シンのDesTinyが欲しい   作:シンの夢〇

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日刊・週間・月刊とランキングに入れていただけるほど評価をいただき大変恐縮です。ありがとうございます。
これほどのC.E.残党の皆様がハーメルンにいらっしゃったことに驚いております()


PHASE-3.置き去りの心

 

 

 

「ご迷惑をおかけしました」

 

 ハイネの遺品を引き渡した翌日、リゼラは私達MSパイロットと共にミネルバのブリッジに上がっていた。ハイネの引継ぎのためだ。

 

「ハイネ・ヴェステンフルスの事は残念だったわ……けれど、もういいの?」

 

「ええ。このままだと、ハイネに怒られそうで」

 

 ハイネと付き合いが長い事を気遣う艦長に、リゼラは微笑んで答えた。昨日までは全然部屋から出なかったのに。シンのヤツ……。

 彼女が復帰したことはミネルバとして喜ぶべきことなのだが、シンがその過程で()()をしたのかどうしても気になってしまう。

 

「お姉ちゃん、リゼラさん今日の化粧ちょっと厚めだよね」

 

 そうリゼラの方に注意が向いていると、横からメイリンが耳打ちしてきた。

 メイリンは――普段ならどうでもいいが今日は非常に重要な部分に――よく気が付く。言われてみれば確かに、目の周りがいつもより派手だ。

 

「昨日何があったのか気にならない? お姉ちゃん、パイロット同士だから聞けるでしょ?」

 

 こちらは人の色恋沙汰を主食に出来るほど、甘味に耐性も無ければ心の図太さもない。確かにブリーフィングルームや待機室等、他の人間が居ないところで一緒に居る機会は多いが、そもそも一体どうやって聞けというのか。

 

「アンタも何か考えなさいよ」

 

「ルナマリア、何か?」

 

 隣にいるはずのメイリンに話しかけた所、艦長の視線に引っかかってしまった。なんで私だけ、とメイリンの位置を確認したところ、いつの間にかオペレーター席に戻っている。我が妹はこういうところで要領が良い。

 

 引継ぎはつつがなく終わった。

 元よりZ.A.F.T.は軍隊だ。誰か1人死んだところで、機能不全となるような組織ではない。

 MS隊の隊長はアスランに戻り、リゼラはその下の次席指揮官として組み込まれた。一方で、大気圏内の戦闘においては私とレイがリゼラの指揮下に入り、その上でアスランが指揮することになった。

 艦長はダーダネルス海峡でのリゼラの直掩を評価しているみたいだけれど、シンがアスランの直下というのはあまり良い予感がしない。

 

 

 

「ルナマリア、ちょっとお願いしたい事があるの」

 

 引継ぎの後、皆が解散しようとする時に艦長が私を呼び止めた。

 他のMSパイロットがブリッジを出たとこを確認してから、艦長は私を艦長室に案内する。

 

「連戦続きのところ申し訳ないわね」

 

 そういうと、艦長は机の上に用意されていた機材の山を指した。カメラはともかく、指向性の収音マイクなんて、何に使わせる気だろうか。

 

「アスランから一時離艦要請があったわ」

 

「えっ!? じゃあさっきの引継ぎは……?」

 

 さっき隊長がハイネからアスランに戻ったばかりだというのに、1日どころか数分足らずでリゼラに変わるのだろうか。いくらZ.A.F.T.のMS隊指揮官が飾りみたいなものとは言え、ここまで頻繁に変わるのもどうかと思う。

 

「あくまで一時的なものよ。ダーダネルス海峡で現れたアークエンジェルとフリーダム、前大戦を終わらせた三隻同盟の一角とアスランは他人ではないらしいの。“彼らの真意を確かめる”とのことよ」

 

「それは……」

 

 体の良い()()()では、と思ってしまったのは私の思い込みだろうか。

 公式の記録には存在しないものの、前大戦でアスランがZ.A.F.T.を裏切り三隻同盟に付いたのは公然の秘密だ。結果としてプラント本国コロニー群への核攻撃及びジェネシスの地球への発射を防げたから無罪放免どころか英雄となったけれど、そう思わないコーディネイターは多く、そして人の口には戸が立てられない。

 

「“FAITHとしてその方がプラントのためになる”と強弁されたら、Z.A.F.T.の規程上断れないわ。ルナマリアの言うとおり、彼には()()がある。情に絆されてまた裏切らないとも限らない。だから、彼を監視してほしいの」

 

 もしアスランが裏切るつもりだった場合、バレたら不味いことにならないだろうか。

 できれば護衛が欲しいところだけれど。

 

「レイとシンは別の任務があるの。リゼラが母艦待機しているから、いざという時はグフに駆け付けてもらうわ」

 

 できればリゼラを遅いグフよりもセイバーに載せてもらって、特急便で駆け付けて欲しいんだけれど。というか、アスランの離艦はセイバーも一緒なの?

 FAITHの権限の強さにため息が出そうになるも、何とか取り繕って敬礼し、機材を持って艦長室を出た。

 

 

 

***

 

 

 

 アスランは一時離艦、シンとレイは別任務、ルナマリアは非番。すなわち私が待機のシフトである。

 いくら屈強なコーディネイターとはいえ24時間戦えるわけではない。たった5人では誰かが風邪をひくだけでシフトが破綻する。ミネルバはもう十分な戦果を挙げたのだから、前線に張り付くようなシフト必須のポジションではなく、後方からの火消し的に出撃するポジションに変更してもらえないだろうか。

 

 グフのコクピットに座っているだけでは暇だしエコノミークラス症候群になりかねないので、格納庫で整備兵達と雑談や簡単なゲームに興じる。

 始めはハイネの戦死後間もないということで気を使っていてくれた彼らだったが、それだと余りにもこちらの居心地が悪いので、私から適当なことを一方的に話していた。

 徐々にその緊張も解れていき、やれシンがどのフライヤーを何回壊しただの、今日ルナマリアがヘリを借りただの下らない会話が出るようになった時、シンの同期だというヴィーノが話を切り出した。

 

「あの、シンとはどこまで行ったんですか……?」

 

 私が赴任初日にシンに告白したというのは、いつの間にか艦内中に知れ渡っているらしい。エンターテイメントの少ない戦艦の艦内だ、自ずと話題は限られてしまう。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ヴィーノ君には悪いが私のヴァージンロードのための礎となってもらおう。

 

「落ち込んでいた私を……慰めてくれたの。格好良かったわ」

 

 実際格好良かったしね。傷心中とはいえこっちがドキマギしてしまったほどだ。嘘はついていない。

 一晩中付き合ってくれたことは嬉しかったけれど、翌朝シンのインパルスがエクスカリバーを抜いていたことを指摘したら慌てて部屋から出て行ったところは減点だ。

 そんなことを思い出しながらちょっと頬を染めて言えば、周りで聞いていた整備兵達が大盛り上がりした。

 

「やるな、シン!」

 

「あいつ抜け駆けかよー」

 

「帰ってきたら締めあげて洗いざらい吐かせてやる!」

 

 最後のは止めてあげて。未だ童貞なんだから。

 

 

 

 そんな下らないことに時間を費やしていると、ミネルバが発進するとのアナウンスがあった。シンとレイが捜索していた施設が、地球連合軍のエクステンデッドの()()施設だったらしい。

 放棄されていたものの、施設の破壊は十分ではなく資料価値が残っている。地球連合軍が再度破壊に来る可能性を考慮して、ミネルバは施設近辺へ移動するとのことだ。

 

 それからはニュースに事欠かなかった。

 施設の()()()()()()()()()()()()の余りのグロテスクさに、トライン副長がグロッキーになったのはともかく、あの冷静沈着で知られるレイまでもが倒れたらしい。

 その後、ほっつき歩いていたアスランのセイバーが帰還したと思ったら地球連合軍のガイアが襲来。インパルスとセイバーで鹵獲するも、シンが地球連合軍のパイロットを抱えて緊急着艦。インパルスを降りるや否や、その負傷した捕虜を抱えて走っていった。

 

「敵兵の治療など、艦長の許可無しでできるか」

 

 シフトを放り出して追いかけてみたら、案の定医務室で軍医に治療を拒まれていた。

 おそらく襲来したガイアのパイロットであろうその少女を必死に庇う姿に思うところが無くもないが、シンを手助けするとしよう。どうせ、その少女を殺したところでハイネは帰ってこない。

 

「軍医殿、その少女は恐らく、アーモリー・ワンを襲ったという大西洋連邦の特殊部隊の一員です。()()()しまっては何の情報も得られなくなります」

 

「しかし……」

 

