夏の終わりの綺想曲(カプリチオ)~メモリーズー夏ー   作:飛鳥 螢

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暇の潰し方

 次の日、渚を送り出した後、俺は一人学校の寮に足を運んだ。

 勿論行先は春原の部屋だ。昨日に引き続き今日もなんて嫌すぎるが、今厄介になっている渚の家で一人でいると、オッサンにヒマなら店を手伝えとか、悪戯や野球に強引に付き合わされるのは目に見えている。

 他に行く当てもないし、よく考えてみれば、渚と出会う前は連日春原の部屋に入り浸っていたのだ。それを思えば、今日一日くらい何とか過ごせそうだった。

「春原、居るか?」

 と、ノックもせずに戸を開けて中に入る。

 春原はタオルケットを蹴飛ばして、まだ夢の中に居た。

 時間は既に午前十時を回っているが、こいつの事だ。また明け方近くまで起きていたのだろう。

 ——ヒマだ……

 春原の部屋に入る時、俺の後に付いて入って来た美佐枝さんの猫を抱いて暫く待ってみたが、春原は起きる気配さえなかった。

 何の夢を見ているのか、時折表情(かお)をニヤけさせている。見るに()えないほど不気味すぎる。

 俺は猫を肩に乗せると、おもむろに部屋にあったラジカセを手に取り、そのスピーカーを春原の耳元にしっかりと押し当てた。

 そして、俺はティッシュペーパーで耳栓をすると、何時も春原が朝目覚めの一曲として聴いているヤツを流す。ただし、ボリュームは最大にして。

「ぐおっ」

 途端に春原はカッと目を見開き、耳を押さえて跳び起きた。

 美佐枝さんの猫が、音と春原に驚いて肩から飛び降りる。

 同時に、部屋の戸が乱暴に開け放たれた。

「てめぇ、うるせぇって何時も言ってるだろーがっ!」

 ラグビー部の面々だった。

「ちょいと(つら)貸せやっ」

「ひぃぃぃ——っ」

 断末魔のような悲鳴を上げ、春原はラグビー部員達に引きずられて行った。

「——ラグビー部の連中、もう戻って来ていたのか……」

 まぁ、夏休みも後僅かだからな。帰省してた連中が戻って来ていたとしても不思議じゃないか。

 しかし、これでまたヒマになってしまった。

 美佐枝さんの猫も、開いた戸から飛び出して行ってしまったし……

 仕方なく俺はラジカセを止めて耳栓を取ると、部屋のそこいらに放り投げてある雑誌を漁り、適当なモノを選んで何時もの場所に腰を落ち着けて読み出した。

 春原は俺が三冊ほど雑誌を読み終えた頃に、全身ボロボロになって戻って来た。

 それと共に美佐枝さんの猫も戻って来る。

「よう、朝の目覚めの一曲、良かっただろ」

 ひょいっと俺の膝に上がって丸くなる猫の背を撫でながら、俺は爽やかに春原に言った。

「おまえのお気に入りのヤツ流してやったからな」

「鼓膜が破れるわっ。つか、岡崎っ、おまえ僕を殺す気かっ!」

 盛大に春原が噛み付いてくる。

 ——気分よく起きれるよう、わざわざお気に入りの曲を流してやったのに、何故怒る。

「いや、ラグビー部の連中に関しては、俺は無実だ」

 実際、呼んだ覚えはないし。

「何言ってんだよっ。あんな大音量、寮中どころか外にまで聞こえるよっ」

「この寮、ボロの安普請だからなぁ」

「アナタ、全然罪の意識ってもんがありませんねっ」

 ——善行をしたのに、何故罪の意識など持たねばならないのか。こいつの思考は相変わらず訳が分からない。

「まぁ、とにかく起こしてやったんだ。お礼にアイスコーヒー」

「出るかっ」

 テーブルの向かいにドカッと座った春原は、くわっと目を(いか)らせてそう吐き捨てるとそっぽを向いた。

