雑にTS転生した俺氏、最推しの中ボスキャラになぜか迫られています 作:pantra
「心から礼を言う。きみは命の恩人だ。本当にありがとう」
「別に気にしなくていーよ」
深々と頭を下げる元生餌くんのつむじを観察して、左巻きだなぁとかどうでもいいことを考えながら俺は手を振った。
「そんなことより体はもう大丈夫そうか?」
「ああ、何とか。きみが使ってくれた回復薬のおかげだ」
解毒した後も朦朧状態でふらふらしていたので、シェリンガム領産の特製滋養薬を口から流し込んでやってどうにか持ち直したってところだな。
ちなみにこの滋養薬、原作中盤で手に入る中では最高ランクの回復アイテムなので結構値が張る代物だ。
まぁ俺が学院に就学するにあたって親父が購ってくれたものなのだが。
いずれにせよ俺にとっても貴重品であることには違いないが、人の命には代えられん。
「いいってことよ」
内心痛めた懐を気にしつつ何でもない風に手をひらひらさせる俺を見て、元生餌くんは困惑の表情を浮かべた。
「どうかしたか?」
「……いや、失礼した。そういえば名乗っていなかったね。ぼくの名はアンベール。アンベール・ジレ」
元生餌くんの名を聞き、自らの原作知識と照らし合わせる。
アンベール・ジレか。
やはり当人の名前も、ジレという家名も記憶にはないな。
響きからしてぺルグラン公国系の名前のようだ。
原作ゲームではぺルグラン公国は比較的イベントが少ない地域で、物語に係わってくるネームドキャラクターは限られている。
となると俺が助けたこの少年は原作ゲームに登場しないモブキャラでまず間違いないだろうが、念のため後で我がアサシンメイドたるリネットに裏取りさせよう。
何せリネットはその諜報能力と戦闘能力を買われて俺の側付きを任されている女。数日もあればこの少年の身元をつまびらかにしてくれるはずだ。
「俺はアデラインだ。よろしく、アンベール」
握手を求める俺の小さな手をおずおずと握り返したアンベールは、どことなく居心地が悪そうに言った。
「何というかきみは随分その、勇ましい話し方なんだね」
「口調なんざどうでもいいだろ。しとやかに喋ったところでモンスターが手加減してくれるわけでもなし」
「い、いや。別に非難しているわけではないんだ。ただきみのような可憐な……いや、気を悪くしたなら謝罪するよ。すまない」
学院でならいざ知らず、いち冒険者の立場でダンジョンに潜っている状況で猫を被る必要も感じない。
小うるさいリネットもここにはいないしな。
アンベールはさる貴族に仕える騎士見習いであり、武者修行として一人でダンジョンに潜っていたそうだ。
ソロでのダンジョンアタックはあまり賢い行為ではない。
俺だって式神を使って疑似的なパーティーを組んでいるわけだしな。
アンベールとてそれを知らないわけではないが、単独行動せざるを得ない事情があるようだった。
言葉を濁していたので俺も深入りはしなかったが、まあ必要とあらばリネットが調べ上げるだろう。
地下第3層までは危なげなく探索していたがこの場所でキラーストーカーの奇襲に遭い、実力差になす術もなく毒を打ち込まれて昏睡。
後は知っての通りだ。
「まあ、ユニークに遭遇したのは運がなかったな」
「アデライン殿の言う『ユニーク』とはギルドが特殊個体と呼んでいるモンスターのことかい?」
アンベールの問いかけを受けて俺は自分の失敗に気付き、慌てて誤魔化した。
「あ、ああ。俺の地元ではこう呼ぶんだ」
この世界はエルドレッド・サーガというゲームを元にした世界だが、まったくそれそのものというわけではない。
たとえばステータスやレベルがマスク化されていることもそうだし、他にも細かい違いは数えきれないほどある。
原作ゲーム中で使われていたユニークモンスターという呼称もなぜかこの世界では使用されておらず、特殊個体という別の言葉が用いられている。
この世界でユニークもとい特殊個体がいつどこで現れるか分からない脅威として非常に恐れられているのは知識として知っていたのだが、先ほどキラーストーカーのユニークという原作には登場しない特殊個体と遭遇したことで確信した。
この世界では原作ゲームに出て来ない特殊個体が存在し、出現場所も定まっていないのだ。
資料集に記載されていたユニークモンスターが生まれてくる設定と照らし合わせても不自然なことではない。
原作ゲームではユニークモンスターは第1作では出現場所固定で全108体。
一方この世界では理論上出現数の限界はない。いつ、どこで、どんな特殊個体と遭遇するか分からない。
プレイヤーにとっては絶好の遊び相手に過ぎなかった奴らを現実的なリスクとして計算し直さなくては。
想定を超える強さのモンスターと不意に遭遇するリスクというのは、死んだら終わりの現実世界では決して軽視できるものではない。
モーリスが妻子と笑い合い末永く幸せに暮らす未来を見届けるまで死ねるものか。
アンベールとはその後しばらく雑談をしてからその場で別れた。
彼は今日はもう探索をやめてダンジョンから出るそうだが、特製滋養薬を飲んで休息を取ったおかげで付き添いが必要ない程度には回復していたからだ。
