夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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遊歩道の散策

 渚が行きたがったのは、西ノ山自然公園という所だった。

 低い丘のような小さな山一つ丸々使って公園にしたものらしく、山全体に遊歩道が張り巡らされ、そこを歩いて様々な植物——自然を満喫できるようにしてある、地形を活かした公園のようだ。

 だが、この町にそんな所があるとは、俺は今まで知らなかった。

 まぁ、この町で生まれ育ったと言っても、俺の行動範囲なんてたかが知れている。町の全てを知ってる訳でもないし、初耳の場所があったとしても不思議じゃないだろう。

 とはいえ、知った場所なら行くのもそう難しくないが、何しろ初めて行く場所なだけに道が分からず、渚も名前と町の西側にあるという事しか知らなかったので、結構時間が掛かってしまった。

「やっと着いた……」

 散々道に迷った挙句なので「西ノ山自然公園」の看板を見つけた時は感無量だった。

「すみません。こんな事なら、もっとよく聞いておけばよかったです」

「いや、いい——って。聞くって、誰に?」

「え、いえ、間違えました。何でもないです。えへへ」

 思わず聞き返した俺に、渚は慌ててパタパタと手を振り、誤魔化すように愛想笑いした。

「………」

 ——こんな渚、前にも見たことあったよな……

 あれは確か、この夏休みに遊びに来ていた春原の妹の芽衣ちゃんが、ゲームに負けた渚への罰ゲームとして、自分の立てたスケジュール通りに行動するよう渚に要求し、それを律儀に渚が実行してた時だ。

 事情を知らない俺は何時もと違う渚に面食らい、その理由(わけ)を渚に訊いた時の態度がこんな風だった。

「おまえ、なんか俺に隠してないか?」

「そ、そんな事はないです」

「本当か?」

「は、はい……」

 ぎゅっと胸の辺りで両手を握り締め、渚は(うつむ)いて消え入りそうな声で応えた。

 このまま問い詰めて、無理矢理聞き出そうものなら泣いてしまいそうだ。

「まぁいいか……」

 小さく息をつき、俺はポンっと渚の頭に手を置いた。

 びっくりしたように渚が俺を見る。

「折角ここまで来たんだ。こんな所に突っ立ってないで入ってみようぜ。な」

「あ、はい」

 ふっと表情を和らげて言う俺に安心したのか、渚はホッとしてにっこりと笑う。

 俺は渚の手を握ると「遊歩道入口」と書かれた矢印看板の示す小路へと足を踏み入れた。

 山の自然をそのまま取り入れたというだけあって、元々そこにあった雑木林の中に、ただ固く土を踏み締めただけの遊歩道が延々と続いている。

 時々木の幹に「ブナ科 クヌギ」とか「ニシキギ科 ヤハズニシキギ」「ツバキ科 ナツツバキ」といった、木の種類や名前を書いた札が取り付けてあり、下生えの草にも「スミレ科 フタバソウ」だとか「ユリ科 カンゾウ」「ラン科 エビネ」などと立札が傍に突き立ち、時々その草木の更に詳しい説明まで書かれてあるのもあった。

 わざわざ植物に名前や説明文なんかつけるとは。多分草木の名など知る事でより自然に親しんでもらおうという配慮からなんだろうが、俺には全部同じ様に見え、どれがどう違う木や草なのか、さっぱり分からなかった。

 一方、渚はそれらを見て「勉強になります」と言い、名前の札を新たに見付けては俺に一々教えてくれる。

「朋也くん。あの木はウルシ科の『ウルシ』だそうです」

「ウルシって、触るとかぶれるっていう、あの漆か?」

 俺は嫌そうに顔を(しか)める。

「そうだと思います」

「じゃあ渚、絶対触るなよ」

 漆かぶれは、それに()れた皮膚の部分が真っ赤に()れ上がって、かなり悲惨な状態になるという話だ。そんなもの俺も頼まれたって(さわ)りたくない。

 とはいえ、腫れるとどんな感じになるのかは少し興味がある。春原あたりに触らせて実験してみるのも面白いかもしれない。今度連れて来てやろう。

 しかし、ムードも色気もない会話だ。俺としては折角自然の(ふところ)(いだ)かれてるんだから、植物の勉強なんかより、もっとこう純粋に緑や花などを眺めて楽しむとかしたかった。

 そして、自然の中で身も心もリフレッシュして、いい雰囲気になった処で渚と——などと考えていたのだが、そんな俺の想いをよそに渚は名前札を探すのに夢中で、既にデートというより生物の野外授業のノリである。

 学校でさえ真面目に授業を受けてないというのに、こんなのがデートだなんて嫌すぎる。

 ——でも、ま、渚が楽しんでいるならそれでいいか……

 木に付いた新しい名前札を見つける度に、目を輝かせてそれに走り寄る渚に苦笑し、俺はその後を付いていった。

 

 




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