夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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見守り隊と朋也(3)

 遊歩道は途中流れる小川に沿うような形で、それを挟んで別の遊歩道とも合流して雑木林の中に続いていた。

 けれど、その先で何か詰まっているらしく小川の水が溢れ、低い位置にあるこっちの遊歩道に流れ込んでいる。

 水浸しとなった遊歩道はドロドロ状態になって、とても歩けそうになかったが、小川の向こう側の道は無事だった。

 小川の幅はやろうと思えば飛び越えられない広さじゃないが、問題は渚だ。運動音痴のこいつに、果たしてこの小川が飛び越えられるだろうか。無理のような気がする。

 俺は辺りを見回し、少し戻った小川の中に水から頭を出している石を見つけた。

 一人小川を飛び越えると、俺は渚に向き直る。

「渚、おまえはそこの水から頭出してる石を足場にして渡って来い」

「え、でも……」

 その場に立ち尽くし、渚は俺と石を交互に見た。

 俺が足場にと示した石は、丸くてどことなく不安定な感じがする。足を乗せて体重を掛けても大丈夫かどうか心配なのだろう。

「大丈夫だ、渚。俺が引っ張ってやるから」

 と、渚に向かって思いっ切り手を伸ばす。

 それで渚は安心したらしく、一つ小さく頷いて伸ばした俺の手を握ると、水上に頭を覗かせている石の上に片足を置いた。

 その足にそっと体重を乗せる。

 グラッ。

「あっ」

 渚が小さく悲鳴を上げた。

 やっぱり安定が悪かったらしく、石は渚を乗せて大きく左に傾いた。

 そのまま渚が水の中に落ちそうになる。

「くそっ」

 俺は力任せに思いっ切り掴んだ渚の手を引っ張る。

 それに釣られるように渚の体は小川を飛び越え、勢いよく俺の体にぶつかってきた。

 ふんわりといい匂いが鼻孔をくすぐる。

 渚の体の匂いだ。

 腕の中にすっぽりと収まる華奢なその体が、今俺に抱きつくようにしてあった。

 驚いたように渚が俺の顔を見上げる。

 その顔は、ドキッとするほどすぐ目の前にあった。

 微かに開いた柔らかな唇も、俺が軽く頭を下げれば届く位置にある。

 チャンスだった。

 俺は渚の体を抱き締め、顔を近づけようとした。

 が、何故か自分の意志に反して体が動かなかった。

 こんなチャンス二度とないかもしれないのに、まるで金縛りにあったかのように動かない。

 いや、違う。何か得体の知れないものが、俺を押し止めていたのだ。

 今ここで成り行きに任せてキスするのは危険だと。

 それは、()いて言えば本能のような、危険を感知する野生の勘のようなものだった。

 ——って、こんな所に何の危険があるって言うんだよっ。

 思わず俺は、自分で自分にツッコミを入れた。

「朋也くん、大丈夫ですか?」

 気が付くと、渚が心配そうに俺を見ている。

「え? 何が?」

「わたし、思いっ切りぶつかってしまいました。痛くなかったですか?」

「俺は、そんなヤワにできてねぇから大丈夫だよ」

 安心させるように俺は言う。

「それよりおまえ、濡れなかったか?」

「はい、落ちる前に朋也くんが引っ張ってくれたので、大丈夫です」

「そうか」

 あの石を足場にこっちに渡れと言ったのは俺だから、濡れなくて良かった。

 ほっとし、俺は渚を見た。

 渚は未だ俺の腕の中に居る。

 まだ十分間に合う。

 俺はさり気なく顔を近づけようとした。

 ——と、

「あっ、朋也くん、名前の札ですっ」

 俺の背後にあった木の幹に新たな名前札を見つけ、渚は声を上げた。

 何の躊躇(ためら)いも見せずに俺の腕からすり抜けると、わくわくしながらその木に走り寄っていく。

 俺は呆然とぽっかり空いた腕の中を見た。

 微かに匂う渚の残り香が、やけにわびしく感じられる。

 ——また、キスし損ねた……

 俺は熱心に札に書かれた木の名と説明文を読む渚に目を向け、がっくりと肩を落として嘆息した。

 

 

 二人が去った遊歩道脇にある繁みが不意にわさりと揺れ、中からずぼっと杏が姿を現した。

「と~も~やぁ、い~い度胸じゃない。このあたしに、何度も何度も肩透かし喰らわせるなんてぇねぇ」

 頬をぴくぴくと引くつかせて言うその言葉は、まるで地獄の底から響いてくるようで、陰惨なまでに不吉で危険に満ちていた。

 実際それを聞いていた椋とことみは、恐怖のあまり顔を青褪(あおざ)めさせ、互いにひしと抱き合っている。

「こうなったら、意地でも渚とキスさせてやろうじゃないっ」

「お、お姉ちゃん。もう止めようよ」

 恐る恐る椋が決意に燃える姉に声を掛けた。

「やっぱり覗き見とか良くないよ」

 それに、ことみがこくりと頷く。

「渚ちゃん、朋也くんと一緒に居るだけで、とっても嬉しそうなの」

「何言ってんのよ、椋、ことみ。これは渚の為なのよ」

 腰に手を当て、杏はずいっと二人に詰め寄った。

「晴れて恋人同士になったってのに、未だに手を繋いだだけなんて。渚が可哀想だと思わないの?」

「それは、そうかもしれないけど……」

「いい、あたし達は友達として、渚の幸せを見届ける義務があるの。ここで引く訳にはいかないのよ」

 そう言って、杏はぐぐっと手にしたカメラを握り締めた。

 みしっと杏の手の中のカメラが(きし)む。

 それを見た椋とことみは息を呑み、声もなかった。

「分かったら、行くわよ」

 沈黙を同意と決めつけ、杏はさっさと(きびす)を返す。

 ——見てなさい、朋也。あたしにケンカ売った事、死ぬほど後悔させてやるわっ。

 「ただ見届ける」などという殊勝な気持ちなど、既に微塵もなかった杏だった。

 

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