「許可なんて直ぐ取る! だから早く!!」

 

 なおも渋る軍医に対して、シンが叫ぶ。シン、それでは誰も君に協力しない。折角の赤服が台無しだ。シンの肩を掴んで下がらせ、私が前に出る。

 色付きの軍服の使い方をお姉さんが教えてあげよう。

 

()()()()()()()()()。軍医殿、()()()()()()()()()

 

 にっこり笑ってそう言うと、軍医はつばを飲み込んで「治療に当たる」と宣言した。呆気に取られるシンにウインクで返事をする。

 そう、格好いいところを見せた瞬間、ベッドから飛び出した少女の飛び蹴りが直撃した。……シン、捕虜は拘束くらいしておいてね。

 

 

 

「死ぬのは、イヤァアアアアー!!」

 

 意識を取り戻して起き上がると、少女がシンを蹴り飛ばし、残りの軍医と看護師に目を付けたところだった。当事者のシンと私はともかく、巻き込んだ彼らを負傷させるのは非常にマズイ。私がせっせと築き上げたバック部門への信頼関係が水の泡だ。

 少女に横からタックルを仕掛けて壁に叩きつける。打ち所が悪かったら死にかねないが、さっきの蹴りのお礼だと思って我慢して欲しい。

 

「シン! こいつを拘束しろ!!」

 

 常人なら意識を失うほどの衝撃にすら構わず暴れる少女を無理矢理押さえつけながら、シンに指示する。

 

「大丈夫! 大丈夫だから!!」

 

 そう言いながらシンも少女を抱きしめる。

 あの、私「拘束しろ」って言ったんだけど?

 仕方がないので少女をシンに任せ、ベッドのシーツを引き裂いて少女の手足を縛る。ようやく落ち着いたところで、グラディス艦長が保安部隊を率いて医務室に突入してきた。

 誤魔化すにはちょっと時間が足りなかったかな。

 

 

 

「こんな馬鹿げた軍規違反、聞いたこともないわ」

 

 初デートが艦長室での説教になるとは思いもしなかった。

 艦長とシンの問答によれば、彼女はシンの知り合いということらしい。私という女性が居ながら、他の女にも手を出していた事実にショックを受ける。やはりティーンの男の子は大人の魅力より若さの方が良いのだろうか。

 

「リゼラ、貴女がいながら……いえ、貴女も一緒になってどうするの」

 

 シンの不服そうな顔を小突いて何とか神妙な顔を作らせようと頑張っていたところ、こちらにターゲットが移った。

 真面目に答えようかと思ったが、彼氏(ではない)に浮気(ではない)されていたショックを発散させてもらう。

 

「シンに教育的指導を施しておりました。彼は真っ直ぐでそこが可愛……真っ直ぐですが、組織内で物事を通すためには、多少歪んだ手段が必要であります。そこで実践手本を見せておりました。艦長の突入がもう少し遅ければ、上手く誤魔化せたかと」

 

 にっこり笑顔で堂々と言い訳してみたところ、グラディス艦長が額を抑えて大きなため息を吐いた。

 

「ここはZ.A.F.T.の戦艦で、私は戦艦の艦長なの。ここは保育園でもなければ、私は保育士でもないのよ」

 

 シンに行った説教より遥かにレベルの低い怒られ方をされてしまった。先任としての威厳がパァになってしまう。

 

「まぁいいわ、ついて来なさい」

 

 グラディス艦長は軍医からの報告を受けると、私達を医務室に案内した。

 

 

 

 件の少女は地球連合軍のエクステンデッドであるとのことだった。Z.A.F.T.のMSを訓練も無しに乗りこなしていたカラクリは人体改造だったか。

 コーディネイターが自然の摂理に反すると言いながら、エクステンデッドを作るのはどうなんだろう。あぁ、エクステンデッドは道具だから良いのか。コーディネイターと違って権利を主張したり国家を作ったりする事が無い。

 

 そんなエクステンデッドの少女に、シンは入れ込んでいる。

 

 オーブで失った家族――妹――の面影を重ねているのだろうか。それとも、本気で恋しているのだろうか。

 後者ならまだ良い。正々堂々シンの心を勝ち取るまでだ。問題は前者だった場合、どうやって死人に勝てばいいのだろうか。

 

 

 

「さっきはありがとう……ございました」

 

 医務室での状況説明が終わった後、シンが申し訳なさそうに呟いた。

 

「リゼラ……さんまで巻き込んでしまって」

 

「リゼラでいいよ。助けたかったんでしょ、その子」

 

 恋敵に手を貸すのは何か間違っている気がしなくもないけれど、そこは惚れた弱み。シンが必死になっているのに何もしないなんて、そんな私を私が許さない。

 

「ディオキアの海で会ったとき言ったんです、約束したんです。“俺が守るから”って。それを違えたくなかった、今度こそ守りたかった……」

 

 良いなぁ。私もシンにそう言って貰いたい。

 

「だから、ガイアのパイロットだって分かっても……ごめん」

 

 そこでシンは私から目を逸らした。

 あぁ、彼女がハイネを直接手にかけた敵であることを気にしているのか。確かに、私はこの前シンの胸の中で泣いていたもんな。

 

 ハイネは死んだ。

 フリーダムに武装を奪われ、インパルスの盾となって、ガイアに墜とされた。

 彼の死に、思うところが無いわけではない。

 

「ガイアのパイロットを殺したところで、ハイネは帰ってこないわ」

 

 戦争が私の人生に光をくれたけれど、それは戦争が終われば消える光だった。ハイネは戦争が終わった後も私をその光の中に置いておいてくれた恩人だ。

 その仇討ちができれば多少すっきりはするけれど、それだけではシンの気持ちとを天秤にかけれはしない。なにより、ハイネはそういう湿っぽいのが嫌いだった。

 

「俺は……まだそんな風にはなれません。父さんや母さん……そしてマユを殺した戦争が、オーブが許せません……」

 

 私だって、私の過去を全て許したわけじゃない。心の表側に蓋をして分厚くペンキを塗ったとしても、心の奥底では暗い炎が燻ぶっている。

 それをしっかり消して後片付けが出来る人間なんて、極僅かじゃないだろうか。大多数の人間は、そういうものだと諦めて生きるものだ。それがいつの日か再び火を吹くのだとしても。

 

「大丈夫。私も色々あったけれど昨日より素敵な今日がある。だから、シンもいつかきっと割り切って生きられる日が来るわ」

 

 シンは、「そんなものだろうか」と疑いの目を向けた。まぁ、それがシンの求める()()ではないのかもしれないけれど。

 それがダメでも、男には特効薬がある。

 

「それとも、私が忘れさせてあげようか?」

 

 シンの腰に手を回して、もう片方の手で私の赤服の首のホックを外したところ、シンは真っ赤になって逃げ出した。可愛いけど、ヘタレなのは減点ね。

 

 

 

 ミネルバはマルマラ海を出てジブラルタル基地へ向かうらしい。

 道中戦闘が想定されるため、私とシンの処分は保留となった。ミネルバの営倉よりジブラルタル基地の営倉の方が綺麗であることを祈ろう。

 そう、MSパイロットの待機室で思考に耽っていたところでルナマリアがやってきた。彼女はあからさまに不審な動きで周囲を伺い、待機室が私達2人であることを確認すると、小さな声で尋ねた。

 

「あの夜、シンと何があったの?」

 

 うーん、こちらも恋敵の予感。

 表情を見るに恋心半分出歯亀半分といったところか。その恋心も自分では気づいていないか認めていないかという状態。シンとの同期兼戦友以上恋人未満の状態にどうしたら良いか分からないのだろう。

 

「ナニがあったと思う?」

 

 たっぷり流し目で逆質問してみる。

 ナニを想像したのか知らないけれど、途端に真っ赤になった。

 

「……っ! わ、私が質問しているのよ!」

 

「シン、格好良かったわ」

 

 ヘタレだったけど。

 その辺は言わずに、想像の余地を残した答えを返す。

 

「これ以上、知りたい?」

 

 校則の厳しい軍事アカデミーでは()()する機会がなかったのだろう。耳年増な彼女は唾を飲み込むと、ゆっくりと頷いた。

 

「だったら、あなたはあの非番の日に何していたのか教えて頂戴」

 

 

 

***

 

 

 

 リゼラの言葉に釣られてシンのあられもない姿を想像していたところに、冷や水をぶっかけられた。アカデミーで防諜関係の訓練もしたけれど、ここまでの温度差は初めてだ。

 

「誰の差し金か知らないけれど、そういうお仕事の時は普段と異なることはしないことね。どうしてヘリなんて借りたりしたの?」

 

