夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー 作:飛鳥 螢
「これ、ホントに遊歩道なのか?」
うんざりとして、俺は足を止めて前方に続く道を仰ぎ見た。
あれから遊歩道はいきなり上り坂になり、今では丸太で土止めして階段のようになった急勾配の道を汗だくになりながら登っている。
これに比べたら、ずっとタルいと思って歩いていたあの通学路の坂など可愛いものだ。今ならあの坂道を全力疾走してだって登って行けそうだ。やらねぇけど。
そもそも何で俺達がこんな道を登ってるかというと、ここを登る少し手前の岐路に立っていた案内板に、この先の展望台に向かう二つのルートが書かれてあったのだ。
その時渚が選んだ展望台への近道が、まさかこんな道だったとは思いもしなかった。
「登山道の間違いじゃねぇのか」
俺はぼやきながら顎を伝う汗を拭うと、後を付いてくる渚を見る。
「渚、おまえキツくないか?」
「朋也くんが手を引っ張ってくれるので、全然大丈夫です」
階段のような登り道になったところで、土止めの丸太に足を引っかけたりして登りづらそうにしている渚を見かね、俺は手を繋いで渚の体を軽く引き上げるようにして登っていたのだ。
恥ずかしくて普段滅多に手を繋いで歩いたりしないので、それが渚は嬉しいのか、顔を上気させ、額にうっすらと汗を掻きながらもにこにこしている。
「多分展望台はもうすぐだ。後少し頑張れるか?」
「はいっ」
渚は元気に返事したが、既に息が上がり始めてちょっと苦しそうだった。
「ゆっくりと行こうな」
繋いだ渚の手を握り直し、俺は再び歩き出した。急がず、ゆっくりと。
俺の予想通り、遊歩道(?)はそれから程なくして終点を迎え、俺達は漸く一息つくことができた。
展望台は下の自然を残した遊歩道とは違い、見晴らしが良いように周囲の木を伐採し、地面は淡い色合いのブロックタイルを敷き詰めて整備されていた。
「わぁ、すごいです」
そこを横切り、誰もいない展望台の端にある手摺の向こうに広がる町を一望し、渚は感嘆の声を上げる。
学校の裏山からも町が見渡せるが、ここは苦労して登って来たからだろうか、感慨もひとしおだった。
渚と並んで手摺の前に立ち、俺は吹き付ける心地よい風を身に受けて涼みながら、ちらりと傍らの渚を窺い見た。
風に吹かれ、耳の後ろ辺りで結んだレースのリボンの端が、柔らかな髪と共にひらひらと揺れている。
なんだかダンスでも踊っているようで、見ていて飽きない。
——実際、渚は可愛いし……
その俺の視線を感じたわけじゃないだろうが、不意に渚が嬉しそうに俺の方を見た。
「朋也くん、ありがとうございます」
「え?」
突然礼を言われて俺が面食らっていると、渚は胸の辺りで軽く両手を握り締めてゆっくりと話を続ける。
「朋也くんが手を繋いで引っ張ってくれなかったら、わたしここまで登って来られませんでした。こんな素敵な風景も見る事ができませんでした」
「そんなの、別に礼を言うような事じゃねぇだろ」
彼氏なんだから、当然のことだ。
だけど、それでも渚は嬉しかったらしい。
小さく頭を振り、
「いいえ、朋也くんが居てくれたから、わたし頑張れたんです」
「渚……」
ぐっと胸に込み上げてきた想いを抑え切れず、俺は思わず渚の肩に手を乗せ、顔を近づけた。
渚は身じろぎもせず、少し驚いたように俺を見返している。
更に顔を寄せ、俺は渚の唇に自分のそれを重ね合わせようとした。
その時だった。
ぷひっ。
足許で妙な音がした。何処かで聞いたような。
ギクッとして下を見ると、そこに縦縞模様のずんぐりとした小動物がいた。
すりすりと、俺のスネ辺りに体を擦り付けている。
ぷひっ、ぷひっと、実に嬉しそうに。
「ボ、ボタン!?」
それは杏のペットのウリ坊だった。今はとても愛らしい姿をしているが、成長すると獰猛と言われる猪に化ける。ある意味、あの杏にこれ以上相応しいペットはいないと言える。
「なんでこんな所に……」
こいつは親とはぐれて死にそうになっている処を杏に拾われ、そのまま藤林家にペットとして住み着いているが、元はといえば野生動物だから鼻がよく利く。その所為か行動範囲がやたらと広く、よく独りで遠方まで出歩き、家から遠い筈の学校にまで度々杏の匂いを辿ってやって来たりしていた。
——って、まさか……
ハッとして、俺は渚にこの自然公園に入る前にした質問をもう一度ぶつけた。
「おい、渚、おまえこの場所一体誰に教えてもらったんだ?」
「えっと、そ、それはその……」
急に真剣な表情の俺に問い詰められ、渚は
「まさか、この場所おまえに教えたの、杏なんじゃないだろうな!?」
「っ……」
「ええ、そのまさかよ」
息を呑み、答えられずにいる渚の代わりに、横手の少し先にある
更にそれに続いて、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした藤林に——ことみまで!?
「あたしが渚に教えてあげたの。文句ある」
気まずそうにしている藤林とことみを
しかも、手に望遠レンズ付きのカメラをしっかりと握って。
それを見て、一瞬ある情景が俺の脳裏を
河原の藪の中でキラリと光ったあの光。そして、下の遊歩道で渚にキスしようとして、何故か危険を感じて体が動かなかった時の事が。
「杏。まさかおまえ、今日一日ずっと俺達を付け回してたんじゃ……」
「ええ、その通りよ。あんたの不甲斐なさ、イヤって言う程見させてもらったわ」
俺にバレて開き直ったというよりも殆ど逆ギレ状態で、杏は握った拳を震わせて睨む俺を反対に