雑にTS転生した俺氏、最推しの中ボスキャラになぜか迫られています 作:pantra
大学を卒業して社会人になって三年目。
責任のある仕事も任されるようになってきて、生活にも余裕ができ始めていた頃のこと。
仕事上がりに同僚と軽く呑み屋に立ち寄った俺は、ほろ酔い気分で家路についていた。
明日明後日は土日なので、大好きなゲームがたっぷりとできる。
エルドレッド・サーガのファンアート巡りもしたいし、小説も読みたい。
そういえば開発中という噂があるエルドレッド・サーガ4の続報は出ているかもチェックしないと……。
大学までは実家暮らしをしていたのだが、就職を機に親元を離れて一人暮らしをしている。
一応2DKだが中学生時代から集め始めて今なお増え続けているゲームやアニメのグッズで部屋一つはまるまる占拠状態だ。
もっと広いところへ引っ越さなければ、とは思って金を貯めている最中だが目標金額はまだ遠い。
引っ越し代も必要だが、家賃補助があるとはいえ広い家を借りると月々貯蓄に回せる金額がかなり目減りするから、貯められる内にできるだけ貯めておきたいのだ。
まあ、オタクグッズに使う金を減らせばいいだけかもしれないが、そんなことをしたら俺の心が死ぬ。よって無理な相談なのである。
とはいえ独身1人暮らしだし、趣味と多少の付き合いくらいにしか金は使わないので貯蓄をしていてもさほど生活が厳しいわけではない。
恋人もいないしな。
学生の頃はそれらしき存在もいたが、就活中に別れてからはそっち方面ではさっぱりだ。
やはり時々コスプレHを頼んでいたのが駄目だったのか? よく分からん。
……まあいいさ。
恋人がいなくても、俺にはいつだって右手があるからな。
鍵を開け、真っ暗な玄関の明かりをつける。
ああ、今日も帰ってきた。
寝室でスーツを脱ぎ、下着姿でバスルームへ直行。
脱衣所ですっぽんぽんになり、姿見の前で特に意味もなくフロントダブルバイセップスポーズを取る。うむ、ナイスバルク。
20分ほどでシャワーを終えた俺はボクサーパンツ一丁のまま、エルドレッド・サーガ2のエンディングテーマソングを鼻歌でうたいながら、寝室以外のもう一つの部屋でありオタクグッズで溢れたお宝ルーム、通称『書斎』へ向かった。
「ふふんふっふ、ふんふー♪」
まだ酔いが抜けておらずご機嫌の俺氏、書斎の扉の前で最推しキャラモーリスの戦闘時抜刀ポーズを格好よく決めてから、勢いをつけて扉を開けた。
電気がついておらず真っ暗な書斎。
数々の宝物に囲まれた部屋の中央に、誰かがいた。
真っ暗な部屋に無言で佇む、真っ黒い影。
姿も顔も分からず、輪郭さえ定かではない。
「んひっ?」
鼻歌でむせた俺の目の前で、その誰かが腕を持ち上げた。
掲げられたのは1メートルを超える長さのある棒……。いや、あれは刃物。剣だ。
そこから先のことはよく憶えていない。
唯一憶えているのは、振り下ろされた凶器が俺の体を斬り裂いた灼熱のような感覚だけ。
俺の名は轟公太郎。
特定のゲーム作品に重めの愛情を注いでいるきらいはあるが、それ以外はごく平凡な25歳の成人男性。
そんな俺の人生はこうして幕を下ろした。
とまあ、ここまで長々語ってきたが別に俺の前世の死因とかどうでもいいんだよ。
いやどうでもよくはないけど、今さら考えてもどうしようもない話だし、俺はもう轟公太郎じゃなくてアデライン・シェリンガムなのだから。
「どんな手段でも構いません。1人ずつ順番にあそこに用意された標的を破壊しなさい。ただし、必ず魔法能力を使用すること。条件はそれのみです」
一番最初の講義というかオリエンテーリングとして、俺たち新入生はだだっ広い訓練場に連れて来られた。
俺たちの担当教授だというムッチムチな体つきをした妙齢女性魔法使いから出された指示が先ほどの内容。
数メートルほど離れた場所には人間を模した形状をした木製の人形が立てられている。
しょっぱなから物騒だなと思わなくもないが、金のない平民が通う魔法学院とアッシュフィールド魔法学院の決定的な差はこれだ。
つまりこの学院では戦闘技能を持つ魔法使いを育成することを目的としているのだ。
ここに集められた生徒たちは皆すでに基礎的な魔法制御は習得している。
その上で各生徒の技術水準を推し測りたいといったところか。
指示を出した見た目がエッチな担当教授の隣には伝統的な灰色の三角帽子を被って埃っぽいローブを着込んだ爺さんが立っており、長いあごひげを撫でつけながら俺たち生徒へ実験動物を見守るような視線を向けてきている。
というかどっちもモブキャラだと思うけど何か濃い連中だな。
「では始めなさい」
順番を指示されるでも指名されるでもなく、開始の合図だけ告げると担当教授はチュニック風の衣服の胸元をはなはだしく持ち上げているおっぱいの下で腕を組んだ。でっっっっ!
