雑にTS転生した俺氏、最推しの中ボスキャラになぜか迫られています 作:pantra
土下座とは魂の所作である。
不退転の覚悟を持って繰り出される最終奥義。
そう、俺は今土下座をしている。
頭を下げたその先にいるのはベンジャミン君。エインズワース伯爵家嫡男ににして火属性魔法が得意なクラスメイトである。
「おr、わたしに火属性魔法のコツを教えてください!」
この日は火属性魔法の講義があった。
火、水、風、土の四大元素はもちろん、氷や雷、木など派生型や光や闇などの特殊型まで多種多様な魔法が存在している。
属性魔法は魔法使いにとって基本にして奥義でもあるのだ。
魔法能力者は大抵は何かしらの属性に適性を持つものなのだが、アッシュフィールド魔法学院においては少なくとも四大元素魔法は得手不得手関係なく習得を要求している。
それが戦闘魔法使いに求められる最低ラインというわけだ。
で、火属性魔法の講義においてそもそも火とは何ぞや、という内容を前世のあやふやな知識を引っ張って来て、燃焼の仕組みとか炎色反応などの知識をついついドヤ顔でひけらかしてしまった。
俺の語った内容はごく一部の知識階級でもまだ完全には解き明かしていないような自然科学ないし錬金術的内容であったため、クラスメイトたちはもちろん教授からも称賛を得ることができた。
ちなみに俺がどこでそのような知識を得たのか、という理由については昔親父におねだりして買ってもらった本に書いてあったと誤魔化しておいた。いいわけに使ってすまんな、親父。
さて、そんなこんなで異世界転生知識チートにありがちな気持ちよさを堪能しながら実技に取り組むことになったのだが、結果俺は青褪めることになった。
実技内容は火属性魔法の発動と維持。
加点式で教授が一人一人採点していったのだが、トップは文句なしにベンジャミン君。
最初のオリエンテーションで見せたファイアジャベリンも素晴らしい精度と威力だったが、どうやらベンジャミン君が火属性魔法に高い適正を持っているのは間違いなかった。
対して俺はというと、何と下から2番目。
かろうじて発動させることはできるものの、安定して維持することがまったくできなかったのだ。
ちなみに我が推しモーリスは貫禄のトップから3番目。
氷魔法に適性があると思われるソフィーも真ん中くらいの順位であった。
いやまあ、実を言うと火属性魔法にあまり適性がないのは前々から薄々気付いてはいたんだけど、まさかここまで駄目だとは思っていなかった。
さすがにこれは何とかしなくては、この学院でさっそく落第生のレッテルを貼られてしまう。
発動自体はできているのでコントロールの問題だろう。
ということで、俺が白羽の矢を立てたのがクラスメイトの中でもっとも火属性魔法の制御に優れたベンジャミン君だった。
以上のような経緯があっての土下座である。
「お願いします!」
プライド?