 リゼラは整備兵達と仲が良い。誰かが話したのだろう。

 もっとも、借りる時「内緒で」と言うのは難しい。彼らに任務の内容を伝えることになってしまうからだ。

 とはいえ、ただの状況証拠だ。リゼラは未だ何も知らない。

 

「シンもレイも知らないのなら、FAITH――アスランかグラディス艦長の指示ね。だったらミネルバ関係。でも、普通の人間は非番で外に出るにしても徒歩か車。追うにしてもヘリはいらないわ」

 

 リゼラは待機室の天井を見つめながら指を折り、1つ1つ状況証拠を確固たるものに変えていく。そして、こちらにその瞳を向けた。

 

「――セイバーで外出したアスラン以外」

 

 ぐっ、と詰まりかける喉を無理矢理抑え込んで、平静を装う。

 

「……何も知らないわ、何も」

 

 更なる追及が来るかと身構えたところ、リゼラは緊張を解くように手を振った。

 

「じゃあ、そういう事にしておきましょう。

 でも、気を付けなさい。私はヤキン・ドゥーエの戦いで要塞の守備についていた。そこで肩を並べて戦っていたジンやゲイツの何機かは、()()ジャスティスに落とされたわ」

 

「アスランは、悪い人じゃない……」

 

「そうね。ただ、今はそれが許されない状況よ」

 

 善い人だと思う。仮に裏切ったとしても、私達に銃を向けることは無いだろう。

 けれど、彼はこのミネルバで貴重な大気圏内飛行可能MS(セイバー)のパイロットなのだ。彼が迷うだけで敵MSの撃ち漏らしが増えるだろう。そうなった時、私達に被害が及ばないといえるだろうか。

 

 

 

***

 

 

 

 ミネルバの単艦航行が裏目に出た。

 

 ダーダネルス海峡で戦った例の地球連合軍とオーブ軍の索敵網に引っかり、網を張られていたのだろう。こちらがMSを上げる前にオーブ艦隊の主砲射程内に捉えられていた。

 整備兵達は慌ててMSを発進させようとするが、ブリッジから急遽発進停止の命令が掛かった。その瞬間、自己鍛造弾が甲板装甲を貫いて降り注ぐ。

 

<<右舷カタパルト損傷!>>

 

<<セイバー・グフを左舷カタパルトへ回せ! ザクは後から徒歩で出すぞ!>>

 

 砲撃の合間を縫ってインパルスとセイバーが発進、次いでグフもカタパルトへ進む。

 

<<グフを母艦直掩へ。リゼラ、今回の敵は本気よ。頼むわね>>

 

 ハイネ並みの無茶振りをしてくるグラディス艦長。まぁ、こんな状況ならむべなるかな。

 

<<グフ、発進どうぞ>>

 

 メイリンからのアナウンスと共に、電磁カタパルトのステータスが、「待機」から「発進」へと変わる。

 

『リゼラ・ガーランド、グフ、出撃します!』

 

 

 

 セイバーが欲しい。カオスでも良い。いや、ムラサメで妥協する。

 基本的に与えられた機体で満足してきた人間なのだが、今回ばかりは大気圏内で満足に戦えて、火力があるMSに乗りたかった。グフは悪い機体ではないが、如何せん今回は相手が悪い。

 

<<3時上方! ムラサメ6!>>

 

 オーブ軍も馬鹿ではないのだろう。今回はミネルバ攻撃のため、新鋭機ムラサメを主力とした高速の一撃離脱戦法をかけてきた。

 そしてこれがグフと相性が悪い。4連ビームガンの射程圏内に留まっている時間が短いため、複数機で突っ込まれるとグフの迎撃能力が飽和する。ビームソードかスレイヤーウィップで補完しようにも、それを使う右腕には4連ビームガンも付いているのだ。

 誰か私のゲイツを持ってきてくれ。

 

『レイ! 2機抜けた!』

 

<<……ッ、了解!>>

 

 レイとミネルバ、ついでにルナマリアもよく迎撃してくれているがその能力にも限度がある。

 今も私が討ち漏らした敵をレイがその的確な射撃で叩き落としてくれたが、死に際に放ったミサイルが数発、ミネルバの装甲を割ってしまった。

 

『ミネルバ! アスランとシンは!?』

 

 ヴェステンフルス隊で母艦に傷一つつけなかった自負のある私だが、流石にこれは迎撃能力を超えている。あのセカンドシリーズに乗る2人がもうちょっと敵を減らしてくれないとどうにもならない。

 

<<セイバーはカオスと、インパルスはアビスと交戦中です!>>

 

 何とか交戦の隙を見て、件の2機を確認する。

 インパルスはアビスが水中にいる間はビーム砲でムラサメを墜としてくれていた。セイバーはカオスの攻撃の合間にムラサメのビームライフルを狙撃していた。

 

 ……は?

 そのムラサメはまだ飛べるしミサイルも残っているんだが?

 

 そう回線に叫びたいのを我慢して目の前の戦闘に集中する。

 遥か上方で再度ムラサメ隊が集合し、突撃態勢を作っていた。4連ビームガンの射程外なので、手数を補うために持ってきたビームライフルを左手で構える。

 

 グフの射程外から攻撃されて驚いたのか、ムラサメ隊は不完全な突撃態勢のままこちらに突っ込んできた。その態勢なら4連ビームガンで一網打尽に出来る。

 先頭から順に叩き落とし、最後の1機が爆散したと思った時、オープン回線から流れ込んできた野太い男の叫び声に耳を焼かれそうになった。

 

<<貴様さえ落とせばミネルバは沈む! 全てが終わるのだ!!>>

 

 爆煙の中からMS形態になったムラサメがビームサーベルを引き抜いてこちらに切りかかってきた。味方を盾にしてまでやることがMS1機の撃墜かよ。

 こちらにはビームソードを引き抜く時間が無い。初撃を左腕のシールドで受け止めると、2撃目を入れようと一旦下がるムラサメ。甘いわ。空いている右腕のスレイヤーウィップで追撃し、電撃で姿勢を崩させる。もらった。

 

 引き戻した右腕を再度ムラサメに向けようとしたところ、ロックオンアラートと共に右腕がビームサーベルによって切り落とされた。

 

 

 

<<オーブ軍、直ちに戦闘を停止して軍を引け!>>

 

 オープン回線に響くカガリ・ユラ・アスハの声。またしてもフリーダムか。

 

 とはいえ、今はそれどころではない。オープン回線のチャンネルを切断し、目の前のムラサメに注力する。

 こちらが優位を獲得したと思ったら、フリーダムの一撃で逆転された。そして、ムラサメは未だ戦意を失っていない。どうせやるならあいつの腕も切っておけよ。

 

 彼我の距離が空いている今が最後の機会だ。牽制に左腕のビームライフルを撃つが、1発撃ったところでエネルギー切れ。右腕が無い状態では弾倉の交換もできない。

 それを好機と見たムラサメが切りかかって来るが、残念ながらちょっと距離がある。

 ビームライフルを投棄すると共に左腕シールドからビームソードを排出。途中まで出掛ったそれを、左手をぶん回すことで遠心力を利用して上方へ投げ出す。

 

 ビームソードが私の元へ返って来るのが早いか、ムラサメのビームサーベルがグフに届くのが早いか。どうやら後者の方が早そうだ。仕方がない、足くらいはくれてやる。

 ブースターを吹かして上昇。コクピット狙いのムラサメの剣筋をずらさせると共に、ビームソードを掴み取る。左手に動力伝達路が無いので実体剣として使わざるを得ない。

 直後、ムラサメのビームサーベルがグフの両足を切断するが、そのお礼としてムラサメのコクピットにビームソードを浅く突き刺し、てこの原理でこじ開ける。うん、今日は肉料理を控えよう。

 

「借りパクするけど恨まないでね」

 

 飛べなくなったグフのコクピットを開き、脱出用のジェットパックでムラサメに移乗。モノ言わぬミンチを機体の外に蹴りだして、血まみれのコクピットを操作する。

 

「IFFだけでも変えないとミネルバに撃ち落とされるわ」

 

 コンソールを操作するが全然ダメ。オーブ軍のOSなんて触ったこともないしね。操縦桿の配置等は似通ったところがあるから飛べはするだろう。救難信号打上げながらミネルバに着艦したら許してもらえるかな?