「恩知らずだな、おまえ」

「今の、何処をどうやったら恩なんか感じられるんだよっ。つーか、岡崎。今日は渚ちゃんと二人っきりで過ごすんじゃなかったのか?」

「渚は杏達とショッピングに行った」

「え? 杏達とか?」

 面白くなさそうに俺が答えると、目を瞬いて春原は俺を見た。

「ああ、女だけで買い物すんだと」

「女だけでねぇ」

 と、片手を顎に添えた春原は、ニヤッといやらしい笑みを浮かべた。

「何買うのかな? 夏だから水着とか?」

「もう夏も終わりだぞ」

「まだ残暑厳しいじゃん。あ、でも下着ってのも有り得るよね」

 春原はランジェリーショップできゃいきゃい言いながら、あれこれ下着を選ぶ渚達の姿を想像し、思いっ切り鼻の下を伸ばす。

 確かに、それは有り得るかもしれない。

「でさ、今夜あたり渚ちゃんがおニューの下着付けてさ、夜中こっそりおまえの部屋に忍び込んで、『どうぞ、わたしを食べて♡』とか言ってきたりして」

「………」

 俺は想像してみる。

 寝静まった古河家の廊下を、足音を忍ばせて俺の部屋にやって来る渚。

 暗がりの中、すっと音もなく部屋の襖が開き、渚が寝ている俺の枕元に座る。

 そして、俺の耳元に息が掛かる程に唇を近づけて、そっと俺の名を呼ぶ。

『朋也くん、朋也くん……』

『ん?』

 眠そうに目を擦りながら俺が起きると、そこにはスケスケのネグリジェの下に大人っぽい大胆な下着を付けた渚が、恥じらうように座っていた。

『あ、あの、今着ているの、昼間杏ちゃん達と一緒に買って来たものなんです』

 と、顔を真っ赤にして(うつむ)きがちにそう言うと、躊躇(ためら)いながらも俺に体をすり寄せ、潤ませた目で驚いて息を呑む俺の顔を見詰めながらその先を続ける。

『それで、その……、今日は朋也くんに淋しい思いをさせてしまいましたから、もしよかったらわたしを、いただいてはくれませんか?』

 ………………

「って、有り得ねぇ——っ」

 自分の妄想に、俺は思いっ切りツッコミを入れた。

 第一あいつは夜十一時までしか起きていられない上に、朝まで絶対に目が醒めない。仮に起きてられたとしても、渚がそんな大胆な真似できる筈がない。

 ——あいつ、俺より一つ年上だけど、そっち方面はニブイって言うか超奥手で、全然年上に見えないくらいお子様だからなぁ……

「なんでだよ。おまえだって渚ちゃんにそんな事されたら嬉しいだろ」

「そりゃ……」

 嬉しいに決まってる。俺だって男だから、渚にあんな事やこんな事して味わえるものなら包み隠さず全部味わってみたい。できる事なら今すぐにでも。

「けど、俺達キスもまだなんだよなぁ」

「はぁ?」

 猫の前足を持ち上げ、溜息混じりに呟いた俺の言葉に、春原は頓狂(とんきょう)な声を上げた。

「夏だよ。燃え盛るアバンギャルドの季節に、おまえ何やってたんだよ。今までっ」

「おまえ言葉間違ってるからな」

 アバンギャルドじゃなくてアバンチュールだろ。こいつ英語もそうだが、外国語全般に渡ってダメだ。

 力説し、非難めいた目を俺に向ける春原にすかさずツッコミを入れた後で、俺は持ち上げた猫の体越しに春原を睨んだ。

「そもそも、未だに渚とキスできねぇのは、おまえの所為だぞ」

「なんで僕の所為なんだよ」

「おまえ忘れたのか、あん時の事を」

 俺の手から肩に上がった猫をそのままに、不満たらたら顔の春原に、俺は押し殺した苦々しい声で言い返した。

 

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