……胸が重いんやな。分かるわ~。
俺も教授の真似して胸を腕で支えようと思ったが、そこには空虚な空間が広がっているのみであった。増幅魔法かけとこ。
「あら? アディー、今何か魔法を使った?」
こちらの所作に気付いたソフィーが鋭く指摘する。
それに対して俺は少しくちびるを尖らせて誤魔化した。
「ちょっと付与魔法をかけただけ」
まあ100%嘘ってわけじゃない。
ただ今はまだ効果が目に見えないってだけで(涙目)。
さて、ふざけるのはここまでにするとして。
前世の日本だったら、講義の場でこういう雑な振られ方をしたら互いに空気を読み合うことに腐心してなかなか一番手が現れないものだが、ここは中世ファンタジー的な別世界であり、生徒たちのほとんどは貴族階級か大商人のボンボンたち。
ようするに自信過剰な奴が多いわけだ。案の定一番手はすぐに現れた。
「よし俺からやる。ファイアー……」
「始める前に名乗るように」
意気揚々杖を構えた生徒に向かって注意を付け加える教授を見て『最初から言えや』と噛みつきたくなるが、高慢系ムチムチクール美女もいいものだ。俺は許そう。
「エインズワース伯爵家嫡男のベンジャミンだッ!」
水を差されてキレ気味に自己紹介したベンジャミン君(モブキャラ)が改めて魔法杖を構える。
魔石が嵌め込まれた短めのワンド。
純魔ビルドかな。珍しい。
「ファイアジャベリン!」
標的に向かってまっすぐに突き出したワンドの先端から炎の槍が素晴らしい速度で射出された。
すげー、ほとんどミサイルだ。
ベンジャミン君が放ったファイアジャベリンはあやまたず標的を貫き爆散させた。
自信満々に一番手を名乗り出ただけあって素晴らしい威力だ。
生徒たちの半数から畏怖と驚愕、もう半数から感嘆あるいは嘲笑が漏れる。
俺? 俺は素直に感心したよ。やるやんベンジャミン君。
名乗りでいちいち嫡男とか言う必要はないと思ったけども。
ベンジャミン君の雄姿に奮起したのか、後に続く生徒たちも派手なやり方で次々に人形を破壊していく。
武器を使う者や魔法を放つ者、方法は様々だが皆それなりに見事な腕前だ。
まあ、皆実家は金持っているんだし訓練は積んできているよな。
とはいえ、ベンジャミン君含め生徒たちの見せる技術はあくまでもこの世界の常識の範疇。
この辺りはしょせんモブキャラというわけか。
モーリスとランドルフ以外にネームドキャラはいないようだし……。
「え、えっと、ランドルフ・スティールです」
お、ランディか。
動きやすさを重視した半ズボンから突き出すふとももが眩しい。
相変わらずむしゃぶりつきたくなるようなショタだぜ。
という冗談はさておき、ネームドだけあってゲーム本編でのランディはなかなかに手強い実力者だ。
しかし今はまだ本編開始の5年前であり、ランディもわずか10歳のショタ。
意外と頑丈そうな標的人形を破壊することはできるのだろうか。
本編でのあの魔法が使えるのであれば楽勝だろうが、本編で敵として戦うランディは20歳の青年だ。
毛も生えてないような今のショタランディがどこまでできるのか、お手並み拝見だな。
「目つきが変わったわね、アディー。見たところ杖すら手にしてないようだけど」
ソフィーの言葉通り、ランディは無手のままその場にしゃがみ込み、両手を地面に押し付けた。
おいおい、マジか……。
「出ておいで、『コッペリア』」
言葉と共に放出された魔力が手のひらを通して地面に吸い込まれ、数m離れた標的人形の目の前の地面が盛り上がった。
「土魔法か?」
生徒の誰かが呟きを漏らすが、俺はランディの魔法が決して土魔法などではないことを知っている。
石交じりの土が噴出し、見る見るうちにそれはヒトの形、歪ながらも女性を模したと分かる形状へ変化した。
傀儡魔法。マジック・オブ・マリオネット。
作り出した人形を、あるいは人形に見立てた誰かを意のままに操る、ランディの固有魔法である。
ランディの作りだしたマリオネットは妙に人間臭い動きで標的人形を抱擁したかと思うと、次の瞬間体中から鋭く尖ったスパイクを無数に飛び出させた。
穴だらけになった標的人形がマリオネットの腕の中で粉々に崩れ落ちる光景を見ていた生徒の誰かがまたぽつりと呟いた。
「えげつねぇ……」
そういう感想が出てくるのも無理はない。
とはいえ炎で焼き尽くすのだってやられる方からしたら大して変わらんと思うが。
役目を終えたマリオネットが形を失って元の土くれに戻る。
本編では本物の人間と見紛うどころか、それ以上に美しい容姿をしていたランディのマリオネットだが、先ほどの歪な姿を見るに現段階ではまだそこまでの練度ではないようだ。
あるいは実力を隠しているかもしれないが。
今の俺ならランディに勝てるか?
どうだろうな。コッペリア1体だけなら何とかなるが、複数出されると押し切られるし、生身の人間を操られたら手に負えなくなる。
ラスボスの手先、ランドルフ・スティール。『哀玩人形ランドルフ』か。
無事に標的の破壊に成功し、弾けるような笑顔でモーリスの元へ駆け戻っていくランディ。
無邪気なその姿を見ていると、とてもラスボスと繋がっているようには思えないのだが……。
というか学院生活初日なのにランディの奴、モーリスに懐き過ぎじゃない?
何なの? 俺をBL沼に堕としたいの? 何ならもう半身浴してますけど??
まあいい。一旦絡み合うちんこ(妄想)のことは忘れよう。
今の俺は貴族令嬢アデラインだからな。慎みは実際大事。
さて次に挑戦する生徒は、と……。
「モーリス。モーリス・グラッドストンだ」
Fooo~!
モーリス様キター!
「ど、どうしたの急にっ!?」
隣にいるソフィーがびっくりした顔でこちらを見た。
やべ、声に出てたわ。
こちらの騒ぎに気付いてないのか、落ち着いた様子で腰の剣を抜いて構えを取るモーリス。
ああっ、あの構えは!
「Fooo~!!」
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