夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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川辺のひととき

 自転車に乗り、土手の上を風を切って走るのは実に爽快で気分がいい。

 腰と背中あたりにほんのりと渚の体温を感じるから尚更だ。

 結局俺は自転車を一台しか借りなかった。別にレンタル料をケチったわけじゃない。二人乗りだとこうして渚は落ちないよう、俺の腰に手を回してしがみつくしかない。普段したくてもできない密着した状態に、労せずなれるのだ。このチャンスを逃すテはないだろう。ただ、渚の顔が見れなくなるのが残念なのだが。

 土手に上がり、かなり走った所で俺は荷台に横乗りで乗っている渚に声を掛けた。

「渚、尻痛くないか?」

「大丈夫です。朋也くんの方こそ、重くはないですか?」

「全然。こんなの重い内にはいらねぇよ」

「そうですか、よかったです」

 そう応えた後で、渚は何か見つけたのか、小さく声を上げると、やや慌てたように俺に声を掛けて来た。

「朋也くん、止まってくださいっ」

「あ?」

 俺はブレーキを掛けて自転車を止めた。

「どうした、渚?」

「いえ、あの、あそこ」

 荷台から降りて渚は土手下の河原の一角を指差す。

 そこには短く刈り取られた草原の中に、取り残されたようにぽつんと一本の木が立っていた。

「あそこの下でお昼にしませんか?」

 確かにあそこなら木陰で涼しいし、その先と対岸の河原はまだ刈られていない背丈の高い藪が繁っている。あの木を背に藪の方を向いて座れば、土手からもちょっとした死角になって人の目にも付きにくく、ゆっくりと弁当が食べられそうだ。

「そうだな。そろそろ腹も空いてきたし、そうするか」

 俺は止めた自転車に鍵を掛けると、ハンドル前の籠からバッグを取り出して肩に掛ける。

 渚と二人、土手の斜面を降りて木の下へと行った。

 渚がバッグの中からシートを取り出してそこに敷き、手早く作って来た弁当を広げていく。

 シートまで持ってきていたとは用意がいいなと、俺は感心して靴を脱いで弁当を間に渚と向かい合って座った。

 手前にある海苔の巻いたおにぎりを手に取る。

「あ、それシャケさんです」

「ああ」

 しっかりと握られているが決して固くはなく、中に入っている鮭のほぐし身も絶妙の塩加減だ。巻いてある海苔も多少ご飯の水分を吸ってふやけているが、ちゃんと一度火で(あぶ)ってあるらしく、(ほの)かに香ばしい。

「美味い」

「よかったです」

 ほっとしたように微笑(わら)うと、渚もぱくりと手にしたおにぎりを口にする。

 おかずはだし巻き卵に手作りコロッケ、エビフライやアスパラガスの豚巻き焼きなど色々とあってなかなか豪勢だ。そして、どれも味付けが絶品で、俺は舌鼓を打ちながらそれらを堪能した。

 家がパン屋で忙しい母親の負担を少しでも減らす為、渚は幼い頃から家事全般を手伝い、夕飯も必ず早苗さんと一緒に作る。だから渚の手料理は食べ慣れているわけだが、こうやって外で川のせせらぎを聞きながら、二人だけで食べる渚の手料理はまた一味違って美味(うま)かった。

「渚、おまえ口の端にご飯粒ついてるぞ」

「え? そ、そうですか?」

 俺の指摘に、渚は慌てて口の周りを探るが、位置が微妙に外れている。

「俺が取ってやるよ」

 苦笑して俺は身を乗り出した。

 じっとしている渚の顔に手を伸ばし、ふと俺は柔らかそうな唇に目を留める。

 ここは死角で、誰も俺達の事を見ている奴はいない。川のせせらぎの音をバックに涼しい木陰に二人っきりと、雰囲気バッチリのおいしいシチュエーションだ。

 ——ご飯粒取るついでにキスするのもアリだよな。俺達恋人同士なんだし。

 一瞬でそこまで考えると、俺はそれを実行するべく、さり気なく腰を浮かせて更に身を乗り出し、渚に顔を寄せる。

 その瞬間、キラリと横手で何か光ったような気がして、俺は思わず動きを止めた。

 川の水面(みなも)が陽光を反射して光ったというのとは違う。第一光ったように見えたのは、横手にびっちりと繁った身の丈程もある藪の方だ。

 ——ひょっとして、誰か居るのか?

「朋也くん?」

 急に動きを止めて藪の方に振り返った俺を、渚は不思議そうに見返している。

「ああ、何でもない」

 俺は渚の口の端に付いているご飯粒を取ると、元の位置に腰を落ち着けた。

 食事を再開した後も、俺は藪の方が気になったが、あれから光るようなことはなく、ただ川風に吹かれてさやさやと音を立てて揺れるだけで、不自然な処は全然なかった。

 やっぱり気の所為だったのかもしれない。第一あんな所に人がいたら、やぶ蚊が酷くて一瞬たりともじっとなんかしてられないだろう。

 食事を終えると、俺はシートの上で渚と肩を並べて川のせせらぎを見ていた。

 心穏やかな午後のひと時だった。

 そう、あの時はいきなり衝撃的なモノを見たので思わずパニクってしまったが、要は真上辺りから渚の胸元を覗かなければいいだけの話だ。

 それに俺は、渚が誰よりも大切だから、渚の嫌がる事はしたくない。その為の我慢なら幾らだってできる。

「渚、そろそろ行くか」

 一つ大きな伸びをして、俺は渚に声を掛ける。

「と言っても、自転車返すにはまだ時間があるよな。渚、おまえ何処か行きたい所あるか?」

「あ、はい、一つ。ちょっと遠いんですけど」

「そんなの全然構わないぞ。何しろ自転車だからな」

 機動力は歩くのと雲泥の差だ。

「じゃあ、お願いします」

 と、渚はその場所名を俺に告げ、早速俺達は後片付けをしてその場を後にした。

 

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