 

 

 

***

 

 

 

 クレタ沖の戦闘は酷いものだった。

 ダーダネルス海峡での戦いの教訓を踏まえたオーブ軍は巧みな戦闘を展開した。私達も精一杯抗って拮抗状態に持ち込んだけれど、アークエンジェルの介入の後、先ず母艦直掩のリゼラのグフが落とされた。

 

 リゼラは強奪したムラサメで無事に帰ってきたけれど、ハイネ隊長に引き続き前大戦以来のベテランを失ったと思い込んで気が立っていた艦長に撃墜されそうになった。確かに救難信号を出していたとはいえ、IFFはオーブ軍のもののままだったから。副長が止めなければCIWSで蜂の巣にされていただろう。

 

 リゼラのグフが墜とされてから、ミネルバの防空網は崩壊した。レイのザクが中破させられると状況はさらに悪化し、ムラサメ隊のミサイルで私のザクが大破。私は戦闘中なんとか回収され、医務室に担ぎ込まれた。

 その後、更にフリーダムにセイバーが落とされて、ミネルバのMSはシンのインパルス1機だけになったらしい。

 

 ただ、そのシンが凄かった。

 

 フリーダムの一撃を躱し、アビスを撃墜。デュートリオンビーム送電で機体のエネルギーを補給した後は、フォースとソードのシルエットでそれぞれ敵MS群とオーブ艦隊を殲滅したという。

 今では名実ともに誰もが認めるミネルバのトップエースだ。

 

「アスランさんはフリーダムになす術もなくやられちゃうし、シンに告ったリゼラさんが正解かぁ」

 

「ようやく見舞いに来たと思ったら、言うことがそれ?」

 

 ザクが撃墜され左腕を始め全身に大怪我を負い、しばらく医務室暮らしを余儀なくされて居た私へ、妹からの第一声がこんなものであっていいわけがない。

 

「だって私もお姉ちゃんもアスランさんに粉かけてたじゃん。やっぱ大人の女性の方が見る目あるのかなーって」

 

 確かに、最近のシン格好いいもんね。

 ……と喉まで出かかった言葉を何とか飲みこんで首を振る。

 

「なに? お姉ちゃんシンに乗り換えたの!?」

 

「誰が!」

 

 というか、そもそもアスランにも乗ってない。片足の、それも爪先だけだ。

 ちょっと“良いな”と思っていたけれど、最近のアスランは不調から抜け出せていない。人間、波があるのは仕方がないけれど、いつまでも一本調子で下降されると一緒に戦う身としては不安でしかない。

 

「なんだ、ようやく素直になったと思ったのに」

 

「勝手に人の心を捏造しないでよね」

 

 気にならない、訳ではない。

 むしろ、リゼラがシンにベタベタしているのを見るとなんか腹が立つ。ひょっとすると、メイリンが言うとおり「キープ君」だと未だに思っていたのかもしれない。そんな嫌な考えにはケリを付けたと思っていたのに。

 

「でも、私はお姉ちゃんの趣味はちょっと分かんないな。最近のシンはちょっと怖いし。シルエットやフライヤーの射出だって、めっちゃ怒鳴るんだもん」

 

 だから、勝手に人の心を捏造するなって。

 

 

 

***

 

 

 

 最近、戦場で不思議な感覚に陥ることがある。

 突然思考がクリアになり、視界が正面だけではなく全周を覆い、遠くで風が揺らす木の葉のざわめきすら手に取るように感じられる、そんな感覚だ。

 

 そして、それは()()だった。

 フリーダムの一撃を躱し、アビスを撃墜できたのはその感覚のお陰だった。

 

 だからこそ気付いてしまった。見えてしまった。

 アスランのセイバーがフリーダムに切り刻まれた瞬間を。

 

 

 

 ミネルバに帰ってきたらヴィーノを始め整備兵の歓迎を受けたが、余り嬉しくはなかった。それよりもステラの容体と、アスランへの怒りで頭が一杯だった。

 

 煮えたぎる頭を何とか冷やしてルナの見舞いに行ったが、アスランは来ていないという。一体、何をやっているんだよアイツは。

 艦内を探し回っても見つからないのでボロボロの甲板へ出たところ、そのアスランがいた。今はムラサメのミサイルで消し飛ばされてしまったのだろうが、あそこはかつてハイネと話した欄干があった場所だ。

 

「シン……」

 

 俺に気付いたアスランが呼びかける。なんて情けない声だろう。

 これがヤキン・ドゥーエの英雄だというのだろうか。これがFAITHだというのだろうか。

 そんな思いをアスランにぶつけた。いや、吐き出したといった方が正しいかもしれない。

 

「……アンタ、俺に言いましたよね。ハイネが撃墜されたとき、“彼女の心に寄り添えるのは、お前しかいない”って。だから俺はアンタがハイネのようにFAITHとして、隊長としてしっかりやるんだって信じてた。だったら、なんでルナの見舞いぐらいしないんですか!?」

 

 ルナがやられたのも、リゼラやレイが墜とされたのも、元を辿ればアスランがムラサメ隊相手への攻撃を中途半端なものにしたからだ。

 

「アンタがオーブに居る間やアスハの護衛をしている間に何があったか知りませんけれど、アンタは今Z.A.F.T.の軍人なんだ! アンタがしっかりしないから、ルナやレイ、リゼラだって死んでいたかも知れないんですよ!!」

 

 アスランは開きかけた口を閉じて噛み締めるように唇を結んだ。

 そして、少し震えたかと思うと、溢すように言った。

 

「俺は……分からないんだ」

 

「何が分からないんだよ! アンタなら簡単な事だろ!」

 

 アスラン程の人間なら分かっているはずだ。いや、分かっていなければおかしい。

 FAITHとして、隊長として、赤服として。俺でも理解できることが、アンタに分からないなんてことはあり得ない。

 

「それでも、俺はオーブを撃てない!」

 

「何で撃てないんだよ、アンタは!」

 

 思わず飛び掛かり胸倉を掴むが、アスランは一切抵抗することなく、ただばつが悪そうに口を開いた。

 

「大西洋連邦特殊部隊のアーモリー・ワンやユニウスセブンでの行動……あれを見たから、戦争を止めるにはZ.A.F.T.に復隊するしかないと考えた。

 だが! キラ……フリーダムのパイロットから聞いた。本物のラクスが、オーブで隠居していたラクスがコーディネイターに暗殺されそうになったと。

 この戦争は地球軍が起こしたと思っていた。だが議長にも不審な点が多すぎる! そんなZ.A.F.T.と地球軍に挟まれたオーブを……俺は撃てなかった」

 

「……なんだよ、それ……」

 

 頭がめちゃくちゃになりそうだった。

 本物のラクス・クラインはオーブに潜伏? だったら、この2年間プラントの復興を応援してきたのは? ディオキアで会ったのは? 全部偽物だというのだろうか。

 混乱する思考を一旦リセットする。そもそも、だからどうしたというのだ。今は戦争中で、オーブが大西洋連邦と同盟し地球連合軍の一員になったこととそれは、関係ないはずだ。

 

「だから、オーブを撃てないって言うんですか? だから、オーブを撃つぐらいだったらルナやリゼラ達が死んだ方がマシだって言うんですか!?」

 

「そう言う訳じゃない!」

 

「じゃあ一体何なんだよ!」

 

 また敬語が取れてしまったけれどアスランはそれを咎めず、ただ苦い表情をしたまま俺から目線を逸らした。

 今までだったら嫌味の1つか2つあるいは罵声か拳が出てきたアスランが、そんな状態になっているなんて――そう、失望する自分に少し驚いた。

 アスランは大嫌いだが、それでもアーモリー・ワンやユニウスセブン等で見せた前大戦の英雄の資質に憧れていた、その能力を認めていた。けれど、今のアスランにはそんなものは影も形も見えなかった。

 

「俺達はZ.A.F.T.のMSパイロットで、アンタはその隊長なんだ。そんな難しいことを考えたかったら、MSを降りてアンタのお父さんのように()()()()になってくださいよ」

 

 そう言い放って甲板を後にし、ステラの病室へ向かった。

 アスランは、俺が……俺達が今いる場所よりも遥かに遠い場所の事を考えていた。きっと()()()()()()()()なことなのかもしれない。

 けれど、今は俺達の隊長として一緒に戦って欲しかった。ここに居ない誰かの事を優先して欲しくなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「甲板で話すことではないでしょう」

 

 シンが居なくなってしばらく。まだ残って黄昏れていたアスランに声をかけた。

 本当はいつ声をかけようかと悩んでいたが、男と男の本音のぶつかり合いに女は不要なので引っ込んでいたのだ。

 

「リゼラか。後ろに何人いる?」

 

