雑にTS転生した俺氏、最推しの中ボスキャラになぜか迫られています 作:pantra
2週間の馬車旅を経てアッシュフィールド魔法学院に到着した。
王都から馬車で半日ほどの距離にあるヘインズ湖畔に広大な敷地を持ち、学院とそれに付随する学院都市を形成している。
学院に入学する者は基本的に寮で共同生活を行うため、学院都市で宿を取ることなくそのまま学院に直行して入学手続きをする。
ちなみにここまでの旅には幾人かの使用人を伴ってきたのだが、1人を除いてここでお別れだ。
学院での寮生活とはいえ、使用人に世話を焼いてもらわなければ何もできない生活能力皆無の貴族のボンボンにとっては地獄の環境となるわけで、特例措置として申請した者は1人だけ使用人を伴うことが許可されている。
俺の場合、前世がど平民の日本人ということもあるし自分の面倒くらい自分で看られるのだが、両親がどうしてもと譲らなかったので仕方がなくメイド付きの寮生活を行う羽目になってしまった。
1人で放し飼いにしたりすればどこぞのヤリチンに犯されかねないと危惧したらしい。
まったく心配性にも程がある。
なお男子生徒に女性の使用人が付く場合、愛妾も兼ねる場合がままあるようだ。
貴族令嬢に手を出すくらいならメイド抱いてろというわけだ。
正直貴族って頭おかしいと思う。
「では参りましょうか、お嬢様」
ぱんぱんに膨らんだ旅行鞄を抱えたリネットが俺を促す。
「そうだな」
馬鹿でかい旅行鞄を二つ担ぎ上げた俺が相槌を打つと、生意気な我がメイドがぴしゃりと刺してきた。
「お嬢様。言葉遣い」
「はいはい。参りますわよ、リネット」
しなを作って返事をしてやると、リネットが『このあほ娘が』という視線を向けてきた。
言葉遣いくらい好きにさせて欲しいんだけどな。
疲れたようにため息を吐き出しているリネットを伴った俺は、学院寮の指定の部屋を目指して歩き出した。
5日後の夜、俺は先日仕立てたばかりの赤いドレスを身に纏って、学院の新入生歓迎パーティーに参加していた。
貴族や大商人の子弟が所属するだけあり、社交のためのパーティーホールが学院の中に用意されているのだ。
平民からすれば無駄な贅沢でしかないだろうが、貴族やそれに繋がる者にとっては社交は仕事の一部だからな。
といっても俺は美味い飯が食えたら後は壁の花で結構なのだが、最初くらいは挨拶して回るべきか。
薄めた酒が注がれたグラスを手にとりあえず手近な人物へ声をかけてみようと思ったのだが、目が合った相手の方から先に声をかけてきた。
「はじめまして。わたくしはソフィアよ。ソフィア・レッドグレイヴ」
「こちらこそお初にお目にかかります。おr……わたしはアデライン・シェリンガムと申します」
心の中でリネットとマーサばあやがしたり顔を浮かべる。
俺自身さほど体面は気にしないたちだが、さすがに入学した当日にいきなり俺ッ子デビューは回避したい。
「もしやシェリンガム子爵家の?」
「ええ。そういう貴女はレッドグレイヴ伯爵家の御令嬢でしょうか?」
目の前で柔らかい微笑を浮かべる金髪碧眼のとんでもない美少女の正体に俺は内心震えていた。
レッドグレイヴ伯爵は王統派の大物貴族なのだ。
俺がここで粗相をしてこの少女の機嫌を損ねたら、実家の立場が悪くなる恐れがある。
初手のあいさつでいきなりへりくだってみせたのはそれが理由だ。
こちらはただ魔法を学びたいだけなのに面倒な。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ここは学院でわたくしたちは共に学ぶ生徒。できれば対等な友人として接して頂けると嬉しいわ」
「……承知致しました、ソフィア様」
差し出された手を緩く握って目礼すると、美しい伯爵令嬢は思いのほか強い力で俺の手を握り返してから、少し悪戯っぽく目を細めた。
「ソフィー。親しい人はそう呼ぶわ」
「……では、わたしのことはアディーと」
最初に声をかけようと目を付けた人物がとんだ相手だったわけだが、覚悟を決めることにした。
大物貴族の娘というわりに取り巻きがいないところを見ると、どうやらこのソフィア嬢も派閥だなんだという生臭い思惑からは距離を置くタイプらしい。
前世の年数も合わせると両親と同年代くらいになる俺にとって、今さら学院で友達探しなどするつもりはないのだが、さりとていて困る存在でもあるまい。
それにソフィア・レッドグレイヴというのはエルドレッド・サーガの本編にも設定資料集にも出てこなかった名前なので、たぶん俺が係わっても主人公たちに影響することもないはずだ。
「うふふ。これからよろしく、アディー」
「ええ。よろしく、ソフィー」
嬉しそうに笑うソフィーはとても可愛らしく、女として俺でさえ胸の高鳴りを覚えた。
これで俺が男に生まれていて、ついでに身分のことを気にしなくてもいい環境なら絶対に口説いたんだが。
今のこの体でも口説いてもいいが、まあ変な奴扱いされるだけだろうな。
軍隊や修道院において男色は結構広く行われているらしいが、女性同士のそれはあまり認められていない。とはいえ女性が性欲を大っぴらに表に出すのはよろしくないとされているので、知られていないだけで実際には男同士が突っ込み合っているのと同じくらい、女同士でも陰で営んでいるのかもしれないな。
美少女の手を取って微笑み合いながら碌でもない思考を巡らせていた俺であったが、パーティーホールの一角で壁の花に徹している一人の人物が不意に目に留まり、それから心臓が止まった。
手から零れ落ちてしまったグラスが足元で割れた。
その音ではっと我に返った俺を心配してソフィーが色々と話しかけてくれるが、とてもではないがそれに応える余裕などなかった。
「な、何でこんな場所にあの人が……」
本編にはもちろん出てこなかった。
設定資料集にも何も書かれていなかったはずだ。
そもそもアッシュフィールド魔法学院自体、設定資料集の数か所に記載があるだけの裏設定的な存在なのだ。
それも本編に登場するキャラクターの何人かがこの学院の出身である、というだけの内容に過ぎない。
まして今俺の視界の先にいる人物がここに通っていたなんて情報、一行たりとも書かれたりはしなかった!
