活動である以上、記事は書かなくてはいけない。私が好きに生きる隠れ蓑がなくなっちゃうからね。
私は嘘を嫌悪してる。
だから真実を知ってそれを記事にした結果、彼の名誉を傷付けることになるかもしれない。だから保証なんてない。言葉ってのは重いんだ。ほいほい保証だ約束だなんぞできるもんか」
仗助は知り合いの漫画家の顔が浮かんだ。彼女は彼に少し似ていると感じた。仗助にはよく分からないが漫画へのリアリティへの思いが近いように思ったのだ。漫画家とは友情を期待したりもしたが相変わらず犬猿の仲。街で会えば険悪で気分が沈んでしまう。だがそれでも彼は仗助にとって、信用できる仲間であった。
彼女は信用できる。
仗助はなんとなくそう思った。隣の友野に視線を向けると彼も同じ気持ちなのが伺えた。2人で頷きあうと彼女に向き直った。
「まっ、さっきみたいに間違えちゃうことはあるんだけどね〜ン? ウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです… にんげんだもの。さこう。
……お? その様子だと取材受けてくれるかい? まァダメだと言っても受けるまで付きまとうだけだが。
だけど私への誤解は解けたみたいだね。やったぜ。という訳でお近付きの印としてこの子を貸してあげよう」
そう言って彼女は懐からデジカメを取り出した。横に新聞部とシールが貼ってあった。部活動で使用するものなのだろう。
「あくまで予備だから私の子より性能は劣るが、調査するなら物的証拠を記録するものを持っておいた方がいいよ。
あ、注意点としてはその子、少し調子が悪くってね。写真を撮った場合、現像しないと内容が確認出来ないんだ」
そういうと何か思い付いた様子の彼女は仗助がデジカメを受け取る前に、仗助と友野を写真に収めた。
パシャリという軽快な音と共に急に撮られた2人は面食らう。
「ほらね」
彼女はくるりとデジカメの背面を向けたが、液晶は真っ暗だった。
「難点はそのくらいで充分使えるからね、ぜひ可愛がってあげてくれよ」
仗助の手にデジカメが渡り、彼が礼を言うため口を開こうとした瞬間。
「見つけたぞ薫ぃぃいいーーーー!!!!」
彼女の背後からすごい声量の怒鳴り声がした。
佐香はゲッと言うと逃げのため走り出そうとした。しかし怒鳴り声の主はお見通しだったようで、目にも止まらぬ速さで彼女の首根っこを掴むとズルズルと引きずって行った。
離れていく佐香の口から大きな棒読みが聞こえてくる。
「わーー。き、君は副部長。わたしを新聞部の部室に連れていく気だねーー?」
「当たり前だ。それ以外にどこがあるんだ」
「わーーー。3階のー。...3階にある!新聞部の部室に!!連れて行くんだね!!!?」
「だからそうだと言っているだろうがッ!!」
「あー!! 3階で補習を受けていた生徒が目撃したらしい!! きっと私は動けない!! 重要な目撃者だ!! 部室に行く前に、なあ頼む!!」
首が締まっているにも関わらず遠ざかるにつれ大きくなる声。最終的には彼女の懇願を叫んでいた。
仗助たちは彼女の棒読みとかっぴらいた目で言いたいことが分かった。
どうやら仗助たちに3階にある新聞部に来てほしいらしい。2人は白い目で先輩を見送った。
「大変そうだな...(副部長が)」
「大変ですね...(副部長が)」
廊下に再び静寂が落ちる。嵐のような人だった。
しかしせっかく貸してもらえたデジカメだ。2人はデジカメに視線を落とすと、早速周囲の調査を始めた。
* * * * * *
手がかりを求め、開いている教室の中を2人で手分けしてシラミつぶしに探し回ることになった。
ここ5階は調理室や理科室、和室など実習がある教室が多い。夏休み中のため調理室を始め、開いていない教室の方が多いが、教室以外の学習室もあり、階をまるまる探すとなると効率が悪い。
そこでふと仗助は友野の言葉を思い出し、引っかかりを覚えた。
『梔子くん、5階で野暮用があるから』
(”5階で野暮用”...”5階”...)
学習室から出てきた友野へ近付くと仗助は問うた。
「なぁ、友野。梔子はほんとに『5階で野暮用がある』って言ったのか?」
「え? うん。直接も聞いたし、携帯のメールも残ってますよ。ほら」
友野は懐から携帯を出した。そこにはたしかに”5階で用事がある”と書いてあった。
「…直接とメール…つまり友野は2回、梔子からこのことを聞いたんだよな?」
「はい。そうなりますけど…どうして?」
「いや…なんつーか…こまけーことなんだが…なんで”調理室”とか教室の名前じゃあなくて”5階”って言ったんだ?って不思議に思ってよォ…用事があるならその教室名を言うような気がしてさ。ほら、”理科室で用事があるから”って具合に…」
「たしかに…階全体を差すのは少し不自然かもしれませんね…それも2回も…」
「俺たちは用事のあった教室を探していたが、もしかして野暮用ってのがあったのは教室内じゃあないのかもしれねぇ…」
「教室じゃあない…となると、廊下…? とかですかね? 早速探してみましょう」