夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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明日の予定

「うっ……」

 ゾクッと俺は悪寒を感じて身を震わせた。

「どうした岡崎?」

 狭い寮の部屋の中、窓際のベッドの上に寝転んで雑誌を見ていた春原陽平が、怪訝そうに訊いてくる。

「いや、今ちょっと寒気がしてな」

「風邪か? そういや、さっきもくしゃみしてたもんな」

 微かに眉を(ひそ)め、春原はベッドにもたれかかり、ヒマそうに寮母の美佐枝さんの猫で遊んでいた俺を見た。

 そして、何か思いついたのか、ニヤッと笑った。

「馬鹿は風邪を引かないって言うけどさ、何事にも例外ってあるもんだよね」

 ——何を言うかと思えば……

「確かに、おまえが風邪引いたの見たことねぇな」

 出会ってから今までの事を思い起こしながら俺は言った。

「僕だって風邪の一つや二つ、引いたことあるよっ」

「そうか、何事にも例外ってあるもんだな」

 ムキになって言い返してくる春原に、俺はしみじみと実感を込めて言った。

「岡崎っ、僕のこと思いっ切り馬鹿だと思ってるでしょっ」

「今更……」

 ——自覚がないとは……

 ふっと春原から視線を逸らし、哀れむようにボソリと溜息混じりに呟く。

「アンタねっ——」

 コンコン……

 事実を認めたくないあまりに、憤然とベッドの上に立ち上がって荒げた春原の声の隙間をぬって、控え目なノックの音が部屋の中に響いた。

 ハッとして春原が口を閉じ、俺は軽く腰を浮かせた。

「あの、朋也くん居ますでしょうか?」

 渚の声だ。学校での用事が終わって迎えに来たのだ。

「ああ」

 戸の外の渚に応え、俺は美佐枝さんの猫を床に下ろして立ち上がった。

「じゃあな、春原」

 と、戸を開き、待っていた渚と共に春原の部屋を後にした。

 

 

「あの、明日の事なんですけど……」

「ああ、夏休みも残り僅かだからな。明日は二人で思いっ切り遊ぼうな」

 帰り道、躊躇(ためら)いがちにそう切り出してきた渚に、俺は笑顔で応えた。

 高校生最後の夏休みの貴重な一日を、模試の結果と模範解答の解説などで潰されたのだ。その分明日取り返さなければ、今日一日あの狭い寮の部屋で、春原の馬鹿と二人切りの不毛な我慢大会を繰り広げていたのが無駄になってしまう。

 ところが、それに渚は喜ぶどころか項垂(うなだ)れ、とてもすまなそうに応えた。

「いえ、それがその、明日は杏ちゃん達と買い物をする事になりまして——」

「杏達と買い物? おまえだけ?」

 俺は眉根を寄せて渚を見返した。

「はい、すみません」

「俺は行かなくていいのか?」

 以前杏がグループ交際だとか言って、強引に演劇部の面々(注:春原は除く)で遊びに行った事があった。あの時男は俺だけで、散々杏にタカられて財布の中身がスッカラカンになったものだ。

 今回もあの杏の事だ。買い物するなら、荷物持ちに俺を引っ張り出しそうなもんだが……

「あ、いえ、その……今回は女の子だけで、行こうという事になりまして……」

「そうか……」

 女の子限定って、一体何を買う気だ?

「はい……。あの、行ってもいいでしょうか?」

 心配そうに俺の顔を窺いながら渚が訊く。

 そんな表情(かお)をされては、行くなとは流石に言えない。

 ——はぁ、また渚と二人っきりで過ごせる貴重な一日が潰れるのか……

「ああ、折角だからな。楽しんで来いよ」

 うっすらと茜色に染まり出した空を仰ぎ見、そして俺は渚の頭に手を乗せて安心させるように笑って言った。

「はい」

 ほっとしたように、漸く渚が表情を綻ばせる。

「明日は朋也くんと一緒に居られませんけど、でも明後日はずっと一緒に居られます」

「そうか。じゃあ今日明日の分、明後日は目一杯楽しもうな、二人で」

「はいっ」

 俺の言葉に、渚は嬉しそうに笑って返事した。

 その時、俺はただ渚との貴重な時間が潰される事を残念に思うだけで、何故急に渚が杏達女の子だけで買い物する事になったのか、その理由を深く考える事はなかった。

 

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