雑にTS転生した俺氏、最推しの中ボスキャラになぜか迫られています 作:pantra
はい、というわけでね、今俺は学院のあるブルックス地方に点在するダンジョンの一つにいるわけだけども。
地下3層の曲がりくねった隘路を抜けた先の開けた空間。
その地面に一人の人間がうつ伏せに倒れている。
「……生きてるな」
「生きてるわねぇ」
隣に立つ金髪の女性に声をかけると、彼女もおっとりとした口調で同意した。
金髪の女性の名は白穂。俺の式神の一体だ。
「罠かな」
「罠ねぇ」
周囲に視線を巡らせるが、どこにも異常は見受けられない。
魔物の気配はどこにもなし、と。
不自然なくらいの静けさ。
「においは?」
「洞窟は鼻が利かなくって嫌になっちゃうわぁ」
白穂はそう零しつつ、小ぶりな鼻を少し上向きにして左右へ顔を動かした。
彼女の頭部と腰には狐のような毛皮に覆われた耳と尾が生えており、嗅覚も常人より何倍も鋭い。
「主以外にヒトのにおいはしない。獣の気配も近くにはないわねぇ。でも刺すような刺激臭が少しだけ」
「毒?」
「これは麻痺毒ね」
そう言って白穂は少し嫌そうに顔をしかめた。
「このダンジョンで麻痺毒というとキラーストーカーか? だけどこんな浅層で出て来る魔物じゃないはずなんだが」
「それも前世の記憶? 便利ねぇ」
式神の言葉に肩を竦めた俺は右手に手斧、左手にダガーを構えてすり足で進み出た。
さて、この『生餌』にどこまで近づけば出て来るのかな。
5メートル、4メートル、3メートル、2メートル50……。
それそろ来るか?
もう少し、もう少し……今!
前触れもなく右後方の頭上から落下してきた巨大な影から転がって逃れる。
素早く体勢を立て直した視線の先には、自動車ほどもある巨大なサソリの化物だ。
「うっは」
間近で見ると怖いわ、やっぱり。
俺、前世でも虫は触れなかったんだよなぁ。
触れなくても潰すのは不思議とできたんだが、その後処理が困るのよ。
「やっぱりキラーストーカーだな。何でこんな浅いとこに出てきてるんだよ、お前」
真っ黒い甲殻に覆われた巨大サソリは俺の問いかけに答えることなく、ハサミのように鋭利な口をがしゃがしゃ動かしながら俺との距離を測るように巨体を揺らした。
キラーストーカーは本来ならこのダンジョンの6階層より下で出没するモンスターだ。
見た目は恐ろしいがゲーム的にはしょせん雑魚敵だしレベル20もあれば充分に戦える相手ではあるのだが、どうも挙動がユニークモンスターくさいのが気になるところだ。
ゲーム本編にはキラーストーカーのユニークはいなかった。ただ設定的には充分あり得る話ではある。
ユニークだとしても所詮は雑魚敵と思いたいところだが……。
強そうなんだよなぁ、こいつ。
というか生餌戦術とか使える頭脳がこの虫にあるのが怖ぇよ。
問題の『生餌』を白穂が離れた場所に移動させたのを横目で確認しつつ、間合いを半歩踏み越えて相手を挑発する。
刹那、恐ろしげなハサミに左右から襲い掛かられた。
地面に這い蹲るように攻撃を避けた俺は、転がるように前方へ出て起き上がりざまに手斧をサソリの顔に叩きつけた。
後ずさって間合いを開けようとするサソリの動きに追従し、右の大ハサミの付け根にダガーを打ち込む。
「右!」
振り下ろされた尾針を転がって避け、宙に跳び上がって左のハサミ攻撃を躱した俺は空中で体勢を整え、斬撃スキルのハードヒットを左のハサミの付け根に叩き込んだ。
当然、固有スキルの『増幅』をかけるのも忘れない。効果があるのかないのかは微妙だが。
キラーストーカーの甲殻を正面から断ち割るのは今の俺でも困難だが、甲殻と甲殻の合わせ目であれば刃が通る。
根元から左のハサミを斬り落とされたキラーストーカーは、傷の痛みを感じていないのかお構いなしに突進攻撃を仕掛けてきた。
自動車ほどもある巨体だ。ぶつかってこられるだけでも十分な脅威となり得る。
が、キラーストーカーの攻撃手段の一つに突進攻撃があるとゲーム知識により知っていた俺は、余裕をもって攻撃を避けると離れた間合いから待機していた白穂に合図を出した。
「飛雷の術!」
片手で印らしきものを切った白穂から雷が迸り、右のハサミの付け根に打ち込んだダガー目掛けて稲妻を走らせた。
白穂の術による感電で動きを止めたキラーストーカーの体に飛び乗り、長い尾の付け根に手斧を打ち込む。
一撃では切断に至らず、手斧を振り上げて二撃目を打ち込もうとした俺を振り落とし、キラーストーカーは尾針の先でこちらに狙いを定めた。
「やっべ!」