 物騒なことを言う。人数次第では殺して逃げる気なのだろうか。

 正攻法で軍事アカデミーを卒業した赤服に勝てるとは思っていない。両手を挙げて非武装である旨を示す。

 

「聞いていたのは私だけでしたよ。甲板に繋がる場所を上から下まで確認する羽目になりましたが」

 

「それはすまなかった」

 

 そこまで伝えて、ようやくアスランは構えを解いた。

 そういう殺気マシマシの状態は心臓に悪いからやめて欲しいんだけど。

 

「シンに怒られてしまったよ。しっかりしろって。俺がしっかりしないから、君やルナマリア、レイが死にかけたんだって」

 

「それは、否定できませんね」

 

「君は正直だな」

 

 アスランは力なく笑うが、死にかけた私にとっては笑い事ではない。

 FAITHで隊長と、どうしてもハイネと比べてしまうのだが、こういう笑いのセンスというか気遣いの無さがハイネより数枚、いや数十枚劣るところだ。アスランは部隊を率いたことが無いのだろう。ナスカ級数隻の部隊でも1年ぐらい率いてみれば、もっと良い男になるのではないだろうか。

 

「以前、ハイネにも言われたよ。“割り切れよ。でないと死ぬぞ”って。あれは俺じゃなくて、俺の周りの人間が、って意味だったんだな」

 

 遠くを見ながらそう言うアスランの目には、誰が映っているのだろうか。ハイネだろうか、それともクルーゼ隊の面々だろうか。

 かつてクルーゼは「既に“栄光のクルーゼ隊”は無い」と言った。戦死したクルーゼ隊員の中には、当時連合に所属していたアークエンジェルに撃たれた者も居ただろう。

 

「それでも、オーブを、アークエンジェルを、フリーダムを撃てませんか?」

 

「……分からない。いや、これでは“撃てない”と言っているのと同じだな」

 

 それでは困るんだけれどね。

 アークエンジェルという第三者にこちらを殺す気がなかろうとも、我々Z.A.F.T.は地球連合軍というこちらを殺す気満々の連中と対峙しているのだ。MSのメインカメラや武装の一部だけとはいえ、そんな状況で失えば微妙な均衡が崩れかねない。先日の私はそれで死にかけた。

 アスランには何とかヤキン・ドゥーエの英雄として、そして赤服兼FAITHとして、それに相応しい隊長になって欲しいところだ。

 

「シンの言うとおりです。私達はZ.A.F.T.軍人なのですから、その任を全うするのが第一でしょう。」

 

 相変わらず煮え切らない表情のままのアスラン。

 シンのバトンを引き継ぐつもりだったが予定変更、荒療治だ。

 

「それともデュランダル議長を暗殺しますか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

***

 

 

 

 ――隊長のご命令とあらば。

 

 そう冷たく笑って付け加えるリゼラを見て、背中に悪い汗が流れた。

 俺がそう一声かければ、「FAITHとしての命令だ」とでも言えば、きっと彼女は何のためらいもなく実行するのだろう。

 デュランダル議長は信頼できない。だが、だからと言って現段階の情報だけで、しかも武力で排除することが()()()行いだろうか。

 

「いや――」

 

「ですよね。だって、それは()()()行いではありませんから」

 

 否定しようとする俺を彼女が遮った。

 先程までの冷酷な表情がまるでなかったかのように朗らかに言う。

 

「この()()()、は絶対的な正義とかではなく、“手続き的に”という意味ですけれど」

 

 悔しいがリゼラの言うとおりだ。現時点ではデュランダル議長の方が()()()

 彼はプラント市民から選ばれた最高評議会の評議員で、そしてその評議員から選ばれた議長だ。少なくとも、プラントにおいては真っ当な手続きを経て最高権力者に登り詰めた。

 暗殺は正しい行いではないが、現時点で議長が手を下したという確たる証拠はない。

 

 そこまで思考を回して気付く。

 この女はアークエンジェルの、カガリの手続的正当性を問いただしているのだと。

 

「デュランダル議長に不審な点が多い。確かにそうかもしれません。黒い所が無い政治家なんていないでしょう。ですが、現時点ではデュランダル議長は()()()。対して、アークエンジェルとカガリ・ユラ・アスハは?」

 

 カガリはユウナ・ロマ・セイランとの結婚式の最中にキラが誘拐した。国家元首という立場だが、アークエンジェルに乗艦していることは正統な手続きを踏んだわけではない。

 そして、アークエンジェルもフリーダムも正規のオーブ軍所属ではなかった。当然だ。大西洋連邦から脱走した曰く付きの艦と、Z.A.F.T.から持ち逃げした核動力機を戦間期に堂々と所持できるわけがない。

 だから亡命政権も作ることが出来ない。アークエンジェルとフリーダムがカガリの亡命を助けたとなれば、オーブの領域から突如出現したそれらは「今までどこにあったんだ?」とオーブが攻撃される問題を生んでしまう。

 あくまでも「何者かに攫われた」という体を維持しなければならないのだ。

 

 三隻同盟がそうだったように全てがグレー、いや真っ黒なのがカガリとアークエンジェルだった。

 

「しかし……それでも……」

 

 キラの言っていることが間違いだとは思えなかった。ミーアの存在が、議長がラクスの暗殺に関わったことを裏付けているように思えた。

 そして何より、カガリが精一杯努力しているその道を妨げたくなかった。

 

 答えられない俺に、リゼラが呆れたような溜息を吐いた。

 

「シンの言うとおり難しく考えなくて良いんですよ。そういう手続きは政治家がやって、私達はその指示を受けて力を振るう。それでいいじゃないですか。

 人は万能じゃありません。全部やろうと思うと――潰れますよ?」

 

 キラの事を思い、声が詰まる。

 あいつはその両方をやろうとして潰れた。今再びフリーダムに乗ったものの、その心境はいかばかりか。「馬鹿なことは止めろ」という前に、もっと他に考えるべきことが、言うべき言葉があったと悔やまれる。

 

「だから、今は()()()()()を大事にしてください」

 

「ああ、そうするよ」

 

 リゼラの言うとおりだ。俺は大切なことを忘れていた。()()()()()()()ともう一度話さなければならない。

 

 

 

 先程より迷いなく返事をしたためか、リゼラは「シンに感謝するなら手伝ってください」と俺を引っ張り、医務室に連れていかれた。

 彼女は俺の前で看護師と女性特有の相談事を始めたため、思わず立ち去ろうとするが、逆に「ここにアスランを置いておくので」とリゼラと看護師が医務室から出て行ってしまった。

 

 エクステンデッドの少女がうなされる音と、心拍を測る音だけが響く医務室。一体、リゼラはここで俺に何をしろというのか。

 

 しばらくすると、医務室に「手伝ってください」と言われた人物が入ってきた。シンだ。

 思いつめた表情で自動扉を開けたかと思うと、俺に気付いて身構えた。

 

「……ッ、何でアンタがここに」

 

「リゼラに“手伝え”と言われたんだ」

 

 そう伝えると、シンが絶句する。

 シンのエクステンデッドの少女への入れ込み様、そしてこの軍医が居ないタイミングでの来訪。考えたくはないが、可能性は高い。

 

「まさか、連れ出すのか?」

 

「……そうだ」

 

 シンはギッと音を立てるほど歯を食いしばると、拳を握った。

 例え可能性が低くとも、俺を打ち倒して彼女を連れ出す気なのだろう。

 

「連合のエクステンデッド……ガイアのパイロットだぞ」

 

「じゃあ死んで良いって言うのか? 連合の軍人だから、エクステンデッドだからって!?」

 

 傍らのエクステンデッドの少女に目をやる。

 既に顔から血の気は失せ、機械が示す心拍も心もとない。そして艦長から少し聞いたが、評議会は“生きたエクステンデッド”を欲している。理由は明白だ。例え生きてジブラルタルへたどり着いたとしても、その後の運命は考えるまでもない。

 

 エクステンデッドの少女が、うなされるようにシンの名前を呟いた。

 

 ふと、前大戦の記憶が蘇る。

 あの時は、Z.A.F.T.の誰もがナチュラルの捕虜など取らなかった。投降した敵兵(ナチュラル)はその場で皆殺しにするのが普通だった。もちろん、その反対側では連合も同じことをしていただろう。

 その時と比べれば、随分進歩したように感じられた。

 

「俺は……俺は、ステラにただ戦争のない優しい世界で生きていてほしいだけだ」

 

 シンはエクステンデッドの少女のうわ言を聞いて、絞り出すように言った。きっと、シンの嘘偽りのない想いなのだろう。だが、それは極めて難しい想いだ。

 エクステンデッドは定期的に連合の施設で適切な処置を受けなければ生き長らえることが出来ないらしい。彼女は連合に鎖でつながれているようなものだ。

 

