夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー 作:飛鳥 螢
放課後を告げるチャイムが、俺の居る旧校舎三階の演劇部の部室の中にまで響いていた。
この町一番の進学校というだけあって、この光坂高校は二学期早々、始業式後にすぐ授業がある。
不真面目な不良生徒である俺と春原は、勿論そんなもの受ける気もなくフケていた。こういう場合、渚とクラスが違うのはありがたい。
春原は放課後になったら部室に顔を出すと言って寮に帰ってしまい、今はここには俺しかいなかった。
あの後、全身の痛みで動けない俺と渚を見つけてくれたのはボタンだった。
俺達はあの蛇行する舗装道の間にあった崖下の遊歩道に落ちていたのだ。
俺達を見つけた藤林とことみは涙を流して喜び、ことみに抱きつかれた俺は悲鳴を上げ、痛みでまた気絶しそうになった。
杏は流石に悪かったと思ったらしく、タクシーを呼んでくれ、その上レンタルの自転車を返して延長料金まで払ってくれた。あのがめつい杏にしては珍しい事だ。
俺はつい何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまったが、渚は申し訳なさそうに何度も杏に礼を言っていた。
チャイムが鳴り終わっても、旧校舎辺りは静かなものだった。
まだ誰も来ないので、俺は窓際に置いてある机に腰掛けて空を仰ぎ見た。
あの時、俺達は確かにキスをした。意識することもなく、ごく自然に。
それを思うと、今まで渚にキスしようとあれこれ考え、躍起になっていた自分が滑稽に思える。
いや、本当にそうなんだろう。キスなんて別に気負わなくても、こんなにも簡単にできるものなんだ。
唇を重ね合わせた後、頬を赤らめさせて本当に嬉しそうに
そうすれば渚を不安がらせる事も無かったし、あんな散々な目にも合わなかっただろう。
廊下から数人の足音と声が聞こえ、近づいて来る。
授業を終えた渚達が、漸くやって来たのだ。
「あらぁ、朋也。元気してた?」
部室に入るなり、妙にハイテンションに杏が声を掛けてくる。
「まだあん時痛めた肩が痛ぇよ」
不気味だと思いながら、俺は右肩を左手で押さえて不機嫌一杯に言葉を返した。
実際、あの時俺は全身打撲で次の日は起きられなかった。
その後も痛みは続き、結局あの後渚と何処にも出かけられずに二学期を迎えたのだ。
そして、昔痛めたこの右肩は無理をさせた所為で、多少良くなったものの、まだ急に動かすとかなり酷い痛みが走る。
「まぁ、あの時は確かに悪かったわ。あたしも大人げなくちょっとムキになっちゃったしね」
——ちょっと処か、見境なく暴走しまくってたぞ。おまえ。
反省のカケラもなく笑って言う杏に、俺は口に出さず心の中で盛大にツッコミを入れる。
「でもまぁ済んだ事だし、これ見て元気出しなさいよ」
と、杏は学生鞄の中から、何やら大きめの封筒を取り出した。
よく見るとそれは、写真フィルムを店に現像に出すと、現像したネガと共に写真を入れてくれるあの袋だった。
——まさかこれは……
俺の全身から音を立てて血の気が引いた。
やっぱり俺が思った通り、あの時気前よく払ったレンタル自転車の延長料金には裏があったのだ。この先俺にタカれると思えば、あれ位の出費は安いものだと。
「あの時の写真。やっと出来てきたから、どうせなら皆で見ようと思って持ってきたのよ」
杏はニンマリと勝ち誇ったように、部室の中央に寄せ合わせてある机の前で袋のフタを開けた。
「ほら、渚も見てみなさいよ。椋もことみも」
別の机に学生鞄を置き、俺達のやり取りを見ていた渚だけでなく、藤林やことみにも声を掛ける。
「いや、ちょっと待てっ」
慌てて俺はそれを止めた。
そこに写っているのが俺の想像通りなら、これは死ぬほど恥ずかしい。
「何も藤林やことみにまで見せなくてもいいだろっ」
「朋也、何言ってんのよ。こういうモノは皆で見るから楽しいんじゃない。
——あら、陽平。あんたも見る?」
杏は焦る俺を面白がり、丁度
こいつにまで見せるなんて、最悪だ。
「え? なになに? 何見せてくれんの?」
「おまえは見るんじゃねぇっ。杏っ、それを寄越せっ!」
野次馬根性丸出しの春原を怒鳴りつけ、俺は左手で杏から写真の入った袋を奪い取ろうとした。
「ちょっと朋也っ」
「朋也くん!?」
杏が非難の声を上げ、何がなんだか分かってない渚は、驚きの声を上げて慌てて俺を止めようとする。
——これを皆に見られたら、おまえだって恥ずかしいんだぞ、渚。
渚の腕を振り払うと、俺は取られまいと袋を持つ手を庇う杏の体越しに、その手首を掴んだ。
「あっ……」
奪う寸前、手に持つ袋から写真が零れ落ち、机の上にばらまかれる。
俺と渚がキスしている処がバッチリ写った写真が。
皆の視線が一斉に机上に散らばるそれに注がれる。
——終わった……
居たたまれずに俺はバッと体を返し、羞恥に赤く染まった顔を左手で覆った。
——ああ、これからずっと杏に事あるごとにタカられるだけじゃなく、春原の馬鹿にまで
これから卒業までの事を思い、俺はどんよりとなった。