「モーリス・グラッドストン……」
俺の呟きは幸いソフィーの耳には届かなかったようだ。
ああ、俺の最推しキャラ。
記憶にある姿より若いが、それでもやっぱりバチクソ格好いぃぃぃ~!
「アディー、あの黒髪のお方が気になるの? この国では珍しい髪色ね……」
ソフィーの言う通りモーリスは黒曜石のような黒髪の持ち主で、エルドレッド・サーガにおいては東方大陸や南方大陸の民族に多い特徴だとされている。
一方でこの国を含む西方大陸に多いのは金髪や茶髪、それに赤髪。
そのためモーリスは異民族の混ざり子として幼少より蔑まれてきたと設定資料集には書いてあった。もちろん我が推しモーリスはそんな下らない差別なんてものともせず、一国の騎士団長にまでのし上がる傑物である。
ちなみにモーリスが騎士団長になるのは今から10年後の王国暦673年5月。そして主人公と戦って命を落とすのが3ヶ月後の673年8月4日、カドガン砦の戦い。
あ、やばい。
推しに会えた衝撃と歓喜、さらには前世での彼の死の光景のフラッシュバックで脳を焼かれて失神しそう。
「まあ、いいわ。ご挨拶しに行きましょう、アディー」
「ぴぇっ」
返事の代わりに俺の喉から発せられた異音を聞き咎め、ソフィーは整った眉を可愛らしく顰めた。
が、声をかけに行くという方針は変わらないようだった。
手汗でヤバいことになっている俺の手を嫌な顔もせずぎゅっと握ったソフィーは、生まれたての小鹿みたいに小刻みに震えている俺を断固とした足取りでモーリスの前まで引っ張っていった。
うおお、ご尊顔を近くで見るとますます格好よすぎる。
運営とデザイナーは何ていうキャラを生み出してしまったんだ。
濡れたような光沢のある黒髪に整った眉。切れ長の瞳は透き通ったエメラルド色をしている。鼻筋は通っているが比較的小ぶりで、まだ10代半ばという年齢のためか頬と顎の輪郭は少年らしい丸みを帯びている。口も小さく、くちびるも薄めで何だか全体的にこじんまりとした印象だ。
ゲームではいつも厳めしい表情をしていたので気付きにくいが、こうしてみると実は女性的な顔立ちをしていることが分かる。
背丈は俺より頭半分ほど高い。ということは165cm前後か?
ゲーム本編では180cm以上ある大柄な騎士姿だったので、まだ成長期とはいえ意外なほど小柄だ。
はぁ~、ショタモーリス格好良くて可愛いとか最高かよ。
いや、ゲーム本編では享年25歳だったからちょうど今俺と同い年の15歳だ。15歳で同い年をショタとは呼ばないか。若モーリス?
「……誰だ」
手の中のグラスを揺らしながら、モーリスがソフィーと俺に視線を向けた。
この声!