何度でも言うぜ。
んなもん、チンコと一緒に前世に置いて来たわ。
「お、おい。レディーが何て格好をするんだ。やめたまえ」
「引き受けてくれるまで動きません!」
床に額を擦りつけたまま、我ながらタチが悪いことを全力で主張する。
というかベンジャミン君、俺のことをレディーと呼んでくれるのか。こんなげっ歯類系小娘のことを。
プライドの高い貴族のボンボンだと思っていたけど、意外と紳士じゃん。
何だろう、急激に好感度が高まってきたわ。
「わ、分かった。引き受けるから早く立ち上がりたまえ。皆がきみの奇行に注目しているぞ」
「! ありがとう、ベンジャミン君!」
「礼はいいから、ほら」
顔を上げた俺に手を差し伸べるベンジャミン君。
彼の紳士的な態度に感極まった俺がその手を取ろうとすると、俺とベンジャミン君の間に入ってきた第三の人物が出し抜けに両脇の下に手を差し込んで、ひょいっと俺の体を持ち上げて立たせた。
「アディーったら。淑女があのような恰好をしてはいけないわ。ほら、おでこが汚れていてよ」
取り出したハンカチで床の痕がついた俺のデコを拭い、続けて手のひらや膝の汚れを払っていくソフィー。
されるがままの俺とソフィーを困惑の表情で眺めるベンジャミン君。
何だ、この状況。
「えーっと、とりあえずよろしく。ベンジャミン君」
「あ、ああ」
というか、さっきからさりげなく尻とかふとももとか触られているんだが。
……いや、きっと他意はないんだろう。
女の子同士だし。俺はソフィーを信じるよ。
「きみ、才能ないな」
「ガーン!」
火属性魔法の発動を見せた後で容赦ないベンジャミン君の評価をぶつけられ、俺はショックを受けていることを分かりやすく表明した。
あ、今くすっと笑ったな、ベンジャミン君。
何だよ、意外と乗ってくれるじゃん。
「真面目な話、どの辺りが駄目?」
「そうだな。きみの場合発動自体はできているんだが、まったく制御ができていない。先ほど何度かやってみせてもらった結果分かったのは、根本的にきみが火魔法を、というより火を恐れているということだ」
ベンジャミン君は神経質そうに眉間を指先で押さえながら、俺の問題点を一つずつ指摘していく。
「気付いているだろうが、きみの火魔法はきわめて奇妙だ。通常、魔法で発生させた火が術者自身を傷つけることはない。にもかかわらず、一度目の発動できみは自らの手から生じさせた炎の熱に怯んで魔法の制御を手放した。二度目の発動では、きみは火の熱さを恐れるあまり、きみ自身にも、そして周囲にとってもまったく熱さを感じられない火を発現させた。言うまでもないが、あれは火魔法の見かけをしたただの幻だ。そして三度目、きみはマッチに灯るような小さな火を維持するのに全力を傾けた結果、呼吸困難で倒れた」
こうして聞くと改めてひどいな。
「結論を言う。きみには才能がない。というより、根本的に魔法というものが分かっていない」
なかなかに手厳しいベンジャミン君の評価。
とはいえ、彼の言うことには一理あるように思われる。
というのも、日本という異世界からどうしたわけか転生した俺は、あちらの記憶にどうしても影響を受けてしまっているからだ。
特にこの世界には現実にあって前世の世界では架空のものであった魔法などはそうだ。
魔法で生み出した火は術者本人を傷つけることはないと説明されても、火という現象の科学的な仕組みを知っている分、どうしても信じきれない部分があるのだろう。
ある意味では余計な知識があるために俺の火魔法は『魔法の火』ではなく『本物の火』を発現させてしまっていると言ってもいいのかもしれない。
それはそれでたぶん業界にとっては画期的な出来事な可能性があるのだが、正直実用性はほぼないだろう。
え、俺詰んでない?
「助けてベンジャミン先生!」
「ええい、縋り付くんじゃない!」
「そうですわ、アディーから離れて下さいエインズワースさん」
「きみの目は節穴なのか、レッドグレイブ嬢!」
俺とベンジャミン君の課外授業に当然のように参加していたソフィーが、俺とベンジャミン君の一次的接触を非難し、それに対してベンジャミン君が言い返している。
実際のところ、ベンジャミン君の腕に蛸みたいに絡みついているのは俺のほうなので、ソフィーの言い分は完全に言いがかりである。
俺の絡みつきは我が親父でさえ振り払えないのだ。ベンジャミン君如き細腕の若造では抵抗すらできまい。
ふふふ、顔を真っ赤にしおって。このまま俺のおねだり四十八手の前に堕ちるがよい。