敵が何をするつもりか悟り、とっさに手のひらを突き出して魔法を発動する。
「ファイアボール!」
野球ボール大ほどの火球が手のひらから飛び出し、キラーストーカーの顔面に命中。
たまらずキラーストーカーは行動を中断して後退する。
「わはは! ベンジャミン君直伝のファイアボールの味はどうだ!」
なんて言ってる場合じゃねぇ。
急いでその場から動いた俺を狙って、キラーストーカーは鋭い尾の先からレーザーのような勢いで毒液を射出してきた。
生餌に撃ち込まれた麻痺毒と違い、この攻撃は当たったら確実に死ぬ。
毒液の噴射攻撃は上位種しかしてこないはずなんだけどなぁ。
やはりこいつは俺の知らないユニークモンスターのようだ。
それにしても遠距離攻撃を徹底されると途端に不利になるのが俺の弱点だな。
だからこそ自前で汎用魔法を習得したいわけだが。
攻撃を食らわないよう上手く回避を続けながら白穂に呼び掛ける。
「白穂!」
「凍り付きなさい! 氷花!」
白穂が印を切ると地面から氷柱が生じ、キラーストーカーの体を巻き込みながら巨大な氷の花を形成した。
動きを止めた敵の尾を今度こそ両断した俺は、手斧で頭部と胴体を斬り離してとどめを刺した。
「何とか倒したわねぇ」
隣に並んだ白穂が地面に転がったサソリの頭を足の先でつついて言った。
「思ったよりてこずったな。もっと強くならなきゃ」
「レベル上げしないとね。……あ、死骸が消えるわ」
白穂の言う通り、キラーストーカーの死骸が黒いもやのようなものに分解していき、空気に溶けて消えていった。
後に残されたのはサソリの尾針を思わせる黒く禍々しい刀身を持つ短剣だ。
「魔蠍の短剣か。どうせなら長剣がよかったな……」
エルドレッドサーガはハクスラ要素があるゲームだ。
エネミーが落とすのは装備品か素材。人族に限っては金も落とす。
種類や性能は固定ではないので理想を追い求めると果てしない沼に嵌まることになる。経験者は語るって奴だな。
ちなみにエルドレッドサーガ第1作でキラーストーカーが落とすのは装備品では魔蠍シリーズの各種武器防具アクセサリで毒付与もしくは毒耐性が標準でつく。素材の場合は毒針、甲殻、ハサミ、眼球、毒腺だったかな。素材はクラフトや換金などで利用される。
「てかユニークっぽかったから、上位装備が出ると思ったんだけど。くそぅ、もう一匹出てこねぇかな」
「主の言ってた『はくすら』ってやつ? 望みの物が手に入るまで何百回何千回と同じことを繰り返すなんて酔狂よねぇ」
「より良いアイテムが手に入る可能性があるんだから、試すのは当然だろ?」
「そうかしら……」
疑わしげな様子の白穂だが、ゲームならいざ知らず本当に命を落とす危険がある現実世界でハクスラするのは確かになかなか理解できないかもしれない。
まぁ、俺はやるがな。我が推しモーリスを救うという目標のためにも。
とりあえず魔蠍の短剣を腰に差し、避雷針代わりに使ったせいで焼け焦げたダガーを収納魔法で回収する。
「で、あの子はどうする?」
白穂が親指の先で示した方向へ視線をやる。そこにはサソリの毒を食らって昏睡した人物が横たわっていた。
どうするも何も助けるために戦ったわけだが、その前に顔は確認しておかないとな。
ゲーム本編と関係ないモブキャラなら気にすることはないのだが、ネームドキャラだった場合には少々対応を考える必要があるし、万が一敵キャラだった場合には助けないという選択肢もあり得る。
近づいて観察するが、意識はまだ戻っていない。
性別は男。年齢は16、7くらいか。
……顔に見覚えはないな。モブキャラなら係わっても原作の流れや主人公たちへの影響はないだろうが、毒を治療して起こしてみるか。
収納魔法を再び発動し、麻痺毒に効果があるアイテムを何種類か取り出す。
ひとまず安いのから使ってみよう。
白穂に生餌くんの鼻を摘まませて口を開かせ、ひとつずつ薬を流し込んで様子を見ることにした。
しばらく時間が経って意識を取り戻した生餌くんは、うっすらと目蓋を持ち上げてぼんやりとした眼差しをこちらへ向けた。
「……天使?」
生餌くんの口から零れ落ちた言葉を聞き、俺と白穂は顔を見合わせた。
「おい、白穂。どうやら毒で目が曇っているらしいぞ」
「目が曇っているのはどちらかというと主のほうだとわたしは思うわぁ」
そう言って白穂は紅を引いたくちびるで弧を描く。
やれやれ。
我が式神の目も曇り済みだったか。
げっ歯類系少女たるこの俺の顔をなかば夢うつつの表情で見上げる生餌くんの様子を眺め、俺は小さく息を吐き出した。
へけっ!