「連れ出して連合に返しても、自分の意志で戦場を去れない存在であれば、そういう()()()()()には辿り着けないかもしれないんだぞ」

 

 エクステンデッドの少女はシンを好いている。であれば、このままシンの側で終わらせてやった方が彼女にとって幸せかもしれない。

 

「……それでも、少しでも可能性があるなら……俺はそれに賭けたい」

 

 お前は間違っている。そう伝えようと思った。だが、それは俺のやろうとしていることと何が違うというのだろうか。

 キラ達の考えが間違っているとは思わない。しかし、第三者は他人の考えを読むことができず、ただその行動だけが目に入る。

 戦争の当事者ではないアークエンジェルが戦場でその力を振るうことと、シンが捕虜を脱走させること。その「行動の誤り」にどれほどの違いがあるのだろうか。

 

 

 

「部屋から居なくなったと思ったら、ここだったか」

 

 医務室の扉が開き、思わず身構えたところ、現れたのはレイだった。こんな時間だからだろうか、寝巻というのは新鮮だ。

 レイは、俺とシン、そしてエクステンデッドの少女と順に目線をやった後、俺に問いかけた。

 

「アスラン、これは?」

 

 連れ出すのか。

 そう、レイの目線が訴えていた。

 

「レイならどうする?」

 

「どんな命でも、生きられるのなら生きたいだろう」

 

 流石レイだ。

 「生きたい」という想い、「生きていて欲しい」という想いは誰にも否定できない。

 

 だが、これは間違った行為だ。想いこそ正しいかもしれないが、十中八九、エクステンデッドの少女は連合の手で再度戦場へと駆り出されるだろう。そして新たな犠牲が出るだろう。

 しかし、それを俺は咎められるのだろうか。「争いを止めたい」と想って行った三隻同盟の戦争介入は戦争を止められはしたが、歪な形の停戦は2年と持たなかった。そしてその報いはブレイク・ザ・ワールドという形で返ってきた。

 

「……FAITH権限でインパルスの発進命令を出す。俺がインパルスに搭乗することを想定した訓練とでも言っておこう。だが、俺がやるのはそこまでだ」

 

「アスラン……」

 

 シンが驚きの目で俺を見る。

 別に、お前を思っての事じゃない。本当にシンのためを思うのであれば、殴ってでも止めただろう。

 分からず屋のお前に俺と同じ過ちを経験させて、想いだけが、力だけが物事を解決するのではないことを、そしてその後始末に苦悩しなければならないことを、身をもって知ってもらうだけだ。

 

「だが、これは正しくない行いだ。どうしても彼女を連れて行くというのであれば、捕虜解放の罪は受けてもらう。

 

 ……そして、その少女がもう一度戦場に出てきたら――シン、お前が止めを刺せ」

 

 罪に問われることは覚悟していたのだろうが、最後に伝えたことまでは想定していなかったのだろう。

 その場面を想像したのだろうか、顔を何度も歪めた後にようやく頷いた。

 

「シン、お前は帰って来るのか?」

 

「当たり前だ」

 

 レイはシンの帰還の意志を確認すると、俺に向き直って提案した。

 

「俺がここを代わろう。アスランはインパルスを」

 

 医務室に残留する人間は言い訳のしようのない協力者だ。

 営倉行きは免れない。

 

「それじゃレイまで……」

 

 しかし、リゼラが看護師を連れ出した以上、医務室に誰か残らなければならない。

 そう申し訳なさそうにするシンにレイが言った。

 

「言っただろう。生きたいという意思を、俺は尊重する」

 

 そう言ったレイは、普段よりも心なしか感情が垣間見えた気がした。

 

 

 

***

 

 

 

 翌朝、ステラを連れ出したシンとその協力者レイは仲良く営倉入りを命じられた。()()夜間にインパルスを発進させようとしたアスランも、FAITHとは言え厳重注意を食らったらしい。

 もちろん私も艦長室に呼び出されたのだが、看護師に話した相談内容をアカデミー教官直伝軍隊式発声法でハキハキお伝えしたところ、同席していたトライン副長が真っ赤になって騒ぎ出したので無罪放免となった。乙女心がゴリゴリ音を立てて削れた以外はノーダメージである。

 

「あーぁ、男だけでコソコソしちゃって」

 

 そう言って遅めの朝食を食べるのはルナマリア・ホーク。ミネルバMSパイロットで唯一本件に関わっていない、清廉潔白な軍人だ。

 一応彼女も事情聴取されているのだが、私と違って1分足らずで部屋を出てきた。

 

「ルナマリアも一緒に営倉に入りたかったの?」

 

 私はシンと一緒の部屋ならありかな。

 そう伝えたところ、朝食のバケットが飛んできた。食べ物は大事にしなさい。

 

「どうしてアンタはすぐ破廉恥な方に行くわけ?」

 

「ティーンの男の子の衝動を受け止めて上げるのも、彼女の器量かなって」

 

「勝手にシンの彼女を名乗んないでよ」

 

 自己暗示って大切じゃん。

 ほら、MSパイロットも「自分はエースである」って暗示をかけて乗る人もいるらしいし。

 

「でも、ミネルバにたった1機のMSの専属パイロットが営倉入りじゃあ、私達丸腰同然ね。アスランが機種転換してるって聞いたけど、本当にインパルスに乗る気なの?」

 

 乗らないんじゃないかな。あのインパルス発進はステラ脱走のためのダミーだし、なにより彼にやる気がない。

 私としても、今のアスランがインパルスに乗るくらいなら私が乗った方がマシだと思う。まぁ、私には私の機体があるのだが。

 

「もう1機忘れてるわ。私が持って帰ってきたムラサメ」

 

「あー……そういやそんなものもあったわね」

 

 先程格納庫に顔を出した際、整備兵から「ムラサメを修理している」との声を聞いた。コクピットハッチに私が空けた大穴が空いているものの、「ザクやセイバーを修理するよりはマシ」とのことだ。

 幸い、先日の戦闘で私達が墜としたりフリーダムが切り刻んだりしたムラサメが周辺海域に多数転がっている。海に墜落したものは使えるかは怪しいが、無いよりマシなのだろう。

 さっきはオーブ製OSからZ.A.F.T.製OSにクリーンインストールをかけている最中だった。Z.A.F.T.の備品ではないから好き勝手弄り倒しても怒られないらしく、完全に彼らの玩具になっている。

 別にいいけどそんな状態で艦長に「飛べる」って言うなよな。飛ぶのは私なんだぞ。

 

 

 

 そんな稼働機が2機……いや、1.5機くらいしかないミネルバに新たな命令が下った。ユーラシア西部で破壊活動を行う地球連合軍の大型兵器の撃破である。

 Z.A.F.T.占領下にあるとはいえ、なんで奪還じゃなくて焦土戦術なんだよ。

 地球連合軍が何を考えているのかは知らないが、既に3都市が壊滅してぺんぺん草も生えない状態らしい。迎撃に出たZ.A.F.T.軍も敵大型兵器の前に音信を途絶。

 そこで我らがミネルバの出番というわけだ。MSはインパルスと鹵獲機しかないけれど。

 

 そのためなのかは分からないが、シンとレイは司令部からの通達で無罪放免となった。

 ここ最近軍規違反を重ねるシンに対して、銃殺は避けつつもお灸を据えようとしていたグラディス艦長は、司令部からの頭ごなしの通達にご機嫌斜めらしい。気持ちは分からなくもないが、それでは反抗期の息子に癇癪を起こす母親と変わらない。多感なティーンの男の子を一兵士として戦場に連れ出すのであれば、もう少しフォローが欲しいところだ。

 

 

 

「……ありがとう、ございました」

 

 ベルリンへ向かうミネルバ艦内。営倉を出て早々パイロットルームでの出撃待機となったシンは、赤服のままのアスランに告げた。

 

「何のことだ? 俺は機種転換訓練のためにインパルスに乗ろうと思っただけだ。それに勝手に乗ったのはお前で、俺は艦長に厳重注意を食らった。それを言うなら“ごめんなさい”だな」

 

「……ごめんなさい」

 

 殊勝なシンは新鮮だなぁ。

 そう、シンとアスランのやり取りを微笑ましく見守っていると、隣でルナマリアがあんぐり口を開けていた。

 

「ねぇ、何があったの?」

 

「さぁ? 男同士の熱い友情(殴り合い)でもあったんじゃないの?」

 