「ちゃんと教えるから離したまえ!」
「本当に?」
おねだり四十八手のひとつ上目遣いの威力に耐えきれなかったのか、ベンジャミン君は視線を逸らしながらやや乱暴に頷いた。
よっしゃ言質取ったぜ。
「アディー、あなた……」
さすがのソフィーも俺の行動にドン引きしている様子だが、俺としても形振り構ってはいられないのだ。
モーリスのために必要なら俺は何でもやるぞ。
何やかんやあったが、ベンジャミン君が魔法の理解を深める手ほどきをしてくれることになった。
いわく、俺はどうも自分の魔力をあまり上手くイメージとして捉えられていないらしい。
この指摘の時点ですでによく理解できない。
エルドレッド・サーガでは魔法はマジックポイントを消費して行使される。
そのため俺のイメージもゲームとしてのエルドレッド・サーガに準拠している。
つまり総量が測定可能なある種のエネルギーが体内に蓄積、あるいは循環しているイメージだ。血液のようなものと言ってもいいし、もっと分かりやすく言うなら気の流れのようなものだろうか。
それが俺にとっての魔力だったのだが、ベンジャミン君やソフィーに言わせるとその理解では浅いらしい。
本物の魔法使いはそこからさらに突き詰めて、自らの魔力をより実体の伴った姿で認識しているそうだ。
それこそ色や形、温度、手触り。そういった感覚で。
そして、その認識に至るためにはとにもかくにも自らの魔力を知らねばならない。
「循環法?」
「そう、循環法だ。魔法制御を学ぶ上での初歩の初歩だが、練達した魔法使いでも瞑想に循環法を取り入れている者は多いと聞く。非常に重要な訓練なんだ。でも、きみはどうもその辺がおろそかのようだ。だからまずはとことん自分の魔力を感じるところから始めよう」
と言って、ベンジャミン君は手のひらを上にして両手を俺の前に差し出してきた。
「ん?」
「ん?じゃない。僕の手を取れ」
「いや、循環法ならおr、わたしでもできるけど」
「できてないから手伝うと言っている。いいから僕の手を取りたまえ。それとレッドグレイブ嬢。僕は火魔法のコツを教えるという約束を守ろうとしているだけだ。そんな目で睨まれる筋合いはないぞ」
「あら、ちょっと陽射しが眩しくて」
「今日は曇りだ、節穴嬢」
ベンジャミン君の痛烈な皮肉がおかしくてぷっと噴き出したわたしの脚を机の下からソフィーが軽く蹴飛ばした。意外とお転婆だな、この伯爵令嬢は。
「分かった。とにかくやってみるよ」
ベンジャミン君の手を取って軽く握る。
前世の俺と比べたらはるかに小さな少年の手だが、女の子である今の俺からすれば固く骨ばっていて大きな手だった。
それにあったかい。
「ふ」
「笑ってないで集中」
いいじゃん。
好きだぜ、ベンジャミン君。
もちろん最推しはモーリス様以外あり得ないが、きみとは友達になれそうな気がする。
ベンジャミン君といいソフィーといい、ゲーム本編に出ないモブキャラでも面白い奴はたくさんいるんだな。
まあ、それを言ったら俺の親父とか兄貴も大概面白キャラだったので分かってはいたことだが。
何というか、本物の人間なのだ。
改めてそれを実感する。
ゲームの世界に転生したというので、どうしても世界そのものをゲーム的に捕らえてしまいがちになるのだが、こうした何気ないやり取りがそれを誤りだと気付かせてくれる。
さて、この調子でゲーム的でない本物の魔法への理解も深めるとするか。
「いいか。自分の体に流れ込んでくる僕の魔力を感じるんだ。その色、匂い、温度、手触り。細心の注意を払ってありとあらゆるものを感じ取るんだ。そして交互に循環する流れの中で、僕の魔力と比較して自分の魔力がどのように感じられるかを意識しろ」
「……」
そういう意図がないのは重々承知しているんだが、何かベンジャミン君の言葉が意味深に聞こえてしまう俺の脳はたぶん腐っている。
二人でやる循環法は当然こうなるのは最初から分かっていたんだけど、互いの魔力を注ぎ合って循環させるってちょっとエロいよな。
これはもう実質セックスといっても過言では……。
馬鹿なことを考えていると再びソフィーに脚を小突かれた。
これが女の勘って奴かよ。怖っ。
今は俺も女だけど。
その後、ソフィーの機嫌を取るために彼女とも循環法を行うことになったアデラインだが、懲りずに『美少女と百合魔力セックス成し遂げたぜ』とか馬鹿なことを思い浮かべていてもソフィーに小突かれることはなかった。