もともと俺の目的は地下5層のロックリザードを狩って素材集めをすることだし。
命を救ってもらった恩返しをさせて欲しいとアンベールには最後まで食い下がられたが、結局名前以外こちらの情報は一切明かさなかった。
まあ、彼が今後もダンジョンでの武者修行を行っていくのなら、いずれまた顔を合わせることもあるだろう。
その時に気が向けば借りを返してもらうとするさ。
さて、ここらでこの世界でのハクスラ、エネミーのドロップアイテムについて説明しよう。
エルドレッド・サーガというゲームにおいて、エネミーを倒すと装備品や素材を落とすのはすでに述べたとおりだ。
エネミーごとにドロップするアイテム群が設定されており、その中からランダムに一つ落とす。
なお素材であれば品質、装備品の場合は品質に加えて追加護と呼ばれる付加効果がこれまたランダムで決定される。
この厳選に沼ると地獄を見ることになる。
俺? もちろん地獄の住人だったさ。
で、だ。
ゲーム内では特に説明もなく当然のこととしてアイテムドロップという現象をプレイヤーは享受するわけだが、設定資料集にはこの辺りの仕組みについて記載がある。
曰くこれらのドロップアイテムは魔素から生み出されるのだという。
魔素とはエルドレッド・サーガ世界を構成する根源元素の一つである。
大気中にも地中にも、そしてこの体の中にも魔素は存在する。
モンスターとは体内に一定以上の魔素を保有する生物を総称する言葉とされているが、実際には魔素が生物を象って実体化したものと言ったほうが真実に近い。
ゆえに死して屍を残すことなく、気体化した魔素に分解されて霧消するのだ。
その際に霧消を免れた一部の魔素が再物質化を果たしたもの。それがドロップアイテムである。
なお人間の場合、血中の魔素濃度が規定値を越える者に魔法能力が発現すると言われている。
さらに高濃度の魔素に長期間侵され続けるとモンスター化し、通常のモンスター同様にドロップアイテムを落とすようになる。
魔人。
それがモンスター化した人間の呼称だ。
ゲーム中のキャラクターで言えば、例えば我が推しモーリスの親友にしてラスボスの手先であったランドルフ・スティールがそれに当たる。
今現在のショタランディはまだ普通の人間のようだが……。
ともあれモンスターを構成する魔素が形を変えて武具や素材となることはこの世界でも認知されており、大いに活用されている。
俺が学院で学ぶかたわらでダンジョン探索も始めたのは、自身のレベルアップに加えてモーリス様を救うという最終目標に向けた戦力増強と勢力拡大を企図したものなのだ。
半日ほどロックリザード狩りに勤しんだ俺はダンジョンを出て学院へと帰還した。
およそ50キロほどの道程を韋駄天という高速移動特化の式神の力を借りて1時間足らずで駆け抜け、アッシュフィールド魔法学院の正門を潜る。
やれやれ、何とか寮の門限には間に合ったか。
学生諸君はこれから夕餉の時間といったところだな。
とはいえダンジョン帰りの血塗れ泥まみれ。
飯より先に風呂に直行だ、これは。
つらつらとそんなことを考えつつ寮へと通じる小道を歩いていると、横合いから超絶イケボで声をかけられた。
「ずいぶんと楽しい外出だったようだな、アデライン」
木陰から姿を現す我が推しモーリス。
あぁ~、寿命が延びるぅ。そんなところで何してたのか知らんけど、どうでもよくなるくらい今日も格好いいわ。
「最近冒険者資格を得てダンジョン通いをしているらしいな」
「は、はひ。そうです」
声が裏返った死にたい。
学院に入学して早3ヶ月。いまだにモーリスと向かい合うとド緊張してまともに喋れないクソ雑魚な俺氏。
このメンタルハムスターがよぉ。
「俺相手に畏まる必要はないと前にも言った」
「は、はい……うん」
背を丸めて縮こまる。
そういえば今の俺はダンジョン帰りでめっちゃ汚いしくさい。
うぅ、こんな薄汚れたドブネズミ系少女となった俺を何という澄んだ目で見つめてくるのだ。
尊い。好き。
「お前は奇妙な奴だ。アンバランスで得体が知れずめちゃくちゃだ。だが、俺はお前が学生たちの誰よりも行動力と向上心があると評価している」
「う、うん……?」
何の話だ、これ。
貶されながら褒められるとかどんなご褒美なんだ。
お金……お金払ったほうがいい……?
「俺には目的がある。それなり以上の覚悟でここに入学してきたつもりだった。が、まだまだ甘かったと思い知らされた」
「……」
気の利いた返事をしようと思ったが何も出て来ず、俺はたぶんアホみたいな表情を浮かべたままモーリスの圧倒的美顔を眺めていた。
「お前にも目的があるのだろう。だがその邪魔にならぬというのなら、頼みたいことがある。俺には恃みにする知己もパーティーを組んでくれる仲間もいない。ダンジョンに潜った経験もない。だが、俺は強くならねばならないんだ。どうか俺もダンジョン探索に同行させてくれないか。この通り、頼む」
言葉を切り、頭を下げるモーリス。
うん、つむじが右巻きだねぇ。鼻を埋めてくんかくんかしたいねぇ。
脳が過負荷で現実逃避を始める中、ただ一つ確信できることがあった。
神様いるわ、これ。
たぶんハムスターとか好きだと思う。