夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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それぞれの想い

「朋也。あんた一体どういうつもりよっ。これだけの好条件の場所を取り揃えてやったのに、あんたそれでも男なのっ!?」

「うっせぇなっ、俺にだって色々と都合が——ってか、なんでンな事で、おまえに責められなきゃならねぇんだよっ」

「決まってるでしょ。散々写真撮り損ね——もとい、付き合って一か月以上にもなるってのに、未だキスの一つもしてもらえないって言う渚の代わりに、文句言ってやってんのよ」

 杏の言葉に俺は目を見開き、渚に振り返った。

「渚。おまえ、まさか杏達に全部喋ったのか?」

 付き合ってから今までの俺達の事を。

「す、すいません。杏ちゃんに迫られて、つい——」

 ビクっと肩を震わせて慌てて謝った後で、項垂(うなだ)れた渚は沈んだ声で訥々(とつとつ)と言葉を続けた。

「それでその時、杏ちゃんに今時幼稚園児でもキスぐらいするって言われて、付き合い始めて一か月以上も()つのに、朋也くんにキスしてもらえないのは、わたしにそれだけの魅力がないからじゃないかと思って……

 だから昨日杏ちゃん達に、こんなわたしでも朋也くんにその気になってもらえるような服を選んでもらって、少しでも綺麗になれるように、高かったですけど基礎化粧品とかリップクリームなんかも買ってみました。

 そして、杏ちゃんに言われた通りに公園の奥とか河原とか、雰囲気が出てキスしやすい場所に朋也くんを連れていきました。

 でも、やっぱり朋也くんは、こんなわたしなんかとキスしたくなんてならなか——」

「待て、渚っ。それは違うぞっ」

 目に涙を溜めて言い募る渚の言葉を、俺は慌てて遮る。

「俺は、付き合い始めてから今まで、ずっとおまえとキスしようと努力してきたんだ」

「え? そうなんですか?」

 ——やっぱり、全く気付いてなかったのか……

 今まで何度かそれっぽい雰囲気になった事もあった筈なのに。

 予想通りの答えに、俺はとても物悲しくなった。

「そうだぞ、渚。今日だって行く先々で何度おまえにキスしようとしたことか」

「え? それは全然気づきませんでした」

 本当に今初めて知ったらしく、渚はきょとんとする。

 ついさっき、(まさ)にキスする寸前までいってたのに。

 ——渚よ。俺がおまえにキスできないのは、おまえのその超が付くほどのニブさにも原因があると思うぞ……

「だから、おまえに魅力がないとか、そんな事全然ないぞ」

「だったら、キスしてみなさいよ。今すぐここで」

 内心激しく落ち込みながらも、渚に必死に言い聞かせる俺の言葉に乗る形で、当然の如く杏が言う。

「んな事、人前で出来るかっ」

「あらぁ、あたし達の事なんて気にしなくていいのよ。知らない仲じゃないんだし」

 顔を赤くして怒鳴る俺の言葉を軽く受け流し、杏はひらひらと手を振ってニヤッと邪悪な笑みを浮かべる。

「なんなら風景の一部だとでも思えばいいのよ。そうすれば全っ然気にならないでしょ」

「余計気になるわっ。てか、なんでここでカメラを構える!?」

「いいじゃない。記念って事で」

 ファインダー越しに俺を見、杏はお気楽に言う。

「そんなもんいらんわっ」

「じゃあ、ほら。結婚式の時祭壇前でキスするじゃない、参列者の前で。その予行練習って思えば」

「俺は式は和式でするつもりだ。だがらそんな事しねぇよ」

 冷ややかに俺は言い返して突っ撥ねた。

 結婚の言葉に反応し、横で渚が頬に手を当てて真っ赤になっている。

 渚、頼むから状況を(わきま)えてくれ。ここでキスシーンを写真に撮られてみろ。杏の事だ。絶対それを脅しのネタに、卒業までタカり続けるぞ。

 これで素直に諦めてくれればいいが、杏は俺のすげない返事に小さく舌打ちし、諦めずにしつこく別の案を出してきた。

「じゃあ、披露宴ていうのはどう? 陽平あたり絶対皆の前でキスしろって言うから。今からその練習しておくのもいいんじゃない」

 と、春原など持ち出して、更に俺に渚とのキスを強要する。

「俺が春原の馬鹿の言うこと聞くと思うか?」

「陽平じゃなくたって、誰かが必ず言うわよ。なんたって新郎新婦のキス披露ってのは、披露宴の定番イベントだしね」

 ああ言えばこう言う。全く口が減らないというか、よくもまぁ次から次へと出てくるものだ。何時も思うのだが、こいつと本気で言い合ったら、とてもじゃないが勝てる気がしねぇ。

 しかし、今回は卒業までの死活問題である。どうあっても負ける訳にはいかなかった。

 何を言われようとも絶対乗ってたまるか。と俺が思った矢先、渚の方が乗ってしまった。

「え、そうなんですか?」

「そうよ、渚」

 ニタリと杏は悪魔の笑みを浮かべ、猫撫で声で渚を言い諭す。

「だから、人前でもキスできるようにしておかないと、後で大変よ」

「だそうです。朋也くん」

 どうしましょうと、伺いを立てる様に俺の顔を見る。

 いや、披露宴なんて金の掛かる事しねぇから。などと、男として情けないこと言えない。

 ——って、まだ学生の身で、そんな先の事まで考えてどうする。

 だが、このままだと杏に渚が言い含められてやると言い出しかねないし、そこで俺が拒否したら、渚の事だ。「やっぱり朋也くんは、わたしとなんかキスしたくないんですね」と悲しみ、泣くだろう。

 そんな想い、渚にさせたくない。

 ——こうなったら……

「渚、逃げるぞっ」

 俺は渚の手を掴み、駆け出した。

「あっ。ちょっ、待ちなさいっ、朋也っ!」

 いきなり遁走した俺に、杏が慌てて制止の声を上げるが、誰がそんなものに従うか。

 一方渚は理由(わけ)が分からずに、俺に引っ張られて走りながら困惑の声を上げていた。

「あ、あの、朋也くん。杏ちゃんが呼んで——」

「いいから今は走れ、理由(わけ)は後で話すから」

 俺は渚を黙らせ、()き立てた。

 

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