 年頃の男の子は多感だからね。擦れたお姉さんでは分からないこともあるよ。

 

<<シン、情勢は思ったより混乱しているわ>>

 

 そう雑談に興じていたらベルリンが近づいてきたのだろう。

 艦長からパイロットルームへ通信による状況説明と指示が入った。

 

<<敵は巨大MAに加えて、カオスとウィンダムがその護衛についているわ。そして、フリーダムとアークエンジェルがそれらと交戦中よ>

 

 グラディス艦長からの状況説明に、シンとアスランそれぞれの思いが零れたのが耳に入る。

 それが通信に入ったのだろう。グラディス艦長は“敵を見誤らないよう”シンに釘を刺した。

 

<<司令部はあなたに期待しているわ。……リゼラも慣れない機体だと思うけれど、お願いね>>

 

 思い出したかのように付け加えられる私。まぁ、ちゃんと動くか怪しい整備兵の玩具(鹵獲機)だしね。

 自分自身でも、あの巨大MA相手に有効打を与えられるような動きが出来るとは思っていない。精々、シンが十分に動けるように、その辺の羽虫を追い払うことにしよう。あ、フリーダムは勘弁ね。

 

「敵にカオスがいる。恐らく、エクステンデッドの少女が居たあの特殊部隊だろう。……俺が言ったこと、忘れるなよ」

 

 アスランがシンに近づき、耳打ちするように低い声で言う。

 シンは苦い表情を浮かべたものの、最後はアスランを認めるように頷いた。

 

「……分かってる」

 

 シンに続いて格納庫へ向かうエレベーターへ乗ろうとしたところで、私の方にもアスランが寄ってきた。

 

「リゼラ……シンを頼む」

 

 やっぱりルナマリアの言うとおり、何か悪いものでも食べたのだろうか。ミネルバの食堂で同じものを食べているはずなのだが。

 まぁ、結果オーライとしよう。隊長指示なのだから、シンにあんなことやこんなことをしても「アスランに頼まれた」と言える。流石アスラン、見直したぞ。

 

「はい、任されました」

 

 

 

 中央カタパルトへ向かったシンを途中で見送り、その下のMS格納庫でエレベーターを降りる。

 

「ばっちり飛べるようにしておいたぜ!」

 

 そう整備兵達はMA形態のムラサメの前で胸を張った。

 頼もしい限りだが、この薄暗がりの中でも分かるダークブルーの塗装とオレンジの右肩は何なんだろうな。そこにコストをかけるくらいなら、継ぎ接ぎだらけの武装を何とかして欲しかったところだ。

 

 ムラサメの専用ビームライフルはフリーダムやセイバーが目の敵に壊しまくったため碌に鹵獲品がなく、ザクのビームライフルで代用するしかなかった。即席のアタッチメントでMA形態でもマウント出来るようにしてもらったものの、MA形態では撃つことができない。

 ウェポンベイに内蔵可能な専用ミサイルも同様でここは空っぽ。翼部ハードポイントにブレイズウィザードのミサイルを懸架して誤魔化している。

 マシなのはZ.A.F.T.のものをそのまま流用できたCIWSとビームサーベル、そして損傷の無かった背部ビーム砲くらいか。

 

「OSはZ.A.F.T.のものに、インターフェースも可能な限りグフに近づけておいた。“IFFの替え方すら分からない”なんてことは無いと思うぜ」

 

 修理中は即席のシミュレーターでしか触っていなかったが、実物もあの戦闘で乗った時から随分様変わりしていた。これなら戦闘中も迷うことは無いだろう。

 整備兵達にお礼を言い、ムラサメに乗り込む。

 ムラサメを乗せたMSラックがカタパルトに移動し、その場で固定される。この辺りも即席で仕上げてくれたのだろう。武装以外は至れり尽くせりだ。

 

<<ムラサメ、発進どうぞ>>

 

『リゼラ・ガーランド、ムラサメ、出撃します』

 

 

 

<<……リゼラ>>

 

 先に発進していたインパルスにMA形態で追いつくと、シンが直通回線を開いた。

 インパルスの速度に合わせるため、一旦MS形態に変形する。

 

『どうしたの?』

 

<<アスランに言われたんだ……“敵にカオスがいる。ステラの居た特殊部隊だろう”って。そして、“もう一度戦場に出てきたら――お前が止めを刺せ”って>>

 

 アスランも酷なことを言う。恐らく、これがインパルス発進の手助けをした際の交換条件だ。

 

<<ステラはウィンダムにもカオスにも乗らない……だったら、あの巨大MAに乗っているのは、ステラなんじゃないかって>>

 

 確かに、その可能性は高いだろう。あんな巨大なもの、コーディネイターかエクステンデッドでもないと操るのは難しい。

 

『なら、私が代わろうか?』

 

 鹵獲品でアレとやり合うのはちょっとどころではない困難だが、そこは恋のパワーで押し切るしかないだろう。その時は、フリーダムやアークエンジェルを当てにするだけだが。

 

<<ダメだ……俺が、今度こそ俺が、ステラを優しい世界に連れて行くんだ>>

 

 辛いのだろう、苦しいのだろう。だったら代わってあげたい。

 けれど、シンが絞り出した言葉を否定することも出来なかった。

 

『なるべく、苦しくないようにね』

 

 あの巨大MAを無力化してパイロットを捕虜にするにしろ、あるいは機体ごと撃破するにしろ、エクステンデッドの運命は1つしかない。だったら、シンがその心にケリを付けられるよう行動すべきだ。

 シンからの通信が切れたことを確認して、再度MA形態に変形。加速して得たエネルギーを上昇により高度に変換する。折角男の子が腹を決めたのだから、私は彼が心残りの無いよう取り巻きを片付けるとしましょうか。

 

 

 

<<ババ一尉の敵!>>

 

<<止めろ、ニシザワ!>>

 

 戦場に着くとカオスとアークエンジェルのムラサメ3機で乱戦になっていたので、どう漁夫の利を得ようか上空で考えていたところ、こちらに気付いたムラサメが1機突き上げてきた。

 ババというのはおそらく元々この機体に乗っていたパイロットの事だろうか。アイツはフリーダム介入に乗じて私を殺そうとした奴だぞ。人間どういうところで人望があるか分からないな。

 上昇に伴ってエネルギーを失い単調な機動になったところでこちらが反転、背部ビーム砲とCIWSを叩きこむ。うーん、浅い。本来のビームライフルがあれば強引に射角を取れたんだろうが、慣れない固定武装だけでは致命傷を与えるのは難しいね。

 

 煙を吹いてアークエンジェルへ帰還するムラサメを見送りながら、カオスをどう料理しようか考える。

 先程まで、3機のムラサメが絶妙なコンビネーションでカオスを追い詰めていたものの、私にちょっかいをかけたせいで逆転されてしまった。彼らを助けるのは癪だけれど、アクティブデコイが全滅するのも問題だ。流石にカオスと1対1で鹵獲するのは難しい。

 

<<……アークエンジェル所属、元オーブ軍一尉、イケヤである。そこのムラサメ、聞こえるか?>>

 

 そんなことを考えていると、オーブ軍用の回線で通信があった。この回線生きてたんだ。

 

<<本来であれば未曾有の危機に対して共闘すべきところ、一時の怒りに駆られたこと、謝罪する>>

 

 本当だよ。

 

<<無理を承知でお願いする。どうか敵MSの撃破に力を貸してくれないだろうか?>>

 

 通信を無視しようかとコンソールを操作していたところ、えらく丁寧にお願いしてきたので手が止まる。ひょっとするとこれも罠で、私がカオスと戦闘に入ったところで背中から撃ってくるのかもしれない。

 だが、アークエンジェルとフリーダムの戦い方を見ている限り、こちらを撃ってくる可能性は低いだろう。先程のこちらへの攻撃も、私を本気で撃墜するのであれば3機全員で向かってきたはずだ。

 

『Z.A.F.T.軍ミネルバ隊所属、リゼラ・ガーランド。良いわ、共闘しましょう。

 でも、私はアーモリー・ワンから強奪されたカオスを奪還したい。そのままカオスと巴戦を続けてくれないかしら。一撃で仕留めるから』

 

<<……承知した>>

 

 若干劣勢なままカオスと戦闘を続ける2機を見て、どうやら罠ではないと確信する。

 そしてこちらも上空から逆落としにカオスに突入。翼部に懸架していたミサイルを全弾叩きこんだ。こちらに気付いたカオスが上方にビームを放つが、爆煙で視界を奪われた状態では当たらない。