ゲーム本編そのままの中の人ボイスより年相応に少しだけ高い声。
エルドレッド・サーガはフルボイス仕様で、主要キャラの声は軒並み人気声優が務めていた。中ボスであったモーリスも当然その例に漏れない。
つまり何が言いたいかというと、めちゃくちゃ声がいい。
何というか、前世で聞いたことのある『耳が妊娠する』というのを体で理解してしまったぜ。
誰何の一声だけで膝が崩れそうになるとか嘘だろ。
挙動不審な俺の傍らでソフィーは優雅にカーテシーをしてみせた。
「お初にお目もじいたしますわ。わたくしはソフィア・レッドグレイヴと申します。こちらは……」
と、言葉を切ったソフィーが俺の肘を軽くつつく。
「……あ、あでらいん・しぇりんがむでしゅ」
噛んだ。死にたい。
だって最推しに自己紹介する機会が本当に訪れるとか思わないじゃん。
真っ赤に顔を染めてほとんど泣き出しそうになっている俺と、そんな俺を微笑ましげに見るソフィーのことをにこりともせず観察してから、モーリスはつまらなそうに応じた。
「モーリスだ。……伯爵家とおそらくシェリンガム子爵家の令嬢と見受けるが、俺に対して畏まる必要はない。何しろ俺は私生児だからな」
ソフィーが少し息を呑む。
そうなのだ。モーリスはグラッドストン侯爵が愛人である高級娼婦に産ませた子どもで、長い間母親と共に放っておかれたのだが強い魔法能力を有していると知って15歳になる間際にグラッドストン家の養子という形で引き取られた、という設定がある。
ただこの設定は知ってはいたが、まさかこの時期にこの国でモーリスに出逢えるとは思っていなかった。
設定資料集によると、彼の来歴はちょうど今ぐらいの時期から数年間空白になっているんだよな……。その後騎士になり母を引き取るため王都へ戻ってくるのだが、そこでは別れが待っている。
モーリスの母親は元々は東方の貴族階級の出自らしく、エキゾチックな容貌と神秘的な雰囲気を生かして富裕層の間で大変な人気を誇っていたそうだ。
しばらくの間はグラッドストン侯爵が金と権力に物を言わせて囲っていたが、モーリスが生まれると放逐されてまた元の高級娼婦に戻るがすぐに体を壊し、後年騎士となった息子に看取られて病で亡くなることになる。
そして、失意のモーリスは再び王都から姿を消すのだ。
貴族社会にとっても宗教的な意味でも私生児というのは一種のタブーなので、堂々とそれを打ち明けるモーリスにさしものソフィーもたじろいだようだった。
そんなソフィーの様子にやや鼻白んだような表情を浮かべたモーリスだったが、俺のほうへ視線を移すと妙なものを見るような眼差しに変わった。
まあ、俺はモーリスが私生児だとか色々背景を知っているし忌避感も一切ないからな。
ただただひたすらに目の前に実在して喋っている推しが尊い。
今はちょっと不愛想だけど、未来の部下に対してとか主人公と共闘している時とか結構笑ってくれるんだよなぁ。
でも……10年後に命を落とす運命は変わらない。
この学院にモーリスも入学してくるとは予想していなかったが、それは単に設定資料に書かれていなかっただけで別に歴史が変わったわけではないだろう。
俺はしょせんモブキャラだ。この場での出逢いはまだ本編の流れに何の影響も及ぼしていない。
ここからなのだ。
この俺の手で推しを救ってみせる。
モーリス自身と本編の台詞と設定資料にだけ言及がある彼の妻子。そして彼が守ろうとしていたものすべてを救い、なおかつ主人公たちの物語の邪魔もしない。
そんな方法をこれから見つけ出さなければならない。
……そういえばモーリスの妻子って名前も顔も設定がないんだよな。
モーリスの関係キャラたちの台詞を総合すると、かなりの愛妻家かつ子煩悩らしく、普段の顔とのギャップもたまらなく魅力的なのだが。
まあ生い立ちを考えるとようやく得た母親以外の家族を大切にするのは当たり前か。
俺がモーリスの未来を救った暁には、一家の幸せを遠くからそっと見守ることにしよう。
決意の表情を浮かべる俺に怪訝な眼差しを向けていたモーリスだったが、やがてぽつりと呟いた。
「……お前、なんか変な奴だな」
はい、推しから罵倒いただきましたーっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして俺の第二の人生は大きく動き出していくのだが、この時の俺にはまだ知る由もなかった。
3年後のアッシュフィールド魔法学院。
卒業を間近に控えた時期、モーリスに呼び出された俺がなぜか人気のない物陰で彼に迫られる事態に陥るということを。
「アディー。卒業前の最後のパーティーで俺とダンスを踊ってくれるな?」
「え、え~っと……」
神よ。
なぜ俺は最推しキャラの圧倒的美顔に鼻先2cmの近さまで詰め寄られているのでしょうか。
背中は壁に押し付けられ、顔のすぐ脇には推しの腕。
これは古式ゆかしい壁ドンという奴では?
というかモーリス、なぜかすごい良い匂いがする。男のくせに。
「承諾以外の返事を聞く気はないぞ」
耳元で囁かれる圧倒的美声。
もはや耳が妊娠どころの騒ぎではなく、脳も子宮も蕩けて妊娠してしまいそうな心地を味わいながら、早くも遠のきつつある意識の端で俺は考えていた。
雑にTS転生しただけのモブキャラだったはずなのに、どうしてこうなった……?