 すれ違いざまにMS形態に変形、右手に通電していないビームサーベルを握る。カオスも負けじとビームライフルをこちらに向けるが、残念ちょっと遅い。

 左腕のシールドでカオスのビームライフルを弾くと、右腕のビームサーベルをセカンドシリーズ共通のコクピット部に押し当てる。わずかな間通電させコクピット部の装甲を穿つと、カオスは事切れた。

 

『ありがとう、助かったわ』

 

 約束通り仕留めたカオスを抱えて礼を言う。クソ、コイツ重いな。

 

<<……貴女の様なエースに討たれたのなら、ババ一尉も本望でしょう>>

 

 そうかな。私は相手が誰であろうが死にたくないけれど。

 お行儀よく撤収するムラサメを見送りつつ、この脱力したカオスをどうやってミネルバまで運ぼうか考える。それも手伝ってもらったらよかったかな。

 

 

 

***

 

 

 

<<あれに乗っているのは、ステラだぞ!>>

 

 巨大MAが変形したであろう巨大MSとの戦闘中、妨害を仕掛けてきたウィンダムが開いたオープン回線から聞き覚えのある男の声がした。

 薄々そうだと考えていた。けれど、そうであって欲しくないとも願っていた。

 

『……なんで』

 

 インパルスが動きを止めたのを見て、その場を離れるウィンダム。

 

『約束したじゃないか! ステラを()()()()()()()()()()()って! この噓つきが!!』

 

 その後を追い、ビームサーベルで切りかかった。

 

<<仕方がなかった! 俺達はこうすることでしか生きられない! 君も分かっていたんじゃないのか!>>

 

 インパルスの一撃をシールドで防ぎ、距離を取ってビームライフルで応戦するウィンダム。

 あぁ、分かってたさ。

 心の奥底では“アスランの言うとおりだ”って。でも、それでもステラが優しい世界で生きていける可能性に賭けたかった。ステラの未来に破壊と死しかないのは認めたくなかった。

 

 そんな行き場のない怒りをウィンダムにぶつけようとしたところ、巨大MSからの援護射撃により阻まれた。攻撃の手が止まったインパルスを見て、ウィンダムが反撃に転じようとするが、フリーダムの放ったビームがそれを阻止する。

 

<<何をやっている! 的になりたいのか!?>>

 

 フリーダムがインパルスとウィンダムとの間に割り込んで、ウィンダムを牽制した。

 ギリ、と噛み締めた歯が音を立てる。コイツはステラの事を何も知らない、コイツにステラを任せるわけにはいかない。

 ウィンダムをフリーダムに押し付け、巨大MSの下へと向かう。

 

『待っててステラ……俺が君を優しい世界に連れていくから!』

 

 

 

 嵐の様な火線を掻い潜って肉薄する。目標は敵巨大MSの全火器の沈黙。そうすれば、ステラを連れ出して、彼女が終わるその日まで俺と一緒に優しい世界で過ごすことができる。

 巨体の懐に潜り込んだところ、俺の狙いに気付いたのか巨大MSは両腕をガンバレルの様に射出する。両腕一度に持って行くつもりだったが仕方がない。近い方の右腕をビームサーベルで叩き切った。

 

 オープン回線にステラの慟哭が響く。

 

『ゴメン、ステラ。本当にゴメン』

 

 俺が、俺がもっと強ければ、君をこんな目に合わせなくて済んだのに。

 

 巨大MSが背部ユニットの円周から四方八方にビームを照射し、辺り一面を薙ぎ払った。その火線を避けつつ、死角である真下に潜り込む。そうすれば、死角をカバーするため残る左腕を向かわせるしかないだろう。

 想定通り飛んできた左腕をビームサーベルで串刺しにする。しかし、致命傷を与えようと押し込む間に、巨大MSの足裏が迫っていた。

 

 先程までインパルスが居た場所を、自分の左腕ごと踏みつぶす。一緒に失われたビームサーベルの代わりに、もう一本を背部のシルエットから引き抜いた。

 更に追撃しようと足踏みを繰り返す巨体を避けて上昇、こちらに気付いて振り返ったビーム砲を充填中の頭部を切り飛ばした。

 

 ぐらり、と巨大MSが仰け反る。

 ようやくダメージが通ってきたのだろうか。そう油断した一瞬、巨大MSの反らした胸部のビーム砲が充填を終えてこちらを照準しているのに気が付いた。

 

 

 

<<シン!!>>

 

 リゼラからの通信で意識を取り戻す。

 間一髪、致命傷は避けたものの被弾したシルエットが全損し、飛行能力を失ったインパルスは地面に叩き付けられた。

 

『……っ、大丈夫だ! ミネルバ、フォースシルエット!』

 

 そう要求するが、シルエットフライヤーがこちらにたどり着くまでに、巨大MSが起き上がった。

 その胸では、先程と同じビーム砲の充填が始まっている。

 

 ――避け切れない。

 

 そう、直感が告げていた。けれど、それと同時にステラに殺されるのならそれも良いかと諦めている自分がいた。

 俺の選択が彼女を苦しめた。ディオキアで出会ったとき、あるいは捕虜にしたとき、あるいは脱走させたとき。もっといい方法があったんじゃないだろうか、こんなに彼女が苦しまなくていい選択があったんじゃないだろうかと後悔する。

 けれど。俺はここに至る一番悪い選択肢を選び続けた。その報いがこれなら、仕方がない。

 

 そう考えた時、発射寸前の砲口にフリーダムがビームサーベルを突き刺しているのが見えた。

 

 

 

***

 

 

 

 フリーダムが巨大MSから離れると、爆発と共に機体の崩壊が始まった。

 そして、それと同時にエクステンデッドの少女の悲鳴がオープン回線に流れ込む。

 

<<痛い……苦しい……ネオ!>>

 

 その後も続く悲鳴。

 あの爆炎に包まれる機内で何が起こっているのか、容易に想像が付く声色であった。思わず回線を切断しようかと考えたが、そこに割り込んだシンの声に手が止まる。

 

<<ステラ……ステラ!>>

 

 インパルスが崩れ落ちる巨大MSに駆け寄ろうとするので、抱えていたカオスをほっぽり出してそれを止める。

 

『シン! あそこに突っ込んだら、あなたまで死ぬわ!』

 

<<だって、ステラが、ステラが!>>

 

 それでも押し通ろうとするインパルス。パワー負けしているムラサメが徐々に押し込まれている。

 

<<嫌……死ぬのは嫌……助けて……>

 

<<待ってて、すぐ行くから! 君は……俺が守るから!!>>

 

<<……シン? シン!!!!>>

 

 何とか機体を瓦礫に引っ掛けて押しとどめようとするが、インパルスは止まる気配がない。そのまま押し切られ、インパルスが私のムラサメを乗り越えて巨大MSへと駆け出した瞬間、轟音と共に巨大MSが爆発した。

 

<<ステラァァァァアアアアアア!!!!!!>>

 

 

 

 巨大MSの沈黙の後、シンはインパルスを降りて火の粉が残る瓦礫をひっくり返していた。

 

「あぁ、ステラ……そんな……」

 

 シンが抱きかかえたそれは、かつて医務室で見たエクステンデッドの少女()()()ものだ。パイロットスーツの硬質部分で覆われていただろう胸より上は幸い無事だったのだろうが、そうではない部分は筆舌に尽くし難い状況だった。

 そして、シンは失われた()()を何とか搔き集めようとしていた。

 

「あぁ……ステラごめん……俺が弱いから……」

 

 瓦礫と血と肉が纏わりついた手で彼女の亡骸を抱きしめるシン。

 

「俺が弱かったから……君を助けるどころか……もっと辛い目に……」

 

 そう、彼女に懺悔するように呟いていた。

 シンは悪くない、寧ろ精一杯やった方だろう。じゃあ、何と声をかければ良いのか。彼の後悔を、無念を解きほぐす言葉があるのだろうか。

 

 言葉が無いなら、かけなくてもいい。

 ただシンの背中から優しく抱きしめる。

 

「俺が、守るって言ったのに……」

 

 私に気付いたシンが振り向き、涙をいっぱいに溜めた瞳で訴えた。

 

 ただひたすらにその心を流し続けてる彼を、貴方はこの冷たい世界でたった1人ではないんだと、そしてそのことを私に教えてくれたのは貴方なんだと。

 そう心の温度が伝わるように、彼の頭を胸に抱いた。

 

 

 




難産難産超難産
分割した後編2万5千字どういうことなの......

ステラのシーン、原作でシンが1人で泣いてるのが「????」になったので、ここを何とかしたかったのが書く動機の1つでもありました。
とりあえず、チェックポイント通過です……
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